東北地方というと方言を連想する方もいると思う。他地域の方には同じに聞こえるかもしれないが、「東北弁」などとひとくくりにはできなし、例えば「秋田弁」といっても沿岸・内陸・北部など地域ごとに単語や語尾、抑揚などに違いがある(それぞれで“互換性”はあるけれど)。
では「青森弁」はどうか。青森県は西側の青森・弘前などの「津軽」と東側の八戸など「南部」では文化が大きく異なり、言葉も「津軽弁」「南部弁」(下北弁もあるそうだ)という別の方言になっており、「青森弁」というものは存在しないと言っていい。今回は津軽弁のお話。
僕が弘前に住んだ当初、津軽弁を聞いて、秋田弁とはまったく違う独特のイントネーションやアクセントが衝撃的だった。とはいえ、単語の一部など秋田弁と共通の点もあり、慣れればヒアリングはだいたいできるようになった。
秋田の若者も多少方言は使うが、どちらかといえばカッコつけて(秋田弁でいう「いいふりこき」)意識して共通語を使っていながら端々でつい秋田弁が出てしまうといった感じ。でも津軽の若者は、誇りを持って津軽弁を使っている感じがする。高校生や大学生でさえ、男女問わず自分を指す一人称に「ワ」を使う人が多い。
そんな青森には「いいでば!英語塾」というローカルテレビ番組(2006年放送開始。土曜昼放送)があり、人気らしい。制作・放送している青森テレビ(ATV。TBS系列)のサイトで過去半年分の放送内容が見られるので、興味のある方はどうぞ(「いいでば英語塾」で検索。トップページで音が出るので注意!)。
いいでば英語塾あどはだりCOLLECTION
放送が好評につき、DVDも3作発売されており、公式サイトで3巻セットで安く売っていたので、買った。タイトルにある「あどはだり」はおかわりとかアンコールといった意味だそう。秋田弁にはない単語だ。
放送時間5分弱のミニ番組で、タイトル通り英語を学ぶ“語学番組”だが、同時に津軽弁も学べる「英語と津軽弁を一度に学ぶ語学の王道プログラム」という触れ込み。英語・津軽弁それぞれに講師が出演する。
英語講師役は岡山出身で留学経験のあるATV女性アナウンサー扮する「レイチェル安藤」。安藤アナは最近ATVを退社してフリーになり、TBSの世界陸上のレポーターもやっていたようだが、退社後も「いいでば英語塾」には出演を継続していて、ファンを安心させたようだ。
津軽弁講師役は黒石八郎扮する「ハチロー黒石」。黒石八郎氏は、弘前市の東隣、黒石市出身の民謡歌手でローカルタレント。「津軽のエンターテイナー」と呼ばれ、弘前城さくらまつりのメインイベントで民謡を唄ったり、ATVローカル情報番組の司会やCMに出ている。
番組では特にレイチェルのテンションが非常に高く、それが人気。DVDの解説書には「講師がハイテンションなため一度に見ると疲れます」とあった。でも、語学の要素もしっかり押さえていておもしろい。
津軽弁の中でもさらに地域差があり、番組では「西北津軽弁」を採用している。弘前市の北西隣、五所川原市や西津軽郡、北津軽郡の言葉のようだ。
DVDの解説によれば「東青津軽弁(青森市中心)・中弘南黒津軽弁(弘前市・黒石市中心)が存在し、さらに沿岸部独特のアクセントなどもあります」とのこと。
西北津軽弁を採用した理由は「もっとも難解でエネルギッシュな西北津軽弁を取り上げるのが醍醐味なのです」ということだそうだ。
黒石八郎氏は中弘南黒津軽弁のネイティブだから、収録時は戸惑うことがあるらしい。
僕には各地域の津軽弁を聞き分けることは不可能だが、五能線沿線の町の住民の会話を聞いていると、鰺ヶ沢・深浦といった海沿いの秋田県境近くに来るとイントネーションなどがどことなく「秋田弁っぽい津軽弁」になっていて、弘前の津軽弁とは似て非なるものであることは分かる。これが「沿岸部独特のアクセント」なのだろうか。
津軽弁のおもしろい言い回しの例でよく引き合いにされるのが「じゃんぼかる」。秋田弁では使わない。この表現も番組で取り上げられ、DVDに収録されていた。
番組は毎回1つの日本語のフレーズがテーマで、「あなた、髪切った?」という回。
最初に英語の表現と解説
続いて「へばこれ津軽弁さ訳してみるべ(ではこれを津軽弁に訳してみましょう)」と津軽弁の表現と解説という流れ。
「西北津軽弁をベースにしています」とテロップが出る
「な」はあなた、「じゃんぼ」は髪の毛という意味で、「かった」は「刈った」。つまり「あなた髪切った?」というわけです。
「ワのあどさ、つづげでしゃべってみでぇ(Repeat after me.)」と発音演習もある。
「じゃんぼ刈った」と「ジャンボ(宝くじ)買った」を間違えないでね
津軽弁を知らない人にとっては、このように未知の言い回しもあるが、秋田人が見ていると、秋田弁と共通の表現も思ったよりあることに気づいた。
例えば「でんちの すみね」という言い回し。「でんち」が懐中電灯、「すみ」が電池という意味で、「懐中電灯の電池が切れた」ということ。「ケータイのすみね」とも言うことができる。
「すみ=電池」は知らなかったが、うちのばあさん(秋田出身)が、懐中電灯のことを「でんちっこ」と呼んでいて、ばあさんのクセだと思っていたが、一種の方言だったとは! 秋田でも一般的な言い方だったのだろうか?
