★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

細くらうたげなる声を差し上げて

2018-09-18 23:07:43 | 文学


今日は、自己所有権に関する論文をいくつか読んだのだが……

「大安寺別当の女に嫁する男夢見る事」(『宇治拾遺物語』)は、恐ろしい話である。

夢が「非現実」などという根拠を与えられる以前の存在感をもうわれわれは分からなくなってしまっているが、いまだって、どうみても嘘とは思われないリアリティを持った夢はいくらでもある。わたくしは昔から眠りが浅く、結構夢を覚えているような気がするのだが――、時々、起きているときにはストーリーを忘れてしまっているけれども、明らかに小学生あたりから続いているもう一人の自分の現実の、続編が夢のなかで始まったりするから、夢のなかで驚いたりする。昔の人が前世とかあの世を信じたのは無理はない。

男は、大安寺の別当の娘を好きになりすぎて、夜に忍んでゆくだけでなく昼間にも行っていた。で昼寝していたときに、恐ろしい光景を見たのである。大安寺の僧や尼君以下の大勢の人たちが、鬼に押さえつけられ、銅を溶かした熱湯を飲まされているのである。交際相手の娘も飲まされている。

細くらうたげなる声を差し上げて泣く泣く飲む、目鼻より煙くゆり出づ


で、男も飲まされてそうになるところで目が覚めた。舅の部屋の方ではみんなで食事をしていて騒がしい。この騒ぎが彼の頭に反映してとか考えるのが我々だが、この男は、

寺の物を食ふにこそあるらめ、それがかくは見ゆるなり


と思うだけなのであった。仏物濫用を批判するのがこの話の趣旨であろうけれども、――最近の「ひるね姫」ではないが、昼寝というのはなにか現実と繋がっている感じを抱かせて妙な決断すら促すところがある気がする。この危険性を昔の人は分かっていたのかもしれない。上の男は、ただ、この寺の娘と疎遠になるだけであるが、もっと激しく、寺の人々を成敗しようとする人間だって出てこないとは限らない。

だいたい、あまりに娘が好きすぎて、という感情が、このような地獄を垣間見させるというのは、いまでもありそうである。だいたい女性を昼間みるものではないというのは、なんとなく分かる気がするのである。だから、――男は自分の姿を鬼として見た可能性だってあるのではなかろうか。ただ、こういうものを個人が背負うのは難しいから、夢がどこからかやってくるみたいな感覚もあるのかなあ……。いまは、悪夢を自分のせいにしなければならないから大変である。漱石だって、自分のせいにしすぎだったに違いない。

聖なれど無智なれば

2018-09-17 23:04:55 | 文学


「猟師仏を射る事」(『宇治拾遺物語』)はなんだか好きな話である。長年法華経の勉強をしてきた聖が夜に普賢菩薩をみるようになった。食事を運んでいた猟師に「一緒に拝みましょう」と持ちかけ、一緒に待っていると、今夜も象に乗って普賢菩薩がやってきた。ありがたがる聖であったが、「こんなおれにも見えるのはおかしいぞ」と疑念を持った猟師は、弓矢を放ってみた。すると血を流しながら何かが逃げて行く。

一町ばかり行きて谷の底に大きなる狸胸より尖矢を射通されて死にて伏せりけり

狸だったのだ。で、語り手は、仰々しく、

聖なれど無智なればかやうに化かされけるなり、猟師なれども慮ありければ狸を射害しその化を顕はしけるなり

と言っている。浮世離れしてしまった哀れな聖に対して常識を失わなかった猟師を評価しているようで、まことに通俗的であるが、考えてみると、猟師はいつも聖に食事を運んでいたわけであるから、その成果が出たと言えなくもないのであった。一方、聖には本当に普賢菩薩が見えていた可能性がわたくしは高いと思う。実際は、狸のへたくそな変装であったとしても、狸の変装如きを普賢菩薩と思ってしまうほどすさまじい境地(勘違い)に達していたのである。猟師にもみえるだろうと素直に誘ってしまうところも邪心がなさすぎる。この調子で、さっさと草庵を出て、何でもかんでも普賢菩薩に見えるその眼力をもって世の中を救いに出発すべきだったのである。こんな体験をしてからでは、どうせろくな還相回向にならず、ただの俗世間への帰還になるであろう。

