萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

soliloquy 風待月act.1―another,side story「陽はまた昇る」

2012-08-18 23:51:51 | soliloquy 陽はまた昇る
風待の月、花に寄せて



soliloquy 風待月act.1―another,side story「陽はまた昇る」

青、青紫、赤紫、薄紅、紅、それから白。

紫陽花は青から赤の色相が沢山がある。
同じ花でも色のトーンによって印象が違うな?そんな実感がこの花に見える。

誰に、どの色が合う?

そんなことを考えるのも楽しい、雨ふる姿の似合う花。
この花の咲く場所は寺院が多いけれど、見に行ったのは随分昔のこと。
あのころは世界を何も知らなかった、けれど幸せになる方法は知っていたかもしれない。

大好きな人には、笑うこと。
大好きな人には「大好き」と伝えて、その人を笑わせること。

こんなシンプルな術も見失ったのは、もう十年以上前。
けれど今、すこしずつ取り戻す日には一緒に花を見たい人がいる。

花さく美しい場所を見に行くことは今年も難しい?
行くなら独りより一緒に行きたい人がいる、けれど尚更に難しい?
その人は忙しいから、花を見に行くことも一緒に時間を創るのは難しいから。
だから、せめて心に描いてしまうのは花のなか佇むその人の姿、どんな花なら似合うだろう。

その人に似合う紫陽花なら、きっと紅萼紫陽花。

萼紫陽花はすっきりした花姿、そして深紅が鮮やかに美しい。
そんな姿はきっと、華やかで端正なひとには似合うだろうな?
活けているところ見てみたいな?

家の庭にも紅萼は咲いている、こんど帰ったら茶の花に活けてみたい。
そこでふたり寛いだら、きっと時間は心地いい。



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第52話 露籠act.6―side story「陽はまた昇る」

2012-08-18 19:10:17 | 陽はまた昇るside story
いつかの暁へ



第52話 露籠act.6―side story「陽はまた昇る」

『優しい嘘』の真実は「愛する人のもとに帰りたい」という願い。

これが英二が見つけた、馨の真実の1つ。
この答に馨の息子は、周太はどう答えてくれるだろう?
この問いかけに雨音は降り、デスクライト照らす静謐は吐息も密める。
夜の雨に秘められた安らぎの底、並んで座る小柄な肩は微かにふるえた。

「英二…やさしい嘘、ってね?お母さんも言ったんだ…卒業式の翌朝だよ?」

静かな言葉が、周太の唇からこぼれだす。
見上げる黒目がちの瞳は泣きそうで、けれど言葉こみあげるよう想いは声になった。

「俺、お母さんに英二のこと話そうとしたでしょう?あのとき俺にね、お母さんは言ってくれたんだ。
笑って目を見つめて『やさしい嘘なんて私達には要らないのよ』って、言ってくれたんだ…ね、英二?お母さん知ってるのかな?
だって『お母さんより先に死なないで』って言ったんだ、お母さん…これってお父さんのことかな、嘘に気付いているのかな?
お父さんの殉職が『やさしい嘘』だって知っているから、だからお母さんは俺に言ってくれたのかな?…俺に願ってくれたのかな?」

問いかけながら黒目がちの瞳は、涙あふれさす。
この涙に姿を現していく「祈り」が、そっと真実を見せて問いかけた。

「やさしい嘘は要らない、先に死なないでって…自殺なんて絶対にしないで、独り抱えないで一緒に生きてって、お母さん言ってくれたかな?」

あなたは、どう想う?

問いかけてくれる瞳から、そっと英二は指で涙を拭った。
いま涙こぼす瞳は懐かしい俤そっくりで、秋の陽ふる庭と穏やかな声が心にふれた。

―…私は気付いていた…何をして何に苦しんでいたのか…優しいあの人は一瞬のためらいに撃たれたのだと…自分がそうしてきたように
 息子もきっと同じ道へと引きこまれていく…彼の軌跡をたどろうと息子は同じ道を選んできた、だからきっと同じ任務につかされる

11月、周太の誕生日だった。
あの日、周太と生涯の約束を結んでから初めて、周太の母に会いに行った。
あのとき彼女は知る限りの真実を話してくれた、夫と息子への愛に泣きながら。

―…息子は彼よりも潔癖という強さがある、そして聡明です。だから同じ道にも何か、よりよい方法を見つける事ができるかもしれない
 そしてあなたが傍にいる…彼の戦う世界には、私は入りこんで寄り添えなかった。けれど…息子と同じ男で同じ警察官のあなたなら
 息子の世界に入って寄り添って…お願い、息子を信じて救って欲しい。何があっても受けとめて、決してあの子を独りにしないで

