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エッセイとショートショートと―あちこち話が飛びますが

「愛の実践者」

2006-01-15 08:42:51 | ショートショート
 むかしむかし、ある所にひとりの赤ん坊が生まれた。むかしむかし、というのは筆者にもよくわからないが、平安の時代だとも、もっとずっと前だとも、またそれ以降だとも言われている。
 生まれたのは、今でいう4月の上旬だったとも、12月の下旬だったとも言われているが、これもよくわかっていない。なんでも、生まれてすぐに「古今東西唯我独尊。アーメンソーメン冷やソーメン」と言ったということだが、これは後世の作り話であろう。
 しかし、そんな逸話が残っているくらいだから、生まれた時からどこか他の赤ん坊とは違ったところがあったのだろう。特に知能の発達は目ざましく、知能指数を計算すれば4ケタになったのではないかと伝えられている。
 いま風に言えば宗教的天才といったところだろうか。その、身の周りのものに対する愛情の念はすさまじかったらしく、母親に対してさえ、生まれた翌日には慈悲の目を向けたと言われている。

 生後半年ほど経ったころ、この赤ん坊がカゼをひいてしまった。もちろん生まれて初めての病気であった。しかし赤ん坊はその愛の精神に則り、セキもクシャミもこらえ、また薬を飲むことをも拒んだ。
 つまりこういうことらしい。セキやクシャミはウイルスを空中にまき散らし、周りの人間にカゼを移すことになる。これは彼の愛の精神に反した。また、薬の服用はカゼのウイルスを殺すことになる。ウイルスといえども生き物だ。「生き物を大切にしよう」という、これまた愛の精神に反した。だから彼は、いずれをも拒んだのだ。
 こうして赤ん坊は、カゼをひいた3日後に死んでしまった。原因はカゼによる衰弱だとも、我慢に我慢を重ねた上の狂い死にだとも言われている。

 我々はこの赤ん坊を見習うべきではなかろうか。彼こそは、愛の実践者ではないだろうか。


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