それから
「このにぐ しねな」
「しね、しない」は秋田弁でも使う表現(日常的に使うわけではないが)だと思うが、「食べ物が噛み切れない」という意味と番組では解説していた。僕の感覚では「筋っぽくて噛み切れない」というニュアンスで、肉に対してしか使わない(使えない)表現だと思う。【2017年6月12日追記】笹竹のタケノコやニンニクの芽などが、生長し過ぎて筋っぽくなって噛み切れないのも「しない」が通用するだろう。肉限定でもないが、食べ物限定といったところか。
ほぼ対義となる語は「やっけ(軟らかい。これは肉以外にも使う)」だとのこと。そう言われればそうかな。
【8日追記】調べたら、青森県下北、秋田県鹿角・秋田市・本荘など比較的広範囲で「しね」「しんない」「すね」などとして同義の単語があるようだ。「しなる」が語源との情報もあった。
「肉がしね」や「でんち」は、この番組を見なければ、僕は一生思い出すことがなかったかもしれない。バラエティ色がありながら、それなりに体系的に方言を後世に残し、若者に関心を持ってもらう意味でも、なかなか有意義な番組だと思う。
秋田弁も書籍はあるし、ローカルタレントが会話で使ったりはしているが、もっと本気になって、そして生き生きと記録・保存・伝承していかないといけないのかもしれない。
では「青森弁」はどうか。青森県は西側の青森・弘前などの「津軽」と東側の八戸など「南部」では文化が大きく異なり、言葉も「津軽弁」「南部弁」(下北弁もあるそうだ)という別の方言になっており、「青森弁」というものは存在しないと言っていい。今回は津軽弁のお話。
僕が弘前に住んだ当初、津軽弁を聞いて、秋田弁とはまったく違う独特のイントネーションやアクセントが衝撃的だった。とはいえ、単語の一部など秋田弁と共通の点もあり、慣れればヒアリングはだいたいできるようになった。
秋田の若者も多少方言は使うが、どちらかといえばカッコつけて(秋田弁でいう「いいふりこき」)意識して共通語を使っていながら端々でつい秋田弁が出てしまうといった感じ。でも津軽の若者は、誇りを持って津軽弁を使っている感じがする。高校生や大学生でさえ、男女問わず自分を指す一人称に「ワ」を使う人が多い。
そんな青森には「いいでば!英語塾」というローカルテレビ番組(2006年放送開始。土曜昼放送)があり、人気らしい。制作・放送している青森テレビ(ATV。TBS系列)のサイトで過去半年分の放送内容が見られるので、興味のある方はどうぞ(「いいでば英語塾」で検索。トップページで音が出るので注意!)。
いいでば英語塾あどはだりCOLLECTION
放送が好評につき、DVDも3作発売されており、公式サイトで3巻セットで安く売っていたので、買った。タイトルにある「あどはだり」はおかわりとかアンコールといった意味だそう。秋田弁にはない単語だ。
放送時間5分弱のミニ番組で、タイトル通り英語を学ぶ“語学番組”だが、同時に津軽弁も学べる「英語と津軽弁を一度に学ぶ語学の王道プログラム」という触れ込み。英語・津軽弁それぞれに講師が出演する。
英語講師役は岡山出身で留学経験のあるATV女性アナウンサー扮する「レイチェル安藤」。安藤アナは最近ATVを退社してフリーになり、TBSの世界陸上のレポーターもやっていたようだが、退社後も「いいでば英語塾」には出演を継続していて、ファンを安心させたようだ。
津軽弁講師役は黒石八郎扮する「ハチロー黒石」。黒石八郎氏は、弘前市の東隣、黒石市出身の民謡歌手でローカルタレント。「津軽のエンターテイナー」と呼ばれ、弘前城さくらまつりのメインイベントで民謡を唄ったり、ATVローカル情報番組の司会やCMに出ている。
