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萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第32話 高峰act.5―side story「陽はまた昇る」

2012-01-20 23:58:06 | 陽はまた昇るside story
最高峰の夜と、そして雪ふる朝に




第32話 高峰act.5―side story「陽はまた昇る」

心ゆくまで流された涙が静かに治まると、ただ晴朗な想いが温かい。
うつぶせに腕組んだ袖で英二は顔を拭いた、そして顔あげると横の国村へと笑いかけた。
こんなふうに自分が、あの夜の周太への想いを誰かに話せると思わなかったな。こんな予想外が素直にうれしい。
こういう友人を自分が持てたことは幸せだ、そう見つめた友人が底抜けに明るい目で笑った。

「よし、落ち着いたね?じゃあ、宮田。次の尋問だよ?」
「なんだ、まだ続きがあるんだ?」

いつも通りの飄々と明るい国村の語調に、思わず英二は笑ってしまった。
雪ふる富士山の山小屋で、白銀に明るむ窓からの明かりに並んで寝転んで、こんな話をしている。
なんだか愉快で可笑しくて、薄明るい山小屋の一室で英二は心から笑った。
そんな英二に「当然だろ?」と細い目が笑って国村は続けた。

「さっき聴きかけたことだよ?年明けに湯原くんの家に行ったよな。
 で、こっち帰ってきてからさ、おまえ妙に幸せそうなんだよね。よほど良い想いしたんだろ?ほら、幸せ自慢を聴かせろよ、」

愉快気な目が「ほら、言っちまえよ、笑いな?」そんな催促をしてくれる。
たくさん泣いた後だから、今度はたくさん笑わせる気なのだろう。そんな大らかな優しさが嬉しくて英二は微笑んだ。
でもまた自分は泣くかもしれないな?思いながら英二は口を開いた。

「ここんとこのさ、朝の登山や訓練で話したことと少し被るよ?」
「べつに構わないだろ?ほら、おまえのね、好きなように喋っちまいな。俺はおまえの話、楽しいんだからさ」

山小屋の窓からふる雪明りに、秀麗な笑顔がほの白くうかんでいる。
心底に楽しげで明るい細い目が英二を見て、愉快な時間を楽しもうと誘っていた。
こんな屈託なく話せる時間は悪くない、英二も笑って話し始めた。

「そうだな、じゃ最初からな?
 まず俺ね、花束を作って貰いに花屋へ行ったんだ。いつもね、周太のお母さんに土産代わりに贈ることにしているから」

「ふうん、花束か。粋だね、おまえ、」

感心したように言って笑ってくれる。
そんな友人に微笑んで英二は続けた。

「そしてもう1つ花束を作って貰ったんだ、周太への花束だよ。
 クリスマスに婚約の約束はした。でも俺、きちんと婚約の申し込みしたかったから。
 それで花束を贈りたかったんだ。どんな花が良いかなって店先の花を眺めて、花言葉で作って貰おうって思いついたんだ」

「花言葉か、なるほどな。そりゃまた粋だね。おまえ、真面目だけじゃないんだな」

こんどは驚いたように褒めてくれる。
やっぱり花言葉は自分には意外なのかな?ちょっと可笑しく思いながら英二は笑った。

「うん、周太の父さんがね、そういうの詳しい人だったんだ。それで思いついてさ。
 花屋のひとは引き受けてくれた。周太のイメージを訊かれてね。それからメッセージ考えて、その通りの花束を作って貰ったんだ」

「どんなメッセージだよ?」

訊かれて英二はすこし記憶を読み返した。
それから幸せな記憶に微笑んで、すこし気恥ずかしいなと想いながら答えた。

「あなただけが、自分の真実も想いも知っている。そんなあなただから、心から尊敬し友情を想い真剣に愛してしまった。
 この純粋な情熱のまま、あなただけが欲しい。あなたの愛を信じたい。
 純粋で美しい瞳のあなたに相応しいのは自分だけ、どうか変わらぬ愛と純潔の約束を交わしてほしい。
 毎夜に愛し吐息を交して、どうか毎朝に花嫁として、あなたを見つめたい。
 だから約束する「あなたを愛していると最高峰から永遠に告げていく」すべてに負けない心を信じてほしい。
 うん、こんな感じだった…その場で考えた文章なんだけどさ、いつも想っている事をね、まとめたんだ」

