母の家

2020-09-22 22:59:34 | 大磯の家


現場の帰りに大磯の海に立ち寄ったとき、ふとあるひとつの住宅作品のことが思い浮かびました。
フランスの建築家ル・コルビュジエが、母親のためにつくった小さな家のことです。

大学の建築学科に入学すると、啓蒙活動のようにル・コルビュジエこそが巨匠だとの授業を受けることになります。
白い豆腐のようなかたちで、細長いリボンのような窓が連なっていて、云々・・・。
うーんよくわからないけれど、どうやらすごいらしい。すごいと思えない自分はダメなんだろうか・・・。
そんなフレッシュな学生に畳みかけるようにコルビュジエの作品を紹介され、「母の家」とよばれるちいさな家も、名作として教え込まれるのでした。

レマン湖を前にして建つ、26坪の広さの平屋の家。
住人は母上ひとり。じつに100歳を超えるまでこの家で過ごしたそうです。
居心地がよかったんですね。

授業ではこの家について「近代建築の5原則が詰まっているのだ!!」と声高らかに教え込まれるわけですが、見た目はいたってシンプルで素朴にさえ見えます。
レマン湖に沿うように細長い間取りがあって、湖に向けて細長い窓が続く、ただそれだけの家。
レマン湖に面しているんだから、ドーンとフルオープンの窓でもあれば華やかだったでしょうに、コルビュジエはそのようにしませんでした。
ダイニングテーブルよりもちょっと高いぐらいまで腰壁を立ち上げ、窓の高さもせいぜい数十センチ程度。そこからレマン湖が切り取られるように見えます。

プロの建築家として設計の仕事をするようになって、この窓の高さが絶妙だったんだな、とジワジワ感じるようになりました。
晴れた日はもちろん、雨の日も、風の日も、居心地よく窓辺に寄り添いたくなる、ひとりでも安心感のある暮らし。
丸眼鏡に蝶ネクタイのいつものキザなコルビュジェが、母上の傍にやさしく寄り添っている写真があります。
「近代建築の理念にしたがったデザインだ」とコルビュジエは理屈っぽく説明するのでしょうが、実のところ、母への愛情に満ちた家だったんだなあと思います。

好きな住宅は?と聞かれて「コルビュジエの母の家です」なんて答えたら、学生さんみたいだねと笑われそうだから大きな声では言いませんが、やはり内心では、とても好きな住宅です。

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