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エッセイとショートショートと―あちこち話が飛びますが

「笑顔」

2006-04-02 08:57:57 | ショートショート
 イジイジした性格を直したくて、「自己改造セミナー」なるものに参加することにした。20万円はちと痛かったが、あとあとのためだ、と踏ん切りをつけた。

 まるまる1週間、外界との接触をいっさい絶った環境で、さまざまな訓練が行なわれた。姿勢の正し方に始まり、呼吸法、歩き方に話し方。顔の表情に目の表情、挨拶の仕方に身振りの仕方。もちろん、人生を勝ち取るための思考方法もみっちり。しかし一番マイったのは、笑顔の作り方だった。
 入所して最初にやったのが身上調査。自分の性格分析から得意なもの苦手なもの、初恋の思い出やら楽しかった出来事など、こと細かに調査票に書かされた。1日目はそれだけで終わり、覚悟して入っただけに、何だか拍子抜けしたものだった。
 ところがこれがクセ者で、聞き出した事項を分析したのか、残り3日のコースでは、こちらが絶対に笑えないような状況を設定してきたのだ。講師と受講者とでロールプレイングのような寸劇を演じるのだが、カン詰め状態が続いているから、セミナーとはいってもその中では現実。どんな状況であっても、そこを笑うよう訓練させられる。正直言って、これは本当にツラかった。だから、最終日に修了証をもらった時は、特訓の成果というわけではないが、心からの笑顔が出たものだ。

 もう何も怖くはなかった。久々に出社した時、街を歩く人たちの表情はあきれ返るほど沈みきっていた。たった1週間で、こうも自分が変わってしまうものなのか、こうも人を見る目が変わってしまうものなのか。自信がみなぎっているのが、自分でもわかった。
 さらに会社の奴らの顔ときたら、もうどうしようもないほど暗い顔をしていた。おいおい…。
「おはようございます!」
 フロア中に響き渡る、澄み切った声で、そしてけさも鏡で見て自分でもホレボレした笑顔でもって、挨拶をした。ついこの間までは、考えられなかったことだ。
 しかし返ってきたのは、
「会社ツブれたってえのに、よく笑っていられるなあ」という言葉。
 続いて、
「おい、いつまで笑ってんだ…」

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