細い目が感心と驚きにすこし大きくなっている。
やっぱり自分がこういうのって意外かな?そう友人を見ると国村は楽しげに笑ってくれた。

「うん。良いラブレターだな、なかなか名文じゃない?おまえって文才あるんだな」

「そうかな?想ったままを言葉にした、それだけなんだよ。
 でさ、花屋のひとがさ、花束と一緒にカードも作ってくれたんだ。花言葉とメッセージを書いてくれてあった。
 その2つの花束を俺、片手で一緒に持ってさ。1つの花束に見えるようにして周太と待ち合わせしたんだ。
 だから周太はね、贈られるまで自分あての花束があるって気づかなかったんだ。そうして俺、ちょっと周太を驚かせたかったんだ」

「サプライズだ?いいね、湯原くん喜んだだろ?」

訊かれて英二は途端に幸せそうに笑った。
その幸せな記憶と一緒に英二は口を開いた。

「喜んでくれた。受けとったとき驚いてさ、それから幸せそうに笑ってくれた。
 ほんとにね、きれいな笑顔だった。婚約と求婚の花束なんだ。冬と春の花をさ、赤と白のグラデーションでまとめた花束だった。
 清楚で可憐でさ、ちょっと艶っぽい感じの花束でね。周太のイメージに合ってたよ。
 その花を抱いた周太、ほんとにね、きれいだった。おだやかな静けさが優しくて、純粋で。それで俺、また惚れちゃったんだ」

「おまえはさ、会うたびに惚れてるだろ?ま、幸せなことだよね」

可笑しそうに笑う細い目が底抜けに明るく温かい。
それで?とまた国村は訊いてくれる。

「それでさ、答えはきちんと貰えたのかよ?」

それを訊いてくれるんだ?
幸せな記憶が温かくて英二は笑った。

「うん。周太の人生を俺にくれる、そう言ってくれたんだ。
 ずっと隣にいて俺の居場所になってくれる、そう約束してくれた。
 そしてさ、『いつか嫁さんになってください、それまで婚約者でいてください』ってお願いした俺にね?
 周太はさ、『はい、約束するね』って返事してくれたんだ。それで俺からの婚約のキスを、きちんと受け留めてくれたんだ」

楽しげに聴いて国村が微笑んだ。
そして英二の目を見ながら、嬉しそうに言ってくれた。

「良いね。すっごい幸せな話だ、こういうのって良いよな。良かったな?」
「うん、ありがとう、国村」

一緒に喜んでくれる友人の存在が嬉しい。
けれどこの婚約には辛い決断も付随している、ふっと英二は静かに微笑んだ。

「でもね、国村?…俺、周太からさ、取り上げるものがある。
 今の日本の法律ではさ、男同士で結婚するには養子縁組しか出来ないだろ?
 それってね、1日でも早く生まれた方が親になってさ、遅く生まれた方が親の戸籍に入るんだ。
 そして俺が先に生まれたから、周太は俺の苗字を名乗ることになる。
 だからね、国村?周太が俺と入籍することはさ、湯原の家を断絶させることのね、決断をさせることなんだよ」

自分の決断を想いながら英二は国村の目を真直ぐに見た。
真直ぐ見つめかえす細い目は温かい眼差しで、ゆっくり頷いてくれる。

「そっか…湯原くん、一人っ子だったな」

「ああ。他に親戚もいない、だから湯原の家の名前は、周太を最後にしてしまう。
 だからさ、国村?俺ってさ…周太から家の名前まで奪ってしまうんだ。
 湯原の家には周太以外に跡取りは居ないから…戸籍も全部、断絶させることになるんだ。
 俺、卒業式の夜はね、周太の体を無理に奪った…そして今度はさ、生まれた家の名前と戸籍までね、俺、奪うんだ」

切長い目から熱が零れ落ちた。
やっぱり俺また泣くんだな?そんな自分の涙にすこし微笑んで、英二は想いを言葉にした。

「なあ、国村?…俺はさ、いったい幾つのものを、周太から奪うんだろう?
 だから俺、自分が周太に与えられるなら、なんでも与えたいんだ。だから俺、いつも周太に服も買ってしまう。
 ほんとに俺はね、周太の笑顔が見たいだけなんだ。周太の幸せな顔、見たいだけなんだ。なのに俺、周太から奪うことになってる」