あのとき自分は「はい」と彼女に応えた。
あれは短くても重みある大切な誓い、あの誓いに自分は背こうとしていたと今、気付かされる。
どうして自分は彼女との約束を忘れていたのだろう、自分の弱さに囚われて「死」へと逃げようと出来たのだろう?
こういう彼女だから馨は帰りたいと願って、けれど出来なくて「殉職」という名の自殺を選んだ。
そんな馨の願いすら自分は忘れて「死」へ逃げようとした、そんな弱さは裏切りだろう。

―こんな弱さを、今夜、ここで捨てよう

ふたりの祈りは「息子が生き貫くこと」このために自分は、ここにいる。
この祈りに背く弱さは要らない、だから今ここで捨てたら良い。
この祈りのために自分が必要とされるなら、苦しみさえ潔く抱けばいい。
そんな覚悟に微笑んで英二はふたりの息子に答えた。

「うん、お母さんは知っているかもしれないな、聡明な人だから。だから周太に願って、言ってくれたんだと思うよ?お父さんの分も、」
「ほんとに?」

短く訊いて、黒目がちの瞳が英二を見つめる。
この言葉が真実なのか?探し見つめるよう穏やかな声は、雨音のなか問いかけた。

「お父さんも俺に、死ぬなって、一緒に生きてって願うの?お父さんみたいな『やさしい嘘』を吐いたらいけないって言ってる?」

死なないで、やさしい嘘なんか吐かないで。

それはこの自分の願い、祈り、ずっと望んできたこと。
そして馨と妻が息子の為に祈り、望んで、全てを懸けること。
この祈りを叶えるために、ふたりは英二に合鍵を与えてくれた。

この鍵で家の扉を開き続けて、息子を無事に連れ帰ってくるように。
この鍵で書斎机の抽斗を開き日記帳を見つけて、家の連鎖を解くように。
そして息子が自由に人生を選び、幸せに笑って生きることを信じて、鍵は自分に託された。
この鍵に託された祈りたちを見つめて、英二は微笑んだ。

「そうだよ周太、死んだらダメだ。嘘もいらない、一緒に生きるんだ、」

答えと見つめる瞳は微笑んで英二を見つめてくれる。
その瞳の黒目がちな表情に懐かしい瞬間が、俤そっくりのまま涙をこぼした。

―…我儘を言わせて欲しい、どうか息子より先に死なないで
 あの子の最期の一瞬を、あなたのきれいな笑顔で包んで、幸福なままに眠らせて
 そして最後には生まれてきて良かったと、息子が心から微笑んで、幸福な人生だと眠りにつかせてあげて欲しい
 とても私は身勝手だと解っています。あなたが本来生きるべきだった、普通の幸せを全て奪う事だと解っている
 けれど誰を泣かせても、私はあの子の幸せを願ってしまう。そしてあなたに願ってしまう、どうか願いを叶えて欲しい

11月の山茶花が香る庭、美しい黒目がちの瞳は泣いてくれた。
彼女の真実を夫の願いに重ねて、息子と同じ齢の英二に頭を下げて心から願ってくれた。
あの眼差しを写した瞳が今、そっくりの涙を湛えて英二を見つめてくれる。

―周太の瞳に見つめてもらえるのなら、俺はどんな事でもする。そう答えたんだ…ずっと一緒に生きていたくて

あのとき答えた通りに自分は努力をしてきた、この瞳の笑顔を見つめるためだけに。
その努力に立った道は自身の夢になって、山ヤとしてレスキューとして生きる誇りを与えてくれた。
この全てを与えてくれた秋の日が、あの瞬間に見ていた誓いが愛しい。あのときの誓いのまま英二は微笑んだ。

「周太、一緒に生き貫くんだ、」

この一言に今、弱さを捨てたい。

最愛の恋を失うことに怯える、この弱さを捨てて誓いたい。
山茶花の香るベンチ、彼女の涙、合鍵の想い、そして紺青色の日記に遺された意志。
この全てに誓って馨と妻が、生死に分たれた恋人達が全てを懸けた祈りに今、約束したい。

「やさしい嘘は俺には要らない。どんな秘密も作らないでほしい、俺を信じて離れないでほしい。苦しい時間も一緒に見つめたい。
約束してほしい、周太。やさしい嘘は吐かないで?何があっても俺と生き貫いて?そして一緒に家に帰ろう、お母さんの所に帰るんだ、」

やさしい嘘も秘密も要らない、信じて離れない。
苦しい時間も共に生きて、生き貫いて、約束の許に帰りたい。
叶えられなかった馨の真実を抱いて、14年前の願いも一緒に帰ってあげたい。
この願いに見つめた黒目がちの瞳は微笑んで、英二に応えてくれた。

