いつかの暁へ
第52話 露籠act.6―side story「陽はまた昇る」
『優しい嘘』の真実は「愛する人のもとに帰りたい」という願い。
これが英二が見つけた、馨の真実の1つ。
この答に馨の息子は、周太はどう答えてくれるだろう?
この問いかけに雨音は降り、デスクライト照らす静謐は吐息も密める。
夜の雨に秘められた安らぎの底、並んで座る小柄な肩は微かにふるえた。
「英二…やさしい嘘、ってね?お母さんも言ったんだ…卒業式の翌朝だよ?」
静かな言葉が、周太の唇からこぼれだす。
見上げる黒目がちの瞳は泣きそうで、けれど言葉こみあげるよう想いは声になった。
「俺、お母さんに英二のこと話そうとしたでしょう?あのとき俺にね、お母さんは言ってくれたんだ。
笑って目を見つめて『やさしい嘘なんて私達には要らないのよ』って、言ってくれたんだ…ね、英二?お母さん知ってるのかな?
だって『お母さんより先に死なないで』って言ったんだ、お母さん…これってお父さんのことかな、嘘に気付いているのかな?
お父さんの殉職が『やさしい嘘』だって知っているから、だからお母さんは俺に言ってくれたのかな?…俺に願ってくれたのかな?」
問いかけながら黒目がちの瞳は、涙あふれさす。
この涙に姿を現していく「祈り」が、そっと真実を見せて問いかけた。
「やさしい嘘は要らない、先に死なないでって…自殺なんて絶対にしないで、独り抱えないで一緒に生きてって、お母さん言ってくれたかな?」
あなたは、どう想う?
問いかけてくれる瞳から、そっと英二は指で涙を拭った。
いま涙こぼす瞳は懐かしい俤そっくりで、秋の陽ふる庭と穏やかな声が心にふれた。
―…私は気付いていた…何をして何に苦しんでいたのか…優しいあの人は一瞬のためらいに撃たれたのだと…自分がそうしてきたように
息子もきっと同じ道へと引きこまれていく…彼の軌跡をたどろうと息子は同じ道を選んできた、だからきっと同じ任務につかされる
11月、周太の誕生日だった。
あの日、周太と生涯の約束を結んでから初めて、周太の母に会いに行った。
あのとき彼女は知る限りの真実を話してくれた、夫と息子への愛に泣きながら。
―…息子は彼よりも潔癖という強さがある、そして聡明です。だから同じ道にも何か、よりよい方法を見つける事ができるかもしれない
そしてあなたが傍にいる…彼の戦う世界には、私は入りこんで寄り添えなかった。けれど…息子と同じ男で同じ警察官のあなたなら
息子の世界に入って寄り添って…お願い、息子を信じて救って欲しい。何があっても受けとめて、決してあの子を独りにしないで
あのとき自分は「はい」と彼女に応えた。
あれは短くても重みある大切な誓い、あの誓いに自分は背こうとしていたと今、気付かされる。
どうして自分は彼女との約束を忘れていたのだろう、自分の弱さに囚われて「死」へと逃げようと出来たのだろう?