言って、また涙がこぼれていく。
自分が周太と生きること、その選択の為に自分が周太に強いてしまう事が哀しい。
ただ一緒にいて幸せにしたい、笑顔をいちばん近くで見ていたい。自分の願いはそれだけなのに何故だろう?
どうしていつも結果として、自分が周太を追い詰めざるを得なくなるのだろう?それが哀しくてならない。
そんな英二の目を覗きこむように国村が見つめてくれる。

「奪う、か?」

国村の透る声がしずかにつぶやいた。
そして長い腕が英二に向かって伸ばされて、白い指が英二の額にふれてくる。
こいつほんとに色白だな、ぼんやり指を見る英二にテノールの声が言った。

「なに言ってんのさ?」

かつん、白い指が英二の額を思い切り小突いた。
そして小突いた指の主は底抜けに明るい目で笑って、そして言ってくれた。

「おまえね、くそまじめもいい加減にしろよ?
 湯原くんはね、おまえの恋人で婚約者でさ、運命の相手なんだろ?だったら体を奪ってどこが悪い。
 抱いて可愛がってさ、一緒にイイ気持ちになる。これが正しいスキンシップだろうが。
 だいたいさ?初体験なんてね、女は痛い思いして血もでるよ、それが当たり前のことだ。
 で、湯原くんは男だけど嫁なんだからさ、そこは女と同じだろ?初体験で痛い思いして血が出るなんざね、当たり前なんだよ」

ちょっと呆気にとられて英二は国村を見つめた。
けれど確かに言う通りだろう、ちいさく吐息をつきながら英二はつぶやいた。

「そっか…当たり前、か」
「そうだよ、バカだね、おまえはさ?」

からり笑って細い目が可笑しそうに微笑んでくれる。
そして国村は言葉を続けてくれた。

「それにさ、嫁に行ったら苗字変わるのは普通だろ?
 そりゃね、湯原くんは一人っ子長男で他に親戚もいないよな。
 でもな、同じような立場の一人っ子長女がさ、嫁に行くこと普通にあるだろ?
 それをなんだ、おまえ?男だからって躊躇してるのかよ、いまさら何言ってるんだ、おまえ?
 そういう態度はさ、湯原くんが女じゃないことをね、責めていることになるだろ?そんなの失礼だろ、違うか?」

責めていること、失礼なこと。そして「普通」
言われる言葉の一つずつが的確で、そして英二に温かい。
いつも国村は真直ぐに物事を見て本質を的確に突いてくる、山のルールに生きて執われない自由な視点で見ている。
そんな純粋無垢な山ヤの大らかな優しさと怜悧が温かくて、うれしくて英二は微笑んだ。

「うん、そうだな…国村の言う通りだな。俺、間違っていないかな、胸を張って良いんだよな?」
「そうだよ?まったくさ、おまえって賢いんだけどね、真面目すぎてたまにバカだよな」

からっと笑って国村は横から英二を蹴とばした。
がつんと軽い蹴りを入れられて英二も笑ってしまった。

「なんだよ、国村?痛いだろ、怪我したら明日の訓練ヤバいって」
「これはね、湯原くんの代理だよ?
 あの彼のことだ、いま宮田が言ったこと聴いたらね、きっと自分を責めて泣くよ?
 そんなの可哀そうだろうが。まったくね、あんな可愛いらしい子を掴まえてさ?ぐだぐだ悩んでるお前が悪いね」

笑いながら国村は、もう一発がつんと英二に蹴りこむと長い脚を布団に納めた。
そして英二の目を真直ぐ見ると、底抜けに明るい目で笑ってくれた。

「おまえの真面目なとこはね、俺も好きだよ。真面目すぎてバカで悩むとこもな。
 どうせ悩むなって言ってもさ、実直で真面目すぎる宮田のことだ、また悩むんだろ?
 また悩んだらさ、俺に喋っちまいな。そしたら今みたいにさ、聴いて笑って蹴とばしてやるよ?悩みも迷いも一緒くたに蹴っ飛ばす」

言って国村は、可笑しそうに愉快に笑ってくれる。
聴きながら英二はすこし驚いて、そして嬉しかった。こんなふうに言って貰うことは英二には初めてだった。
いつも周太には何でも話して受け留めてもらっている、けれど周太の事はもちろん話せない。
周太の事は吉村医師になら多く話してきている、それは親の愛情と似た安らぎが温かい。
けれど対等な友人として話し、受け留めあえる相手はいなかった。すこし笑って英二は国村に訊いた。

