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「我、言挙げす 髪結い伊三次捕物余話」 宇江佐真理

2016年03月14日 | 本(その他)
自分の意志をはっきり口に出すこと

我、言挙げす―髪結い伊三次捕物余話 (文春文庫)
宇江佐 真理
文藝春秋


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晴れて番方若同心となった不破龍之進は、
伊三次や朋輩達とともに江戸の町を奔走する。
市中を騒がす奇矯な侍集団、不正を噂される隠密同心、失踪した大名家の姫君等々、
自らの正義に殉じた人々の残像が、ひとつまたひとつと、龍之進の胸に刻まれてゆく。
一方、お文はお座敷帰りに奇妙な辻占いと出会うが…。


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本作にはまたちょっと不思議なストーリーがあります。
『明烏(あけがらす)』では、SFめいていますが、
お文さんがここではないまた別の世界に迷い込んでしまうのです。
お文さんが芸者となったのは複雑な家庭の事情があったため。
実は大店の娘で、何一つ不自由しない生活を送る事もできたはず・・・
そんな、"もしも"の世界に迷い込んだのですね。
なんと、伊三次とは別れて、実家の母の元へ身を寄せていることになっている。
その母は、病で余命幾ばくもない・・・。
裕福だけれども、なかなかままならない境遇に、
お文は伊三次のもとに帰りたいと思う・・・。


これらのことは、まあ、転んで頭を打ったお文さんが見た夢なのかもしれません。
けれど、髪結いの亭主を持ってもまだ芸者を続けなければならない貧乏暮しに、
ほんのちょっぴりでも後悔があったのかもしれませんね。
そんな心の隙間を付く本作。
著者も、いろいろな趣向を凝らして楽しませてくれます。


『我、言挙げす』
本作には、かつて上司の不正を知り、そのことを表ざたしたために
閑職に回されてしまったという男性が登場します。
ここでは、その者の行為を「言挙げ」といっているのです。
「言挙げ」とは、自分の意志をはっきりと言うこと。
言霊という言葉にもある通り、
思っているだけではなくて、それをはっきりと口に出していうことで、
その言葉の持つ呪力を働かせる事になる・・・という日本の古代からの考え方。
まだ若い龍之進には、男が正しいことをして苦しい境遇に陥ってしまっている
ということに納得がいきません。
けれども、そういうことを押してでもやはり、
自分が信じることをはっきりと言うべきだと、彼は思うようになるのです。
また一つ、成長していく龍之進。


さて、ところが本巻のラストに衝撃的な出来事が!!
伊三次の家のある当たりで火事があり・・・。
江戸の町の大敵は火事なんですね。
一体どうなってしまうのだろう・・・、
次巻にすぐ手がのびてしまうのでした。

「我、言挙げす 髪結い伊三次捕物余話」 宇江佐真理 文春文庫
満足度★★★★☆