「英二…今、言ってくれたことはね。俺が、お父さんに言ってほしかったことだよ?俺、そう言ってほしくて、選んだんだよ?
お父さんと一緒に生きてほしいって、お父さんに言ってほしくて…だから俺、お父さんと同じ道を選んで、今、ここにいるんだ、」

笑いかけ見つめる想いの真中で、黒目がちの瞳は涙あふれさす。
きっと馨の息子が告げるよう、馨の妻も同じことを言ってほしいと願っている。
そんな想いに周太の瞳へと、山茶花ふる陽の涙を見つめて指で拭う。その瞳は生きる光が美しい。
この今も生きて、想って、心のまま素直に泣いている。この美しさを壊すことはもう、出来ない。

―もう、一緒に生きることを諦めない。どんなに泣いても、何があっても

この瞳を幸せで充たして、ずっと笑顔を見つめていたい。だから生きることを諦めない。
この願いのまま微笑んで、英二は最愛の恋に約束をした。

「周太、俺は周太と一緒に生きるために、ここにいる。俺は、生き貫く為に周太と出逢ったんだ、だから赦してほしい。
周太の首に手を掛けた、あの弱い俺を赦してほしい。もう、何があっても一緒に生きることを諦めない、あんな馬鹿な真似はしない。
だから俺を信じてほしい、どんな秘密も、罪だって全て俺が背負うから。だから俺には、やさしい嘘はいらない。ずっと俺と一緒に帰ろう、」

この想いに応えてくれる?

願いと見つめる頬に涙こぼれていく、涙の源は純粋な眼差しで見つめてくれる。
どうか自分と一緒にいてほしい、そう見つめる想いの真中で周太は綺麗に笑ってくれた。

「やさしい嘘は要らないね?秘密もいらないね…お願い、秘密も一緒に背負って?禁止されたことでも英二には秘密にしないから。
もし離されて逢うことが難しくなっても、お願い、俺に逢いに来て?どんな時も俺と生きて?一緒に家に帰って、お母さんに笑って?」

この願い、俺に叶えてほしいと言って、赦してくれる?

どうか願っていてほしい、こんな自分でも絶対に諦めないから。
もう二度と死へ逃げようとは願わないから、共に生きることを諦めないから。

「周太、本当に願ってくれる?やさしい嘘は吐かないで、すべて話して、俺と一緒に生きてくれる?」

告げた言葉に視界がゆらぎ、頬に雫の感触がこぼれていく。
頬つたう温もりに優しい唇が近寄せられて、やさしいキスが頬ふれた。
いま涙をキスで拭ってくれた?そう見た視界へと綺麗な微笑が、約束にほころんだ。

「ん、本当に願うよ?絶対の約束だよ、英二、」

絶対の約束に微笑んで、唯ひとつの恋が見つめてくれる。
この恋に腕を伸ばし抱き寄せる、懐いっぱいの温もりが幸せで、抱きしめて英二は約束に微笑んだ。

「ありがとう、周太。絶対の約束だよ、俺から離れないで、周太…」

約束を籠めながら唇を重ねて、誓いのキスをする。
ふれあう優しいキスに涙がこぼれる、ふたりの涙が交わされ甘い。
この涙は共に生きるための誓い、「絶対の約束」に結ばれた想いに孤独は解かされ、雨音に消えていく。

そして信じる勇気ひとつ生まれる、いつか希望の暁を見つめる瞬間を。



やさしい吐息は腕のなか、心地よく眠ってくれる。
ふる雨に籠められた夜、この静かな時に見る夢はどんな夢だろう?
大好きな庭の雨ふる光景だろうか?こんな想像に微笑んで英二は、そっと宝物を抱きしめた。

「…ずっと護るよ、生きて、笑わせて、幸せにする、周太…」

想い囁いてキスをする。
キスに長い睫は披かないで、けれど幸せな微笑が唇ゆらしてくれる。
いま眠っていてもキスを解ってくれる?それとも夢でキスが出来たのだろうか?

