2024年4月,アルツハイマー病(AD)の診断基準の改訂が発表されました.衝撃的な内容で,ADは症候学的に(症状から)定義するのではなく,生物学的に(すなわちバイオマーカー:検査データにより)定義するという大きな転換です.つまりADは特異的な神経病理学的変化(ADNPC),つまりアミロイドβ蓄積とタウ神経原線維変化により始まる生物学的過程であり,無症状であってもADと診断できるというものです.
具体的には,バイオマーカーを①AD特異的バイオマーカー,② AD非特異的バイオマーカー(AD以外の他の神経疾患にも関連するもの),③併存病理(copathology)のバイオマーカーに分類しています(図1).①はさらにCore 1とCore 2に分類されます.早期から変動するCore 1バイオマーカー(アミロイドPETとアミロイドβバイオマーカー,リン酸化タウバイオマーカー[リン酸化タウ217])はADNPCを反映するもので,これが異常であればADと診断を確定でき,抗体薬などによる治療の対象になりうると考えます.遅れて変動するCore 2バイオマーカー(その他の体液バイオマーカー,タウPET)は病期や予後情報を提供します.
Jack CR Jr, et al. Revised criteria for diagnosis and staging of Alzheimer's disease: Alzheimer's Association Workgroup. Alzheimers Dement. 2024 Jun 27.(doi.org/10.1002/alz.13859)
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この先進的な診断基準に対する称賛がある一方,多くの批判がパブリックコメントやSNS等で発表されました.私はいずれかというと慎重派で,以下の3つの感想を持ちました.
①アミロイドβが脳に蓄積していても症状のない人を本当にADと呼んでよいのか?(例えば両親が検査して検査陽性であったとき,ADと診断を伝える子供は一般的か)
②アミロイドβが本当に悪玉であるか決着していないのではないか?
③発症後に使用しても効果が微妙である抗体薬を,未発症者に使用するための診断基準改訂なのではないか?
例えば図2はシンシナティ大学Albert Espay教授が「無症状のAD患者への説明文書」として発表したものですが,85歳ではアミロイド陽性を示す患者(緑)は60%もいますが,実際に認知症の人は15%しかいないことになります.多くのアミロイド陽性者は認知症ではありません.
また図3は2002年から2023年にかけて非常に多くのアミロイドβを標的とする治験薬が評価されたものの,ほとんどが失敗で,わずか8.9%しか成功していないことを示します.
この歴史を考えると本当にアミロイドβが悪玉かどうかは不明で,アミロイドβに完全に依存した診断が正しいのだろうか?と逡巡してしまいます.(https://x.com/AlbertoEspay/status/1806646390031802876/photo/1)
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そして最新号のNature Medicine誌のCommet欄に,これら改訂診断基準への反論に対する反論が掲載されました.代表的な主張はおよそ以下の通りで,明確に対決姿勢を示しものと言えます.
①ADという診断名は,あいまいな診断名である認知症と同義語として使用すべきではない.効果的な治療を可能にするためには,症状の根底にある病因が理解され,正確に診断されなければならない.医学の進歩のためには,ADは生物学的に定義されなければならない.
②ADの診断に症状は必要ではない.腫瘍学などの他の医学領域でも,患者が無症状のうちに診断されることはよくあることである.発症前からの治療は,発症を遅らせる,もしくは予防するための最も効果的なアプローチである.生涯,発症しない人がいるのは事実だが,加齢に伴い全死亡率が増加するためであって,ADが発症前に良性であるためではない.
③バイオマーカー陽性となった無症状の人を心理的・社会的・経済的に害のある立場に置くことになりかねないという批判に対しては,無症状の人に対する治療はまだ承認されていないため,観察研究または治療研究をのぞき,無症状の人にバイオマーカー検査を行うことは考えていない.ただし研究で治療効果が確認されれば,検査の方針が変更される可能性はある.
以上のように意見の対立が明確になったわけですが,この議論は早晩,日本でも本格化すると思われます.さて,みなさんは「無症状の人もADである」という診断基準の改訂をどう考えますでしょうか?いろいろな立場のステークホルダーの意見が取り上げられ,尊重されることが望まれます.最後にこの議論において懸念されていることとして,Nature Medicine誌のCommet論文に対するSNSの反応として,「利益相反」欄が注目されています(図4).
米国のオピニオンリーダーであるEric Topol先生もTwitterでわざわざこの部分を紹介して暗に批判しています.利益相反は表明しさえすればそれで良いのだろうかということだと思います.一部の強い意見だけでなく,幅広い意見をすくい上げる必要があると思います.
