安心、安全と美味しさへのこだわり
そんな「こだわりの農業ブログ」を毎日更新
主役の妻は生産部長、夫は営業部長兼雑用係
昨年までの年末商品は、しめ縄、竹、松、ミズキ、餅米、切り餅、黒豆、
きな粉それに大根、赤カブ、ホウレンソウと盛沢山だった。
今年は「しめ縄」から撤退したのを皮切りに竹も止め、野菜類も極力絞り込んだ。

その年末商戦も餅米は明日が山場、切り餅やきな粉は来週の月、火ぐらいがピークと
予測している。
しかし、暖冬のためか出足は「例年並み」とは行かないようだ。
福島原発事故により170kmも離れた一関も放射能に汚染されてしまった。
お陰で山菜類は未だに販売が自粛されたままとなっている。
その損害賠償は各産直で生産者分をまとめて請求しているので任せた方が「手間いらず」で好都合と思っていた。
ところが産直によって賠償額があまりにも違い過ぎるのに疑問を抱いていた。
たまたま「新鮮館おおまち」分が東電から各生産者に確認の文書が送られて来たので、その疑問点を東電にぶつ
けたら原因は「基準日」の違いであることが直ぐに判明した。
事故が起きた年、一関の山菜類が汚染されているとは誰も知らずに通常どおり販売していた。
汚染に気付いたのは秋のシイタケが始めだった。

翌春は当初「個別に放射能検査を実施して基準以下であることを証明する」を前提に販売が可能だったが、
5月初めに県が山菜類の自粛を要請し販売が全面的にストップとなった。
従って、具体的に損害が発生したのは販売自粛後となるが、なんと「新鮮館おおまち」ではその経緯を無視して
事故が起きた3.11を基準として損害額を算定していたのだった。
そのため「熊谷さんは事故後の方が販売額が多いので平成23,24年分は損害賠償の対象になりません」などと
トンチンカンな事を平気で話して来たのだった。
そもそも「損害が発生した後の方が売上が多い」という矛盾に何の疑問も抱かないお粗末さ加減にただただ
呆れるばかりで抗議する気にもなれなかった。
いずれにせよ、福島原発事故の反省もなく再稼働を進める政府に抗議する意味でも金額の多寡に関らず、損害分は
確りと請求するつもりでいる。
今年はスーパーエルニーニョ現象の影響で暖冬との長期予報が出ていたが、10月下旬並みの
今日の陽気を体験すると「暖冬もスーパーか」と思ってしまう。
冬物用品が売れないとかスキー場が悲鳴をあげている等の報道を聞くと「冬はやはり寒くない
とだめかも」と同情してしまうが、我が家のことだげを考えると遅れている農作業が片付くので
大助かりとなっている。
お陰で堆肥を散布したまま放置していた数枚の田んぼをようやく掘り起こすことが出来た。

(北側の軒下)

(西側)
雪が降っても家の中に運び入れるのが支障無いよう軒下に薪を積み重ねているが、この陽気なら薪の
消費量も少なくて済むかもしれない。
就農当初「機械化貧乏」に陥ることを避けるため農業機械への投資は極力抑制気味に
スタートした。
しかし、体力の低下もあって年を追うごとに機械に頼る作業が増えて来ている。
特にこの数年は機械購入の経費が嵩み「機械代を払うために働いている」ような状態になって
しまった。
機械への投資にはそれに見合う耕作規模や長期展望が求められるが、どちらも不明確なところが
辛い。

(自家用に収穫して来た白菜)
八郎潟の大規模農家では高齢のため引退したいが借金返済のため「辞める辞められない人が居る」
と聞いた。
そんなことから最悪でも「借金」だけは避けたいと思っている。
二年後に長年続いた減反政策が終わりを告げる。
それは米の作付制限が無くなると同時に低価格競争のスタートとなるような
気がしてならない。
効率的な生産手段を持たない農家や直接販売のチャネルを持たない農家は苦境に
陥るような気がする。

(雪の無い年末は久し振りのこと)
「減反政策の終わり」と共に国の農政全体も大きく変化する可能性が高い。
もしかすると、その変化の方が各農家に与える影響は大きいのかもしれない。
しかし、そんな大きな変化が待ち受けていることを予測出来ている人は少ない。