決定的な何かが過ぎ去ったあとの、沈黙する光景
* * * * * * * * * *
ただただ無心に漏れ来る光の林よ
昭和の初め、人文地理学の研究者、
秋野がやって来た南九州のとある島。
山がちなその島の自然に魅せられた彼は、踏査に打ち込む――。
歩き続けること、見つめ続けることによってしか、
姿を現さない真実がある。
著者渾身の書き下ろし小説。
* * * * * * * * * *
本作の主人公が研究しているのは人文地理学。
聞いただけでは何やらよくわからない学問ですが、
実は私、すごく好きかもしれません。
作中にある説明はこうです。
「遺跡も調べれば歴史も調べる、
統計も取れば植生も調べる、
場合によっては民話も採集する、
というよろずやのような学問」
人と自然の生業というか・・・。
切っても切れないモノの関係性。
人生が二度あるならば、私もこういう分野の研究をしてみたい・・・。
本作、考えてみれば、
カヤックで水辺を行き、渡り鳥たちに思いを馳せる
梨木香歩さんならではの学問であり、この、ストーリーでした。
南九州のとある島・・・と聞けば
風光明媚で穏やかそうな島を想像するのですが、
この島はなかなかどうして、険しい山がちの島なのです。
かつては修験僧が修行をしたという。
点在する村も、あまりにも道が険しく互いに行き来するのが大変なので、
交流が少なく、その村々で異なった方言があったりするほど。
秋野は、このような険しい山道を、
地元の梶井という青年とともに何日もかけて歩きます。
秋野は両親と許嫁を亡くしたばかり。
その沈みがちの心が、
圧倒されるような自然の有り様と、共鳴していくとでも言うのでしょうか。
その自然というのは、全くの手付かずの原生林ではなく、
かつて信仰の対象として社があったり、修業の場があったりしたのです。
しかし今はもうない"うつろ"の場所。
そのうつろが、彼の心のうつろと重なりあったように思われます。
そんな中で、彼は人の営みの本質を見るような気がするのです・・・。
うだるような真夏の日々のことなのですが、
どこかヒンヤリと怖いくらいの気持ちにもさせられました。
さて、最後に戦争をまたいで一気に50年後。
秋野は再びこの島を訪れます。
彼は結婚をし、子を持ち、孫もいる身。
このように充足した彼はこの島に何を見るのか。
このような田舎の小島でもやはり時代は移り変わっていた。
そんな中で、ただひとつ変わらないものを彼は見つけます。
「海うそ」。
現実ではないそれが、変わらないものだった・・・というのが、
当然ではありながら、なんともふしぎな気がします。
「海うそ」ってなんだ?って?
・・・ふふふ。
それはぜひ読んでたしかめてください。
「海うそ」 梨木香歩 岩波書店
満足度★★★★★
![]() | 海うそ |
梨木 香歩 | |
岩波書店 |
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ただただ無心に漏れ来る光の林よ
昭和の初め、人文地理学の研究者、
秋野がやって来た南九州のとある島。
山がちなその島の自然に魅せられた彼は、踏査に打ち込む――。
歩き続けること、見つめ続けることによってしか、
姿を現さない真実がある。
著者渾身の書き下ろし小説。
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本作の主人公が研究しているのは人文地理学。
聞いただけでは何やらよくわからない学問ですが、
実は私、すごく好きかもしれません。
作中にある説明はこうです。
「遺跡も調べれば歴史も調べる、
統計も取れば植生も調べる、
場合によっては民話も採集する、
というよろずやのような学問」
人と自然の生業というか・・・。
切っても切れないモノの関係性。
人生が二度あるならば、私もこういう分野の研究をしてみたい・・・。
本作、考えてみれば、
カヤックで水辺を行き、渡り鳥たちに思いを馳せる
梨木香歩さんならではの学問であり、この、ストーリーでした。
南九州のとある島・・・と聞けば
風光明媚で穏やかそうな島を想像するのですが、
この島はなかなかどうして、険しい山がちの島なのです。
かつては修験僧が修行をしたという。
点在する村も、あまりにも道が険しく互いに行き来するのが大変なので、
交流が少なく、その村々で異なった方言があったりするほど。
秋野は、このような険しい山道を、
地元の梶井という青年とともに何日もかけて歩きます。
秋野は両親と許嫁を亡くしたばかり。
その沈みがちの心が、
圧倒されるような自然の有り様と、共鳴していくとでも言うのでしょうか。
その自然というのは、全くの手付かずの原生林ではなく、
かつて信仰の対象として社があったり、修業の場があったりしたのです。
しかし今はもうない"うつろ"の場所。
そのうつろが、彼の心のうつろと重なりあったように思われます。
そんな中で、彼は人の営みの本質を見るような気がするのです・・・。
うだるような真夏の日々のことなのですが、
どこかヒンヤリと怖いくらいの気持ちにもさせられました。
さて、最後に戦争をまたいで一気に50年後。
秋野は再びこの島を訪れます。
彼は結婚をし、子を持ち、孫もいる身。
このように充足した彼はこの島に何を見るのか。
このような田舎の小島でもやはり時代は移り変わっていた。
そんな中で、ただひとつ変わらないものを彼は見つけます。
「海うそ」。
現実ではないそれが、変わらないものだった・・・というのが、
当然ではありながら、なんともふしぎな気がします。
「海うそ」ってなんだ?って?
・・・ふふふ。
それはぜひ読んでたしかめてください。
「海うそ」 梨木香歩 岩波書店
満足度★★★★★