Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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なぜ加齢によりぐっすり眠れなくなるか? ―新しい認知症予防薬へ―

2022年02月28日 | 睡眠に伴う疾患
私は日本睡眠学会の専門医ですが,父から「親の不眠も治せないのに専門医とは・・・」と言われています.私は苦笑しながら「加齢により誰もが睡眠の質は低下するので,目が覚めるのは仕方がないのですよ」と言い訳をします.事実,この「睡眠の断片化」と呼ばれる現象は,種を超えて加齢で観察されます.しかしそのメカニズムはよく分かっておりません.

今回,スタンフォード大学から,視床下部の一部の神経細胞によって生成され,覚醒のために重要な役割を果たすヒポクレチン(別名オレキシン)に注目した画期的な研究がScience誌に報告されました.ちなみにこのヒポクレチンの分泌は日内変動し,哺乳類では日中で高く(よって覚醒する),夜間に低下します(よって眠くなる).またヒポクレチンが欠損する疾患が,過眠症を呈するナルコレプシー(Ⅰ型)です.

研究チームは,若齢と老齢マウスを選び,光遺伝学的手法を用いて,老齢マウスのヒポクレチン神経細胞は,若齢マウスと比べて約38%減少していることを確認しました.つぎに残存するヒポクレチン神経細胞は刺激に対してより感受性が高く,膜電位が脱分極し,過興奮性であることを明らかにしました.つまり神経細胞が頻繁に発火して,覚醒発作を引き起こすわけです.この機序を解明するため,細胞機能に重要な生物学的スイッチである電位依存性カリウムチャネルに着目しました.そして老齢ヒポクレチン神経細胞は,KCNQ2/3チャネルを介した再分極M電流の障害を認め,さらにKCNQ2チャネルの喪失が起きていました.単一核RNA-seq解析により,老齢ヒポクレチン神経細胞では前駆体prepro-Hcrt mRNAの転写が亢進し,さらにKCNQ2ファミリーサブタイプKCNQ2-1/2/3/5の割合が減少していることが分かりました.以上より,加齢により,再分極に関わる電位依存性カリウムチャネルが減少した結果,ヒポクレチン神経細胞の過興奮性が生じて,睡眠から覚醒への移行閾値を下げて「睡眠の断片化」が生じているものと考えられました.

この理解が正しいか検証するため,若齢マウスのヒポクレチン神経細胞におけるKCNQ2/3遺伝子を選択的にノックアウトすると睡眠断片化が引き起こされました.さらに若齢マウスにKCNQ2/3阻害剤を投与すると睡眠が断片化し,覚醒時間が延長しました.逆に老齢マウスにKCNQ選択的活性化剤(フルピルティン)を投与すると睡眠の質が改善し,さらに認知機能も改善しました!

本研究は加齢による睡眠の断片化のメカニズムを明らかにし,まったく新しい睡眠薬の開発につながるものです.そして不眠症は認知症の重要な危険因子ですので,KCNQ2/3チャネルを標的とする治療薬は高齢者の睡眠の質を改善するだけでなく,認知症の新たな予防薬となる可能性があります.臨床応用は極めて大きなインパクトをもたらすものと期待されます.

Li SB, et al. Hyperexcitable arousal circuits drive sleep instability during aging. Science. 2022 Feb 25;375(6583):eabh3021.



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