アミロイド関連画像異常(ARIA)は,アルツハイマー病予防薬アデュカヌマブ(抗アミロイド抗体)の第3相ENGAGE試験およびEMERGE試験で報告された最も頻度の高い有害事象でした.APOEε4キャリアでは,アデュカヌマブや他の抗アミロイド治療薬の臨床試験においてARIAのリスクが増加することが示されています.最新号のNeurology誌にバイオジェン社より,APOE以外の遺伝子変異がARIAリスクに影響を及ぼしうるかを検討した研究が報告されました.
チームはENGAGE試験/EMERGE試験の参加者を対象に,ARIAのゲノムワイド関連研究(GWAS)を行っています.対象はITT解析をした3285人の参加者のうち,少なくとも1回,治療後にMRIで評価を行い,かつ遺伝子型解析アレイデータのある1691人としています.参加者はすべてヨーロッパ系で,女性が51%,平均年齢70.3歳.ARIAはARIA-E(浮腫)31%,ARIA-H(微小出血)19%,ARIA-H(脳表シデローシス)14%に認めました.
さてGWASの結果ですが,APOE locusを含んでいる19番染色体遺伝子座でゲノムワイドに有意な(p ApoE遺伝子のみ調べればリスク評価ができることになります).
APOEとARIAとの関連はε3/ε3を基準にすると,ε4/ε4ホモ接合では,ARIA-E,ARIA-H(微小出血),ARIA-H(脳表シデローシス)の順に,オッズ比(OR)4.28, 4.58, 7.84(p ,またε3/ε4ヘテロ接合ではOR 1.74, 1.46, 3.14(p ≤ 0.03)で,やはりε4は強力なARIAの危険因子でした.さらにε4/ε4ホモ接合では,MRI画像上,重度のARIA(OR 7.04-24.64,p≦2.72×10-5)の確率が高いことも分かりました(軽度のARIA;OR 3.19-5.00,p≦1.37×10-5).さらにAPOEε4は症候性(ε4/ε4 OR = 3.64-9.52; p < 0.004)と無症候性(ε4/ε4 OR = 4.20-7.94, p
結論として,現時点でARIAのリスクとゲノムワイドに有意な強い関連が同定されたのはAPOE遺伝子のみということになります.この知見はアデュカヌマブよりアミロイドβ除去効果の強いレカネマブ/ドナネマブでより重要な問題になります.リスク・ベネフィットに基づく治療の決定,そして何より患者の安全に極めて重要な問題で,日本でも米国のレカネマブ適正使用ガイドラインで定められたのと同様に,「レカネマブ治療開始前にApoE遺伝子検査を推奨すべき」と考えられます.レカネマブ/ドナネマブの臨床試験で「ε4/ε4ホモ接合の患者は参加者の16-17%程度」含まれますが,これらの患者の認知機能が長期的にむしろ悪化しないのかとても気になります.
しかし現時点でAPOE遺伝子検査は日本では保険適応外です.選択肢としては,①遺伝子診断は行わず,ARIAのリスクの高い人にもblindで治療を行う(=非オーダーメイド医療),②遺伝子検査を自施設で行う(一部の研究機関のみ),③遺伝子検査を自費・外注で行う(2万円前後)かと思います.私達は②が困難なので,③をするしかないと考えていますが,本来,ApoE遺伝子検査を保険適応にした上で,治療開始前に検査すべきだろうと思います.ただしApoE遺伝子を検査することは本人だけではなく,家族にも大きな影響をもたらすことから,すでに報告されているように,医療機関は以下のような準備が必要となります(JAMA Neurol. 2023 May 1;80(5):431-432).
1. 診断結果を,適切に患者・家族に開示するコミュニケーション・スキルを身につける.
2. 開示後のカウンセリングを身につける.とくにε4キャリアが判明し,レカネマブを使用しないことになった患者・家族への対応は重要.
3. ε4キャリアは,脳卒中,てんかんなどのリスクが高いことを意識した診療を行う.
4. 親の診断結果から,その子がε4キャリアであり,将来,ADを発症するリスクを推察できるため,子どもへの配慮を行う.
5. 患者や子が受けうる遺伝的差別に対する既存の法的保護,その限界,および経済的差別(保険適用を拒否や高い保険料等)について認識する必要がある.
◆各医療機関でApoE遺伝子をどうされているのか,意見交換をしたいです.
◆来年,岐阜で開催する第14回日本脳血管・認知症学会総会(Vas-Cog Japan)では「脳と血管を意識した認知症治療新時代における治療戦略」をテーマとして行います.レカネマブ開始後のさまざまな課題を議論する会にしたいと思い準備していますので,会員・非会員を問わず,多くの方にご参加いただきたいと思います.
