映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「短篇ベストコレクション/現代の小説2009」 日本文藝家協会編

2009年06月25日 | 本(その他)
短篇ベストコレクション―現代の小説〈2009〉 (徳間文庫)

徳間書店

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アンソロジーは実は苦手感があります。
1人の作家の短篇集ならばよいのですが、
アンソロジーはいろいろな作家の短篇集。
それぞれ確かに面白い作品ばかりなのですが、それだけに個性たっぷり。
それぞれの作家の紡ぎだす世界に入り込むまでに、
結構エネルギーがいるんです。
それを何度も繰り返すのが、つらくなってしまうことがあります。
それだから特に、ミステリのアンソロジーは、あまり読まなくなりました。

ところがこの本のラインナップ。
私に馴染みのある作家だけでも、

伊集院静、高村薫、森絵都、角田光代、伊坂幸太郎、
恩田陸、石田衣良、江國香織、あさのあつこ、
大沢在昌、鈴木光司、高橋克彦・・・

まあ、なんと豪華なのでしょう。
これに目がくらんで、買ってしまいました。
しかし、さすがです。
前述のわずらわしさはあまり感じることなく、
大変楽しくするすると読み終わりました。
どれもそれぞれにいいのですが・・・。


高村薫「明るい農村」

不思議な印象の残る話です。
実に寂れた農村なのですが、
村おこしのため「気球の里」というキャンペーンを起したことがあった。
それは実のところ「気球」ではなくて、
「巨大な風船」というべきもので、
ヘリウムをつめたその風船が山から田んぼの方へ
浮き沈みしながらゆっくりと転がってくる。
そんな光景を売り物にした時期があったけれど、
すぐに飽きられて、終わり。
村の老人たちが、そんな思い出話をしているのです。
しかし、このイベントを進めた変わり者の男、
その双子の息子たちのその後・・・、
その山へ入ったきり帰らない人々・・・。
謎が謎のまま終わり、なにやら幻想めいた伝説のよう。
きちんと答えの出ない、ミステリ。
こういうのもなんだかいいですね。


新野哲也「嫁はきたとね?」

私にははじめての作家だったのですが、
実はこの本の中ではこれが一番気に入りました。
夏彦は、読み書き障害(ディスレクシア)なのです。
決して知能が遅れているわけではない。
文字が意味のない模様にしか見えない。
でも記憶力や手先の器用さは人並み以上。
そんな彼は
「ハイキングにきた小学生のようなのんきな顔をしている。」
でも、この障害のために、まともな職にはつけないでいるのです。
兄晴彦は端正で思慮深いエンジニア。
それで、夏彦は山奥に電柱を立てる兄の仕事を手伝っていたのですが・・・。
あるとき、電柱を立てる仕事はこれで終わりだから、お前はこの山に残れ、
と兄は言うのです。
意地悪ではないんですよ。弟の性格を良くわかっている兄は、
弟は都会に戻っても不幸だと感じたのです。

ここには老夫婦がいて、蕎麦畑を作っていたのですが、
もう作業をすることもつらくなっているので、夏彦が手伝うことに。
農作業は大変なことばかりですが、
あたり一面の蕎麦の白い花。
飛び交うミツバチたち。
こんな雄大な風景の中で生きていく幸せがのびやかに描かれています。
無理をしない等身大の幸せの形。
素晴らしい読後感です。
ただ単に田舎のエコライフを推奨しているのとは違うんですね。
しっかりと骨太の、生活観がある。
しかも、泥臭くない。
こういうところに筆力を感じました。
この、弟をしっかり理解しているお兄さんもいい感じ。


こんな風に、普段馴染みのない作家と出会えるのも、
アンソロジーのよさですね。
ちょっと、認識が変わりました。
他にも、いろいろな趣向で楽しめる作品満載。
この本は毎年出ているんですね。
バックナンバーを読むところまではどうかと思いますが、
今後は毎年買うことになりそうです。

満足度★★★★☆