「ゆでガエル」という寓話がある。カエルが入っている水に火をかけ、水温を徐々に上げていくと、カエルは温度変化に気づかずに逃げ出さないため、最後は熱湯でゆで上がって死んでしまうという内容だ。過去のやり方に固執する失敗を諫める寓意として使われる。三菱ケミカルの「脱・ゆでガエル」大作戦の顛末を振り返る。(文中敬称略)
三菱ケミカルHDに初の外国人社長
国内最大手の総合化学メーカーが、異例ともいえる人事に踏み切った。三菱ケミカルホールディングス(現・三菱ケミカルグループ)は2021年6月24日、都内のホテルで開いた定時株主総会で、同社初の外国人社長となるジョンマーク・ギルソンを含む12人の取締役選任の議案が可決された。ギルソンの賛成比率は98.53%だった。ギルソンは冒頭「低炭素経済は化学企業が直面する最大の課題であると同時に、大きな機会だ」と強調した。
ギルソンは自身のリーダーとしての役割について、「事業ポートフォリオのなかに常に成長産業と、その資金源となる大規模な高収益事業をうまく組み合わせていくことだ」と説明。30もの市場や製品セグメントに分かれる自社グループについて、収益面で事業の「選択と集中」を進める考えを示した。
ギルソンを社長に選んだ理由について、指名委員会の橋本孝之委員長(日本IBM元会長)は「事業環境の変化が加速している。過去の延長に未来はない」と指摘。「これまでの延長線上ではない経営が必要になると考えてトップを選定し、条件に合致したのがギルソン氏だった」と答えた。
「ゆでガエル」に目を覚まさせるヘビを期待
「天下の三菱が外資企業のようになるのか」。ギルソンの社長就任は、産業界で大きな話題を呼んだ。その選考を主導したのが社外取締役だ。三菱ケミカルHDが社外取締役の影響力が大きい指名委員会等設置会社に移行したのは2015年のこと。
最高実力者の小林喜光会長(当時、現・東京電力ホールディングス会長)が「社内の人間だけでは従来の会社の姿に固執してしまう」との思いを強めたのがきっかけだ。
このままでは、日本の社会に忍び寄る危機に対応が遅れる「ゆでカエル」になってしまうというのが、小林の持論だ。メディアとのインタビューでこう語っている。
「日本企業はこれまで株主、顧客、従業員に配慮した『三方よし』の下で、必ずしも資本効率のよい経営ができていなかった。日本はもうちょっともうけることをしっかりやらないといけない。株主中心の欧米型経営と日本型経営の間のどこかに最適点があるはずだ。そこに気づかせるために、外から分子を入れる必要がある。ギルソンCEOは、ゆでガエルの目を覚ますヘビになる可能性があるし、それを期待している」(朝日新聞デジタル21年5月2日付)
そして、小林は「グローバル企業のトップは日本人である必要はない」と言い切った。財界きっての論客として知られる小林による、現状に安住する「ゆでガエル」からの脱却を牽引する人物として、ギルソンに白羽の矢を立てたことがわかる。
ギルソンは欧米の化学メーカーで事業責任者や経営トップを歴任してきた。直近までフランスの化学メーカー、ロケット社でCEO(最高経営責任者)を務めていた。
ギルソンは小林会長に「時価総額を2~3倍にしてほしい」と求められ、収益力の低い石油化学(石化)事業に代えて高付加価値のスぺシャリティーケミカルズを主力とするメーカーへの転身が使命だったという。
(つづく)
【森村和男】
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