1960年代以降、デクスター・ゴードン、ジョニー・グリフィン、ケニー・ドリューら多くのジャズマンがヨーロッパに移住したことについては当ブログでもたびたび取り上げてきましたが、その先駆者的存在が今日取り上げるケニー・クラークです。1930年代からプロのドラマーとして活躍していたクラークは40年代前半にディジー・ガレスピーらとビバップの誕生にも貢献したモダンジャズの生き字引的存在。その後もミルト・ジャクソン、ジョン・ルイスらとモダン・ジャズ・カルテット(MJQ)を結成する一方、マイルス・デイヴィス、J・J・ジョンソン、アート・ファーマーらの数々の名盤に参加。また、サヴォイ・レコードのハウス・ドラマーとして、ピアノのハンク・ジョーンズと並んで同レーベルの顔的存在でした。
そんなクラークですがキャリアの絶頂期にあった1956年にあっさりパリに移住します。成功を収めつつあったMJQのドラマーの座もコニー・ケイに譲り、多忙を極めていたサヴォイ・レコードの仕事もスパッと辞めてなので、相当思い切った決断と言えるでしょう。理由はアメリカの根強い黒人差別に嫌気がさしたのも一因と言われていますが、実はクラークは歌手のカーメン・マクレエと結婚していてこの年に離婚したそうです。私もこの記事を書くにあたってWikipediaで調べて初めて知りましたが意外な関係です。しかもクラークは白人歌手のアニー・ロスと浮気して、子供まで設けていた、等々いろいろ知らない情報が出てきてビックリですが、まあおそらく人間関係でもゴタゴタがあって色々リセットしたかったのでしょうね。
そんなクラークですが、ヨーロッパのジャズシーンでは「本場アメリカから大物が来た!」と歓迎を受け、パリを拠点に活発に演奏活動を続けるのですが、その中で最も気が合ったのがベルギー人ピアニストのフランシー・ボランです。この人についてもWikiで調べたのですが、50年代半ばに渡米してチェット・ベイカー・クインテットに加入したと書いてありますが、録音は残っていないので詳しいことはわかりません。とにかく2人は1960年頃にパリでバンドを結成し、演奏活動を行っていたようです。
本作「ザ・ゴールデン・エイト」はそんな彼らのことを聞きつけたブルーノートが1961年5月にドイツのケルンで録音したものです。プロデューサーはジジ・カンピと言う人物で、ケルンでカフェオーナーをする傍らジャズセッションを取り仕切っていたようです。メンバーはリーダーのクラークとボランに加え、タイトル通り総勢8人が集結しています。注目はユーゴスラヴィア出身のトランぺッター、ダスコ(正しい発音はドゥシュコ)・ゴイコヴィッチでしょう。70年代以降世界的に有名になる彼の若き日の演奏が収められています。他はオーストリア出身のカール・ドレヴォ(テナー)、イギリス出身のデレク・ハンブル(アルト)、ベルギー出身のクリス・ケレンス(バリトンホルン)、スイス出身のレイモン・ドロズ(アルトホルン)、そしてベースにエリントン楽団出身のアメリカ人ジミー・ウッドが名を連ねています。以上、国際色豊かで楽器のバラエティにも富んだ小型ビッグバンドです。
全10曲。うち6曲がボランのオリジナルで、残りは歌モノです。アルバムはジジ・カンピの名を冠した”La Campimania”で幕を開けます。力強いブラスセクションのアンサンブルで始まる急速調のナンバーで、カール・ドレヴォとフランシー・ボランがソロを取ります。ドレヴォは続くバラード”Gloria"でもダンディズム溢れるテナーソロを全編にわたって披露します。彼とデレク・ハンブル、そしてウッドの3人はこの後結成されたクラーク=ボラン・ビッグ・バンドでも不動のメンバーとして活躍します。
3曲目”High Notes"はダスコ・ゴイコヴィッチの独壇場で、タイトル通り高らかにハイノートをヒットさせます。私は例によって70年代以降のジャズはあまり聴かないので、彼のことはよく知らなかったのですが、並々ならぬ実力の持ち主だったことが演奏を聴けばわかりますね。6曲目”Strange Meeting"もボランがダスコのために書き下ろした曲と言うことで、彼のブリリアントなトランペットが全面的にフィーチャーされます。4曲目”Softly As In A Morning Sunrise(朝日のようにさわやかに)”はクリス・ケレンスのバリトンホルンと、レイモン・ドロズのアルトホルンをフィーチャーしたナンバー。どちらもあまりジャズでは馴染みのない楽器ですが、音的にはトロンボーンとフレンチホルンの間のような音かな?5曲目はタイトルトラックの”The Golden Eight"でデレク・ハンブルのアルトが初めてソロを取り、次いでダスコ→ドレヴォとパワフルなソロを展開します。
7曲目”You'de Be So Nice To Come Home To"は珍しくボランのピアノが大きくフィーチャーされ、その後ドレヴォのソロへと繋ぎます。8曲目”Dorian 0437"は変なタイトルですが、ケニー・クラークの電話番号だそうです。ソロはドロズ→ダスコ→ドレヴォです。9曲目”Poor Buttefly"はスタンダードのバラードですが、これはボランのアレンジが秀逸ですね。たゆたうようなケレンスのバリトンホルンに続くデレク・ハンブルの美しいアルト・ソロが絶品です。ラストの”Bass Cuite"はダスコ→ハンブルが熱いソロをリレーして締めくくります。この後まもなく、クラークとボランは正式にクラーク=ボラン・ビッグ・バンドを結成。アトランティック盤「ジャズ・イズ・ユニヴァーサル」でデビューを飾ります。そちらはさらに編成が拡大し、合計13人のオールスターメンバーですが、基本的な形は本作で出来上がっていると言って良いでしょう。