農村地帯を行く……左手に見えてきているのが、由良山である。由良山は、1980年頃まで「由良石」の産地で人気であった。採掘が進み、山塊の一部が、一瞬オーストラリアに来たかと思うような恐ろしげな風貌になっている山である。皇居の東庭に使われていることは有名だし、広島原爆の、あの人影が映っている石は由良石だそうだ。
神社に着いた頃は片付けしてた……。が、まだまだおじいさん?達を中心にして元気に騒いでいた。子どもが少ないがこんなもんかもしれない。
神社の左手の登山道を少しゆくと、「由良角力土俵場跡」がある。
明暦三年(1657年)生まれの「鎌倉一学」であるが、なんと子孫が記念碑を建てていた……
いま気づいたんですが、角力って、目をこらすと「雨力」にみえる。
昨日ちゃんと見なかった部分をよく見る。
拝殿の象さん
酒呑童子さん
なんだかいやらしげに巻き付いている植物さん
そしてあっち側に少し入りかけているという雰囲気のなかで群れている地蔵さんたち
大師堂のみなさん
昨日まじまじとは見れなかった「玉取りの龍」。
この作品は、「逆巻く怒涛と玉取りの龍」とも言われるらしいが、作者の内伝秀蔵は、西浜村の出身。牟礼の仁平という石工の弟子で、京都で絵を勉強したあと30歳で讃岐に帰ってきて由良山の南に住んだらしい。昨日見た、甕塚玉垣にある「剣巻龍」や神社入口にあった「正一位清水大明神碑」の狛犬も彼の作品らしいのであるが……(https://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/myblog/54834/?blogid=404297)
やっぱり優秀な個人がいるかどうかですね……、先日、阿修羅像には光明皇后の母の愛が込められているとかテレビでやってたけど、母の愛で作品が創れたら誰も苦労はせん。つくった職人の技量、というか魂ですっ