たけじいの気まぐれブログ

記憶力減退爺さんの日記風備忘雑記録&フォト

春風に誘われGoTo爺散歩

2021年03月01日 16時30分08秒 | 散歩・ウオーキング

今日の当地、早朝は 昨日の冷え込みが残っていて 
気温は 1℃~2℃、かなり寒かったが 
午前中から ぐんぐん上がり、最高気温は 17℃前後になったようだ。 
やや風が強かったが 昨日程冷たくはなく、
体感的には 春風・・、
午後になってから、やおら重い腰を上げ、
ちょこっと 近くの川沿いを歩いてきた。
スマホの歩数計で 約6,500歩。

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「追想 山梨県甲州市の玉宮ザゼンソウ群生地」

2021年03月01日 11時00分49秒 | 爺さんの備忘録的花図鑑

4年前の2017年3月16日に 山梨県甲州市の玉宮地区に有るザゼンソウ(座禅草)の群生地を訪れていた。丁度 見頃を迎えていたザゼンソウ、毎度のこと、コンデジでやたら撮ってきた写真は 「デジブック」にしていたが すでに「デジブック」は廃止されており その代わりとして 改めて 外付けHDから写真を選び 枚数10枚限定の「ZUISO」にしてみた。

「ZUISO」
「追想 山梨県甲州市の玉宮ザゼンソウ群生地」 → こちら
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ザゼンソウ(座禅草)

サトイモ科、ザゼンソウ属、耐寒性多年草、
花の姿を座禅を組んでいるお坊さんに見立てて名付けられている。
ミズバショウ(水芭蕉)と同じく、サトイモの仲間。
別名 ダルマソウ(達磨草)
原産地 北アメリカ、北東アジア、日本、
開花期 2月~5月頃、
    早春、雪解けの頃、山の谷沿いや山地の湿地で開花する。
    自ら発熱し周りの雪を溶かす性質がある。
大きさ 5cm~20cm
花言葉 「沈黙の愛」「ひっそりと待つ」


 

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「中学生日記より」その15(再)

2021年03月01日 08時04分03秒 | M男のあの日あの頃(the good old days)

「中学生日記より」

「gooブログ」に引っ越してくる前、「OCNブログ人」時代に 一度書き込んだことの有る「中学生日記より」を 改めてリメイクしてみようと思っているところだ。「中学生日記」とは 中学生だった頃のM男が ほんの一時期付けていた日記帳のことで 数年前に実家を解体する際に発見した、ボロボロのゴミ同然の日記帳のこと。土産物の小綺麗な空き箱や包装紙、冠婚葬祭ののし袋に至るまで 廃棄処分するという感覚が無かった父母が、子供達の教科書やノート、通信簿、図画工作作品等も押し入れの奥に詰め込んでいたもので、その中に有った。まさに「タイムカプセル」を開けるが如くの感じで、ページを捲ってみると すっかり喪失してしまっていた記憶が 断片的に炙り出されてくる。まさか 60数年後に、ブログで第三者の目に晒される等とは 当時のM男は想像もしていなかったはずで 下手な文章、下手な文字、誤字脱字多しの日記である。


その15 映画「ビルマの竪琴」と「埴生の宿」

昭和31年3月4日(日)、天気 晴、
起床 6時、 就床 9時、

1、映画見学、「ビルマの竪琴」、「宇宙人東京に現わる」 (中央劇場)、

水島上等兵の心には 明日 同隊の友だちと合える(会える)うれしさ、この喜(び)の中には 歌もあれ、琴の音もあれ、けれど 行(く)道 見たのは それは 「無名きし(騎士?)の墓」とつけられた イギリス人が作ってくれた墓があったのだ。
これを見た 水島上等兵は 来る道に見た あのたくさんの死骸を思い浮かべ さんざんに苦しんだ。
そして 隊へ帰らず また山に行こうと橋まできた時 「ああ! 水島がいた・・・」、あの隊の人達が来るではないか。どきっとしたろう、いや 心臓がとまりそうになったかも知れない。隊の人の名前を呼んで 早く(隊に)戻るという気持ちも 今は(その時は)無し、苦しかった(だ)ろう。あの我慢の強さ、僕には出来ない。長い間 山川をこえて 隊の者と合おう(会おう)と急いできたのに 隊に帰らなかった水島の本当の心がはっきりつかめないが 僕は 水島の責任感で 死骸になった日本兵が 自分がやったのだと感じて(思いつめて)しまい ビルマに残ったのだと思う。

当時 まだまだ 映画館に子供が行くこと自体、「不良」等という目で見られていた時代だったが 子供達に対して教育的映画として 文部省推薦映画が 次々有ったような気がする。そんな映画が 隣りの町の映画館で上映される際は 学校で 映画館行きを許可していたものだ。多分 「ビルマの竪琴」も 文部省推薦映画だったはずで 近所の従兄弟で同級生のTとつるんで 映画を観に行ったんだと思う。誤字脱字だらけ、ちぐはぐな文章ではあるが 珍しく長い感想文風に書いてあり 余程 感動したからかも知れない。

映画「ビルマの竪琴」は 後年になってからも テレビの映画番組等で 何回か観ているが 感受性が強かった中学生の頃の感動が 一番なのかも知れない。最も 記憶に残っているのは 宿営した山中の村落で イギリス・インド軍に包囲された小隊が 敵を欺くため「埴生の宿」を合唱すると それに呼応して イギリス・インド軍が 本歌「Home Sweet Home」を歌い出し ビルマの密林に 敵、見方を超えた大合唱がこだまするシーンだった気がする。故郷を想う心は 皆同じで 胸を打たれた場面だ。さらに 水島上等兵が 苦悩の末、小隊と最後の別れをするシーンも印象に残ったものだ。

映画「ビルマの竪琴」 (YouTubeから共有)

「埴生の宿(Home Sweet Home) 」 (YouTubeから共有)

収容所の小隊の前に姿を現した青年僧、隊員達が合唱する「埴生の宿」に 堪えきれなくなり 竪琴をかき鳴らす。
水島上等兵であることが分り 「一緒に日本へ帰ろう」と呼びかけるも 「仰げば尊し」の 「今こそ 別れめ、いざ さらば」のメロディーを残して 森の中へ去っていってしまうシーン。

映画「ビルマの竪琴」は 1956年に公開された日活映画。
原作 竹山道雄、監督 市川崑、主な出演者、安井昌二、三国連太郎、浜村純、西村晃、北村谷栄、
1985年には 同じ 市川崑監督で 石坂浩二、中井貴一等が出演した東宝映画 「ビルマの竪琴」が 公開されているが M男にとって 「ビルマの竪琴」と言えば やはり 中学生時代に観た映画になってしまう。

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