こういう彼女だから馨は帰りたいと願って、けれど出来なくて「殉職」という名の自殺を選んだ。
そんな馨の願いすら自分は忘れて「死」へ逃げようとした、そんな弱さは裏切りだろう。
―こんな弱さを、今夜、ここで捨てよう
ふたりの祈りは「息子が生き貫くこと」このために自分は、ここにいる。
この祈りに背く弱さは要らない、だから今ここで捨てたら良い。
この祈りのために自分が必要とされるなら、苦しみさえ潔く抱けばいい。
そんな覚悟に微笑んで英二はふたりの息子に答えた。
「うん、お母さんは知っているかもしれないな、聡明な人だから。だから周太に願って、言ってくれたんだと思うよ?お父さんの分も、」
「ほんとに?」
短く訊いて、黒目がちの瞳が英二を見つめる。
この言葉が真実なのか?探し見つめるよう穏やかな声は、雨音のなか問いかけた。
「お父さんも俺に、死ぬなって、一緒に生きてって願うの?お父さんみたいな『やさしい嘘』を吐いたらいけないって言ってる?」
死なないで、やさしい嘘なんか吐かないで。
それはこの自分の願い、祈り、ずっと望んできたこと。
そして馨と妻が息子の為に祈り、望んで、全てを懸けること。
この祈りを叶えるために、ふたりは英二に合鍵を与えてくれた。
この鍵で家の扉を開き続けて、息子を無事に連れ帰ってくるように。
この鍵で書斎机の抽斗を開き日記帳を見つけて、家の連鎖を解くように。
そして息子が自由に人生を選び、幸せに笑って生きることを信じて、鍵は自分に託された。
この鍵に託された祈りたちを見つめて、英二は微笑んだ。
「そうだよ周太、死んだらダメだ。嘘もいらない、一緒に生きるんだ、」
答えと見つめる瞳は微笑んで英二を見つめてくれる。
その瞳の黒目がちな表情に懐かしい瞬間が、俤そっくりのまま涙をこぼした。
―…我儘を言わせて欲しい、どうか息子より先に死なないで
あの子の最期の一瞬を、あなたのきれいな笑顔で包んで、幸福なままに眠らせて
そして最後には生まれてきて良かったと、息子が心から微笑んで、幸福な人生だと眠りにつかせてあげて欲しい
とても私は身勝手だと解っています。あなたが本来生きるべきだった、普通の幸せを全て奪う事だと解っている
けれど誰を泣かせても、私はあの子の幸せを願ってしまう。そしてあなたに願ってしまう、どうか願いを叶えて欲しい
11月の山茶花が香る庭、美しい黒目がちの瞳は泣いてくれた。
彼女の真実を夫の願いに重ねて、息子と同じ齢の英二に頭を下げて心から願ってくれた。
あの眼差しを写した瞳が今、そっくりの涙を湛えて英二を見つめてくれる。
―周太の瞳に見つめてもらえるのなら、俺はどんな事でもする。そう答えたんだ…ずっと一緒に生きていたくて
あのとき答えた通りに自分は努力をしてきた、この瞳の笑顔を見つめるためだけに。
その努力に立った道は自身の夢になって、山ヤとしてレスキューとして生きる誇りを与えてくれた。
この全てを与えてくれた秋の日が、あの瞬間に見ていた誓いが愛しい。あのときの誓いのまま英二は微笑んだ。
「周太、一緒に生き貫くんだ、」
この一言に今、弱さを捨てたい。
最愛の恋を失うことに怯える、この弱さを捨てて誓いたい。
山茶花の香るベンチ、彼女の涙、合鍵の想い、そして紺青色の日記に遺された意志。
この全てに誓って馨と妻が、生死に分たれた恋人達が全てを懸けた祈りに今、約束したい。
「やさしい嘘は俺には要らない。どんな秘密も作らないでほしい、俺を信じて離れないでほしい。苦しい時間も一緒に見つめたい。
約束してほしい、周太。やさしい嘘は吐かないで?何があっても俺と生き貫いて?そして一緒に家に帰ろう、お母さんの所に帰るんだ、」
やさしい嘘も秘密も要らない、信じて離れない。
苦しい時間も共に生きて、生き貫いて、約束の許に帰りたい。
叶えられなかった馨の真実を抱いて、14年前の願いも一緒に帰ってあげたい。
この願いに見つめた黒目がちの瞳は微笑んで、英二に応えてくれた。
「英二…今、言ってくれたことはね。俺が、お父さんに言ってほしかったことだよ?俺、そう言ってほしくて、選んだんだよ?
