萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第75話 懐古act.3―another,side story「陽はまた昇る」

2014-04-26 23:15:00 | 陽はまた昇るanother,side story
Thanks to its tenderness, its joys, and fears 感情の層



第75話 懐古act.3―another,side story「陽はまた昇る」

白い、この視野は何だろう?

解らなくて瞳ゆっくり瞬かす、そして理解する。
いま見あげているのは天井だ、そう認識した全身やわらかに温かい。
その温もりに首すこし動かして白いシーツとブランケットが映る、それから着衣が青い。

「…え、」

いま11月の制服は白と紺、だから青い服の筈がない。
それが不思議で瞳また瞬いた着衣は3月の記憶、英二の看病で見た。

これは、病院で着せられる服だ?

―僕なんで病院にいるの?どうして、

途惑いに身を起こそうとして胸ぐっと迫り上げる。
喉ふるえる感覚こみあげて咳こんで、その向こう扉がらり開いた。

「湯原、大丈夫か?」

呼んでくれる低い声に記憶が戻される。
なぜ今ここに自分が居るのか?思い出すまま咳も鎮って周太は微笑んだ。

「大丈夫です。伊達さん、ご迷惑をすみません、」
「いや、構わない、」

答えながらベッドサイドに来てくれる。
その手に携えたスーツ一式を示しながら先輩は告げた。

「湯原の制服は今クリーニングに出されている、明日の午後には戻ってくるはずだ。今日は落着いたら帰宅して良いと言われているが、調子はどうだ?」

なぜクリーニングに制服が出されているのか?
その理由が現実なのだと改めて解かって、そして鼓動が揺すぶられる。

―血塗れだからクリーニングされてる、僕の制服は…あれは現実なんだ、ね、

銃声、それから赤。

嗅覚を刺す硝煙の匂い、斃れる制服姿、あふれる赤。
金属と似た香は白いタイルを零れた、そして膝まづいた自分の制服が染まる。
呼びかけて蒼白の横顔まだ息していた、その首あふれる赤色を自分は止めたくて必死で、それから、

『お願い死なないでお父さんっ』

斃れた青年の横顔に父を見た。

あのひとは父じゃない、そう解っているのに9歳の自分が叫んだ。
あのとき指先ふれた血液は父の血じゃない、そして鼓動まだ生きて温かかった。
あれから時間はどれほど経ったのだろう?それを知りたくて見た左手首に声が叫んだ。

「…っ、僕の時計っ、」

時計が無い、あのクライマーウォッチが無い。

「ぁ、僕の時計は?…えい」

言いかけて呑みこんだ名前に視界が霞みだす。
あの時計を贈ってくれたひと、あの笑顔が籠めた時間が腕から消えた。
あのひとの夢を時刻んだ腕時計、あれを失くしてしまったら自分はどうしたら良いのだろう?

「大丈夫だ湯原、時計ならここだ、」

呼んでくれた声から掌さし出される。
繊細だけれど逞しい、そんな掌から腕時計ひとつ受けとり握りしめた。

「よかった…あの、どうして、」

どうして腕時計が外されていたのだろう?
そう訊きかけて、けれど直ぐ理由に気が付いて周太は掌を開いた。

「あ、」

クライマーウォッチのベルトが変色している。
もう一年近く見慣れてきた紺青色が微かに薄い、その理由を低い声が教えてくれた。

「血が染みこんでいた、それで染みぬきされている、」
「…はい、」

頷きながら見つめる文字盤は無事に時を刻みゆく。
大切な時間は刻々と動く、その安堵に微笑んだ視界に赤い痣ひとつ映りこむ。
いつもなら袖に見えない、けれど青い半袖は隠せない赤色に時計の俤を見てしまう。

英二、今どこで何をしているの?

