某日、非常口にて

secret talk19 酔月閑話―dead of night
かつん、
プルリングひいてアルコール香る。
蛍光灯そっけない仄暗さに啜りこんで、ほろ苦い冷たさ喉を弾く。
苦いけれど芳ばしい、そんな味を旨いと思えるようになった年齢と今この場所に意外になる。
警察官であることも、苦い味を好きになることも、いつの間に当り前になったのだろう?
―ビールは二十歳だけど、この俺が警察官で山をやるなんてな?
第七機動隊舎付属寮の非常階段、その頂から眺める街はるかな稜線が懐かしい。
こんなふう懐かしいと思ってしまう自分も当たり前になった、こんな当り前が可笑しくなる。
いわゆる高級住宅街に閉じこめられるよう育てられて、それなのに山を駆ける警察官の日々が日常になった。
―母さんにとったら皮肉な結果だな?
可笑しくて独り微笑んで缶ビール口つける。
座りこんだベンチに風はゆるく涼しくて、もう寒いような空気に秋が深い。
ここでビール飲むのも何度めだろう?そんな思案に扉がたり開いて常連仲間が笑った。
「宮田いたのか、」
低く響く声笑って隣に腰下す。
その大きな手も缶ビールひとつ提げている、そんな先輩に英二は笑った。
「山の後って呑みたいんです、黒木さんもですか?」
「ああ、」
頷いて、かつん金属音かるく弾ける。
ふわり隣からもアルコールほろ苦く香って、こくり一口呑みこみ尋ねてくれた。
「吸うか?」
「はい、」
素直に笑った隣、シャツの胸ポケットから箱出してくれる。
とん、手慣れた指は角叩いてタバコ一本ライターと渡してくれた。
「ほら、」
「ありがとうございます、」
受けとって咥え火を点ける。
ふっと苦い芳香すべりこんで息を吐く、その火口が薄闇に朱い。
ここに来るとつい吸いたくなる、そんな癖がつきそうで困りながら英二は笑った。
「黒木さんとここに座ると俺、吸う癖がつきそうです、」
「あ、一度は止めたんだったな?」
いまさら気がついた、そんな目がこちら見てすこし笑ってくれる。
浅黒い端正な貌は寡黙で、けれど笑うと優しさ香るよう深く温かい。
―ほんと黒木さんってカッコいいと思うんけどな、三十歳で恋人いないって不思議だ?
だけど黒木は相変わらず浮いた話ひとつない。
やはり不器用なタイプなのだろう?そう推測と眺めた先から訊かれた。
「国村さんは呑まないのか?」
「酒なら大好きですよ、」
ありのまま答えながら少し可笑しくなる。
黒木から光一のことを訊くなんて初めてかもしれない?
―今日の訓練で驚いたのかな、光一のクライミング凄くて、
今日、奥多摩で現場訓練を行った。
小隊長の光一を黒木はサポートして、そのとき起きた事を尋ねてみた。
「黒木さん、国村さんと訓練組んだのは今日が初めてですか?」
尋ねた先、精悍な瞳かすかに揺ぎだす。
こんな反応どこかで見た?その思案しかけたまま黒木は頷いた。
「ああ、今日が初めてだが、」
「俺が異動する前は無かったんですか?」
なにげなく問いかけて、けれど隣かすかに空気が変わる。
なにか失礼な事でも言ったろうか?そんな心配すこし見た先で端正な口許がため息吐いた。
「宮田は平気なのか?」
「はい?」
返事つい訊き返すようになってしまう。
何が「平気なのか?」なのだろう、そう問いかける機先を低い声が言った。
「男だけの世界に籠ってたらダメだな、でも今さら合コンとか無いか…三十だし、」
こんな台詞いま誰が誰のことを言ってるんだろう?
「…は?」
寡黙、堅物、真面目すぎて息詰まる、無言の圧力が怖い、でも面倒見が良い頼れる男
こんな言葉たちを異動から2ヶ月いろんな同僚から何度も聞いている。
とにかく真面目で業務も訓練も卒なく的確にこなす、硬すぎるけれど統率力もある。
誰もが一目置いてしまう、そんな男が「今さら合コンとか無いか」なんて言うのだろうか?
