★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

ジャンヌ・ダルク

2014-11-18 23:47:46 | 映画


高峰秀子とか満島ひかりとかの映画を観ていると、ジャンヌ・ダルクみたいだなと思う。「我に続け」という声が聞こえるのである。

高倉健が死んだそうだが、私が物心ついたときにはあまり映画に出なくなっていた気がする。「鉄道員」とか一応みたが、敗残兵という感じがしないでもなかった。私はどっちかというと菅原文太の方が好きであるが、なにか高倉健は戦後の罪と罰と義理と人情と労働と……その他諸々を背負っている気がして辛かったからである。それに比べると菅原文太はバッカスという感じだ。でも、彼の映画も、みた後で、「日常に帰らなきゃ」とか「ごめんなさい」という感情が湧いて来てしまう。戦後のヤクザ映画は「反省」を強いる作品だった。そういう「反省」が強さを持つのが戦後であった。

「我に続け」の人たちの方がかっこいいなあ、私も生まれ変わったらジャンヌ・ダルクがいい。しかし、重要なのは、自分の状態のまま生まれ変わることであって、ふりをすることや一念発起することではない。