3月もなかばになると、どういうわけか卒業旅行のことをよく思い出します。ちょうど10年前。修士論文を無事終えて、安堵感とともに向かったのは、スペイン。ガウディ研究者である入江正之先生の研究室に所属していたので、学生時代の締めくくりとして迷うことなく行き先を決めたのでした。研究室の同期らと計3人で、約3週間の旅行でした。
マドリッドから入国し、トレドなど内陸を経てバスでぐるりと南のアンダルシア地方を経由し、最後にバルセロナへ。当時はまだユーロ導入前で、通貨はペセタでした。たしか、交通費・宿泊費・飲食代すべて込みで一日5000円以内にしようということにしていたので、想像を絶する貧乏旅行だったと思います(笑)。でも酒代だけはしっかり確保したかったので(!)、街のパン屋でパンを買い、肉屋でハムを買って公園でサンドイッチにして食べる、といった具合です。それが楽しいのですけどね。
3人でずっと行動していると、それぞれ興味も異なるので、案の定ですがストレスがたまってきます。そこで南での数日間をフリータイムにして、それぞれ好きな街に行き、数日後の何時に、グラナダの大聖堂の前で待ち合わせよう、ということになりました。
僕が選んだ街、というよりバスに揺られながらなんとなく着いてしまった街は、日本人を一人も見かけない、真っ白な街でした。方言が強いのでしょうか、ガイドブックに載っている標準語を見せても、ようわかりまへんな、というような顔をされ、身振り手振りのボディラングエージの方がよっぽど通じたのでした。泊まるところもなさそうで困っていると、どうやら民宿なのか空き部屋なのかよくわからない家に辿りつくことができました。テラスに上がると、遠くに海の見える、小さな街。下のスケッチはそのテラスから描いたものです。
バルという軽食屋で食べる食事の美味しいこと!たぶん今まで海外旅行に行ったなかで、一番好きですね。ニンニク、トマト、オリーブ。地中海沿岸の「三種の神器」をふんだんに使った料理は、実にお酒によく合います。
海外で携帯電話なんて手段が使えなかった当時、一度離ればなれになってまた再会するというイベントは、相当に旅のスパイスになりました。バルセロナの最後の夜、ふざけて友人が夜の海に飛び込み、我々も周囲も騒然となったこと。でも次の瞬間よ~く見ると橋のたもとにつかまって隠れているのを見つけて、安堵と怒りがこみ上げ来たこと。ついでに現地の警察まで来てしまったこと。で、最後の最後にケンカをしてなんだか変な旅の締めくくりになってしまったこと。全部がいい思い出です。いろいろな街や建物も見たけど、学生時代の旅というのは、やはり友人と共に、自分をさらけ出しながら行く最後の旅だったのかもしれません。
ところで、そんな学生最後の旅で一番心に残った場所はここ。コルトバという南の街にある「灯火のキリスト広場」とか「悲しみの広場」とか言われている場所だそうです。きっと建築学的にはまったく価値のない、ただの広場。でも、街から忘れ去られたようなひっそりとした場所に屹立する十字架に、スペインの南の人々の信心深さが感じられるようでした。教会や大聖堂などの荘厳な内部空間を見てきた目には、空につながったもうひとつの慎ましやかな内部が、そこにあるように映ったのです。その感覚は、今でも僕の設計内容にすこし影響しているのかなと、自分では感じています。