萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第75話 回顧act.3-side story「陽はまた昇る」

2014-04-05 21:59:02 | 陽はまた昇るside story
afterimage 残像



第75話 回顧act.3-side story「陽はまた昇る」

陽だまりの向こう庭木立を風渡る。

ゆれる梢に光ふらす、その光彩きらきら明滅する。
明るい縁側の空は青い、ただ穏やかな空気に英二は微笑んだ。

「こういう穏やかなの良いですね、後藤さんの家って感じします、」
「だろう?」

笑って頷きながら湯呑ゆったり口つける。
陽だまりに胡坐かいて啜る茶の熱さ心地良い、その湯気ゆるかに昇りゆく。
ふわり、白くあわく空融けてゆく行方の頭上ときおり可愛い声が聞えてくる。

「岳ちゃん、それ隅っこ合ってないよ?」
「あーほんとだ、秀介くんのとこ速いねえ、」
「緑だって速いもん、もう出来るもん、」
「うん、緑ちゃんのもう出来ちゃうね、速いね、」

2階からの声たち朗らかで、その会話に嬉しくなる。
秀介は小学校2年生、それでも年少の子供ふたり面倒見よく遊ばせる。
そんな貌が会話たちに垣間見えて頼もしい、そして少し不思議にもなる。

―秀介は妹がいるけど良いお兄ちゃんだろうな、二十四の俺よりずっと、

いま24歳の自分より8歳は幼い、けれど聞える声は年長者の貫禄が温かい。
ずっと知っているけれど未見の貌を今聴いている、この些細で不思議な喜びに後藤が笑った。

「広岳たち盛り上がってるなあ、俺たちも少し盛り上がろうか、」

笑って立ち上がってくれる、その動き注視してしまう。
歩き方、表情、息遣い、異常は無いか容態チェックして溜息ほっと微笑んだ。

―手術が良かったんだろうな、思ったより良く見えるけど後藤さんの意地もあるかな?

今秋、後藤は肺気腫の手術を受けている。
その予後は良いと吉村医師から聴いてはいた、けれど自分の目で見れば安堵する。
そんな目視に追う背中は書架から大判の2冊出してまた戻り、陽だまりに腰下すと差出してくれた。

「こっちが田中さん、これは光一の父親が撮ったものだ。見てみるかい?」
「はい、」

受けとった2冊それぞれデザインが違う。
素朴と洗練、けれどシンプルな雰囲気が似ている。
こんなところにも縁戚は見えて、少しの羨ましさと一冊を開き声が出た。

「…お、」

蒼と白、そして光と翳。

蒼穹はるかに雲は駆けてゆく、白に蒼に陰翳きらめかせ風を往く。
湧きおこる水蒸気の塊は山に生まれだす、その源は蒼い影映して白銀まばゆく瞳を弾く。
銀嶺つらなる大地の隆起、その稜線ひろやかに涯なく空を抱いて双耳峰そびえ天を指し、一瞬の光と翳は響く。

遠く遠く、蒼と白が描きだす世界は記憶ふれて、だからこそ響く風韻に鼓動から溜息こぼれ微笑んだ。

「マナスルですね、すごい…きれいだ、」

Manaslu

世界第8峰マナスル 標高8,163m
サンスクリット語で「精霊の山」と呼ばれる八千峰を写真だけなら幾度も見た。
この山にある過去と想いと願い見つめる隣、深い声が穏やかに大らかに笑ってくれた。

「光一の父親が最期に撮った一枚だよ、11年前のマナスルだ、」

11年前、光一の父親はマナスルに死んだ。
そのときの事いくらか聴いている、この記憶に英二は問いかけた。

「カメラは壊れてしまったって光一に聴きました、でもフィルムは無事だったんですね、」
「ああ、フィルムとレンズは無事だったよ。それを雅人くんが写真集にまとめたんだ、」

