仕事の道具

2010-05-05 20:19:16 | 住宅の仕事

先日、自由が丘の美味しいピザ屋さんに行きました。フェルマータという名のお店。イタリアでピザ職人として修行を積んだご主人が、材料を仕込み、自ら一人でピザを焼きます。あくまでピザ屋さんなので、パスタ類はありません。その潔い割り切り方も魅力です。

カウンターがあって、そのまん前に石窯があります。自ら仕込んだ生地を延ばし、手際よく具材を盛りつけ、そして大きなピザ焼き用の鉄棒にピザをのせ、焼いていきます。窯の中に入れたら、後は待つだけ・・・なんて想像していたのですが、大間違いなのですね。窯の火加減を薪の量を調節しながら一定に保つのも技量がいるのだそう。そして窯のなかにも温度ムラがあるので、それを利用して、ピザの位置を絶えず動かしながら焼き上げていきます。う~ん、香ばしい。。
トマトは程よくフレッシュなまま。でもチーズにはほんのり焦げ目あり。完璧です。そして、非常に、とてもとて~も、美味い。何を食べても美味い。

こんな目の前でピザを焼くシーンは見たことがなかったので楽しかったのですが、何より衝撃的だったのは、やはりご主人の背中ですかね。重そうなピザ焼き棒を絶えず動かし焼き具合を確かめている後ろ姿には、「職人魂」的なものを感じます。

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やはり、仕事道具があるというのは、いいですよね。建築の世界も、かつては製図板とエンピツと定規と・・・七つ道具的なものがしっかりあって、仕事道具としては確固たる地位を築いていたように思いますが、現在ではすっかりパソコンにとって代わられてしまった感があります。でも、僕にとっては、おそらくずっと使い続けるであろう仕事道具があります。それは、僕のお師匠さんからいただいた、ホルダーと呼ばれるエンピツです。
師匠の村田さんは、事務所に入所した所員には、まず最初にこのホルダーをプレゼントし、これで全てのスケッチを描くように指示していました。描く紙は、A3版のロール状のトレーシングペーパー。合理的な考え方を通した村田さんでしたが、やはり良いモノは手から生み出されると考えていたのか、検討はほとんどすべて手描きでした。原寸図を描いたり、寸法計算をしたり、インテリアのスケッチを描いたり・・・。

手元にあるこのCARAN d'ACHE社製のホルダーは、今ではネットで販売もしているようですが、かつては銀座の伊東屋にしか売っていなかったようで、その稀少感も良かったのかも知れません。アルミ製のペン軸で軽く、すらすらとリラックスして描けるし、建設現場でコンクリートやベニヤ板にも打合せ時に落書きができる、というところもいいですね。あと、ついでに言えば、僕が私淑している建築家ピーター・ズントーも、このホルダーを手にしている写真を見たことがあるのも、個人的には嬉しいところ(笑)

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村田さんのホルダーは、長年愛用していたようで、軸先のメッキがすっかり剥がれ、ペン軸も何やら不思議な黒光りをしていましたが、僕のは何年後にそうなることか・・・。「まだまだ甘い~~!」という、亡き師匠の小言の記憶と共に、このホルダーと歩んでいこう。でも村田さん、すみませんが戴いたホルダーは一度なくしてしまいまして、これ、2代目なんですよ。

ピザ屋「フェルマータ」のご主人のように、仕事道具を駆使している姿をお客さんに見せるというわけにはいかないけれど、僕の設計には、100%このホルダーが見えないところで活躍しています。フェルマータ並みに「美味い」設計にしなくちゃ(笑)

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小さな模型の大きな役割

2010-01-05 10:53:53 | 住宅の仕事

明けましておめでとうございます。今年も、このブログにぜひお付き合いくださいますよう、お願いいたします。

年初めにあたって何を書こうかな~と考えていたら、ふと模型の山が目に入りました。そこで撮ったのがこの一枚。

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実はこれ、昨年一年間で案をつくった、いくつかの仕事の模型です。と言っても、クライアントにお見せするプレゼンテーション用のものではなくて、検討用に作った、言わば建築家自身のための模型。だいたい縮尺は1/100で、短時間でサッと作ってしまうのがポイント。おかげで、アップでは見せられないほどの恥ずかしい出来です(笑)。でも、模型を見ながら何かを想像するためのものですから、これでいいのです。

 

ひとつの仕事で、いくつもこういう模型をつくります。何となくいつも気に掛けているのは、次のとおり。

敷地の隅々まで居場所と風景をつくりたいから、敷地までつくる。木も植える。

植えた木が映えるように、背景としての外壁は左官塗り。だから色エンピツでそれらしい色を塗る。なんとなく左官のコテの塗り跡もイメージしつつ。

中味は白。一番いい光がはいる雰囲気をイメージして、壁に穴をあける。穴から覗き込むと、美しい陰翳が宿りそうかどうか、なんとなくわかる。

 

そんな風にして模型をつくると、パッと見には、全部同じような雰囲気の模型に見えます(笑)。そしてどれも窓が少なそうに見えます。(でも、実際に家ができると、じわりと明るい家になるのですが。)

住宅設計の仕事に、正解はありません。だから、何か確かなものを見つけたいという気持ちが、そのまま模型をつくる原動力にもなります。いくつもいくつも作りながら、自分がよいと思えるものをしっかりと見定めていかなくてはなりません。だから設計には時間がかかるし、忍耐力も必要だと思います。その忍耐力と情熱を持続することを、まず今年のはじめに誓いたいと思います。

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古びたもの

2009-12-15 20:26:24 | 住宅の仕事

住宅設計の仕事をしながらよく思っていること。それは、できあがったすぐの姿ではなく、それから何年も経った時の姿のこと。単純に、ものごとが古びていくことに、僕はとりわけ思い入れがあります。
 たとえば、こんな写真。

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これは、自由が丘の家のダイニングテーブル。桜の木でできています。築7年経って、もうすっかり傷だらけですし、いろいろなものをこぼしました。その跡や染みがひとつひとつ表情となって、味わい深い雰囲気になりました。このテーブルで毎日、当たり前のように食事をしたり、ティータイムを過ごしたり、新聞を読んだりして、片付けてフキンでふきます。それがいつの間にか美しいツヤとなって表れました。毎日テーブルを凝視しては、カタチがカッコイイだとか思っているわけではありません。毎日目にしているから、むしろカタチなど覚えていないぐらいです。でも、そこにある古びた質感と共に過ごしていると、確かに独特の安心感と居心地の良さがあります。建築家ができることなんてせいぜい、このテーブルのために、古びた質感を美しく浮かび上がらせるための、静かで穏やかな自然光を取り入れることぐらいでしょうか。

変わらない光と、古びていく物。その関係だけが、独特の美しさをつくっているように思います。そういえば、かつて旅行したリスボンの街はそんなイメージに溢れていました。そんな感覚が点から面へ、一軒の家から街全体へ広がっていってほしい、そんな思いで住宅をつくっています。

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青葉の家

2009-12-02 19:02:12 | 住宅の仕事

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 仙台に建つ住宅「青葉の家」の設計が進んでいます。
細長いアプローチの奥に広がる敷地に、ゆったりと雁行させた配置プランは、桂離宮にイメージを重ね合わせたものです。

 これまでにオノ・デザインで手がけてきた住宅と同様に、この住宅でも美しい窓辺をつくることにこだわりました。それは、住宅のなかに、心身の「拠りどころ」をつくりたいからです。今年の年初にブログで書いた「カタルニア・ロマネスク」のように、時代を経てなお日常のなかで生き続けるような、優しく強い拠りどころをつくりたいと思うのです。
 そのために、デザインのスタイルや形式から離れ、光や陰影や間合いなどを大切にしたいと考えています。光や陰影や間合いによって、そこに存在するすべてのものが、かけがえのないもののように美しく浮かび上がることを目指しています。

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 建て主との打合せを重ねながら、プランは少しずつ変化してきました。今はまだその途中。どのようになっていくか、楽しみでもあります。

 前回のブログに書いたジョルジョ・モランディの風景画のように、静かで穏やかな佇まいのなかに、居心地のよい居場所が築き上げられるよう、設計案を磨きつづけていきたいと思っています。

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富士の家

2009-06-22 19:50:05 | 住宅の仕事

富士山の懐にある街で、住宅の計画がはじまりました。打合せのため、週末に新幹線に乗り現地へ。
新富士駅で降り外に出ると、そこには大きな富士山が突然ぬうっと!下半分を雲のなかに隠し、街並みとの境界がはっきりとわからない感じが、なにかこう謎めいていて、不思議な佇まいでした。
梅雨から夏場にかけては、雲に隠れてほとんど姿が見える日がないそうなので、ほんとにラッキーな出会いでした。
現地へ向かうタクシーは、富士山に向かってまっすぐ延びる街道をひた走ります。その車中で運転手さんがいろいろな逸話を話してくれました。そのなかで印象に残ったのは、月明かりに浮かぶ、幻想的な夜の富士のこと。そういえば夜の富士の姿は、これまであまり考えたことがなかった・・・。地元の人だけが知る、特別な光景。

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いま計画している住宅は、三家族が中庭を囲むようにして住まう家として計画しました。家の内部はコンパクトで使い勝手がよく、外部にも生活空間がひろがる住宅です。中庭には自然な雑木が植わり、リビングやデッキには穏やかな木漏れ日が美しくひろがるように考えました。葉の揺らぎを感じながら一人で本を読むのにも、集まってバーベキューをするのにも楽しく使える空間になりそうです。
長く住み慣れた家の建て替えですが、ずっとそこに存在してきたようなおおらかさと質感をもった住まいにしてきたいものです。またいずれ、ブログのなかでも紹介していきたいと思います。



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