Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

高齢発症の妄想をどう考えるか -遅発性パラフレニーか?認知症前駆症状か?-

2018年07月28日 | 認知症
【高齢発症の妄想】
被害妄想を主徴とする高齢女性を担当したことがある.近医から認知症を疑われ外来を紹介されたのだ.しかし認知機能はまったくの正常で,種々の画像検査も正常範囲であった.認知症の周辺症状(BPSD)としての妄想を前駆症状として呈した認知症を疑った.しかしその後も認知機能低下は出現せず,認知症治療薬の効果もなく,妄想による日常生活への支障が目立つようになり,精神科にコンサルトし,高齢発症の精神疾患として治療をしていただいた.その後,「遅発性パラフレニー」という疾患概念を知った.

【遅発性パラフレニーを代表とする高齢発症精神疾患】

著名なドイツの精神科医であるエミール・クレペリンが,早発認知症(現在の統合失調症)の概念を提唱して以来,統合失調症は「青年期ないし成人前期に発症する」という印象がある.しかし実際には中高齢の発症例が少なからず認められ,これらの群をいかに扱うは長らく問題とされ,本邦では「老年性精神病」という診断名が用いられてきた.
一方,イギリスでは「遅発性パラフレニー」という概念が提唱された.これは1955年,精神科医マーチン・ロスによって提唱されたもので,60歳以降に発症する妄想状態を指し,人格や感情的な反応は保たれる.具体的には,下記の表のように「女性,独居,社会的孤立,難聴」といった因子を背景にして,健康時において不和軋轢のあった隣人に対する妄想が出現する.アメリカでは1990年頃から,通常の統合失調症とは異なる特徴をもつ高齢発症例を「遅発性統合失調症」と呼ぶようになった.これらの疾患概念は,高齢発症する妄想は精神疾患の一症状であるという立場をとっている.


【認知症に合併・先行する妄想】
一方,近年の神経変性疾患における前駆症状(prodrome)に関する研究,例えばパーキンソン病の運動症状出現前の嗅覚低下やム睡眠行動障害などを考えると,妄想のような精神症状が,認知機能低下が出現する前の前駆症状(prodrome)なのではないかという考えが浮かぶ.別の見方をすると,精神症状を呈することは,将来,認知症になる危険因子ではないかと考えられる.さらに認知症の種類によって精神症状の特徴は異なるので,精神症状の特徴を詳しく調べることはその背景因子を予測するうえで有益であるかもしれない.例えばアルツハイマー型認知症(AD)では「物取られ妄想」や「嫉妬妄想」が病初期から見られることがあり,レビー小体型認知症(DLB)では明瞭な幻視が特徴的で,妄想を示すこともある.前頭側頭型認知症も剖検で診断を確定した97例のうち,20%に妄想を認めたとする報告もある(Landqvist Waldo M et al. 2015).つまり高齢発症の精神症状がこれらのいずれかの特徴に類似していれば,その認知症を背景とした前駆症状である可能性が疑われるのである.

【高齢発症の妄想は精神疾患か?認知症の前駆症状か?】
さて本題である.ベルギーのAsscheらは総説の中で,高齢発症の精神症状を高齢発症統合失調症様精神症状(Very-late-onset schizophrenia-like psychosis;VLOSLP)と名付け,過去の論文を対象としたシステマティック・レビューを行っている(VLOSLPは60歳以上で,かつ明らかな精神疾患や神経変性疾患を認めない症例と定義される).これによると精神症状出現から10年間の経過観察において,「非進行性の軽度の認知機能低下はしばしば認められるものの,認知症に進展するのは一部の症例に限られる」ことを示している.これに一致して,多くの症例で病理学的に神経変性所見を認めなかった.つまり認知症の前駆症状より,高齢発症の精神疾患が多いということになる.

さらに同じ著者らは,自ら高齢発症の精神症状の特徴を調査している.対象は57例のVLOSLP群,49例のDLB群,35例の精神症状を伴うAD群(AD+P群)であった.結果として,DLB群は幻視(おもに動物)を認め,妄想(partition/paranoid delusion)は他群より少なかった.VLOSLP群は妄想(partition delusion)やひとの声の幻聴が他群より多かった.DLB群とVLOSLP群は明らかな特徴の相違を認めるが,AD+P群は両者の中間に位置した.処理速度や遂行機能は3群とも同程度に障害されているが,AD+P群は学習や記憶の固定が顕著に低下し,一方,DLB群は顕著な視空間認知障害を認めた.すなわち,VLOSLP群の精神症状の特徴はADやDLBに伴うものとは異なっていた.この結果からも著者らは,VLOSLPはADやDLBの前駆症状ではないと考えている.

【まとめ】
以上より高齢発症の妄想は,まず精神疾患を考える.幻聴を伴う場合はその可能性が高まる.一方,精神症状として幻視や視空間認知障害を認める場合はDLBを,記銘力低下が一般の高齢者より目立つ場合にはADを背景とする可能性を考える必要がある.

Landqvist Waldo M et al. Int Psychogeriatr. 2015;27:531-539.
Van Assche L, et al. Neurosci Biobehav Rev. 2017;83:604-621.
Van Assche L, et al. Arch Clin Neuropsychol. 2018 Apr 9. [Epub ahead of print]
この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 第12回パーキンソン病・運動... | TOP | 「機内に医療関係者はいらっ... »
最新の画像もっと見る

Recent Entries | 認知症