で、猟師は普通の人なので、確かに普賢菩薩っぽい感じの映像は見えたのだが、それだけのことであった。そして矢を放ってしまった。

乱世のなかでは、やはり法華経を読みまくって普賢菩薩を幻視してしまうような境地が必要だったのである。普通の人は、常識があるから、狸の嘘も人間の嘘も見破ってしまう。そして矢を放つ。そして戦争だ。そうしてこの世は地獄である。『宇治拾遺物語』の話者はまったく事態が飲み込めておらぬ。

我が身は竹の林にあらねども

2018-09-16 23:57:38 | 文学


我が身は竹の林にあらねどもさたが衣をぬぎ掛くるかな

これは「播磨守為家の侍佐多の事」(『宇治拾遺物語』)にでてくるのだが、「捨身飼虎」の薩埵王子のエピソードをふまえないといけない歌であった。王子は着物を脱いで木にかけてから、七匹の虎の子どもたちの上にダイブして自分を食わせたのである。王子は釈迦の前世のひとである。

ところが、この歌の故事が分からなかった佐多という侍は激怒する。佐多は播磨の守の侍だったが、郡司のところに行っていた。郡司はだまされた哀れな女をひろって自分の家で裁縫などさせていたのであるが、郡司が美人を隠して囲っているぞ、と告げ口した従者の言葉を真に受けて、彼女の部屋に着物を嫌がらせに投げ込んだ。で、この歌が返ってきたのである。

佐多は主人にこの件をくどくどしく報告し、結局首になってしまう。

確かに、愚かな男だとは思うが、この男に告げ口した従者もいやなやつだし、和歌に対するコンプレックスなどみじんも感じさせないところが寧ろすがすがしい。とはいえ、最近の無知をむしろ誇りに思う人々の台頭を思うと、たぶんいけ好かないやつだったとは思う。昨今の、幇間的クレーマーの類いであろう。

ただ、結局、佐多に着物を投げられた女は、佐多に対してかなりバカにした態度をとったことは事実であって、佐多が仮に故事が分かったとしてもバカにされたことには変わりがない。そして、たぶん彼女は、佐多が有名な故事すら知らないことを見越しているのである。であるからして、佐多が怒るのはある意味無理はないのであった。

侍は侍なりに自分の肉体からくる充実と崇高さを感じているような連中であったにちがいなく、それを知の権威でからかうのは得策ではなかった。この権威があれなのは、読者にとって実際釈迦の権威と重なっているだけでなく、最終的には彼を首にした権力とも重なっているからである。したがって侍の側にこういうのを粉砕したい気持ちがでてくるのは当然である。これは単にやられた側の悔しさというより、知的に馬鹿にされたことからくる自らの「意味」に対する疑念がバネになっているように思えてならない。昨今のことを考えてみても、やはり自由への、つまり反抗への意志は、自分を「意味」づけることのできない欠乏からくることが多いように思う。

ところが、結局、意味を組織化するのは、佐多のようなタイプではない。昔風に言えば、プロレタリアートの中の知識人というものの絶対的な困難があるのである。この問題をあまりなめてはならないとわたくしは思う。ルサンチマンというのは予想を超えて知性に対する影響をコントロールできないものである。

チンピラ成金とイエスはもともと近いところから出発してはいるのである。

高嶺的・猟奇的

2018-09-15 19:19:16 | 映画


先週はちょっと寝床から起き上がれない状態だったのでテレビなぞを見てしまったのであるが、――石原さとみ主演の「高嶺の花」というドラマがネットでさんざ悪口を言われているようだったのでかわいそうで録画を一気にみてみた。面白かった。

石原さとみは華道の天才だが、「もう一人の自分」とやらが見えなくなってスランプである。どうやらその「もう一人」とは、それまで華道をやっていた人格らしいのだが、婚約者に結婚式をドタキャンされたこともあり、彼女はドツボにはまっていた。とはいえ、実はそれは家元(父)が仕組んだ罠だったのである。その月島流という流派は、「たゆたう光と影」を目指すもので、光と影という分裂をかかえる者のみが成し遂げられる芸術なのであった。――ということになっており、石原さとみも、そこらの自転車屋のにいちゃんをもてあそぶ(自分がやられてた、結婚式ドタキャンをする)ことによって、罪の意識を獲得して、といった行動でその光と影を獲得しようとするのであった。で、才能はいまいちの妹や、京都の有名な流派の家元の愛人の子どもなどをまきこんでなんやかんやと騒動がある(めんどくさいので詳細は省く)。

