ムンク展(兵庫県立美術館)
江嵜企画代表・Ken
「ムンク展」が、神戸市にある兵庫県立美術館(078-262-0901)で開催されており、楽しみにして出かけた。JR神戸線灘駅下車徒歩15分、阪神電車岩屋駅下車なら徒歩10分六甲山を背にして海側に向かって直進、緩やかな坂を下ると美術館の建物が目に入る。
「ムンクの叫び」という、頬のこけた顔の絵の印象があまりにも強烈で、「あの人の絵はどうもね」、という人が結構多い。さにあらずである。3月30日まで開催されているから、時間の許す方は、是非一度、「ムンク展」へお運びいただきたい。
「ムンク 愛のレクイエム」という映画の特別上映会を、同美術館ギャラリーで観賞する機会(1月25日)にも恵まれ、改めてムンクという画家の真骨頂を教えられた次第である。
展覧会会場でスケッチをしていると、係員がすぐに飛んできてよく注意を受ける。たまたま椅子が置いてある前の絵を、覚悟の上で、スケッチを始めたが、お咎めもなく、ラッキーだった。「これがムンクの絵?!」という目を疑うような、明るい色調の絵が多数、並んでいた。
スケッチした絵は1904年描いた「リンデ・フリーズ」の連作の一部である。ムンクは、1903年、ライプチヒにあるアトリエで、「絵を一緒に並べると、ひとつの交響曲になった。作品同士が響きあう。」という言葉を残している。ムンクは、作品群を「生命のフリーズ」と呼んだ。
ムンクは、オスロ大学講堂、フレイア・チョコレート工場、オスロ支庁舎などの壁面に絵を並べている。オスロ大学では、ムンクの絵に囲まれて、ノーベル賞受賞式が行われたということも今回の展覧会ではじめて知った。
チョコレート工場では、食堂の壁を、ムンクの絵が取り囲んでいる。会場に用意されたビデオ映像で、工場の従業員が食事する様子が紹介されている。そこには「頬のこけた」絵など一枚もない。色がなんと明るく、かつ優しいことか。見ていて、安らぎを覚える。
ムンクは、1863年12月12日、ノルウエー、オスローで生まれた。父は医者、5人兄妹。5歳のとき母をなくし、8年後、14歳のときに、姉を結核でなくす。自らも胸を患うが奇跡的に助かる。特に姉の死が終生付きまとっていたようだ。
病魔との闘い、死の恐怖が、ムンクの原体験として、ムンクの絵に色濃く浸み込む。有名な「叫び」の絵は、「絶望」、「不安」と言う三枚の絵の連作のひとつである。「叫び」だけが一人歩きしたことも今回はじめて知った。
映画「ムンク 愛のレクイエム」(監督:ピーター・ワトキンス)では、恋人ハイベルグ夫人が、ムンクの人生と作品に大いに関わったことを教えてくれる。映画は、ムンクの青年期、恋人との愛の日々を生々しく伝えていた。ムンクは「日記」を丹念につけていた。この映画も「日記」に忠実に作られた。
映画は、ムンクの絵が、彼が存命中、いかに悪評ふんぷんだったことも教えている。、個展を開くたびに、「ムンクの絵は落書きだ!!」、「個展会場を直ちに撤去しろ!!」とたたかれた。マスコミも悪評を煽った。ムンクは評判の余りの悪さにしばしば落ちこむ。絵を描き直す場面もリアルに映画は写していた。
今回、神戸で開かれている、「ムンク展」には、オスロ市立ムンク美術館所蔵作品を中心にデッサンも含めて108点の展示は見事である。
ムンクは「叫び」の絵一枚だけの画家ではない。ムンクは、装飾性にも優れた多くの作品を残し、今も、多くの人の心を癒し続けていることを教えられた次第である。(了)