「俺のこと、受け留めてくれるんだ?」

真直ぐ目を見ながら訊いた国村の目が笑った。
そして楽しげに国村は言ってくれた。

「おう、アンザイレンパートナーだからね。
 それに宮田はさ、俺のこと泣かせてね、笑わせてくれるだろ?そういうヤツって俺、おまえが初めてなんだ。
 田中のじいさんは親みたいなもんだ、だから特別だ。でも、おまえは友達で対等だろ?そういうの楽しいんだ、俺は。
 おまえは俺を受け留めてくれた、友達としてもパートナーとしてもな。だから俺もね、おまえを受け留めたいんだよ。
 だから遠慮するな、俺には何でも言っちまいな。むしろ俺はね、言わないでいられると気分悪いよ。だから遠慮なく喋って泣きな」

からり笑って底抜けに明るい目が英二を見ている。
こんなふうに率直で真直ぐで、山ヤ仲間で自分の夢のパートナーでいてくれる。
こういう友人は本当に得難くて見つけたくても出会えない、それがいま横で寝転んで笑っている。
きっと自分は運が良くて幸せだ、うれしくて温かくて英二はきれいに笑った。

「うん。遠慮なく喋るよ、おまえにはさ。俺もね、自由で気儘な国村が好きだよ。
 たまに困るけどさ、でも俺、おまえと一緒に笑うの楽しいんだ。俺もさ、こういうヤツは国村が初めてだよ。
 そしてさ、国村。俺のこと、周太のこと、受け留めてくれてさ…ほんとは俺、いつも嬉しいんだ。…ありがとう」

きれいに笑って英二は涙ひとつ零した。
そんな英二に笑って国村は底抜けに明るく言ってくれた。

「よし。俺たちってさ、相思相愛のアンザイレンパートナーだな?これで最強だ、きっとね、世界中の最高峰に俺たちは立てる」

思わず英二は笑った、こんな愉快で陽気なヤツが自分の友人でアンザイレンパートナー。
こういうのは楽しくて幸せだ、英二は明るく笑った。

「おう、世界中に登ろう?
 俺はね、国村。おまえみたいな最高のクライマーにはなれない。
 でも俺、最高のレスキューになるよ?そうして俺はさ、おまえの専属レスキューになってやる。
 それで絶対に無事に最高峰に立って、そして絶対に一緒に帰るんだ。それぞれの大切なひとの隣にさ、一緒に帰るんだよ」

きれいに英二は笑った。
そんな英二の笑顔に国村も笑って応えてくれた。

「うん、いいな。おまえならさ、きっと最高のレスキューになれるよ。よろしくな、宮田」
「おう、がんばるよ、俺」

一緒に目標を見つめて笑いあえる。
英二は自分の友達が嬉しかった、援けあえる相手がいてくれることが幸せで温かい。
そんなふうに微笑んだ英二に国村が訊いた。

「でさ、宮田?年明けの楽しい話の続き、早く聴かせろよ?」
「あ、まだ聴きたいんだ?国村」
「当たり前だろ?まだ時間も早いしさ、じっくり聴かせてもらうよ。幸せな話って楽しいだろ?」

飄々と言って国村が笑っている。
ほんとうにフラットに自分たちを見てくれている、うれしくて英二は話し始めた。

「婚約の花束をね、周太は仏間にも活けてくれたんだ。
 それでさ、俺、初めて仏壇にお参りさせてもらったよ。それから墓参りも行ったんだ。
 どれも本当に幸せだったよ。本当に俺、この家の婿に迎えて貰えるんだなってさ、ほんとうに幸せで誇らしかった」

「墓参りも行けたんだ、そりゃ良かったよな。
 湯原家から正式な婚約の承諾が貰えたんだね。でも今さ『婿に迎えてもらう』って、おまえ言ったな?」

気がついて訊いてくれる。
まだすこし先のこと、けれど自分は山岳救助隊として生きている以上、明日どうなるか解らない。
そして万が一の時は国村が周太の頼りになってくれるだろう。そういう男気を国村は豊かに持っている。
だから今この機会に聴いて貰えたらいい、英二は口を開いた。

「国村。俺、自分の実家から籍を抜くつもりなんだ。
 自分だけの戸籍を作ってね、俺が戸籍の筆頭者になってさ、周太を嫁さんにするんだ。
 そうして俺はね、苗字は俺の宮田姓になるけれど、周太の実家に入ってさ、湯原の家を守るよ。
 湯原の姓は残せない、けれど『家』は残したいんだ。俺ね、あの家が好きなんだよ。だから姓は宮田でも俺が婿に入るよ」