で、結局、石原さとみの葛藤の原因は、上の無理のある「混沌作り」にくわえて、本当の自分が隠蔽されていたからであった。実は、彼女は家元の娘じゃなくて、母親がおつきの運転手と浮気したときの子どもだったのである。しかも、運転手は家元の指示でそうしてた。がっ、途中で本気で惚れてもいた。というわけで、最初は人為的につくられた恋であっても、途中で本気になってしまった恋(つまり父親と母親の恋=自分)を全面肯定して、――自転車屋のにいちゃんと結婚するのであった。本当の彼女は、才能的にも、母親系のもので、「たゆたう光と影」ではなく「私はお花」という、暗喩ではなく直喩の――テーマを得意とするものであって、そんな感じで作ったら、京都の有名な流派の若き家元も仰天するほどのできばえ。彼女は月島流を離脱して独立し、そのまま、ドラマはハッピーエンドに雪崩れ込む。

一応、芸術家石原さとみを中心に物語をおおざっぱにいうとこんなかんじであるが、その他、引きこもり+ドメスティックバイオレンスの中学生が、自転車屋のにいちゃんからラインでアドバイスを受けながら自転車で旅に出て、優しくなって帰ってくるというサブストーリーがあったりと、そもそも、自転車屋のにいちゃんもほぼ主人公の扱いなのである。

石原さとみも最後に言っていたように、自分の流派を立ち上げる茨の道であっても、支えになる人がいれば……、みたいな気持ちが、芸術家の物語と自転車のにいちゃんの存在意義を統一する。

たぶん、このドラマの根本的な不評の原因は、自転車のにいちゃんが「高嶺の花」をひたすら支えているばかりだからである。つまり、この話はラブストーリーではなくて、星飛雄馬とお姉さんのお話であって、しかも男女の関係は逆転している。自転車屋さんのにいちゃんみたいな存在がありうるのか、我々は確信を持てない。ドラマの中でもなぜそうありうるのか説明はなかった。

あと、暗喩と直喩のどっちが過激かという議論があるように、「私はお花」がすばらしく思えるのは一瞬だけであり、これは、「私は月島流」と同じことになる可能性はあるし、「私はキリスト」みたいなニーチェ的黄昏に突入することだってある。石原さとみを待っているのは、これまでのような鬱ではなく、本物の発狂である。わたくしは、本当はいまわれわれの直面しているのはこういう発狂であり、カウンセラーみたいな自転車屋さんの存在ではどうにもならないと思っている。しかも、カウンセラー役をやらされている人間が、もはやその役に疲弊しまくってしまったというのが現実である。

昨日、「猟奇的な彼女」が深夜やってたみたいだけど、わたくしはやっぱりこっちの方が好きだ。この映画も、恋人との強制的な別れ(死別)を経験した女の子が、作為的な恋愛を自分に課しているうちに、だんだんと回復してゆく話である。しかし、これが病を感じさせないのは、主人公の女の子が電車の中でゲロを吐くところから始まっているからである。で、観る者は、ゲロを吐く女に徐々に惚れていく過程を経る。しかし、石原さとみは最初から最後までとても美しく撮られているので、観る者に心理的変化を与えていないのであった。

力石地蔵を訪ねる(香川の地蔵36)

2018-09-15 15:53:59 | 神社仏閣


仏生山、高橋商会の前におります「力石地蔵」。これはリキイシではなく、チカライシと読むらしいです。

http://busshozan-community.info/busshozan-map/jizou/6chikaraishi.html

「仏生山みんなの地図」によると、「力試しの石にされていたが、「罰が当たっては」と丁寧にまつられた。」らしいのです。もう遅いような気がしますが、だいたい人はあとからになっていろいろと気づくものであります。しかも、上のサイトの写真とは場所が違います。また移動したらしいですね……。もはや「運試し」になってきている気がします。


十蓮坊を訪ねる(香川の神社178)

2018-09-14 16:20:29 | 神社仏閣
大学からの帰りに仏生山の「十蓮坊」によりました。『香川県神社誌』には「龍田神社」として載っています。祭神は龍田大神ということになりますですね。このあたりの神社のいくつかは『神社誌』の記載に拠れば、龍田大神の神社ということになっていますが、よくわかりません。



いまは、珍しい「イスノキの群生する十蓮坊」として知られています。少なくとも、わたくしはそうして知りました。真ん中の石祠に立てかけてあった額には「十蓮坊之祠」とあります。燈籠は天保年間のもの。