お父さんと一緒に生きてほしいって、お父さんに言ってほしくて…だから俺、お父さんと同じ道を選んで、今、ここにいるんだ、」
笑いかけ見つめる想いの真中で、黒目がちの瞳は涙あふれさす。
きっと馨の息子が告げるよう、馨の妻も同じことを言ってほしいと願っている。
そんな想いに周太の瞳へと、山茶花ふる陽の涙を見つめて指で拭う。その瞳は生きる光が美しい。
この今も生きて、想って、心のまま素直に泣いている。この美しさを壊すことはもう、出来ない。
―もう、一緒に生きることを諦めない。どんなに泣いても、何があっても
この瞳を幸せで充たして、ずっと笑顔を見つめていたい。だから生きることを諦めない。
この願いのまま微笑んで、英二は最愛の恋に約束をした。
「周太、俺は周太と一緒に生きるために、ここにいる。俺は、生き貫く為に周太と出逢ったんだ、だから赦してほしい。
周太の首に手を掛けた、あの弱い俺を赦してほしい。もう、何があっても一緒に生きることを諦めない、あんな馬鹿な真似はしない。
だから俺を信じてほしい、どんな秘密も、罪だって全て俺が背負うから。だから俺には、やさしい嘘はいらない。ずっと俺と一緒に帰ろう、」
この想いに応えてくれる?
願いと見つめる頬に涙こぼれていく、涙の源は純粋な眼差しで見つめてくれる。
どうか自分と一緒にいてほしい、そう見つめる想いの真中で周太は綺麗に笑ってくれた。
「やさしい嘘は要らないね?秘密もいらないね…お願い、秘密も一緒に背負って?禁止されたことでも英二には秘密にしないから。
もし離されて逢うことが難しくなっても、お願い、俺に逢いに来て?どんな時も俺と生きて?一緒に家に帰って、お母さんに笑って?」
この願い、俺に叶えてほしいと言って、赦してくれる?
どうか願っていてほしい、こんな自分でも絶対に諦めないから。
もう二度と死へ逃げようとは願わないから、共に生きることを諦めないから。
「周太、本当に願ってくれる?やさしい嘘は吐かないで、すべて話して、俺と一緒に生きてくれる?」
告げた言葉に視界がゆらぎ、頬に雫の感触がこぼれていく。
頬つたう温もりに優しい唇が近寄せられて、やさしいキスが頬ふれた。
いま涙をキスで拭ってくれた?そう見た視界へと綺麗な微笑が、約束にほころんだ。
「ん、本当に願うよ?絶対の約束だよ、英二、」
絶対の約束に微笑んで、唯ひとつの恋が見つめてくれる。
この恋に腕を伸ばし抱き寄せる、懐いっぱいの温もりが幸せで、抱きしめて英二は約束に微笑んだ。
「ありがとう、周太。絶対の約束だよ、俺から離れないで、周太…」
約束を籠めながら唇を重ねて、誓いのキスをする。
ふれあう優しいキスに涙がこぼれる、ふたりの涙が交わされ甘い。
この涙は共に生きるための誓い、「絶対の約束」に結ばれた想いに孤独は解かされ、雨音に消えていく。
そして信じる勇気ひとつ生まれる、いつか希望の暁を見つめる瞬間を。
やさしい吐息は腕のなか、心地よく眠ってくれる。
ふる雨に籠められた夜、この静かな時に見る夢はどんな夢だろう?
大好きな庭の雨ふる光景だろうか?こんな想像に微笑んで英二は、そっと宝物を抱きしめた。
「…ずっと護るよ、生きて、笑わせて、幸せにする、周太…」
想い囁いてキスをする。
キスに長い睫は披かないで、けれど幸せな微笑が唇ゆらしてくれる。
いま眠っていてもキスを解ってくれる?それとも夢でキスが出来たのだろうか?
