思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

事実学は事実人しかつくらないー?(完)

2007-11-21 | 恋知(哲学)

内的世界の形成のための基本の条件は、【自分が引き付けられることに集中する時間をもつこと】です。既存の路線に沿って「こなす」ことをしていてもダメです。自分の創意工夫と試行錯誤でつくる世界を持たないと、内面世界はつくれません。
自分からする創意工夫と試行錯誤の営み抜きには、けっして人が独自世界をひらくことはないのです。「型にはまった個性!?」の演出は空しいだけです。【好きなことを自分のやりかたで追求する】、その営みを続けることで、少しずつその人の独自の内面世界は形成されていきます。

したがって、余裕のないスケジュールに縛られた生活を送れば、心のエロースは開発されず、精神世界=内面世界が形成されることはありません。
現代の優秀と言われる子どもたちの生活をみると、細かく管理され、時間を縛られていて、自由がありません。優秀と言われる子ほど心の世界が単調で機械的です。【固く決まりきった理屈】と【紋切り型の感情】に支配されていては、生の意味・価値は減じてしまいます。内側からはエロースがやってきません。

「事実学」を累積した人間を優秀だと考えるような社会では、「事実人」でしかない人間が増え、新たな事態に対応することのできない紋切り型の「優秀人」(という名の愚か者)が評価されます。自分から始まる世界をもち、「意味論」としての知を生きる人間はあまり評価されないことになりますが、それでは【根源的不幸の社会】を生んでしまいます。
幸福とは、内から湧き上がる力=情熱がなければ得られません。魅力ある人間、悦びの人生をつくるのは、【意味の濃さ】です。事実学は事実人しかつくりません。

その内面世界を鍛え、豊かにする必須の手段が対話・討論です。内面世界を「自分教」に陥らずに深め広げるには、日常的な「自由対話」の実践が求められます。閉じれば腐るのです。民主主義とは政治の体制ではなく、人間の生き方のことだと思います。事実学の累積は「エリート主義」しか生まず、意味論の探求は豊かな人間性を育むことで「民主主義」を生むのです。

武田康弘





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする