Do take a sober colouring from an eye 謹厳の刻
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/36/93a4a38a91d7b2d87fc06009b97764a8.jpg)
第75話 懐古act.2―another,side story「陽はまた昇る」
これは、銃声だ?
硝煙の匂いと、そしてこれは血の匂い。
「っ、」
音と匂いに見つめる向う、スローモーションに赤が飛び散る。
洗面室の真中で制服姿が崩れゆく、その手は黒い金属物を握りしめたまま揺らぐ。
そして白い衿元グレーのネクタイから赤が、赤い飛沫が弧を描いて青年ひとり倒れた。
これは、拳銃自殺だ?
「っ、待って!」
待って、死なないで、
「動かないで、目を閉じないで下さい!」
呼びかけて駈けつけて膝まづく、その膝元が赤い模様あざやかに瞳を灼く。
倒れこんだ横顔は見覚えがある、そして制服の白い衿もと赤黒い点を鮮血あふれた。
「っ、」
金属の匂いが頬を撃つ、その傷に頭脳すぐ動き出す。
どす黒い口径の傷は火傷に黒い、頸部に銃口を充てて撃ったのだろう。
「っぁ…貫通射創、接射創 contact wounds、射入口は右側頸部のはず拳銃は右手だ…あ、挫滅輪で確認、」
知識を声にして呼吸を整えさせ意識ごと立てなおす。
その吐息へ金属臭が吸われた切迫に平手一発、自分の頬を叩いた。
「しっかりしろ僕っ、」
頬の傷みごと動揺に怒鳴りつけて、そして鎮まった視点を受傷に定めさす。
右の頸部、首に穿たれる傷口は4mmほど、星型に見えて周囲に黒焦げた皮膚が血塗れを透かす。
これは接射創、銃口と皮膚が接した状態で撃たれると一酸化炭素で筋は鮮紅色になり接面の皮膚には表皮剥奪した挫滅輪が生ずる。
その欠損縁は焦げて黒く炭化した創縁がつく、これは燃焼ガスによる火傷と燃焼煤などの付着、そんな知識通りに見つめる陥没は蒼黒く血を零す。
―やっぱり右から撃ったんだ、拳銃も右手にもってる、だから、
だから、これは拳銃自傷だ。
接射創が右側にある、それは右手の拳銃で撃ちぬいた形跡。
そんな状況に泣きたくなる、こんなふう自身を傷つけて死を願うことは哀しくて泣きたい。
泣きたい、だからこそ今は希望ひとつ見つめて周太は制服のポケットから小さなケース取りだした。
「ゆっくり呼吸してくださいっ、動かないで!」
呼びかけながらケースからタンポンひとつ出す。
パッケージ破りプラスチックかちり鳴らしセットして傷痕の位置を目視する。
創傷部位は首、だから埋め込む深度を間違えば気管や咽頭を傷つけてしまう、けれど止血しなければ死ぬ。
―お願い、助けさせてお父さん、
想い見つめて呼吸ひとつ整えてタンポンの先端を射入口あてがう。
ざっと見た体格はSAT隊員らしく引き締まる、きっと脂肪の厚みは薄い。
そんな目視に深度を決めた分だけ埋め込むとタオルハンカチ出して圧迫止血した。
―首だから止血帯は使えない、気道の確保は横向きだから大丈夫、血が気管に詰らないように、
倒れた横顔は瞳ゆれている、まだ意識はある、まだ間に合う。
そんな判断と処置する背後、がたり扉の開く音に風吹きこんで呼ばれた。
「湯原っ、どうした!」
名前を呼ばれて靴音すぐ背後に鳴る。
その聴き慣れた声に振り向かず周太は叫んだ。
「救急車を呼んでください!銃創の処置経験がある医者に搬送お願いして下さいっ、速く!」
銃創 GunShot Wound 医学用語でいう「射創」の処置経験がある日本の医師は限られている。
この国は銃刀法の規制から銃火器自体の所持件数が多くない、その分だけ射創の処置件数も少ない。
そして射創は処置の仕方に特殊性がある、それを的確に対応出来なければ傷は治す事など出来ない。
それ以上に今この状態であとどれくらい命の猶予はあるのだろう?