この鳥居には、「十蓮坊祠前石華表」とありました。日本では華表というのは鳥居の古い言い方みたいですが、中国の華表は天安門広場のそれが知られているように、派手な標柱です。これが鳥居の先祖だという人もいるらしいです。左側の石柱には、この華表の由縁が結構長く書かれていましたが、今度読んでみようと思います。

一寸島神社を訪ねる(香川の神社177)

2018-09-13 15:42:34 | 神社仏閣


丸亀駅の近くにあります。参道の両側に建物があるケースです。

 

狛犬さん。

鳥居の額には、「厳島神社 天満宮」とありますが、『香川県神社誌』に曰く、

「初め二社にして一を弁財天と称し一寸島媛命を祀り、一を天満宮と呼びて菅原道真公を祀れり。西讃府誌によれば、弁財天は丸亀藩士大塚八郎左衛門尊崇し、その邸に奉祀ありしを元禄元年この地に移し、又天満宮は浦人吹屋甚兵衛なる者崇敬祭祀したりしを貞享三年ここにうつせしものにして、後寛保元年これを一社に合わせ祀りしといふ。」

というわけで、弁財天と道真公が一緒になったそうです。弁財天はイチキシマヒメと習合しておったので……まあ三人ともいえますが、まあどうでもいいかな……

鳥居や燈籠などは江戸期のものが残っていて、玉垣も明治二二年だった。

境内には、木野山神社(岡山に多い、狼のものかな……)、稲荷神社があった。あと、遙拝所の石塔もあったので、石鎚かな……わからんが……。



拝殿

本殿の裏側にも鳥居と石祠がみえました。ここらあたりの街はまるで近代文学の世界――樋口一葉からカフェー文学にいたるまでの――に帰ったような風景が広がっているのであった。高松は空襲でかなりなくなってしまったけど……

丸亀駅前の金比羅燈籠を訪ねる(香川の神社176)

2018-09-13 15:17:43 | 神社仏閣


長寿大学での講義の後に訪ねました。



天保二年のもので、平成一八年に丸亀港の船溜まり、新堀湛甫から移ってきたそうです。それは金比羅参詣の人を増やすために作った港だったそうで、大阪と丸亀はこんぴら船の定期便で客を運んでおったのである。

お座敷遊び~金比羅船々~

気はひ姿みめ有様香ばしいく懐かしき事限りなし

2018-09-12 23:11:14 | 文学


「桃太郎」が侵略者じゃ日本の英雄じゃとかいう争いには、考えてみると、話の単純さからくる平凡さがある。桃太郎を英雄だと思っていた者が頓馬なのは自明だが、だからといって、ほんものの侵略者が芥川龍之介「桃太郎」のようなレベルであるとは限らない。考えてみると芥川のそれは「暗黒童話」のそれであるから桃太郎が頭が悪すぎで鬼畜過ぎ、鬼達がロマン的すぎる気がするわけである。現実の帝国主義とはこんな甘いものではなかったはずである。芥川的なこういう相対的な批評は、しもじもがやると、鬼達はより純朴に、桃太郎達にも心があった的な非常にくだらないところに落ち着くのであって、――いまの我々のような状態に至る。

これくらべると、「僧伽多羅刹国に行く事」(『宇治拾遺物語』)なんかは、安吾の小説なんかに近くて、上のような堕落は少なくとも防いでいるような気がする。

僧伽多が500人ほどの商人を連れて航海していたら、信じがたい美女ばかりの島に流れ着いてしまった。しかしその美女たちは実は鬼で人間たちを捕食していたのであった。気づいた彼らは観音に助けられて脱出するが、僧伽多の女はひとりでやってきて彼を誘惑する。拒否されたので王様に謁見した女はそのまま王様とベッドイン。女が「気はひ姿みめ有様香ばしいく懐かしき事限りなし」だったからである。王様は二日三晩寝所から出てこず政治を放棄。心配で覗いてみると、赤い頭だけが転がっている。急遽皇太子が即位して、羅刹国に攻め入る。軍の指揮を執った僧伽多が、その国の王様となった。

日本でもよくあったけど、植民地や南国の女との恋物語は、植民地主義と関係がないのか。勿論あるのである。それそのものではないが関係はある。この物語のように、なかなか批評しがたい流れが実際は「桃太郎」的なものを形作っているのではなかろうか。「桃太郎」が昔の鬼と遊郭に行くようなキャラクターに戻っても、そんな簡単には桃太郎の問題は解決しない。