「湯原、もう咳は治まったようだな、着替えられそうか?」

呼ばれた言葉に戻されて相手を見る。
その意味に状況すべて思いだし問いかけた。

「あの、ここはどこの病院なんですか?僕、どうやってここに来たんですか?」

執務室の近くの洗面所に自分はいた。
喘息発作の予兆をうがいで治めようとして洗面所の扉を開いて、そして銃声を聞いた。
そのまま斃れこんだ制服姿の青年を手当てした、救急隊員に引き継いで、それから発作が起きた。

このあとの記憶が無い、その欠落にベッドサイドの静かな微笑は口を開いた。

「ここは庁舎の医務室だ、トイレで湯原は咳きこんで呼吸困難になったんだ、それで俺が運び込んだ、」

ああ、きっとばれてしまった。

呼吸困難を起こすほど咳きこむなんて異常、気管支系の疾患だと医者なら解かるだろう。
きっと喘息だと診断された、これで知られてしまった、もう「不適格」だと烙印押されて除隊になる。

―まだお父さんのこと何も見つけられていない、それなのに、

まだ「警察の狙撃手」である父のパズルピースは掴んでいない、けれどもう終わる?
警察官である父は幾つか見つけているだろう、学者の父はこれから幾つも見つかるだろう。
だけど父が死んだ一番の原因かもしれない「警察の狙撃手である父」の実像は何も探し出せていない。

何もまだ見つけられない父を拾えていない、それなのに今ここで除隊になったら自分の14年間は何だったのだろう?

「伊達さん、僕の咳のこと他は誰が知っていますか?」

問いかけて見つめた真中で精悍な瞳が自分を映す。
自分が咳きこんだとき伊達しか洗面所には居なかった、だから口止めも出来るかもしれない?
どうか今もう少し時間がほしい、そんな希望の向こう鋭利な瞳は真直ぐ見つめてくれるまま答えた。

「俺と診てくれた先生は知っている、先生から上に報告はあるだろうが、」

やはり報告はされる、それが当然だろう。
そう確認して背骨から崩れそうになる、けれど、これも道なのかもしれない?

『僕は1年後には辞めます、樹医になりたいんです、』

そんなふうに家族と約束したのは9月の終わり、ここに来る直前だった。
あの約束の期限が思った以上に早くなる、ただそれだけの事かもしれない、けれど悔しくないなんて思えない。

「…っ、」

嗚咽こらえて飲み下す、その涙ごと瞳瞑って閉じこめる。
ここで今を泣いてしまったら不甲斐無い、そんな想いごと掌ふたつ組み合わす。
たなごころに時計ひとつ握りしめて、刻まれる時の鼓動を見つめるまま扉ノック響き、がらり開いた。

「失礼、湯原君はこちらですか?」

呼ばれて瞳ゆっくり開いて、医務室にスーツ姿ふたつ入ってくる。
その空気どこか堅い、なにか重要な任務を抱えながら笑顔に隠しこんでいる。
そんな顔ふたつ視界の端に見ながら掌そっと解きクライマーウォッチを見つめた。

今日ここで終わるかもしれない?

それが自分の道だとしたら悔しいだろう、だって14年間ずっと父を追いかけ生きてきた。
ただ父を知りたくて、その想いひとつに全てを懸けて警視庁に入り警察官になりSAT隊員にまでなった。
そんな14年間すら「操られていた」その可能性に今は気づいて、それでも父を知りたいのは自分の意志だ。

『お父さんが喜ぶと思いますよ、同じ道を君が歩いたら、』

この言葉は観碕征治が言った、祖父の知人だったかもしれない男が言った。
この言葉に自分の14年間は支配されたのかもしれない、それでも、父の遺志を探したい想いだけは自分の真実だ。

―だから僕は残ってみせる、今ここで辞めたくない、だけど、

今はまだ辞められない、それでも今スーツ姿ふたり目の前に立っている。
この男たちは自分に何を告げに来たのだろう?何を訊きに何の目的で来たのだろう?
そんな思案を見つめるままクライマーウォッチ左手首に当て、かちり嵌めると周太は微笑んだ。

「湯原です、こんな恰好ですみません、」
「いや、こちらこそ休んでいる所を失礼するよ、」

笑いかけスーツ姿がベッドサイドに立つ。
見下ろされる、その位置関係にも真直ぐ見あげた傍から低い声が透った。

「湯原は少し過労気味です、手短にお願い出来ますか?」

いま庇ってくれた?
そんな発言に振り向いた真中で伊達は続けた。

「先程の聴取ならまず私から先に話させて頂きます、第2発見者は私ですから。その前に勝山さんの容体を聴かせて下さい、」

スーツ姿二人は事情聴取に来た、

そう現状を理解して肩の力そっと解かれる。
この男たちが来た目的は何なのか?それを伊達は知らせてくれた。

―僕を庇ってくれてるんだ、体調も気遣ってくれながら、新入りの僕が疑われないようにしてくれてる、

この男たちの目的は「事情聴取」まだ喘息のことは問題になっていない。
この体にある懸案事項は助かるだろう、けれど疑惑も掛けられている現状が見えてくる。
洗面所の真中で拳銃に撃ちぬかれた男が倒れていた、その傍に血塗れの男がいたら疑惑も仕方ない。