「目を瞑らないで!諦めないで、生きて下さいっ、生きて!」
ほら自分の声が彼を呼ぶ、今この目の前の命を繋ぎたい掌が動く。
左下に斃れた横顔は蒼白に透けてゆく、首あふれる血がタオルハンカチ真赤にする。
もし弾丸が貫通しているなら逆側も傷があるはず、その確認そっと左側頸部ふれた指先どくり熱い。
―やっぱり貫通してる、こっちのが傷大きいはず、
貫通射創の場合、弾丸が撃ちこまれる射入口よりも射出口の方が大きい。
これも止血する必要がある、その判断に周太は自分の衿元ネクタイ引き抜いた。
―これなら包帯の代わりになる、失血させないようにしないと、
銃による死亡原因の60%が失血性ショック、この現実がいま自分の膝元で溢れだす。
斃れた蒼白の青年から赤いろ滲みだす、制服の白衿は深紅になった、腕のエンブレムも胸の階級章も赤に濡れる。
その首に包帯したネクタイもダークグレーが赤黒い、もう自分の指先も真っ赤で袖も赤くて、それでも止血の手は諦めない。
「死なないで!こんなところで死んじゃ駄目だっ、生きるんだ!お願い生きてっ、」
お願い、こんなところで死なないで?
こんなふうに拳銃で死なないで、弾丸一発で死んだりしないで。
こんな終わり方なんてしないで、だって誰かがあなたを待っているでしょう?
「生きて!あなたのこと待ってる人いるでしょう?あなたのこと待ってる誰か絶対いるっ、お願い生きて!」
絶対に待っている誰かがいる、たとえ今は未だ会えていなくても。
だって自分も父を待っていた、それと同じくらいあのラーメン屋の主人を待っていた。
あのひとは父を殺した犯人、けれど、あのひとが生きた温もりくれたから自分は救われた。
“俺が殺しちまったあの人が美味いと言ってくれるような、あったけえ味が出せたらいい”
あのひとは父を殺した犯人、けれど彼まで死んでいたら自分は復讐の束縛に囚われて、そして母まで不幸にしたろう。
「生きてっ、どんな理由でも死なないで!絶対にあなたを誰か待ってる生きてっ、死んじゃダメ生きて!」
どんな理由でも生きてほしい、だって殺人犯すら誰かを救う事もある。
“あの人が美味いと言ってくれるような、あったけえ味が出せたらいい。それで誰か温めてやれたら少し罪が償えるかもしれない、そう頑張らせて頂いてます”
あのひとがそう言った時、自分は救われた。
父の体は死んだ、けれど父の想いは生きて誰かを温める、そう想えるまま救われた。
“温かいうちにね、召し上がって下さい。肚が温まるとねえ、元気が出て笑顔になれますよ”
あのひとは父を殺した、けれど自分を救ってくれた。
あれから店を訪れるたび体調と栄養を気にしてくれる、温かい料理と笑顔で迎えてくれる。
そんな日々あの店で樹木医と再会して夢の道は繋がれた、そして大学に通うことを祝って励ましてくれた。
“兄さんは東大の学生さんになったんだね、その方が似合いますよ?さっき店に入ってくる時も思いやしたがね”
そう笑ってくれた貌は父と全く似ていない、それなのに父が褒めてくれるように想えた。
あのひとは父が最期に救った人、だから父の言葉も伝えてくれる、そんな温もり素直に嬉しかった。
あの笑顔に自分はどれだけ救われているだろう、そんな廻りすら生きているなら訪れる、だからどうか生きてほしい。
「死なないで生きてっ、生きるんだ!こんなふうに死んだって救われない、生きて!」
どうか死なないで、こんなふうに死なないで、だって自分はあなたを生かすため今ここに居る。
「死なないでっ、お願い死なないでお父さんっ!」
ほら、もう口が父を呼んでしまう。
いま24歳の自分、けれど9歳の自分が叫びだす。
「お父さん死なないでっ!お願い死なないでお父さん、お父さんっ…死なないで生きて!」
いま自分の掌が血に染まる、この血は父とは別人だ。
けれど父と同じに拳銃で傷ついてしまった、その傷から熱こぼれて指からむ、金属と似た匂いが頬なでる。
この匂いは血の匂い、これは死を呼ぶ匂いかもしれない、それでもまだ流れる血は温かくて唇は息づいている。
「死なないで生きて!待ってるから生きて、お願い死なないでお父さんっ…っ僕が待ってるからいかないで!」
きっと誰かが彼を待っている、いつか彼を父と呼びたい誰かがいる。
今こうして自分の唇は父を呼んでしまう、この想い誰かが彼にいつか真直ぐ向ける未来がある。
そう信じて今この命ひとつ援けたくて、それが父と自分を繋いでくれるよう想えて叫ぶまま背後の扉がたり開いた。
「湯原っ、」
聴き慣れた声また自分を呼ぶ、背中から抱きとめられる。
その視界に担架が白い、床から血塗れの制服姿は持ち上げられて、がたん、金属の塊が床に落ちた。
あれは拳銃だ?
