映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「今日を刻む時計 髪結い伊三次捕物余話」 宇江佐真理

2016年03月18日 | 本(その他)
10年後にワープ!!

今日を刻む時計―髪結い伊三次捕物余話 (文春文庫)
宇江佐 真理
文藝春秋


* * * * * * * * * *

江戸の大火で住み慣れた家を失ってから十年。
伊三次とお文は新たに女の子を授かっていた。
ささやかな幸せをかみしめながら暮らすふたりの気がかりは、
絵師の修業のために家を離れた息子の伊与太と、
二十七にもなって独り身のままでいる不破龍之進の行く末。
龍之進は勤めにも身が入らず、料理茶屋に入り浸っているという…。


* * * * * * * * * *

本作の冒頭は、一人の女の子の描写から始まります。
10歳位で健気な様子の、このお吉の母親は芸者で、父親が髪結い。
・・・あれっ、これって?
著者の思わせぶりな描写がまた心憎いのですが、
なんと今まで一冊一年経過というお決まりをあっさり突き破って、
前巻から10年もの月日が流れているのでした!!


伊三次とお文は住み慣れた家を焼け出されたものの、
新たな家でまた暮らしています。
なんと新たに女の子を授かって!!
兄、伊与太の方は、絵師の修行のため家を離れています。
龍之進は27歳。
今ではすっかり板についた同心ですが、
あの八丁堀純情派の仲間たちはみな結婚しているというのに
なぜか未だに独り者。
しかもなんと、すっかりやさぐれて料理茶屋に入り浸っているという・・・!!
実に意外な10年後。
そう、本巻のテーマは龍之進の結婚。
ズバリ、この事なのでした。


「文庫のためのあとがき」の中で、著者は
「マンネリを打開したかった、
そしてどうしても伊三次シリーズを描き上げてから死にたいと思った」
と言っています。
ドキリとしますが、この時まだ癌のことはわかっていなかったはず。
このペースでは、自分の思うところまで辿りつけない、と思ったのでしょうね。
ただ、その後、何が何でも最終回を書かなくても良いのではないか
という心境に変わったともあります。
行けるところまで行って、そこで私がお陀仏となっても、それはそれでいいではありませんか、
と。


確かに、その最終回はもしかしたら
伊三次やお文さんの晩年のことなのかもしれません。
そんなところは読みたいとは思いませんし、
途中なら、どこか知らない世界で伊三次とお文さんが相変わらず仲良く暮らしている
・・・と思えるじゃありませんか。
だからそんなにも書き急ぐことがなくなって、
かえって良かったなあ、とは思います。
でもこの10年のワープは、結構成功でしたね。
物語の世界がまたぐんと広がっています。


さてその龍之進。
純情でまっすぐで・・・
おばさん心がくすぐられるあのまだ少年と言ってもいい
龍之進くんのなれの果ては意外ではありましたが、
でもそれはいっときのこと。
やはり実はあまり変わらぬ龍之進なのであります。
「君をのせる船」の淡い初恋の時のような思いはその後なかったようで・・・、
母・いなみは、いつまでも身を固めようとしない息子にヤキモキしています。
そんなところへ本巻に登場する何人かの候補(?)らしき女性たち。
さて、本命は誰? 
下世話な話ではありますが、そんな興味に惹かれて読み進んでしまいます。
でもまあ、結果はたしかに、そうかもね、
この子が一番お似合いかも・・・と思いました。
宇江佐さんは多分、龍之進を自分の息子のように思って書いていると思うのですが、
それは私も同じ。
まるで自分の息子のように、龍之進や伊与太の幸せを祈らないでいられません。

「今日を刻む時計 髪結い伊三次捕物余話」 宇江佐真理 文春文庫
満足度★★★★☆