Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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機能性神経障害の診療に必要なdouble vision(複視) 

2023年01月17日 | 運動異常症
Brain誌のEssay Competition 2022を受賞したエッセイ「double vision」を読みました.ドイツの脳神経内科医が書いたものです.救急室に搬送された20代前半の女性がベッドの上で激しく痙攣している場面から始まります.実習中の医学生は,その姿にエクソシストの悪魔祓いの儀式を連想します.医療者のひとりがおもむろに彼女の手を取り,彼女の頭上高く持ち上げ,顔をめがけてそのまま落下させました.その手は彼女の顔を避けて落下しました.緊迫した場面は,彼女ひとりを除いて突然終了しました.真のてんかん発作ではないと判断されたわけです.痙攣しつづける彼女は強く眼を閉じていました.

発作中の閉眼は「心因性非てんかん発作(psychogenic non-epileptic seizures; PNES)」の特徴的所見です.てんかん発作とよく似るものの,心理的な要因により生じます.救急搬送された痙攣患者の約10%とも言われています.この疾患のメカニズムは十分に解明されていません.しかしPNESには特徴があって,上述の発作中の閉眼のほか,頻回の発作,長い発作時間,強直相→間代相といったパターンがなく動揺すること,骨盤を突き上げるような動きが見られることなどが教科書に記載されています.

著者はPNESのような機能性神経疾患を診療するときに,医師は病気を理解すると同時に,病気をかかえた人を診るという,2つの視点,すなわち複視を習得する必要があると言っています.つまり「発作中に閉眼している患者はPNESである」というだけではなく,ぎゅっと目をつぶることが,普遍的な苦悩の表現であるという直感的な理解が必要だと強調しています.診断の感度を上げることを優先して,人としての感性を鈍らせてはいけないということです.患者に対する共感的なアプローチにもとづいて医師が発する言葉や態度は患者の癒やしになります.「手は患者に差し伸べるためにあり,患者の頭上に落とすためにあるのではない」と最後に述べていてハッとさせられます.素晴らしいエッセイですので,ぜひ原文をお読みいただければと思います.

ちなみに下図の素敵なイラストが挿絵になっていました.画像生成AIを用いて,エゴン・シーレ風に著者が作成したものだそうです.エゴン・シーレ(1890-1918)は28歳で夭折したオーストリアの画家です.ジストニアを思わせる捻れたモデルの絵が多くあります.サルペトリエール病院からのヒステリーなどの患者にも影響を受けたそうで(Brain Nerve 73;1341-5, 2021),そのために挿絵に選ばれたのかなと思いました.

Popkirov S. Brain 146;2–3:2023
東京都美術館 エゴン・シーレ展




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