そう見つめるまま担架は視界から行ってしまう。
付き添いたい、その願い立ち上がろうとして膝すべって床についた手が何かに濡れる。
なぜか立てない、それでも言わなくてはいけない事がある、その意志が瞳ひとつ瞬いて真直ぐ救急隊員に告げた。
「その方は貫通射創です、」
呼びかけた声に振り向いてくれる。
その一人ベテランらしき顔に向かって周太は続けた。
「弾丸は抜けています、射入口は首の右側、タンポンで塞ぎました、銃創の経験がある医者がいなければ青梅署警察医の吉村先生に問い合わせてください、」
告げる声は自分の声、けれどどこか遠い。
それでも告げられた伝達事項に救急隊員は頷いてくれた。
「解りました、ご協力ありがとうございます、」
「よろしくお願いします、」
見あげて願った先、白い担架は運ばれてゆく。
その縁から揺れる右手かすかに動いて拳を握った、その生命反応に周太は微笑んだ。
「…きっとたすかって、」
きっと救かってほしい、生きてほしい。
唯それだけを願い見つめたまま扉かたり閉まって、ほっと息吐いて振り返る。
その真中に見慣れた精悍な瞳が自分を映す、けれど向こうに落ちた黒い金属の塊に停止した。
あれは拳銃だ、いま自分が見た光景は、なんだったろう?
「湯原っ、しっかりしろ湯原!」
呼ばれて頬軽く叩かれて、呼吸ひとつ喉ふるわす。
その瞬間かすかな擦過音ゆれて胸引き攣れて、息ひき裂かれた。
発作が来る、
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】
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第75話 懐古act.2―another,side story「陽はまた昇る」
これは、銃声だ?
硝煙の匂いと、そしてこれは血の匂い。
「っ、」
音と匂いに見つめる向う、スローモーションに赤が飛び散る。
洗面室の真中で制服姿が崩れゆく、その手は黒い金属物を握りしめたまま揺らぐ。
そして白い衿元グレーのネクタイから赤が、赤い飛沫が弧を描いて青年ひとり倒れた。
これは、拳銃自殺だ?
「っ、待って!」
待って、死なないで、
「動かないで、目を閉じないで下さい!」
呼びかけて駈けつけて膝まづく、その膝元が赤い模様あざやかに瞳を灼く。
倒れこんだ横顔は見覚えがある、そして制服の白い衿もと赤黒い点を鮮血あふれた。
「っ、」
金属の匂いが頬を撃つ、その傷に頭脳すぐ動き出す。
どす黒い口径の傷は火傷に黒い、頸部に銃口を充てて撃ったのだろう。
「っぁ…貫通射創、接射創 contact wounds、射入口は右側頸部のはず拳銃は右手だ…あ、挫滅輪で確認、」
知識を声にして呼吸を整えさせ意識ごと立てなおす。
その吐息へ金属臭が吸われた切迫に平手一発、自分の頬を叩いた。
「しっかりしろ僕っ、」
頬の傷みごと動揺に怒鳴りつけて、そして鎮まった視点を受傷に定めさす。
右の頸部、首に穿たれる傷口は4mmほど、星型に見えて周囲に黒焦げた皮膚が血塗れを透かす。
これは接射創、銃口と皮膚が接した状態で撃たれると一酸化炭素で筋は鮮紅色になり接面の皮膚には表皮剥奪した挫滅輪が生ずる。