かるく頷くと国村は英二の目を真直ぐに見つめた。
すっと目を細めると確かめるように言ってくれる。

「分籍ってヤツだな?でも宮田、おまえが分籍する理由はさ、それだけじゃないだろ?」

「やっぱり解るんだな?そうだよ、俺の実家にね、迷惑かけたくないからだ。
 周太が警察官でいる間はリスクが現れてくる。本配属になる7月以降、周太は巻き込まれ始めるだろう。
 だから俺、本配属になり次第すぐ分籍するよ。そしてね、周太の全てを背負うためのさ、準備をしたいんだ」

腕組んだ上に顔を乗せたまま英二は微笑んだ。
その微笑みに向き合っている底抜けに明るい目が、すっと鋭利な表情を見せる。
そしてすぐ明るく悪戯っ子の目になって、国村は言った。

「うん、解ったよ。ずいぶんと楽しそうな喧嘩だよね、宮田?その楽しみをさ、俺に分け前なし、なんてコト絶対にするなよ?」

英二が立ち向かおうとしていること。
それを一緒に背負って援けようと言ってくれている。
ほんとうは巻き込みたくないと思っていた、けれどもう英二と国村は早朝の新雪つもる山で約束をしている。
その約束を「反故にするなよ?」と笑って受け留めて協力を約束してくれた。
そして、もう遠慮はしないと決めて、さっき約束したばかりでいる。この友人を信じていけたらいい、英二は微笑んだ。

「ありがとう、国村。ちゃんと分け前を渡すよ?…ほんとうにさ、…ありがとう」
「どういたしまして、だ。さ、楽しい話の続きしよう。もうちょい艶っぽいネタあるんだろ?」

軽やかに笑って受け留めて、笑わせようとしてくれる。
うれしくて素直に笑って英二はすこし考え込んだ。
なんかいいネタってあっただろうか?そう考えて思いだした途端、英二は幸せに笑った。

「あ、俺ね、周太と一緒に風呂、入ったんだよ」
「へえ?マジかよ、よく一緒に入ってくれたね?あの湯原くんが、ねえ。ふうん、」

驚いたと言わんばかりに細い目が大きくなる。
やっぱり驚かれることなんだな、ちょっと得意になって英二は記憶を話しだした。

「うん、周太が押し倒してくれて、キスしてくれたって話したろ?
 それでな、好きなだけさせて貰った後、抱っこしてシャワーに連れて行ってさ、周太のこと俺、洗ってあげたんだ」
「洗ったって、全身、ってことか?」
「そうだよ?髪もちゃんと俺が洗ったよ。ちょっと周太、ぼんやりしていたけどね。素直に洗わせてくれて、可愛かったんだ」

明るい夕方の浴室での楽しい記憶に微笑んで、英二は幸せに答えた。
そんな英二を眺めて「へえ?」と驚きながら国村はすこし考えると、からり笑った。

「おまえさ?それって湯原くん、おまえに好き放題されちゃってさ、放心状態だったんだろ?
 ほんと宮田、昼間だろうがお構いなしだよな。で、ぼんやりしている隙におまえ、勝手に連れ込んで洗っちゃんたんだな」

やっぱり国村には解ってしまうらしい。
それもなんだか可笑しくて楽しくて英二は笑った。

「あ、やっぱり解る?そうでもないとさ、周太、逃げちゃうんだよ。でもね、結婚したらたまには一緒に入ってくれるんだって」
「なんだよ、おまえ?それまで我慢できなかったんだ?」
「うん、チャンスがあったらね、それは手を伸ばさないとさ。国村さっき言ってくれたろ?正しいスキンシップだって」

幸せな時間を思いだして英二はにこやかに答えた。
その答えを聴きながら呆れたような顔で、けれど細い目は温かに笑ませながら国村が言ってくれる。

「まあね?それにしてもさ、おまえ?ほんと湯原くん大好きだね、風呂くらい一人で入れよって思うけどね?湯原くんも大変だな」
「周太が大変?なんで?どうしてそんなこと言うんだよ、国村?」
「あー、解んないのかよ?仕方ない男だね、湯原くん大変だな。で、他にもさ、イイこといっぱいあったんだろ?」