―俺の聴き間違いかな?だったら何を言ったんだろ、
解らないまま缶ビール啜りこんで煙草に口つける。
ふっと紫煙くゆらせながら先輩の言葉に思案して、冗談ひとつ試しに笑った。
「国村さんが女だったらタイプでした?」
空気一瞬で凍りつく、なんて零度下回らなくてもあるんだな?
「…、」
そんな実感させられるベンチの隣、精悍な瞳が凍結している。
いつも通りに冷静沈着な横顔は端正で、けれど眼差し固まって動かない。
こんな異様な態度に今までの言動が納得できるようで、そのまま笑いかけた。
「俺の同期でもいるんですよね、国村さん美人だって言うヤツ。俺も思います、」
笑って冗談のトーンにしながら本当のことを言ってみる。
そんな空気に隣から溜息こぼれて、紫煙の香ごと低い声が言った。
「ファンが多そうだな、」
「そうですね、あの貌であの性格は面白いですから。仕事も山も凄いですし、」
思ったまま答えて笑った先、ゆっくりこちら向いてくれる。
いつも精悍な瞳どこか困ったよう微笑んで、溜息ひとつ訊いてくれた。
「いつも宮田は国村さんと組んでるだろ、搬送訓練とかビバーク平気なのか?」
そういう「平気なのか」なんだ、やっぱり?
こんな質問に純情の不器用がまぶしくなる。
こんなこと自分に聴いた人間は初めてだろう、それが愉快で笑った。
「平気じゃなかったらパートナー続けていません、何が心配で平気か訊くんですか?」
ちょっとだけ虐めてみようかな?
そんな質問に精悍な瞳すぐ困り始めて、それでも答えた。
「国村さん割と気難しいだろ?」
「はい、確かに気難しいところありますね、」
素直に応えながらも可笑しくて笑いたい。
本当は「気難しい」ことが問題じゃないだろう?それでも言えない男は別角度から訊いてきた。
「宮田は恋人いるんだろ、どうやって出逢ったんだ?」
さあ、この質問なんて応えよう?
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七機非常口@11月上旬「side story」第74-75話の幕間

secret talk19 酔月閑話―dead of night
かつん、
プルリングひいてアルコール香る。
蛍光灯そっけない仄暗さに啜りこんで、ほろ苦い冷たさ喉を弾く。
苦いけれど芳ばしい、そんな味を旨いと思えるようになった年齢と今この場所に意外になる。
警察官であることも、苦い味を好きになることも、いつの間に当り前になったのだろう?
―ビールは二十歳だけど、この俺が警察官で山をやるなんてな?
第七機動隊舎付属寮の非常階段、その頂から眺める街はるかな稜線が懐かしい。
こんなふう懐かしいと思ってしまう自分も当たり前になった、こんな当り前が可笑しくなる。
いわゆる高級住宅街に閉じこめられるよう育てられて、それなのに山を駆ける警察官の日々が日常になった。
―母さんにとったら皮肉な結果だな?
可笑しくて独り微笑んで缶ビール口つける。
座りこんだベンチに風はゆるく涼しくて、もう寒いような空気に秋が深い。
ここでビール飲むのも何度めだろう?そんな思案に扉がたり開いて常連仲間が笑った。
「宮田いたのか、」
低く響く声笑って隣に腰下す。
その大きな手も缶ビールひとつ提げている、そんな先輩に英二は笑った。
「山の後って呑みたいんです、黒木さんもですか?」
「ああ、」
頷いて、かつん金属音かるく弾ける。
ふわり隣からもアルコールほろ苦く香って、こくり一口呑みこみ尋ねてくれた。
「吸うか?」
「はい、」
素直に笑った隣、シャツの胸ポケットから箱出してくれる。
とん、手慣れた指は角叩いてタバコ一本ライターと渡してくれた。
「ほら、」
「ありがとうございます、」
受けとって咥え火を点ける。
ふっと苦い芳香すべりこんで息を吐く、その火口が薄闇に朱い。
ここに来るとつい吸いたくなる、そんな癖がつきそうで困りながら英二は笑った。
「黒木さんとここに座ると俺、吸う癖がつきそうです、」
「あ、一度は止めたんだったな?」
いまさら気がついた、そんな目がこちら見てすこし笑ってくれる。
浅黒い端正な貌は寡黙で、けれど笑うと優しさ香るよう深く温かい。
―ほんと黒木さんってカッコいいと思うんけどな、三十歳で恋人いないって不思議だ?