「夢のなかでも…俺のこと、好きでいてくれる?」
微笑んだ問いかけに、幸せそうな寝顔が肩にすりよってくれる。
穏やかで爽やかな香が頬ふれて心ときめく、幸せで困って英二は寝顔に笑いかけた。
「周太?眠っていても誘惑しちゃうんだね、無意識に…ちょっと今夜は、ほんと困るよ?」
いま周太は低体温症から回復したばかり、そんなとき無理に動かす事は避けたい。
だから今夜は周太を抱いてしまうことは出来ない、それなのに心も体も求めてしまいそう。
すこし離れたほうが今夜は良いかな?微笑んで起きあがりかけて、かくんと体が引き戻された。
「…あ、」
驚いて見た先、すこし小さな掌がカットソーの胸元を握りしめている。
胸元を掴まれては身動きがとれない、すこし笑って英二は掌を解こうと指で包んだ。
そっと解いてカットソーが自由になる。ほっとしながら掌をシーツに横たえた瞬間、今度は英二の指が握られた。
「…周太、そんなに引留めてくれるんだ?」
困るのに笑ってしまう、だってこんなの嬉しいだろう?
嬉しくて見つめたシーツの上では無垢の寝顔が安らぎ眠る。こんな寝顔で指を掴まれたら、離せない。
こんなふうに周太に指を握られて身動き取れないのは、これで何度目になるだろう?
「周太…初めての夜も、こんなだったな?…ペンを取ろうとしたのに周太、俺の手を握ってさ…」
懐かしい夏の終わりの、あの夜の記憶。
あの夜は十六夜の月が美しくて、「いざよい」の漢字を周太は書いてくれた。
そのペンを握りしめたまま墜落睡眠に周太はおちて、そしてペンを抜きとろうとした英二の手を握りしめてしまった。
あの瞬間からもう、自分は周太の掌を離せなくなった。
「あのときと同じだね、周太?俺のこと掴んでくれるんだ?…傍にいて良いって、許してくれるみたいに…」
ひとりごとのような囁きに、夜の雨音が静かに相槌を打つ。
ふたりきり雨籠められる空間は優しくて、世界は唯ふたり自分達だけのよう静まり返る。
静かな雨音に、ほっと溜息と微笑んで英二はシーツに身を横たえた。
「傍にいるよ?ちょっと我慢大会にはなるけどね…でも、周太が望んでるなら俺、なんでも出来るよ、」
そっと告げて、けれど言ったことに自分で首傾げこんだ。
いま「何でも出来る」は却って困るかもしれない?気がついて、可笑しくて笑った。
「なんにもしない、が今は周太のためだな?なんにもしないように、頑張るな、」
声を殺して笑いながら抱き寄せて、やわらかな髪から香が寄せられる。
この香は穏やかで爽やかで、初めて気づいた時から憧れて好きだった。
今こうして抱きしめ眠ることが許される、幸せで微笑んだ心にまた秋の記憶がふれた。
―…あなたにしか出来ない。心開く事が難しい周太、あなただけにしか、あの子の隣はいられない
私はあなたを信じるしか出来ない…あの子の幸せな笑顔を、取り戻してくれたあなたにしか、あの子を託す事は出来ない
秋の木洩陽ふる庭で告げられた想いが、夏の雨ふる一室に蘇える。
あのときの言葉は自分にとって、この唯ひとつの恋が「赦される」歓びだった。
そして歓びは覚悟だったと、今、あらためて思い出す。
“けれど誰を泣かせても、私はあの子の幸せを願ってしまう”
あのとき彼女が言った言葉の意味が、今、覚悟になって肚に座る。
誰を泣かせても周太の幸せを願う気持ちは同じ、あのとき自分もそう思った。
けれど今「誰」の意味が実感となって迫る、この静かな覚悟へと英二は微笑んだ。
「…周太のためなら俺、どれだけでも泣けるよな?」
どれだけでも泣けばいい、周太が幸せになる為なら。
どんなに苦しくても寂しくても、いつか周太の幸せに繋がるのなら自分は泣こう。
これまでも見つめた秘密や罪に何度も泣いてきた、それ以上に泣いたって構わない。
そんな覚悟が座る心へと、彼女が言葉に籠めた祈りが自信をくれる、唯ひとつの想いに勇気も抱けると信じられる。