穏やかに答えてくれる言葉に納得ひとつ肚に落着く。
いつも光一が遣うカメラとレンズは経年が違う、そのままを訊いてみた。

「そのレンズ、いつも光一が遣っているカメラのですか?」
「そうだ、」

頷きながら深い瞳すこし笑って湯呑に口つける。
仕草ゆったり茶を啜り、ほっと息吐くと教えてくれた。

「光一が遣っているカメラはな、父親が中学校の入学祝に贈ったものなんだよ。当時まだデジタル一眼は出たばかりで高価だったがなあ、
世界中の山で登頂証明を撮るなら良いカメラをって贈ったらしい、そういう発想は明広らしいって吉村も俺も、田中のじいさんも蒔田も笑ったよ、」

懐かしい時間に笑ってくれる眼差しは温かい。
いま11年前の笑顔を見ている、そんな横顔は大らかに優しくて、けれど名前ひとつに鼓動そっと軋む。

―蒔田さんから聴いているかな、後藤さんは、

全問正解だよ、本当に食えない男だ?

そう言って蒔田が笑ってから三週間が経つ、あの時のことを後藤は聴いているだろうか?
それを確かめる為にも今日ここに来た、そんな思惑すらも御岳の時はまだ穏やかに凪いでいる。
このまま何を自分から訊くつもりもない、ただ共にする時間に事実確認のヒント探しながら微笑んだ。

「光一の父さん、国村さんは写真も考え方もかっこいい人ですね、」
「そりゃあカッコいい男だよ、明広は。ほら、」

笑って茶を啜りこみ湯呑を盆に置いてくれる。
ことん、やわらかな木音から離した指はページ捲り一節を指した。

「この詩な、明広が大学に進んだキッカケらしいぞ?フランス文学と山に出逢ったのはこの詩なんだと、」

Et vous mes tristes vers

Puisqu'au partir,rongé de soin et d'ire,
A ce bel œil adieu je n'ai su dire,
Qui près et loin me détient en émoi,

Je vous supplie,ciel,air,vents,monts et plaines,
Taillis,forêts,rivages et fontaines
Antres,prés,fleurs,dites-le-lui pour moi.

 そして泣いてしまう僕の聲、

 心を遺したまま僕は発つ、
 僕を見つめる綺麗な瞳に さよならが言えない、
 傍近くても 遠くても あなたが僕に響いて離れられない、 

 どうか願い叶えて、空、大気、風、山も大地も、
 木々、森、川、湧きいずる泉、
 岩穴、草原、花たち、あのひとに僕の想い伝えて

「随分と気に入ってるらしくて山でもよく詠っていたよ、いつもフランス語と日本語でな。フランス詩がサマになる男なんか珍しいだろう?」

教えてくれる通りに詩はフランス語と日本語で綴られて夏山の写真に添えられる。
その山容が自分にも懐かしい、だから気がついたことを訊いてみた。

「これ雲取山の夏ですよね、明広さんの最初の本格的な登山は雲取の縦走ですか?」
「ああ、吉村が連れていったらしいぞ、」

笑って答えてくれる言葉に少し驚かされる。
あの吉村医師が山ヤのカメラマンの素地を作った、そんな解答に尋ねた。

「親戚のお兄さんと夏休みって感じだったんですか?」
「明広が小学校にあがった夏だとか言ってたぞ、吉村は大学生だな、」

なにげなく告げられる言葉に過去を垣間見てしまう。
吉村医師と光一の父親、ふたり山で笑った時間は二人の息子たちと似ている?
そんな思案と眺める写真たちに空も風も山も輝く、その隣から着信音が鳴った。

「お、宮田ちょっとすまんな、」

断り入れて後藤はポケットから携帯電話を出した。
すぐ繋いで話しだす、その表情と会話に事態をみて英二も携帯を開いた。
発信履歴の番号へ架けながら湯呑を呷り盆へ戻して、コール2で通話が開いた。