Loomis SJ et al. Genome-Wide Association Studies of ARIA From the Aducanumab Phase 3 ENGAGE and EMERGE Studies. Neurology. February 13, 2024 issue102 (3)
チームはENGAGE試験/EMERGE試験の参加者を対象に,ARIAのゲノムワイド関連研究(GWAS)を行っています.対象はITT解析をした3285人の参加者のうち,少なくとも1回,治療後にMRIで評価を行い,かつ遺伝子型解析アレイデータのある1691人としています.参加者はすべてヨーロッパ系で,女性が51%,平均年齢70.3歳.ARIAはARIA-E(浮腫)31%,ARIA-H(微小出血)19%,ARIA-H(脳表シデローシス)14%に認めました.
さてGWASの結果ですが,APOE locusを含んでいる19番染色体遺伝子座でゲノムワイドに有意な(p ApoE遺伝子のみ調べればリスク評価ができることになります).
APOEとARIAとの関連はε3/ε3を基準にすると,ε4/ε4ホモ接合では,ARIA-E,ARIA-H(微小出血),ARIA-H(脳表シデローシス)の順に,オッズ比(OR)4.28, 4.58, 7.84(p ,またε3/ε4ヘテロ接合ではOR 1.74, 1.46, 3.14(p ≤ 0.03)で,やはりε4は強力なARIAの危険因子でした.さらにε4/ε4ホモ接合では,MRI画像上,重度のARIA(OR 7.04-24.64,p≦2.72×10-5)の確率が高いことも分かりました(軽度のARIA;OR 3.19-5.00,p≦1.37×10-5).さらにAPOEε4は症候性(ε4/ε4 OR = 3.64-9.52; p < 0.004)と無症候性(ε4/ε4 OR = 4.20-7.94, p
結論として,現時点でARIAのリスクとゲノムワイドに有意な強い関連が同定されたのはAPOE遺伝子のみということになります.この知見はアデュカヌマブよりアミロイドβ除去効果の強いレカネマブ/ドナネマブでより重要な問題になります.リスク・ベネフィットに基づく治療の決定,そして何より患者の安全に極めて重要な問題で,日本でも米国のレカネマブ適正使用ガイドラインで定められたのと同様に,「レカネマブ治療開始前にApoE遺伝子検査を推奨すべき」と考えられます.レカネマブ/ドナネマブの臨床試験で「ε4/ε4ホモ接合の患者は参加者の16-17%程度」含まれますが,これらの患者の認知機能が長期的にむしろ悪化しないのかとても気になります.
しかし現時点でAPOE遺伝子検査は日本では保険適応外です.選択肢としては,①遺伝子診断は行わず,ARIAのリスクの高い人にもblindで治療を行う(=非オーダーメイド医療),②遺伝子検査を自施設で行う(一部の研究機関のみ),③遺伝子検査を自費・外注で行う(2万円前後)かと思います.私達は②が困難なので,③をするしかないと考えていますが,本来,ApoE遺伝子検査を保険適応にした上で,治療開始前に検査すべきだろうと思います.ただしApoE遺伝子を検査することは本人だけではなく,家族にも大きな影響をもたらすことから,すでに報告されているように,医療機関は以下のような準備が必要となります(JAMA Neurol. 2023 May 1;80(5):431-432).
1. 診断結果を,適切に患者・家族に開示するコミュニケーション・スキルを身につける.
2. 開示後のカウンセリングを身につける.とくにε4キャリアが判明し,レカネマブを使用しないことになった患者・家族への対応は重要.
3. ε4キャリアは,脳卒中,てんかんなどのリスクが高いことを意識した診療を行う.
4. 親の診断結果から,その子がε4キャリアであり,将来,ADを発症するリスクを推察できるため,子どもへの配慮を行う.
5. 患者や子が受けうる遺伝的差別に対する既存の法的保護,その限界,および経済的差別(保険適用を拒否や高い保険料等)について認識する必要がある.
◆各医療機関でApoE遺伝子をどうされているのか,意見交換をしたいです.
◆来年,岐阜で開催する第14回日本脳血管・認知症学会総会(Vas-Cog Japan)では「脳と血管を意識した認知症治療新時代における治療戦略」をテーマとして行います.レカネマブ開始後のさまざまな課題を議論する会にしたいと思い準備していますので,会員・非会員を問わず,多くの方にご参加いただきたいと思います.
Loomis SJ et al. Genome-Wide Association Studies of ARIA From the Aducanumab Phase 3 ENGAGE and EMERGE Studies. Neurology. February 13, 2024 issue102 (3)