だけど黒木は相変わらず浮いた話ひとつない。
やはり不器用なタイプなのだろう?そう推測と眺めた先から訊かれた。
「国村さんは呑まないのか?」
「酒なら大好きですよ、」
ありのまま答えながら少し可笑しくなる。
黒木から光一のことを訊くなんて初めてかもしれない?
―今日の訓練で驚いたのかな、光一のクライミング凄くて、
今日、奥多摩で現場訓練を行った。
小隊長の光一を黒木はサポートして、そのとき起きた事を尋ねてみた。
「黒木さん、国村さんと訓練組んだのは今日が初めてですか?」
尋ねた先、精悍な瞳かすかに揺ぎだす。
こんな反応どこかで見た?その思案しかけたまま黒木は頷いた。
「ああ、今日が初めてだが、」
「俺が異動する前は無かったんですか?」
なにげなく問いかけて、けれど隣かすかに空気が変わる。
なにか失礼な事でも言ったろうか?そんな心配すこし見た先で端正な口許がため息吐いた。
「宮田は平気なのか?」
「はい?」
返事つい訊き返すようになってしまう。
何が「平気なのか?」なのだろう、そう問いかける機先を低い声が言った。
「男だけの世界に籠ってたらダメだな、でも今さら合コンとか無いか…三十だし、」
こんな台詞いま誰が誰のことを言ってるんだろう?
「…は?」
寡黙、堅物、真面目すぎて息詰まる、無言の圧力が怖い、でも面倒見が良い頼れる男
こんな言葉たちを異動から2ヶ月いろんな同僚から何度も聞いている。
とにかく真面目で業務も訓練も卒なく的確にこなす、硬すぎるけれど統率力もある。
誰もが一目置いてしまう、そんな男が「今さら合コンとか無いか」なんて言うのだろうか?
―俺の聴き間違いかな?だったら何を言ったんだろ、
解らないまま缶ビール啜りこんで煙草に口つける。
ふっと紫煙くゆらせながら先輩の言葉に思案して、冗談ひとつ試しに笑った。
「国村さんが女だったらタイプでした?」
空気一瞬で凍りつく、なんて零度下回らなくてもあるんだな?
「…、」
そんな実感させられるベンチの隣、精悍な瞳が凍結している。
いつも通りに冷静沈着な横顔は端正で、けれど眼差し固まって動かない。
こんな異様な態度に今までの言動が納得できるようで、そのまま笑いかけた。
「俺の同期でもいるんですよね、国村さん美人だって言うヤツ。俺も思います、」
笑って冗談のトーンにしながら本当のことを言ってみる。
そんな空気に隣から溜息こぼれて、紫煙の香ごと低い声が言った。
「ファンが多そうだな、」
「そうですね、あの貌であの性格は面白いですから。仕事も山も凄いですし、」
思ったまま答えて笑った先、ゆっくりこちら向いてくれる。
いつも精悍な瞳どこか困ったよう微笑んで、溜息ひとつ訊いてくれた。
「いつも宮田は国村さんと組んでるだろ、搬送訓練とかビバーク平気なのか?」
そういう「平気なのか」なんだ、やっぱり?
こんな質問に純情の不器用がまぶしくなる。
こんなこと自分に聴いた人間は初めてだろう、それが愉快で笑った。
「平気じゃなかったらパートナー続けていません、何が心配で平気か訊くんですか?」
ちょっとだけ虐めてみようかな?
そんな質問に精悍な瞳すぐ困り始めて、それでも答えた。
「国村さん割と気難しいだろ?」
「はい、確かに気難しいところありますね、」
素直に応えながらも可笑しくて笑いたい。
本当は「気難しい」ことが問題じゃないだろう?それでも言えない男は別角度から訊いてきた。
「宮田は恋人いるんだろ、どうやって出逢ったんだ?」
さあ、この質問なんて応えよう?


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