その欠損縁は焦げて黒く炭化した創縁がつく、これは燃焼ガスによる火傷と燃焼煤などの付着、そんな知識通りに見つめる陥没は蒼黒く血を零す。
―やっぱり右から撃ったんだ、拳銃も右手にもってる、だから、
だから、これは拳銃自傷だ。
接射創が右側にある、それは右手の拳銃で撃ちぬいた形跡。
そんな状況に泣きたくなる、こんなふう自身を傷つけて死を願うことは哀しくて泣きたい。
泣きたい、だからこそ今は希望ひとつ見つめて周太は制服のポケットから小さなケース取りだした。
「ゆっくり呼吸してくださいっ、動かないで!」
呼びかけながらケースからタンポンひとつ出す。
パッケージ破りプラスチックかちり鳴らしセットして傷痕の位置を目視する。
創傷部位は首、だから埋め込む深度を間違えば気管や咽頭を傷つけてしまう、けれど止血しなければ死ぬ。
―お願い、助けさせてお父さん、
想い見つめて呼吸ひとつ整えてタンポンの先端を射入口あてがう。
ざっと見た体格はSAT隊員らしく引き締まる、きっと脂肪の厚みは薄い。
そんな目視に深度を決めた分だけ埋め込むとタオルハンカチ出して圧迫止血した。
―首だから止血帯は使えない、気道の確保は横向きだから大丈夫、血が気管に詰らないように、
倒れた横顔は瞳ゆれている、まだ意識はある、まだ間に合う。
そんな判断と処置する背後、がたり扉の開く音に風吹きこんで呼ばれた。
「湯原っ、どうした!」
名前を呼ばれて靴音すぐ背後に鳴る。
その聴き慣れた声に振り向かず周太は叫んだ。
「救急車を呼んでください!銃創の処置経験がある医者に搬送お願いして下さいっ、速く!」
銃創 GunShot Wound 医学用語でいう「射創」の処置経験がある日本の医師は限られている。
この国は銃刀法の規制から銃火器自体の所持件数が多くない、その分だけ射創の処置件数も少ない。
そして射創は処置の仕方に特殊性がある、それを的確に対応出来なければ傷は治す事など出来ない。
それ以上に今この状態であとどれくらい命の猶予はあるのだろう?
「目を瞑らないで!諦めないで、生きて下さいっ、生きて!」
ほら自分の声が彼を呼ぶ、今この目の前の命を繋ぎたい掌が動く。
左下に斃れた横顔は蒼白に透けてゆく、首あふれる血がタオルハンカチ真赤にする。
もし弾丸が貫通しているなら逆側も傷があるはず、その確認そっと左側頸部ふれた指先どくり熱い。
―やっぱり貫通してる、こっちのが傷大きいはず、
貫通射創の場合、弾丸が撃ちこまれる射入口よりも射出口の方が大きい。
これも止血する必要がある、その判断に周太は自分の衿元ネクタイ引き抜いた。
―これなら包帯の代わりになる、失血させないようにしないと、
銃による死亡原因の60%が失血性ショック、この現実がいま自分の膝元で溢れだす。
斃れた蒼白の青年から赤いろ滲みだす、制服の白衿は深紅になった、腕のエンブレムも胸の階級章も赤に濡れる。
その首に包帯したネクタイもダークグレーが赤黒い、もう自分の指先も真っ赤で袖も赤くて、それでも止血の手は諦めない。
「死なないで!こんなところで死んじゃ駄目だっ、生きるんだ!お願い生きてっ、」
お願い、こんなところで死なないで?
こんなふうに拳銃で死なないで、弾丸一発で死んだりしないで。
こんな終わり方なんてしないで、だって誰かがあなたを待っているでしょう?