狙撃または幇助、

どちらかの嫌疑が自分に掛けられている?
そんな空気を見つめるままスーツ姿たち頷きあい、ベテランらしき方が口を開いた。

「では現状から説明します、勝山君は現在まだ意識は戻ってはいません、でも命は取り留めたそうです。応急処置が速かったお蔭だと医師から伝言です、」

彼は助かった、

そう告げられて鼓動ことり緩められる。
自分は彼を援けられた、それなら自分が今ここに居ることも正しい?
だって命ひとつでも繋ぎとめることが出来たのなら、喪った命ひとつに少し償えるかもしれない。

―もう僕の前では誰も死なせい、お父さんを援けられなかった分だけ少しでも援けられたら、僕は、

9歳の春のまま自分は無力だ、それでも命ひとつ繋ぎとめられた。
あのとき彼が何を想って拳銃の引き金ひいたのか解らない、自分は彼に恨まれるかもしれない。
それでも誰かが生きた彼を必ず待っている、そう信じているからこそ今この命ひとつ嬉しくて、ただ嬉しい。



(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】

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山岳点景:季の花森

2014-04-26 23:00:00 | 写真:山岳点景
Secret Garden



山岳点景:季の花森

森の底、花は今を咲きます。
薄緑やわらかい芽生え時、黄金の光に見えるのは山吹草です。



山吹草は4月初めから5月まで、約1ヵ月ほど咲きます。
その季の初め共に咲くのは二輪草、スプリング・エフェメラルのひとつです。



それからスプリング・エフェメラル「春の妖精」で代表的な花、片栗。
薄紫色やさしい花が2週間ほどの短い季を咲きます、この開花まで初年の発芽から十年近い年月が必要です。
それを盗掘すれば花と森の十年間を壊すことになります、ソンナ身勝手が赦されるほど人間はエラクありません、笑
それから花を見ても近寄らないで下さい、一見は解り難くても傍に生える小さな芽を踏んで殺してしまったら勿体無いです。



片栗の花が消えた頃、
森の妖精と呼ばれる海老根蘭が森の陽だまりを花開きます。



この花は環境省レッドリストに載ってしまった絶滅の瀬戸際を生きる種族です。
土質や日照など環境変化の対応力が低くバクテリアなど病害にも弱いため、人間に踏みこまれると枯死します。
遠くから眺めて生きられる花です、もし見かけても至近距離に寄るなんて無粋はNG、望遠レンズで撮影して下さいね?笑



海老根蘭が咲き始めて、初夏の気配になると宝鐸草・ホウチャクソウが咲きます。
緑と白だけのシンプルな花です、が、高雅な香がきれいで惹かれます。



春から初夏の花は地上に現われる時間が短くて、その僅かな時間の光合成で栄養を貯めます。
そうして来春また同じ場所から芽吹き花を咲いて命を繋いでゆく、
本当に一瞬の値千金に生きている命です。



森の草花の芽は落葉に埋もれて解り難くて、だから保護柵などがある場合は踏みこみは絶対にNG、
もし踏んでしまえば今年の光合成アウトで栄養欠乏→来年から花は見られなくなるってコトです。
たとえ柵が無くても森を歩く時は足もとの芽吹きに要注意、花は離れて見ることで来年また出逢えます。
だから自分の常連森=撮影場所は教えません、笑

でも、もし見つけたら踏みこまず大切に見てもらえたら嬉しいです、
来年もその先も花が咲くように、絶滅危惧種なんて呼ばれることなく花が誰かサンを楽しませること出来るように、笑

みんなに知ってもらいたい場所ブログトーナメント



Five years have past; five summers, with the length
Of five long winters! and again I hear
These waters, rolling from their mountain-springs
With a soft inland murmur.-Once again

五年の季が過ぎ去った。五つの夏、その長さに連れられて
五つの長き冬をも。そして再び私は聴く 
この水たちは山の泉たちから集って廻って来たる
やわらかな陸深い囁きと共に、今 再びに

