私の歌にも欲するところは気分である、陰影である、なつかしい情調の吐息である。……
(小さい藍色の毛虫が黄色な花粉にまみれて冷めたい亜鉛のベンチに匐つてゐる……)
私は歌を愛してゐる。さうしてその淡緑色の小さい毛虫のやうにしみじみと私の気分にまみれて、拙いながら真に感じた自分の歌を作つてゆく……
――北原白秋「桐の花」
柄谷行人がむかし、志賀直哉は気分の作家だったと言ってて、要するに、モダニズムだのポストモダニズムというのは気分である。しかし、この気分があるからこそ、時代を超えて持続的である。