“許して下さい。ずっと周太の隣で生きて笑って、見つめ続けさせて下さい”
あのとき自分は、そう答えた。
あの答えに背きかけた自分、それでも赦されたなら今度こそ迷わずに叶えたい。
あの秋の陽に見つめた彼女の想いを、この夏の夜雨に気付いた馨の想いを、どうか自分に叶えさせてほしい。
何があっても、必ず一緒に帰ろう。
たとえ苦しくても泣いても一緒に生きよう、そして一緒に帰る。
このためになら何でもできる。
その為に危険と言われる山岳救助隊にも志願して、生命の終焉すら見つめながら今、ここにいる。
そして最高峰への挑戦も昇進の道にと踏み出していく、この誇りも夢も命を懸けて惜しくないのは君のためだから。
君のためなら秘密を抱くことも罪を負うことも惜しくない、今だって馨と家の秘密も罪も背負っている、けれど全て喜びだから。
こんな自分は本当は弱いと、誰より自分が知っている。
こんな自分だから孤独への恐怖に負けそうになって、過ちも犯してしまった。
それでも諦めたくはない、何でも出来ると信じて、努力して、この唯ひとつの恋と約束に自分は生きたい。
「…ゆるして下さい、ずっと隣で生きて、笑って、笑顔を見つめ続けさせて…周太、」
そっと囁いて英二は、眠るひとの唇にキスをした。
これからの自分の全てを、想いも時間も約束も籠めたキスをして、抱き寄せる。
抱き寄せふれあう胸はシャツとカットソー透かして、体温と鼓動が響きだす。
…とくん、…とくん、…とくん…
抱きしめた温もりに鼓動が響く、正常に規則正しく吐息がふれる。
この数時間前は冷たい体だった、震える全身、弱い鼓動、低体温症と疲労に昏睡して。
あのとき自分が祈りつづけたのは、唯ひとつの想いだった。
『生きろ、周太』
それだけを想い、応急処置をした。
それだけを願い、祈り、他は何も考えられなかった。
この瞬間に気付かされる自分の真実に、今この瞬間ふれてくる温もりと鼓動は、ただ優しい。
…とくん、…とくん、
ゆるやかな鼓動が心へ響く、抱きしめる体温は幸せな想いに変わっていく。
やわらかな鼓動も感触も温かい、この全てが生命反応だと自分は知っている。
この今の瞬間に抱きしめている命の想いが、英二の唇から声になった。
「生きるんだ、周太。一緒に生きよう…」
…とくん、
想いに鼓動が、そっと相槌を打つ。
眠っているのに全身が応えてくれた?そんな想いに英二は微笑んだ。
「…ありがとう、周太」
やさしい命の音に、涙こぼれた。
雨が止んだ。
音の消えた気配に目を開いて、英二は窓の方を見た。
うっすらとカーテン透かす光に時を感じる、たぶん4時20分位だろう。
そんな予想と腕を伸ばして、ベッドサイドのクライマーウォッチを掴んだ時、懐の温もりが動いた。
「…ん、」
やさしい吐息こぼれて、黒髪がゆれる。
時計を掴んだ手を戻し抱きしめる、その腕のなか長い睫がゆるやかに披かれた。
「おはよう、周太、」
披いた黒目がちの瞳が、まだ眠そうに見つめてくれる。
そんな様子も可愛くて微笑んでしまう、嬉しくて英二は恋人の唇にキスふれた。
ふれる温かな吐息はオレンジの香が甘い、この香にキスを願っても数ヶ月前は耐えていた。
けれど今は赦されることが幸せで、そっとキス離れて笑いかけると黒目がちの瞳が微笑んだ。
「おはようございます、えいじ…はなむこさん?」
そんなふう呼んでくれるなんて、うれしいです。
呼ばれて幸せで、ほらまた奴隷モードになってしまう。
嬉しくて英二は自分の恋の主人に、きれいに微笑んだ。
「喉かわいたとかある?花嫁さんで、恋の女王さま、」
「…じょおうってはずかしい…おれおとこだしへんじゃないかな」
言いながら首筋から頬染まっていく色が、あわい光に華やいでいく。
ほら、こんなふうに肌を染めて綺麗なとこ魅せて、また無意識に誘惑するんだ?