「生きて!あなたのこと待ってる人いるでしょう?あなたのこと待ってる誰か絶対いるっ、お願い生きて!」
絶対に待っている誰かがいる、たとえ今は未だ会えていなくても。
だって自分も父を待っていた、それと同じくらいあのラーメン屋の主人を待っていた。
あのひとは父を殺した犯人、けれど、あのひとが生きた温もりくれたから自分は救われた。
“俺が殺しちまったあの人が美味いと言ってくれるような、あったけえ味が出せたらいい”
あのひとは父を殺した犯人、けれど彼まで死んでいたら自分は復讐の束縛に囚われて、そして母まで不幸にしたろう。
「生きてっ、どんな理由でも死なないで!絶対にあなたを誰か待ってる生きてっ、死んじゃダメ生きて!」
どんな理由でも生きてほしい、だって殺人犯すら誰かを救う事もある。
“あの人が美味いと言ってくれるような、あったけえ味が出せたらいい。それで誰か温めてやれたら少し罪が償えるかもしれない、そう頑張らせて頂いてます”
あのひとがそう言った時、自分は救われた。
父の体は死んだ、けれど父の想いは生きて誰かを温める、そう想えるまま救われた。
“温かいうちにね、召し上がって下さい。肚が温まるとねえ、元気が出て笑顔になれますよ”
あのひとは父を殺した、けれど自分を救ってくれた。
あれから店を訪れるたび体調と栄養を気にしてくれる、温かい料理と笑顔で迎えてくれる。
そんな日々あの店で樹木医と再会して夢の道は繋がれた、そして大学に通うことを祝って励ましてくれた。
“兄さんは東大の学生さんになったんだね、その方が似合いますよ?さっき店に入ってくる時も思いやしたがね”
そう笑ってくれた貌は父と全く似ていない、それなのに父が褒めてくれるように想えた。
あのひとは父が最期に救った人、だから父の言葉も伝えてくれる、そんな温もり素直に嬉しかった。
あの笑顔に自分はどれだけ救われているだろう、そんな廻りすら生きているなら訪れる、だからどうか生きてほしい。
「死なないで生きてっ、生きるんだ!こんなふうに死んだって救われない、生きて!」
どうか死なないで、こんなふうに死なないで、だって自分はあなたを生かすため今ここに居る。
「死なないでっ、お願い死なないでお父さんっ!」
ほら、もう口が父を呼んでしまう。
いま24歳の自分、けれど9歳の自分が叫びだす。
「お父さん死なないでっ!お願い死なないでお父さん、お父さんっ…死なないで生きて!」
いま自分の掌が血に染まる、この血は父とは別人だ。
けれど父と同じに拳銃で傷ついてしまった、その傷から熱こぼれて指からむ、金属と似た匂いが頬なでる。
この匂いは血の匂い、これは死を呼ぶ匂いかもしれない、それでもまだ流れる血は温かくて唇は息づいている。
「死なないで生きて!待ってるから生きて、お願い死なないでお父さんっ…っ僕が待ってるからいかないで!」
きっと誰かが彼を待っている、いつか彼を父と呼びたい誰かがいる。
今こうして自分の唇は父を呼んでしまう、この想い誰かが彼にいつか真直ぐ向ける未来がある。
そう信じて今この命ひとつ援けたくて、それが父と自分を繋いでくれるよう想えて叫ぶまま背後の扉がたり開いた。
「湯原っ、」
聴き慣れた声また自分を呼ぶ、背中から抱きとめられる。
その視界に担架が白い、床から血塗れの制服姿は持ち上げられて、がたん、金属の塊が床に落ちた。
あれは拳銃だ?
そう見つめるまま担架は視界から行ってしまう。
付き添いたい、その願い立ち上がろうとして膝すべって床についた手が何かに濡れる。
なぜか立てない、それでも言わなくてはいけない事がある、その意志が瞳ひとつ瞬いて真直ぐ救急隊員に告げた。
「その方は貫通射創です、」
呼びかけた声に振り向いてくれる。
その一人ベテランらしき顔に向かって周太は続けた。
「弾丸は抜けています、射入口は首の右側、タンポンで塞ぎました、銃創の経験がある医者がいなければ青梅署警察医の吉村先生に問い合わせてください、」
告げる声は自分の声、けれどどこか遠い。
それでも告げられた伝達事項に救急隊員は頷いてくれた。
「解りました、ご協力ありがとうございます、」
「よろしくお願いします、」
見あげて願った先、白い担架は運ばれてゆく。
その縁から揺れる右手かすかに動いて拳を握った、その生命反応に周太は微笑んだ。
「…きっとたすかって、」
きっと救かってほしい、生きてほしい。
唯それだけを願い見つめたまま扉かたり閉まって、ほっと息吐いて振り返る。
その真中に見慣れた精悍な瞳が自分を映す、けれど向こうに落ちた黒い金属の塊に停止した。
あれは拳銃だ、いま自分が見た光景は、なんだったろう?
「湯原っ、しっかりしろ湯原!」
呼ばれて頬軽く叩かれて、呼吸ひとつ喉ふるわす。
その瞬間かすかな擦過音ゆれて胸引き攣れて、息ひき裂かれた。
発作が来る、
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