農林水産省が米農家の反対を押し切ってまで「備蓄米放出」に踏み切った“表沙汰にしにくい理由”
マネーポストWEB2/18(火)17:15
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政府備蓄米の放出について発表する江藤拓・農林水産相(時事通信フォト)
米価格の高騰を受けて、農林水産省は21万トンの備蓄米放出に踏み切ると発表した。これによって米価が落ち着けば消費者にとってはありがたい話だろうが、複雑な立場に置かれているのが米農家だ。昨今の物価高の中でも米価はなかなか上がらず、一方で肥料や燃料費は高騰して農家の収益を圧迫していた。今後、米価が下がれば、農家の収入源にもつながりかねない。米農家からは備蓄米放出に反対する声も出ている。そうした事情は当然、農水省も理解しているはずだが、なぜ今回、備蓄米放出に踏み切ったのか。そこには表沙汰にはしにくい理由があるという──。イトモス研究所所長・小倉健一氏がレポートする。
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高騰する米価を抑えるための備蓄米の放出について、江藤拓農林水産相は2月14日、放出量を21万トンにすると表明した。
農林水産省が今回の備蓄米放出を自発的に決定したとは考えにくい。これまでの江藤大臣の発言からもわかるように、生産者の間では、米価の上昇によって、ようやくコストを賄える水準になり、将来の見通しが明るくなったと評価されていたのだから。
備蓄米を市場に供給することは、農家にとって望ましい施策ではない。米農家は、米価上昇を歓迎しており、政府が備蓄米を放出することには一貫して抵抗を示してきた。それにもかかわらず、農林水産省が備蓄米の放出に踏み切った背景には何があるのだろうか。
筆者に対して、農水省関係者が明かしたのは、「輸入米」の存在である。
「関税がプラスされた輸入米の価格は、高騰する日本国内の米価に接近しつつあります。現在の農林水産省の基本方針は、自給率を高めることを半ば諦め、『米だけは自給率100%を維持する』という点にあります。この前提が崩れる事態を避けるため、備蓄米の放出を決断せざるを得なかったのです」(同関係者)
日本の米の価格が上がると関税の効果が弱くなる仕組み
こうした理由が表沙汰になっていないのは、自由貿易を標榜する日本にとって不都合があるためだ。
日本の米輸入政策は、長らく政府の管理下に置かれ、厳格な規制のもとで運用されてきた。1993年のウルグアイ・ラウンド合意に基づき、1995年からミニマム・アクセス米(一定量を海外から購入する約束のある米のこと)の輸入が義務化され、1999年には関税化された。
政府は当初、関税率を778%と公表し、「100円の外国産米は877円になる」と説明していた。しかし、実際の関税負担は異なる仕組みで運用されていた。財務省の実行関税率表によれば、米にかかる関税は1キロ当たり341円の従量税のみである。関税率が778%に見えたのは、基準となる国際価格が低かったためだ。例えば、1キロ500円の輸入米の関税を778%で計算すると3940円となるが、実際には341円(税率68%)にとどまる。
この制度の特徴は、関税が「割合(%)」ではなく「決まった金額」で設定されている点にある。物の値段が上がると、日本の米の価格も上がり、関税の負担が相対的に軽くなる仕組みになっている。日本の米の価格がさらに上がれば、外国からの米との価格の差が縮まり、関税の効果が弱くなる。
農林水産省としては、外国から入ってくる米が増えすぎて、日本の米作り存続の脅威となることは避けたい。そこで、国が持っている米を市場に出し、価格を抑えようとする「最後の手段」を取ることになった。しかし、一時的に米を放出しても、根本的な問題を解決することはできない。当面、日本のインフレ基調は続くと予想されており、お米の値段も当然上がっていくからだ。
備蓄米放出でリスクは高まり危機は先送りされた
備蓄米制度とは、10年に一度の不作にも供給できる量100万トンを備蓄する制度だ。当然、放出にはリスクがあり、今年がその10年に一度の不作の年であれば、備蓄米が不足することになる。さらに、今年が平年並みの作付けであったとしても、今回放出した21万トン分は多めに備蓄する必要があることから、根本的な解決にはならないことは誰の目にも明らかだ。
むしろ、現在の状況は、リスクを増やし、かつ、危機を先送りにしたにすぎない。短期的には、今年の豊作を祈りつつ、飼料用や米粉として作られたものを自由に食糧用に振り分けることができる規制緩和が必要であろう。
食糧危機を克服するために、中長期的に、政府がすべきことは、農家により大きな自由を持たせることだ。日本の気候に合わない作物を補助金でつくらせたり、強引にお米の生産を増やしたり、減らしたりすることが、農家の活力を落としていることに気づいた方が良い。
平時には、土地や気候にあった作物を農家に自由につくらせることで農作物の競争力を高め、大量の輸出を実現しておき、危機時においてはその作物を国内に向けるような仕組みをつくっておくべきだろう。高自給率の国では、農作物の輸出が大きな役割を果たしているケースが多い。必要なのは、農水省によるお米の保護政策ではなく、農水省の解体と出直しではないか。
農水省の最大の問題はカロリーベースで自給率を計算している点
『Global Food Security』(2023年)所収の、世界276の国と地域を対象に、食料自給率と生産多様性を分析した研究『潜在的自給率と多様性の世界的分析が示す多様な供給リスク』では、合計2479の食品項目(陸上215、水産2264)をリスト化し、それぞれの栄養成分を統合。それぞれの国のリスクを指摘している。日本は本論文において「低自給国」と最下層に分類されている。国内生産では9種類の栄養素(炭水化物、タンパク質、脂質、ビタミンA、葉酸、鉄、亜鉛、カルシウム、果物・野菜の摂取量)のうち0〜2種類しか満たせず、ほとんどの栄養素を輸入に依存している。
農林水産省の政策の最大の問題は、カロリーベースで自給率を計算している点にある。世界的な研究では、食料安全保障の指標として栄養素の充足を重視する方向に移行している。それにもかかわらず、日本の自給率の計算方法は、カロリーに偏重し、栄養バランスの観点を無視している。特に、カロリーベースで計算すると、米の比重が大きくなるため、米の生産と消費を優先する政策が正当化される。しかし、ビタミンAや鉄分などの微量栄養素が不足していては、食料安全保障は実現しない。政府は、単にカロリーを確保するのではなく、栄養バランスの取れた食料供給を目指すべきである。
今、農林水産省は、米価が上がることを喜ぶのではなく、「お米の自給率100%を守るために輸入米との価格競争をなんとしても回避しなければならない」という、訳のわからない論理で動いている。日本のお米の品質は高いのだから、外国産米と徹底的に戦えばいいし、輸出もどんどん増やしていくべきだろう。お米を多く作らせず、少なくも作らせないような政策を続けるから、農家が疲弊していくのだ。
そもそもお米の自給率は100%といっても、お米をつくるための耕作機は、100%輸入に頼っているガソリン(石油)で動き、お米の肥料も輸入の割合が大きい。実態は、自給率100%でもなんでもないものを必死で守ろうとする農林水産省の姿勢は、滑稽ですらある。
【プロフィール】
小倉健一(おぐら・けんいち)/イトモス研究所所長。1979年生まれ。京都大学経済学部卒業。国会議員秘書を経てプレジデント社へ入社、プレジデント編集部配属。経済誌としては当時最年少でプレジデント編集長就任(2020年1月)。2021年7月に独立して現職。
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