つれづれなるままに  1392 爺様を拾った

2011-10-29 19:41:53 | 雑記

今日は午後から10月観劇会、ぎりぎりに家をでバス停に到着、向こうから家の手すりによっんばいになって来るお年寄り、近づいてどうしましたかと声を掛けました。バスに乗るとのこと、どうにか立ち上がらせバス停に連れてきましたがバスに1人で乗ることは無理の様子、いろいろ訊ねてみると、どうも老人ホームから出てきた様子、老人手帳など見せていただき住所は確認しました。

話によると、バスに乗って買い物に出て来た様子、誰かがバスに乗せてくれたのでしょうか、バスを降りたがここがどこかわからなくなったようすです。バスを降りてから国道を渡って向かいのバス停まで、誰かが付き添って途中までは連れてきた様子です、その後、私が見たのかもしれません。本人はバスに乗ったところまでは戻り後はタクシーにてホームに帰ると、ホームの名前もはっきりと答えましたので、どうにかバスに乗せて、指定された場所におろしてあげました。

さて問題はタクシー・・わたしも急いでいるので降りることもできず、、つい・・バスの運転手さんに、おじいさん拾ってしまい・・・・、今タクシーを近くの方に頼むのでチョット待ってと声を掛けました。 えー、拾った・・・と運転手さんは戸惑いながらも降りてきて、バス停の近くで仕事をしている方に、タクシーの手配をテキパキと頼んでくれました。

多くの皆さんの助けで無事戻ったことでしょう。

ホームに行くバス停を教えてくれたり、おじいさんをよろしくと頼みながら降りて行ったおばあさんたち、降りて来てタクシーを手配してくれた定鉄バスの運転手さん、ご苦労さんと声を掛けてくれた人たちもみなさんありがとうございました。おじいさんも無事老人手帳の住所に戻ったことでしょう。

徘徊までは行きませんが家に帰れなくらる高齢者が増えてきています。みなさんの善意が、心配りが、行方不明になる高齢者を救うことができます。チョットおかしいと思ったら声を掛けてみてください。助けを待っているかもしれません。


つれづれなるままに    1391  全国会議に出席して

2011-10-29 10:00:22 | 雑記

一泊での東京、霞が関ビルでの全国会議、この仕事に携わり初めての参加でした。東日本大震災において市や県、町村はどのような取り組みをしたか、このような災害に対してのマニアルができていたか、マニアル通りに行動できたか、石巻のように、地震、津波の時は関係者すべてが同じ仕事場にいたこともあり直ちに災害ボランティアセンターが立ち上がったところもありますが、宮古市のように行政の非常時の行動が計画されていず、行動を起こしたのは普段役割を担っていない住民であったと報告されました。今回は専門的な話が多く、私共のボランレィアを主として活動している者にとっては、難しい研修内容でしたが、専門職の方たちと、レポート発表やシンポジュウム、行政の仕事を垣間見たような気がしました。

東京に着いてすぐ会場に、霞が関、官庁街でしょうか、ビル40階以上ももありそうなビルが連立、壁のような圧迫感を感じつつ、2日間缶詰状態で講義を受けたのは何年ぶりでしょう。不思議に充実感を味わいながら戻ってきました。

朝、外に出てみました。ホテルは愛宕山の近く、ビルの間から東京タワーがくっきりと、愛宕神社「出世の石段」800段だとか、見上げるほどの急な階段、さすが東京、近くにエレベーターが設置されて、それを利用して愛宕神社詣で。

     

研修会風景、私たちはメモを・・若手はパソコンを開いて、どんどん打ち込んでいく、感心しながら、すごい・・・。

       

       5時頃の飛行機、機内から富士山が夕焼けの中にうっすらと・・お疲れ様でした。