「オツカレサン宮田、お手伝いの許可申請?」

ほら、用件まだ言わずに解かってくれる。
こんな呼吸が嬉しいまま英二はザイルパートナーかつ上司に笑った。

「はい、道迷いの捜索です。国村小隊長、出動命令を頂けますか?」
「道迷いか、秋だねえ、」

季節に笑ってくれるトーンは底抜けに明るい。
この台詞を去年の秋も聴いた、そんな記憶の信頼に笑いかけた。

「同じこと一年前も言ってましたね、」
「だね、おまえも今みたいに敬語だったっけね、」

可笑しそうに笑ってくれる電話ごし乾いた音かすかに聞える。
きっと山図を開いているのだろう、その推測に光一は笑ってくれた。

「後藤副隊長の許可次第で状況連絡よろしくね、隊員貸すなら把握しなきゃいけないからさ。吉村先生にも連絡と許可もらってよ?」

吉村医師に許可を得る、そう言われる事情に見た先も登山図は広げられていく。
その横顔は山ヤの警察官で、今も変わらない貌が嬉しいまま英二は綺麗に笑った。

「後藤さんには俺が付くよ、絶対に無理はさせない、その為にも先に国村小隊長から命令を下さい、」

直属の上司から命令されたなら後藤も断り難い。
そんな思惑に笑いかけた向こう笑って、すぐ命令してくれた。

「山岳レンジャー第2小隊員宮田、青梅署山岳救助隊の救助活動に協力願います、休日返上だけどヨロシクね?」




(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」」/Pierre de Ronsard「Ciel, air, et vents, plains et monts découverts」】

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Short Scene Talk ふたり暮らしact.44 ―Aesculapius act.54

2014-04-05 20:21:06 | short scene talk
二人生活@home



Short Scene Talk ふたり暮らしact.44 ―Aesculapius act.54

「ね、雅樹さん、この雅人さんの資料って俺も読んで良いんでしょ?ちっと今見てもイイ?(一緒に読んで一緒に考えたいねっ)」
「うん、そ(うだけど兄さんキワドイこと載せてるかもテーマ自体キワドイし)まず僕から読んでも良いかな?その方が教えてあげられるし、」
「ありがと雅樹さん、でも2つあるからね、雅樹さんが読んでる間もう片っぽ俺が読んでさ、教えっこするってドウかね?(教えるって大人っぽい嬉)」
「え(どうしよう理に適ってるでも過激な判例とかあると困るそうだ)あ、僕お腹空いたな、サラダとか先に食べ始めようか?(食事のあいだに他の事へ注意逸らしてどうにか僕から両方ざっと目を通したいな焦)」
「だったらサラダを前菜っぽくしてあるよ、ワインもいかが?(ちっと舐めさせてくれるかもねっ嬉)」
「ありがとう、じゃあそれでお願いするね(笑顔)(ああ良かった光一も乗り気になってくれた支度の間にざっと目を通しておこう)」
「うんっ、すぐ支度するから待っててね(御機嫌笑顔)(雅樹さん呑んでイイ気分になったら色んなおねだり聴いてもらえるねきっと照×期待)」
「はあ…(って兄さんもしかして今みたいな事態を愉しんでもいるかも有得る貸したノートにエロネタメモ入れて返されて困らされたな高校生の時とか)」
「…(数学は公式だと思ったらXXXXのこと書いてあったな化学も化学式に見せながらXXXXで国語だって縦読みするとXXXで)」
「…(それ僕が見ただけなら良いんだよねでも気づかないで緒方に貸しちゃった時はホントに僕すごく恥ずかしかった本当にいつも困った)」
「ん、(いや疑ってばかりいたらダメだ兄さんもう大人なんだし昔みたいな悪戯なんかしないよコレは真面目になるべき事だしとりあえず読もう)」
「あ、(照真赤)」