William Wordsworth「Lines Compose a Few Miles above Tintern Abbey」抜粋&自訳



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雑談寓話:或るフィクション×ノンフィクション@御曹司譚74

2014-04-26 00:45:22 | 雑談寓話
GREEN SHOWER ってヤツ飲んだことありますか?
甘くない炭酸でホップの香っていうウリなんですけど、マスカットの匂いっぽくてココンとこ好きです、笑
で、この雑談もバナー押して下さる方いらっしゃるならってカンジで続き載せてます、楽しんでもらえてたら嬉しいんですけど



雑談寓話:或るフィクション×ノンフィクション@御曹司譚74

12月30日夜、納会@職場近くの和ダイニング、

「ちょっとーっ、あなたが言うから俺が女装って話になっちゃったじゃないですかあ、責任とって下さいよー泣」

っていう後輩坊ちゃんクンの話題で宴タケナワって感じだったんだけど、
向かいに座っていた同僚御曹司クンは立ち上がって個室から出て行って、その貌が泣×怒な貌だった。
で、気になって自分も席立って廊下に出たら、奥の隅っこに御曹司クンいたからナンカ可笑しくて笑った、

「隅っこ好きなんて猫みたいだね、笑」

猫は隅っこ好きが多い、なんか狭いトコが落着く傾向がある。
っていうフツーの意味で言ったんだけど御曹司クン照れ拗ねた、

「っ、ネコとかって言うなバカっ、照×拗」
「犬の方が良かったんだ、確かにオマエって犬っぽいよね、笑」

なんて返してすぐ「お、」って気がついて、で、気づいたまんまSってやった、笑

「でもオマエってポジションはネコなんだろ?笑」

今度は隠語の意味で笑ってやってさ、
そしたら御曹司クン真赤になって拗ねまくった、笑

「ばっ、ばかナニおまえコンナとこで言ってんだよっ、皆いるのにっ、」
「なに挙動ってんの?フツーに冗談で流せばイイとこだろが、ねえ?笑」
「またそーゆー余裕貌しやがってさ、ホントむかつくなんだよもーー拗」
「ホント過敏だねえ、カンジヤスイ性質?笑」
「っ、…ほっんっとーーSだっ拗笑」

なんて会話してるうち御曹司クンは泣×怒から拗×笑になって、
なんか元気になって来たなー思ったから訊いてみた、

「なんで席立ったワケ?泣きそうな貌してさ、」

なんかあったのかな?
そんな疑問のまま訊いたら御曹司クン、ちょっと恥ずかしげに拗ねた、

「やー…坊ちゃんクンと仲良さげだったから妬けたダケだからうっとうしくてゴメン拗」

なんかホントうっとうしいかも?笑
って思ったからそのまんま言ってみた、笑

「ホント鬱陶しいね?かまってちゃんな彼女っぽい、笑」

最優先してくれないと拗ねちゃうわーみたいな子っているな?
そんな感想に笑ったら御曹司クン拗ね笑った、

「だからゴメンってば、でも構ってほしいの本音だし、だから冬休みあんまり嬉しくねえし、拗笑」

そんなことまで言っちゃうんだ?
これはサスガにどうだろ思って言ってやった、

「自分は冬休み嬉しいけど?友達と呑んだり親戚と呑んだり忙しいけどさ、笑」

冬休みは日数少ない=忙しいけどね?
そんな言外と笑ったら御曹司クン言ってきた、

「なんだよ呑んでバッカじゃん、笑」
「正月だからね、おまえも呑むだろ?笑」
「ビール多いだろなっては思う、こっちも友達とか会うし、」
「酔った勢いで襲わないようにね、犯罪になっちゃうからさ、笑」
「っ、そういうこと冗談でも言うなバカっ拗」
「前科持ちへの被疑は仕方ないよね?笑」

なんていう会話を交わしてまた呑み会席に戻った、


とりあえずココで一旦切りますけどまだ続きます、気が向いたら続篇また。
Aesculapius「Moueion28」加筆校正しているところです、そのあと第75話の続き予定しています。
この雑談or小説ほかナンカ面白かったらバナーorコメントなど反応よろしくお願いしたいです、ソレが理由でWEB公開してるので、笑

深夜に取り急ぎ、



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