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エッセイとショートショートと―あちこち話が飛びますが

「解決する男」

2011-04-10 09:57:07 | ショートショート
 とあるメーカーの、とあるベテラン社員の話。

 月に1度、社内の品質会議を主催するのがその男の主な業務であった。
 毎回毎回、それこそ種々雑多な問題が取り上げられ、主催者として、コメントなり解決策を求められるのは当たり前のこと。それは事前に話のあったものはもちろん、「ところで…」といって切り出されるまったく別の問題まで。
 最初のうちはしどろもどろになっていたが、普段から課題に直面することはしばしばであったし、また長年やっていれば、パターンというのがわかってきて、どんな質問・課題にもいつしか答えられるようになってきた。
 もちろん本人の努力というものもある。よく勉強したし、あちこち関連する職場に顔を出しては話をしながら情報を入手したし、苦手だった先輩や後輩とのつながりも大事にするようにした。

 だからたまに難しい問題が出てきても、ひと晩考えるか、誰か詳しい者にでも相談すれば、翌日には見事な解決策が出てくるのであった。たとえ問題の解消には至らなくとも、どうすればいつまでに解決するかの答えが。
 当初はあまりの手際の良さに、あちこちからやっかみの声もあったのだが、何より皆助かっていることでもあるし、その飾らぬ人柄に、いつしかそういう声も聞かれなくなったのである。
 頭は〈切れる〉にもかかわらず、その語り口は決して〈立て板に水〉といったものではなく、むしろ朴訥としたもので、それがまた周囲の好感を呼ぶのであった。

 ある日の会議のこと。いつも以上の難問が出され、周りの視線を浴びながら明快な解決策を示したあと、男はある種の虚しさを感じるのであった。どんな問題にも答えを出して、それで皆は安堵し、ますます頼りにされ、会社も安泰なのであるが、男としてはどうも物足りない。面白くないというか、何か、答えられない問題というのはないのか…。
 しかし人間関係含め、会社のかなり細かいところまで知り尽くした男にとって、それはいささか無理というものだった。ふと転職ということも頭をよぎったが、仮に転職したとしても、同じように努力して、やがてその会社の問題すべてを解決していくことになるだろう。
 身に付いた習性というのか、素晴らしい思考回路が出来上がっているため、問題に行き詰ることはない。分からないフリはできても、本当に分からない、ということはできないものだ。

 会社ではもちろん、家に帰っても、休日でも、旅行に出ても、常に仕事のことを考え続けている。それが何十年も続いているのであるから、最近じゃそれが当たり前になってはいるのだが、ふと、昔はもっと脳ミソのんびりしていたものだがなあ、と思うのである。今は、常に頭がフル回転しているというのか。
 だから、夜中あるいは明け方に目がさめ、考え込むこともしばしば。従って寝不足となり、仕事中・会議中も居眠りすることが多いのだが、調べ尽くし考え抜いているから答えは容易に出てくる。それでまた周囲は助かるのである。

 そろそろ定年だし、こういう生活もようやく終わりになるところだが、社長からは「顧問としてしばらく残ってはくれないか」と言われている。
「こうなりゃボケるしかないのかなあ…」と思う次第。


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