京都に「俵屋旅館」という老舗旅館があって、宿泊する機会がありました。今日の東京のように、そそと雨の降る夏の日。
良い建築というのは、晴れた日よりもむしろ、雨の日にその魅力が増してくるように思います。雨の俵屋は、そのことをあらためて感じさせてくれるような場所でした。京都市中の、市街地に建つ立地。建築家・吉村順三の手による増築デザインを重ねながら、俵屋旅館は静かな佇まいをもっています。老舗の旅館としてはさして広くない敷地の廻りをぐるりと、高い塀が囲んでいて、その上から木々が顔をのぞかせています。塀で囲いこんでしまうのは、排他的な雰囲気を出す一方で、独特の秘めやかさを感じさせてくれます。もちろん、相応の質感や間合いなどが備わってはじめて、無味乾燥としたものではなく、秘めやかさという魅力が表れるのでしょう。
そんな佇まいを見ながら、僕はメキシコの建築家ルイス・バラガンの自邸のイメージを重ね合わせていました。バラガンの住宅も、道に面して素っ気ないほどの外観を見せながら、中には室内と庭とが独特の情感をもってつながる、静けさに満たされた場所がひろがっています。遠く離れて、文化も異なる場所でありながら、そのふたつの場所にはきっと、相通ずる魅力があるのだろうと思います。
道に面して開けられた小さな入口をくぐると、折れ曲がりながら路地が奥に続きます。その細く小さな空間に現れるひとつひとつのしつらえが、簡素な美しさをもっていました。ところどころに庭を織り交ぜながら、空間が奥へ奥へと続き、街からどんどんと遠ざかっていくような、そんな感覚になります。秘めやかで、奥行きのある場所の雰囲気は、京都に多くみられる特徴のように思いますが、俵屋の空間は、その極致のように思います。
図書室の前の庭の風景。大きな左官の壁。地面に近く低く開けられた窓。雨に濡れ鮮やかな緑。広くないにもかかわらず、他のお客さんと目が合うことがないように工夫された空間のプロポーションに、思わず見入ってしまいました。
ほの暗く、包まれた感じ。
それがいかに居心地が良いものであるかを、しみじみと感じさせてくれる場所でした。敷地内に散りばめられたそんな場所の数々を、折に触れてご紹介したいと思います。