Aesculapius第3章act.18-19の幕間、光一と雅樹@リビングルーム
光一と雅樹の幸せ時間+雅人の悪戯っ気です、笑

Aesculapius「Mouseion18」校了しました、未成年の恋愛にある刑罰と現実×生命ってカンジです。
第75話「回顧3」加筆校正このあとします、4倍くらいにはなる予定です。
それ終わったら短篇連載かAesculapiusの続き+雑談を掲載します、

取り急ぎ、



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雑談寓話:或るフィクション×ノンフィクション@御曹司譚53

2014-04-05 01:14:07 | 雑談寓話
こんばんわ、雨あがった空が綺麗な日でした。
で、休憩合間に森へ行ったらハイカー見かけました、やっぱり山野草シーズンだなと、笑
また深夜ですが・この雑談もバナー押して下さる方いらっしゃるので続きまた載せます。楽しんでもらえたら嬉しいです、笑



雑談寓話:或るフィクション×ノンフィクション@御曹司譚53

「こんな時まで余裕の貌してんじゃねえよっ、ホントおまえ大好きで憎いよ、ホント幸せだか不幸だか解んねえよっ殺して死にたいとかマジ思うよっ、」

なんて告白というより激白された金曜夜呑み@半個室、
同僚御曹司クン涙目=ちょっとナルシズム酔ってますってカンジだった。

こういうの逆に冷めるんだけどな?

なんて本音と米焼酎呑んで、
空いたグラスに店員サン呼んで次のオーダーした、

「鳥飼ロックと水、あとウーロン茶お願いします、」

こんなカンジの注文に御曹司クンはグラス口つけて、
店員サンが去るとまた拗ねた。

「おまえさーなにこんなときオーダーなんかしてくれんの?拗」
「自分のペースで好きなモン呑んでるダケだけど?笑」

あっさり返したら御曹司クンも飲み干してメニューを眺めはじめた。
激白のときより少し落着いてはいる、そんな空気に言ってやった。

「おまえの想い通りならないと不幸なワケ?」

言って、上げてくれた顔はやっぱり涙目だった。
いま何を言われたんだろう?そんなカンジの御曹司クンに笑ってやった。

「幸せだか不幸だか解らないって今おまえ言ったけどさ、おまえの想った通りには自分が動かないと不幸気分なんだろ?笑」

たぶんこういう事なんだろな?
そんな推測と笑ったら御曹司クンはまた拗ねた、

「気分ってさーナンカ俺のことバカにしてねえ?マジ不幸だろ、どんだけ好きになっても返してくれないって苛々する、おまえ感情に欠陥あるんじゃね?拗」
「へえ、好きにならないから不幸なんだ?で、苛々するから仕事も放棄してメールして欠陥品扱い、ねえ?笑」

笑って切り返したら拗ね顔が睨んでさ、でも構わず言ってやった、

「不幸でカワイソーだったらドンダケ迷惑かけても何言っても赦されちゃうんだ?ふうん、そんなにオマエ不幸のVIPサマなんだ、へえ?」

不幸な自分だからナニしても仕方ない、
そういうヤツ迷惑だなっていうのが本音だから言ってやった、

「本当に好きなら不幸押しより幸せにすること考えるよ、結局おまえを甘やかすヤツが欲しいダケじゃん、甘えと恋愛を交ぜてるだけだよ、
しかもオマエの場合は偏見とか生むだろが?おまえの言動次第ではさあ、ゲイは我儘勝手でキモイって言われる原因になるって解ってんの?」

偏見と向きあうことは避けられない、
それは我儘勝手じゃ通用しない現実で、だから言ってやった。

「不幸ゴッコに付合ってる暇なんか自分は無いよ、もう止めよっか?笑」



とりあえずココで一旦切りますけどまだ続きます、
おもしろかったらコメントorバナー押すなど頂けたら嬉しいです、気が向いたら続篇載せます、笑

Aesculapius「Mouseion18」もう一回読み直したら校了です、小説ほか面白かったらバナーorコメントで急かして下さい、笑

深夜に取り急ぎ、



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