あの日にドライブ (光文社文庫)荻原 浩光文社このアイテムの詳細を見る |
いつもこの方の本にはハマりますが、このたびもまた、ハマってしまいました。
主人公は、牧村伸郎。
43歳。元銀行員。
たった一言の上司への失言が元で、銀行を辞めるはめになり、
今ではしがないタクシーの運転手。
エリート街道一筋だったはずなのに、このさえない自分。
自分を無視する妻や娘、息子。
人生の曲がり角をどこかで間違えたような気がしてならない。
もう一度あの日に戻れたら・・・。
このシチュエーション!!
なんと、先日見た映画「セブンティーン・アゲイン」と全く同じですね。
ここで、牧村はなぜか突然若返ったりはしないのですが、
夢想の中で若返り、
別の人生の交差点を曲がった自分を様々にバーチャル体験します。
学生時代付き合っていた彼女と結婚していれば・・・。
銀行ではなく、出版社に就職していれば・・・。
あの時、上司にあんなことを言わなければ・・・。
妙にリアルな彼の空想。
当然、彼に都合の良いようにばかり進みます。
そこはおかしくもあり、またちょっぴり哀しくもありますね。
彼のことは笑えません。
誰でも、時々そんな空想に浸ることがあるのでは?
初恋のあの人に、思いを打ち明けていたら・・・。
この人でなくて、あの人と結婚していれば・・・。
今のこの会社でなく、あちらの会社に就職していれば・・・。
「たら」、「れば」、は無益なこと、とは思いながら、
思いはとめどなく流れてゆくものです。
さて、このように随所で現在の報われない状況を逃避し、
空想に浸る彼を描写しつつ、ストーリーは進みます。
ほんの腰掛のつもりのタクシー運転手。
しかし、それは生易しいものではなく、一日のノルマ達成も難しい。
一日おきの勤務とはいっても、その一回はほとんど24時間勤務という激務。
そんな中でも、次第にうまくお客を拾うコツを習得していくんですね。
すると銀行を辞め、タクシー運転手になったことを恥じていた気持ちも
次第に薄れ、また、今の家族もまんざらでもない
・・・そういう気持ちに目覚めてゆく。
このあたりの心境の変化がとても自然で、
こちらの気持ちまで、なんだか温かくなっていくようです。
この本の解説で、吉田伸子さんが言っています。
「そう、あかりはきっとある。
今は見えないかもしれないけれど、きっとある。
見つけにくいところにあるかもしれないけれど、きっとある。
そして、そのあかりは、選ばなかったもう一つの人生にあるのではなく。
今の、この現実の人生の中にあるのだ。
だから、大丈夫。」
名言ですね。
まさに、この本はそういうことを言っています。
さて、伸郎が、上司に投げかけ、
銀行を辞めるきっかけとなった失言とはどんな言葉だったのでしょう。
それが最後の最後で明かされるあたりも、おしゃれです。
これもかなりのおススメ作品ですね!
満足度★★★★★