もう夜通し我慢大会だったのに、またここで我慢させられたら困るのに?
ほんとうに困る、けれど笑って英二は恋人に笑いかけた。
「変じゃないよ?だって俺が花婿だから周太は花嫁だろ?だったら、奴隷の俺には女王さまの周太でお似合いだよ、」
こんなの本当は屁理屈だ?
そう解かって言っているけれど、気恥ずかしそうに周太は頷いてくれた。
「…ん、そうなの?」
黒目がちの瞳が微笑んで、すこし困ったようでも素直に頷いてくれる。
羞んで薄赤い頬が可愛くて、笑んで黒目が大きくなる瞳が綺麗で、我慢できない気持ちと一緒に英二は抱きしめた。
「可愛い、周太…キスさせて、」
ねだりながら返事も待たずに唇をキスで塞いでしまう。
すこし驚いたような唇、けれど恥ずかしげに応えてくれる温もりが優しくて、甘く蕩かされていく。
こんなキスで朝を迎えられる今が愛しい、この瞬間ふれる熱に、生きている幸せが心充たしてくれる。
―離れたくない、生きて一緒にいたい、
素直な想いが充ちて血液に意思が廻りだす。
そんな想いに昨夕見つめた、低体温症の冷たい蒼白が哀しみに起こされる。
この哀しみに、あのとき願った唯一の祈りが、昨夜に誓った言葉が肚の底で深く座っていく。
この人を護って生きていく。
どんな時も、どんな場所でも、何があっても諦めない、共に生きることを。
ずっと寄添って護って離れない、もう孤独になんて戻さない、そして願いを叶えて幸せな笑顔で充たしたい。
「…周太、愛してる。ずっと護るよ、一緒に生きていくために、」
キス離れて告げる言葉に、想いを見つめて笑いかける。
見つめた黒目がちの瞳は羞むよう睫を伏せて、そっと幸せに微笑んだ。
「ん…いっしょにいて?あいしてるから…英二、」
こんな返事は幸せだ、そう見つめる想いの真中で純粋な瞳が見つめてくれる。
その瞳が凛と美しくて見惚れてしまう、惹きつけられる黒い瞳に光が映りだす。
綺麗な光だな?綺麗で微笑んだとき、窓から微かな光が射しこんだ。
―天使の梯子だ、
前に訊いた言葉の記憶に、暁が光の目を覚ます気配が優しい。
きれいな朝を見せてあげたい、この願いとキスを恋人に贈ると英二は微笑んだ。
「きれいな夜明になりそうだな、カーテン開けてくる、」
そっと起きあがり床へ降りてカーテンを開くと、空のブルーが美しい。
ガラス窓には雨の名残が水晶のよう鏤められて、あわい光にも輝きだす。
これを見せてあげたいな?そんな想いとベッドに戻ると英二は、小柄な体を抱きあげ座ると壁に凭れた。
「もうじき太陽が出るよ、」
「ん、空が明るくなってきたね?…きれいな青いろ、」
嬉しそうに黒目がちの瞳が微笑んで、空を眺めてくれる。
その視線の彼方、目覚めていく陽光がガラスを透かして光の梯子を渡していく。
あわい光透かされて水の玉は煌めいていく、暁の輝きにベッドの上も明るんでシーツがまばゆい。
輝いていく空の水を示して、英二は唯ひとりの恋人へと綺麗に笑いかけた。
「周太、ほら、窓の雫が光ってるよ、」
あの光の全てを君に贈れたらいい。
どんな昏い時も明るく道を照らして、君の希望になるように。
そして帰る道を一緒に辿りたい、幸せは君の隣でしか見つからないから。
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