Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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COVID-19 脳への感染とセンメルヴェイス反射

2023年12月21日 | 運動異常症
センメルヴェイス反射(Semmelweis reflex)」をご存知でしょうか?反射と言っても神経診察の教科書には載っていません.オーストリアの医師Semmelweis(1818-1865;図)は,出産した母親が産褥熱で死亡する原因が,分娩を担当した医師の手が汚染していたためであることに気づき,予防法として次亜塩素酸カルシウムを使用した手洗いを提唱,これにより死亡を劇的に減少させることに成功しました.しかし周囲の医師は長年行ってきた自分たちのやり方が母子の死の原因であったという指摘を認めず,批判し,彼を医療界から排斥しました.このように「通説にそぐわない事実を拒絶し認めないこと」を「センメルヴェイス反射」と呼びます.



さて米国UCデービス校のDr. Danielle Beckmanは,Twitter(@DaniBeckman)で脳へのSARS-CoV-2ウイルス感染を認めない研究者達の態度を「センメルヴェイス反射」として批判しています.パンデミック当初,多くの研究が,このウイルスは脳細胞には感染しないと断定し,神経細胞にACE2受容体もないと報告しましたが,その後,嗅覚伝導路を介して感染・伝播するだけでなく(Cell Rep. 2022;41(5):111573),複製することが示されました(Nature 612, 758–763 (2022)).

下図は彼女がTwitterで提示したものですが(おそらくサルの感染実験です),スパイクタンパク(🟣)が脳のほとんどすべての細胞に認められ(ニューロンやグリア細胞のACE2受容体に結合しているそうです),ウイルスの複製を示す二本鎖RNA(🔴)が神経細胞の細胞体(🟢)にのみ認めます.つまりこのウイルスは複製するためには神経細胞を好んで使うようです.そして軸索はビーズ状になり,断片化,変性しますが,ウイルスが軸索輸送を利用して伝播し障害を受けたためと考えられます.



病理学的検索でウイルスが検出されなかった理由として,神経向性ウイルス感染症の過去の実験モデルで,ウイルス感染後すぐに脳からウイルスが排除される事例があること,ほとんどの剖検研究では組織処理までの時間が動物モデルと比べ長く変化しやすいこと,感染神経細胞は早期に死滅し,検出を免れている可能性があることを挙げています.

また動物実験でも通常のマウスではACE受容体にウイルスが結合しないため,サルを用いるか,ヒトACE2受容体を発現する遺伝子改変マウスを使用する必要がありますが,ほとんどの研究室はこれらを利用することができないため,感染を確認できないようです.

SARS-CoV-2ウイルスが脳に感染し,さまざまな機序で認知機能障害を引き起こしうることを理解し,極力感染防止を行う必要があります.「センメルヴェイス反射」に陥ることなく科学的事実を認め,対策を立てる必要があります.

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