所所参りありきつきるに、ありありて、かく仰らるゝよ

2018-09-11 16:48:54 | 文学


大学院の時に、「賀茂社より御幣紙、米等を給う事」(『宇治拾遺物語』)を読んだときの感想は「とりあえず働け」であった。

ある比叡山の僧は貧乏であった。彼ははじめ鞍馬寺に参った。ここは毘沙門天のとこである。まったくうんともすんとも効き目がないので百日粘ってみたら夢で「しらねーよ、清水に行ってみてよ」といわれた。清水寺に行ってみた。ここは観音様である。ここもなかなか答えがないが百日目に「知りませんわ、賀茂のとこ行ってみたら」と言われた。賀茂神社に行ってみた。ここはえーとよく分からんが例のカモ神である。でまた百日お参りしてみた。するとついに、

わ僧がかく参る、いとをしければ、御幣紙、打徹の米ほどの物、たしかにとらせん

と夢に出た。毘沙門天→観音→カモと神仏習合スパイラル的にたらいまわしにあった割には300日で何かくれるというのだからありがたいものであるが、この僧はそもそも神頼みで何とかしようという不逞の輩なので、

所所参りありきつきるに、ありありて、かく仰らるゝよ。打徹のかはり斗給はりて、なににかはせん。我山へ帰りのぼらむ、人目はづかし。賀茂川にや落ち入なまし

と、極端に走ります。300日働きもせずお参りしたの成果がないの、で、賀茂川に身投げしようとはたいした根性です。しかも「賀茂川」、カモが被っている。カモに大変に失礼である。

しかし、いざ貰ってみると、まったく例の「減らないタイプ」であった。僧は裕福に暮らしたそうだ。

わたくしは学生で、働いていないことが複雑感情を拗らせておったので、ついこの僧に対して「賀茂川に入ればよかったのに」と思ってしまいました。しかし、この話は考えてみるとなかなかよい話であった。上のカモさんの本地が何様なのかこの際どうでも良いとしても、だいたい、宗教者が自力で経済活動をやったり親の遺産で威張り腐るのがあまりよくないのは、昔からであろう。「金で買えないものはない」とか「三本の矢」とか言ってひんしゅくを買ったりするでしょう。それに同じことを300日も飽きずに続けられるところが怪しいです。「修行するぞー修行するぞー」のタイプかもしれません。それよりも、信仰からもたらされた無限の恩恵に浴し、心穏やかに暮らせるなら、いいと思います。不幸に無理矢理逆らうのはあまり良くないのであります。

もしかしたら、この話者はベーシックインカム論者か社会主義者だったのかもしれません。いや、結構主体的に賃金闘争をやっているという意味では後者でしょうか。働いていないという意味では前者です。まあ、それはともかく、『ドイツイデオロギー』の、朝から狩ではありませんが、――われわれはずっと同じ事を一日中しすぎではないでしょうか。

やをら見れば、えもいはず大きなる蛇なりけり

2018-09-10 23:36:01 | 文学


「弘誓深如海」とあるわたりを読むほどに、谷の方より、物のそよそよと来る心地のすれば、「何にかあらん」と思ひて、やをら見れば、えもいはず大きなる蛇なりけり。長さ二丈ばかりもあるらんと見ゆる

「観音経、蛇に化し、人を輔け給ふ事」(『宇治拾遺物語』)では、谷底に落ちた鷹匠が、お経を唱えていると、大蛇が現れて助けてくれる話であった。この「やをら見れば」というところがいいと思う。

鷗外の「蛇」なんかだと、青大将と出っくわしただけで気がおかしくなってしまう当時の「新しい女」が出てくる。おそらく、鷗外の目は、新しい女やら当時の家族論やら教育論の遙か遠くの行方を見ていた。それが我々の様々な期待とは別に、どういう「感覚」に陥るかを見ていたに違いない。この蛇事件は、いまの事件としてみれば案外思い当たるような気がする。思うに、我々は空っぽな自我など持つことはできず、何かを教育(洗脳)して柱を入れ替えることすら容易ではない。にもかかわらず、理屈だけは沢山覚えるし、また案外多くのことを沢山すぐ忘れてしまうのである。そこで何が残るかは、あらかじめ予測できない。エリスの発狂はちょっと突き放されているのに対し、豊太郎の自我は冷静に見られているようにもみえるが、果たして……。