訊かれて英二はまた考えて、すぐに笑った。

「お節料理作ってくれたよ、周太。立派な重箱でさ、きれいな料理がきちんと詰めてあったよ。
 時間無いから買ってきたのもあるって周太、残念がってた。
 でも周太、2,3時間で支度してくれたんだ。すごい旨かった、雑煮も出汁が良い香りでさ」

「へえ、お節を2,3時間ってすごいな?ほんと料理上手なんだな」

「うん、周太の料理は旨いよ?
 店で出せるくらいにさ、きちんとしているんだ。で、家庭的で温かでね、俺、いちばん周太の料理が好きなんだ」

周太が支度してくれる食卓。
いつも端正でも家庭的な温もりある食卓は、ほんとうに幸せだと思えてしまう。
そうやって周太はいつも英二に家庭的な安らぎまで与えてくれる、それを守りたいと心から願ってしまう。
今頃はどんな夢見ているんだろう?そんな想いに微笑んだ英二に国村が笑いかけた。

「ふうん、ほんとにさ、いい嫁さんだな。良かったな、おまえ?幸せだよ」
「うん、俺ってね、ほんと幸せだと思うよ。きれいだし、可愛いし、やさしいし料理上手だし。いいだろ?」

心から幸せで英二は笑った、いま思いだしただけでも周太は幸せをくれる。
だから思ってしまう願ってしまう。毎日を隣で過ごせたら、どんなに自分は幸せなんだろう?
幸せな笑顔に笑ってくれながら国村が英二を促してくれる。

「ああ、良かったな。で、艶っぽい話をさ、もうちょっと聴かせてもらおうかな?もうそういう時間だよ、宮田?」

結局そういう話が好きなんだな。
そういう話も率直に明るく聴いてくる友達が面白くて、英二は笑ってしまう。
ほんとうに遠慮なく話せることが幸せで楽しくて、笑いながら英二は話した。

「艶っぽい話…あ、俺さ?だいぶ上手くなったと思うんだ。周太、もう痛くないって言ってくれるし、艶っぽい声も出してくれる」
「お、イイ話になってきたね?そこんとこ楽しく話してもらいたいね、さあ宮田?自白の時間だ、しっかり全部白状しちまいな」

底抜けに明るい目が悪戯っ子に笑ってくれる。
そんな陽気な友人の目を見ながら英二は、幸せな記憶を一つずつ話しだした。
こういう友達との遠慮ない会話が楽しい、陽気な笑いと豊かな信頼に英二は最高峰の夜を笑って過ごした。


翌朝の富士山は雪がふっていた。
国村と英二の予想通り、夜半にふり始めた粉雪は強風に煙幕を張っていく。
起きて布団を畳んでから窓を見ると、ガラスが凍てついて氷が張っていた。

「わ…窓が全面凍結するのって、俺、初めて見た」
「すごいだろ?で、吹雪もすごいな。昨日のうちに頂上登ってよかったな?これじゃあさ、さすがに登頂は無理だ」
「うん、きっと昨夜作った予想図通りだな、ほんと昨日のうちに登らせてもらって良かったよ、ありがとうな」

窓の外は雪煙が舞い上がっていくのが見える。
ほんとうに昨日の晴天とは全く違う山の表情に、英二は畏敬の念が素直に想えてしまう。
凍りついた窓から白い視界の外を見て英二は言った。

「ほんとうにさ、山って不思議だな。きれいで怖くて、でも美しいな」
「だな?俺もね、いつもそう思うよ。
さて、朝飯食いに行こう。で、ザイルワークをちょっとやってさ、軽く雪上訓練のおさらいしたら下山な」

そう話しながら食堂へ行くと朝食はうどんだった。
よく目にするものより太い麺が珍しい、具にはキャベツが入っているのも英二には目新しかった。

「これな、吉田うどんって言ってさ、このあたりの名物なんだよ」
「へえ、初めて食べるよ、俺。いただきます…お、麺がなんか独特だな?旨いな」
「だろ?俺さ、これ食うのも楽しみなんだ。俺は替玉するよ」

すこし甘めの汁が寒い朝に旨い、啜りこみながら英二は周太に話すことが出来たなと微笑んだ。
熱いうどんに温まりながら食べていると主人が声を掛けてくれた。

「おはよう、富士山の夜は楽しめたかい?」
「おはようございます。はい、ゆっくり楽しませて頂きました。あ、もしかして煩かったですか?」
「いいや、大丈夫だよ。お客さん少なかったからね、みんな部屋を離してあったんだ。今日は何をするんだい?」

