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エッセイとショートショートと―あちこち話が飛びますが

「うるさい!」

2010-08-15 08:51:43 | ショートショート
 虫たちの鳴き声に包まれながら眠りに就き、野鳥のさえずりで目を覚ます…以前なら考えられないほどの、心静かな生活。
 ここに移り住んで早5年。もうそんなになるのか。
 何より、きょうも一日人間の声を聞かずに済むと思うだけで、気分がせいせいする。

 それまでは死にそうな生活だった。会社の品質総責任者として、朝から晩まで工程トラブル/納品トラブルをはじめ、顧客からのクレーム、それに部署間の調整、果ては悪くなった人間関係の面倒見まで。
 一番ツラかったのは〈知らんぷり〉ができないこと。何かしら自分の仕事と関わりがあるため、会社内のありとあらゆることに、注意を払っていなくてはならない。
 日々何十件と届くメールや近くでの会話はもちろん、何かの立ち話をたまたま通りかかれば「今の話聞いたと思いますが、どうしましょうか」と来る。「聞いてない」と言っても縷々説明してくるし、「うるさい!」と耳をふさぎたくなることもしょっちゅう。ただ立場上そうも行かず、その都度コメントしたり指示出したり、時には自ら走り回ることも。聞かなきゃ良かった、と思うこともしばしば。
 中には、昔の不手際を責められているような気にさせられるものもあって、よく憂鬱になったものだ。

 家に帰ったら帰ったで女房に小言を言われるし(今考えれば、いつも遅いんで不平不満がたまっていたのだろう)。気晴らしにとテレビ見ていたら、すぐそばで子供とおしゃべり始めるし、電話が来りゃ大声で話すし、食器洗いの音もガチャカチャうるさい。テレビが聞こえやしない。
 分からない人には分からないだろうが、会社でも家庭でも心落ち着くことがなく、早期退職制度を利用して会社辞めるついでに、女房子供とも別居することにした次第。

 まあ今となってはそれもいい思い出。耳に入るのは、鳥のさえずりに虫の鳴き声、それに小川のせせらぎや葉っぱの擦れる音。鳥たちと、会話しているような気分にもなってくる。
 そして最近、彼らの言っていることがわかるようになってきた。
『ちょっとー、ここの小屋の人って、ひげボウボウでヤボったくない?』
『そうだね。いつもニヤニヤして気持ち悪いしね』
『あ、こっち見てる。何考えてんだろ』

 意味のない音楽として聞いているうちは良かったが、言葉として聞こえてくるようになると、徐々に、耳障りになってくる。だんだん、うっとうしくなってくる。次第に、いらいらしてくる。
「…う、うるさい!」

『おじさん、何かわめいている。やだ、ちょっと怖い…』


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