Jack CR Jr, et al. Revised criteria for the diagnosis and staging of Alzheimer's disease. Nat Med. 2024 Jun 28.(doi.org/10.1038/s41591-024-02988-7)
具体的には,バイオマーカーを①AD特異的バイオマーカー,② AD非特異的バイオマーカー(AD以外の他の神経疾患にも関連するもの),③併存病理(copathology)のバイオマーカーに分類しています(図1).①はさらにCore 1とCore 2に分類されます.早期から変動するCore 1バイオマーカー(アミロイドPETとアミロイドβバイオマーカー,リン酸化タウバイオマーカー[リン酸化タウ217])はADNPCを反映するもので,これが異常であればADと診断を確定でき,抗体薬などによる治療の対象になりうると考えます.遅れて変動するCore 2バイオマーカー(その他の体液バイオマーカー,タウPET)は病期や予後情報を提供します.
Jack CR Jr, et al. Revised criteria for diagnosis and staging of Alzheimer's disease: Alzheimer's Association Workgroup. Alzheimers Dement. 2024 Jun 27.(doi.org/10.1002/alz.13859)
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この先進的な診断基準に対する称賛がある一方,多くの批判がパブリックコメントやSNS等で発表されました.私はいずれかというと慎重派で,以下の3つの感想を持ちました.
①アミロイドβが脳に蓄積していても症状のない人を本当にADと呼んでよいのか?(例えば両親が検査して検査陽性であったとき,ADと診断を伝える子供は一般的か)
②アミロイドβが本当に悪玉であるか決着していないのではないか?
③発症後に使用しても効果が微妙である抗体薬を,未発症者に使用するための診断基準改訂なのではないか?
例えば図2はシンシナティ大学Albert Espay教授が「無症状のAD患者への説明文書」として発表したものですが,85歳ではアミロイド陽性を示す患者(緑)は60%もいますが,実際に認知症の人は15%しかいないことになります.多くのアミロイド陽性者は認知症ではありません.
また図3は2002年から2023年にかけて非常に多くのアミロイドβを標的とする治験薬が評価されたものの,ほとんどが失敗で,わずか8.9%しか成功していないことを示します.
この歴史を考えると本当にアミロイドβが悪玉かどうかは不明で,アミロイドβに完全に依存した診断が正しいのだろうか?と逡巡してしまいます.(https://x.com/AlbertoEspay/status/1806646390031802876/photo/1)
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そして最新号のNature Medicine誌のCommet欄に,これら改訂診断基準への反論に対する反論が掲載されました.代表的な主張はおよそ以下の通りで,明確に対決姿勢を示しものと言えます.
①ADという診断名は,あいまいな診断名である認知症と同義語として使用すべきではない.効果的な治療を可能にするためには,症状の根底にある病因が理解され,正確に診断されなければならない.医学の進歩のためには,ADは生物学的に定義されなければならない.
②ADの診断に症状は必要ではない.腫瘍学などの他の医学領域でも,患者が無症状のうちに診断されることはよくあることである.発症前からの治療は,発症を遅らせる,もしくは予防するための最も効果的なアプローチである.生涯,発症しない人がいるのは事実だが,加齢に伴い全死亡率が増加するためであって,ADが発症前に良性であるためではない.
③バイオマーカー陽性となった無症状の人を心理的・社会的・経済的に害のある立場に置くことになりかねないという批判に対しては,無症状の人に対する治療はまだ承認されていないため,観察研究または治療研究をのぞき,無症状の人にバイオマーカー検査を行うことは考えていない.ただし研究で治療効果が確認されれば,検査の方針が変更される可能性はある.
以上のように意見の対立が明確になったわけですが,この議論は早晩,日本でも本格化すると思われます.さて,みなさんは「無症状の人もADである」という診断基準の改訂をどう考えますでしょうか?いろいろな立場のステークホルダーの意見が取り上げられ,尊重されることが望まれます.最後にこの議論において懸念されていることとして,Nature Medicine誌のCommet論文に対するSNSの反応として,「利益相反」欄が注目されています(図4).
米国のオピニオンリーダーであるEric Topol先生もTwitterでわざわざこの部分を紹介して暗に批判しています.利益相反は表明しさえすればそれで良いのだろうかということだと思います.一部の強い意見だけでなく,幅広い意見をすくい上げる必要があると思います.
Jack CR Jr, et al. Revised criteria for the diagnosis and staging of Alzheimer's disease. Nat Med. 2024 Jun 28.(doi.org/10.1038/s41591-024-02988-7)