ちょうどその時、うどんのお替りを持ってきてくれた。
お替りを受けとりながら国村が主人に笑って答えた。

「今日はね、ちょっとそこの斜面で雪上訓練のおさらいと、ザイルワークを軽くやります。そしたら下山です。昼には下界にいます」
「そうか、また来てくれるんだろう?こんどは春先かな?」
「そうですね、4月の雪が多い時に来ようかな?な、宮田?4月で良いよな」

急に話をふられて英二はまた咽た。
そんな英二に主人が笑って、ストーブに沸いている湯を汲んで渡してくれる。

「だいじょうぶかい?ほら、富士山の雪を溶かした湯だ、熱いから気をつけて飲むといい」
「…ごほっ、ありがとう、ございます」

受けとって吹きつつ飲むと温かい。
ほっと息をつくと英二は湯呑を見つめた、冬の富士山では雪を沸かして使うと聴いている。
これがそのことなんだな、楽しくて微笑んで英二はそっと湯を飲んだ。
飲み終えると国村がまたお替りをもらいながら英二に訊いてくれる。

「宮田、4月ならさ、初任総合の前だから良いよな?」
「あ、うん。俺はいいけど、岩崎さんとか大丈夫かな?」

国村と英二は同じ御岳駐在所に勤務している。
その御岳駐在所所長の岩崎が常駐し、国村と英二は交替で勤務していた。
だから2人そろって登山訓練へ出てしまうと、岩崎は1人で業務をこなさなくてはいけない。
それが気がかりで英二はすこし考え込んだ、けれど国村は何のことは無い顔で言った。

「それは心配ないね、お互いさまだからさ。
 岩崎さんもね、雪山に登りに行くのに休暇取るからね?そうやって交替で訓練に入るんだ。だから気にすること無いね」
「そうなんだ、…てことはさ、俺と国村の2人で勤務の日があるってこと?」
「だね。って、なんだよ宮田?俺と2人じゃなんか困るのかよ?」

うどんを啜りながら底抜けに明るい目が笑っている。
きっと2人勤務の時の悪戯でもまた考えているのだろう。
また飽きない冬になりそうだな?ちょっと可笑しくて微笑みながら、英二は3杯目のお替りに箸をつけた。

さらさらと細かな雪がふり続いていく。
ふる雪のなか五合目付近の斜面で、昨日の雪上訓練の復習とショートロープの技術を教えてもらった。
ひと通り終えた頃クライマーウォッチを見ると時刻はちょうど9時だった。

「さて、そろそろ下山した方が良いね。山小屋のおやじさんに挨拶してさ、それから帰ろう」
「うん。俺もね、もう一回ご挨拶したかったんだ。4月はいつ来る?」

ふる雪と時折の強風の中を歩いて山小屋の入口を開く。
雪と風が入り込まないように素早く中に入ってしめると、国村が声を掛けようとして止まった。
なんだろうと国村の後ろから小屋の奥を見ると、主人が深刻な顔で電話と話している。
その様子が英二にいつもの緊張感を告げてきた、低い声で英二は国村に言った。

「起きたかな?」
「うん、たぶんね。そんな空気だよな?…さて、宮田?俺たちの下山予定はさ、ちょっと遅れそうだよな?」

悪戯っ子のように笑う国村の底抜けに明るい目の深みは、いつになく真剣だった。
ときおり聞こえる主人の会話の内容が、その真剣さの理由を英二にも伝えてくれる。
この真剣の意味を英二は想いながら笑って国村に答えた。

「うん、下山予定は変更みたいだな。国村、ウェストハーネス装着した方が良いかな?」
「おう、必須だね?この気象条件だ、アンザイレンしていこう。ちょっと予想外だけどさ?今日がデビューになったな」

話しながらウェストハーネスをザックから出して国村がちょっと微笑んだ。
英二もウェストハーネスを出して国村を見ると、頷いて答えた。

「そうだな。アンザイレンパートナー、ちゃんと山でやるのって初めてだな。この富士山で『初』なんてさ、光栄だよな?」

答えて英二は、きれいに笑った
これから国村とアンザイレンパートナーを組んで、この富士山で遭難救助をすることになるだろう。
そして遭難現場はきっと今、これから「あの地点」になる場所。





(to be continued)

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