番組では特にレイチェルのテンションが非常に高く、それが人気。DVDの解説書には「講師がハイテンションなため一度に見ると疲れます」とあった。でも、語学の要素もしっかり押さえていておもしろい。
津軽弁の中でもさらに地域差があり、番組では「西北津軽弁」を採用している。弘前市の北西隣、五所川原市や西津軽郡、北津軽郡の言葉のようだ。
DVDの解説によれば「東青津軽弁(青森市中心)・中弘南黒津軽弁(弘前市・黒石市中心)が存在し、さらに沿岸部独特のアクセントなどもあります」とのこと。
西北津軽弁を採用した理由は「もっとも難解でエネルギッシュな西北津軽弁を取り上げるのが醍醐味なのです」ということだそうだ。
黒石八郎氏は中弘南黒津軽弁のネイティブだから、収録時は戸惑うことがあるらしい。
僕には各地域の津軽弁を聞き分けることは不可能だが、五能線沿線の町の住民の会話を聞いていると、鰺ヶ沢・深浦といった海沿いの秋田県境近くに来るとイントネーションなどがどことなく「秋田弁っぽい津軽弁」になっていて、弘前の津軽弁とは似て非なるものであることは分かる。これが「沿岸部独特のアクセント」なのだろうか。
津軽弁のおもしろい言い回しの例でよく引き合いにされるのが「じゃんぼかる」。秋田弁では使わない。この表現も番組で取り上げられ、DVDに収録されていた。
番組は毎回1つの日本語のフレーズがテーマで、「あなた、髪切った?」という回。
最初に英語の表現と解説
続いて「へばこれ津軽弁さ訳してみるべ(ではこれを津軽弁に訳してみましょう)」と津軽弁の表現と解説という流れ。
「西北津軽弁をベースにしています」とテロップが出る
「な」はあなた、「じゃんぼ」は髪の毛という意味で、「かった」は「刈った」。つまり「あなた髪切った?」というわけです。
「ワのあどさ、つづげでしゃべってみでぇ(Repeat after me.)」と発音演習もある。
「じゃんぼ刈った」と「ジャンボ(宝くじ)買った」を間違えないでね
津軽弁を知らない人にとっては、このように未知の言い回しもあるが、秋田人が見ていると、秋田弁と共通の表現も思ったよりあることに気づいた。
例えば「でんちの すみね」という言い回し。「でんち」が懐中電灯、「すみ」が電池という意味で、「懐中電灯の電池が切れた」ということ。「ケータイのすみね」とも言うことができる。
「すみ=電池」は知らなかったが、うちのばあさん(秋田出身)が、懐中電灯のことを「でんちっこ」と呼んでいて、ばあさんのクセだと思っていたが、一種の方言だったとは! 秋田でも一般的な言い方だったのだろうか?
それから
「このにぐ しねな」
「しね、しない」は秋田弁でも使う表現(日常的に使うわけではないが)だと思うが、「食べ物が噛み切れない」という意味と番組では解説していた。僕の感覚では「筋っぽくて噛み切れない」というニュアンスで、
ほぼ対義となる語は「やっけ(軟らかい。これは肉以外にも使う)」だとのこと。そう言われればそうかな。
【8日追記】調べたら、青森県下北、秋田県鹿角・秋田市・本荘など比較的広範囲で「しね」「しんない」「すね」などとして同義の単語があるようだ。「しなる」が語源との情報もあった。
「肉がしね」や「でんち」は、この番組を見なければ、僕は一生思い出すことがなかったかもしれない。バラエティ色がありながら、それなりに体系的に方言を後世に残し、若者に関心を持ってもらう意味でも、なかなか有意義な番組だと思う。
秋田弁も書籍はあるし、ローカルタレントが会話で使ったりはしているが、もっと本気になって、そして生き生きと記録・保存・伝承していかないといけないのかもしれない。