作家 松井今朝子さん・よみうり読書サロン
江嵜企画代表・Ken
昨年「吉原手引草」で直木賞を受賞された時代小説作家の松井今朝子さん(54)をゲストに迎えて「よみうり読書 芦屋サロン」が芦屋ルナホールで9月26日午後2時から開かれ家族と出かけた。
会場には1時半過ぎに着いた。しかし350人ある席も既に場所取りの荷物が置かれており大いに閉口した。後部席だったが席が確保できたのでいつものように着くなり会場の様子をスケッチした。松井今朝子さんと聞き手の浪川知子さんを最後に入れて仕上げた。
今回の催しのために書き下ろした原稿用紙9枚半の小説「封じられた匣(はこ)」から話がスタートした。
聞き手の讀賣新聞文化部の浪川さんの周到に準備された質問にまず感心した。質問に当意即妙とはこのことかと思うばかりの見事な応対を聞いていると彼女のふところの深さというか人生の厚みさえ感じた。
時代小説は10年前に始めた。それまでは歌舞伎のシナリオライターだった。その時の蓄積がその後の作家活動にも遺憾なく発揮されていることもわかった。
松井さんの時代小説には恵まれない立場におかれた人が描かれている。しかもそれが女ではなく男である。どうしてそうなのか。自分が女であることがまずある。自分達の年代ではまだ今のような男女均等法もなかった。女の立場は弱かった。弱い立場の女だから同じ立場の男をリアルに書くことが出来たと話された。
明治初期、日本は日本人みんなが翻弄された時代だった。グローバリーゼーションの走りを既に経験していた。当時の日本人がどんなに必死になって乗り切ろうとして生きていたか。それは明治時代の新聞に生々しく出ているがバブルもあった。不況もあった。
汚職もあった。汚職には過酷な刑罰が科せられた。今と何か共通なものというか、今の我々として共感できるものがあればいいなと思いながら時代小説の中でも取り上げて書いていると話された。
大阪を描いた作品がある。大坂と江戸の違いを聞かれた。江戸は人口100万いて武士が50万いた。大坂は人口40万で武士は2000人のみだった。いろんなことが全部違う。まず気質が違う。東京の人はお上中心だ。お上に守ってもらえるので待っている。大阪は自分のことは自分で守らないと生きていけない。
大坂の橋には全て個人の名前がついている。東京の橋には個人の名前はない。大坂は個人の自治体の町だった。
大坂ものの小説を書くのは母親が大阪生まれであるせいもある。京都で生まれて子供時代は京都で育った。大学からはずっと東京で暮らしている。今日のような公の場所では標準語で喋る。普段はべらべらの関西弁だといって会場を沸かせた。
小説を読める人と読めない人がいるという話も出た。聞いていて新鮮だった。小説を読むには想像力が必要である。想像力がないとどうにもならないと穏やかなお顔の松井さんからは想像も出来ない厳しい言葉が飛び出した。
会場からの質問者が「自分の孫をみていても想像力に欠けていると感じる。想像力を豊かにさせるためにはどうすればいいか」と聞いた。
松井さんは自分は子供がいないのでよくわからないがと、前置きして
「自分達が子供の頃は、寝転がってずーっと雲をよく見ていた。暇があるから妄想したり想像していた。今の子供は分刻みで忙しい。脳に遊びがない。脳がきちきちの服を着ているようなものだ。いろいろな面で目一杯だ。ご飯もおなか一杯食べている。それでは想像力は出てこないだろうなとおもう」と答えられ、大いに共鳴した。
恥ずかしながらいまのいままで一度も松井今朝子さんの時代小説を読んだことがない。これを機会にまず大阪をテーマにした時代小説から読んで見たいと思う次第である。(了)