「夢のなかでも…俺のこと、好きでいてくれる?」

微笑んだ問いかけに、幸せそうな寝顔が肩にすりよってくれる。
穏やかで爽やかな香が頬ふれて心ときめく、幸せで困って英二は寝顔に笑いかけた。

「周太?眠っていても誘惑しちゃうんだね、無意識に…ちょっと今夜は、ほんと困るよ?」

いま周太は低体温症から回復したばかり、そんなとき無理に動かす事は避けたい。
だから今夜は周太を抱いてしまうことは出来ない、それなのに心も体も求めてしまいそう。
すこし離れたほうが今夜は良いかな?微笑んで起きあがりかけて、かくんと体が引き戻された。

「…あ、」

驚いて見た先、すこし小さな掌がカットソーの胸元を握りしめている。
胸元を掴まれては身動きがとれない、すこし笑って英二は掌を解こうと指で包んだ。
そっと解いてカットソーが自由になる。ほっとしながら掌をシーツに横たえた瞬間、今度は英二の指が握られた。

「…周太、そんなに引留めてくれるんだ?」

困るのに笑ってしまう、だってこんなの嬉しいだろう?
嬉しくて見つめたシーツの上では無垢の寝顔が安らぎ眠る。こんな寝顔で指を掴まれたら、離せない。
こんなふうに周太に指を握られて身動き取れないのは、これで何度目になるだろう?

「周太…初めての夜も、こんなだったな?…ペンを取ろうとしたのに周太、俺の手を握ってさ…」

懐かしい夏の終わりの、あの夜の記憶。
あの夜は十六夜の月が美しくて、「いざよい」の漢字を周太は書いてくれた。
そのペンを握りしめたまま墜落睡眠に周太はおちて、そしてペンを抜きとろうとした英二の手を握りしめてしまった。
あの瞬間からもう、自分は周太の掌を離せなくなった。

「あのときと同じだね、周太?俺のこと掴んでくれるんだ?…傍にいて良いって、許してくれるみたいに…」

ひとりごとのような囁きに、夜の雨音が静かに相槌を打つ。
ふたりきり雨籠められる空間は優しくて、世界は唯ふたり自分達だけのよう静まり返る。
静かな雨音に、ほっと溜息と微笑んで英二はシーツに身を横たえた。

「傍にいるよ?ちょっと我慢大会にはなるけどね…でも、周太が望んでるなら俺、なんでも出来るよ、」

そっと告げて、けれど言ったことに自分で首傾げこんだ。
いま「何でも出来る」は却って困るかもしれない?気がついて、可笑しくて笑った。

「なんにもしない、が今は周太のためだな?なんにもしないように、頑張るな、」

声を殺して笑いながら抱き寄せて、やわらかな髪から香が寄せられる。
この香は穏やかで爽やかで、初めて気づいた時から憧れて好きだった。
今こうして抱きしめ眠ることが許される、幸せで微笑んだ心にまた秋の記憶がふれた。

―…あなたにしか出来ない。心開く事が難しい周太、あなただけにしか、あの子の隣はいられない
 私はあなたを信じるしか出来ない…あの子の幸せな笑顔を、取り戻してくれたあなたにしか、あの子を託す事は出来ない

秋の木洩陽ふる庭で告げられた想いが、夏の雨ふる一室に蘇える。
あのときの言葉は自分にとって、この唯ひとつの恋が「赦される」歓びだった。
そして歓びは覚悟だったと、今、あらためて思い出す。

“けれど誰を泣かせても、私はあの子の幸せを願ってしまう”

あのとき彼女が言った言葉の意味が、今、覚悟になって肚に座る。
誰を泣かせても周太の幸せを願う気持ちは同じ、あのとき自分もそう思った。
けれど今「誰」の意味が実感となって迫る、この静かな覚悟へと英二は微笑んだ。

「…周太のためなら俺、どれだけでも泣けるよな?」

どれだけでも泣けばいい、周太が幸せになる為なら。
どんなに苦しくても寂しくても、いつか周太の幸せに繋がるのなら自分は泣こう。
これまでも見つめた秘密や罪に何度も泣いてきた、それ以上に泣いたって構わない。
そんな覚悟が座る心へと、彼女が言葉に籠めた祈りが自信をくれる、唯ひとつの想いに勇気も抱けると信じられる。

“許して下さい。ずっと周太の隣で生きて笑って、見つめ続けさせて下さい”

あのとき自分は、そう答えた。
あの答えに背きかけた自分、それでも赦されたなら今度こそ迷わずに叶えたい。
あの秋の陽に見つめた彼女の想いを、この夏の夜雨に気付いた馨の想いを、どうか自分に叶えさせてほしい。

何があっても、必ず一緒に帰ろう。
たとえ苦しくても泣いても一緒に生きよう、そして一緒に帰る。

このためになら何でもできる。
その為に危険と言われる山岳救助隊にも志願して、生命の終焉すら見つめながら今、ここにいる。
そして最高峰への挑戦も昇進の道にと踏み出していく、この誇りも夢も命を懸けて惜しくないのは君のためだから。
君のためなら秘密を抱くことも罪を負うことも惜しくない、今だって馨と家の秘密も罪も背負っている、けれど全て喜びだから。

こんな自分は本当は弱いと、誰より自分が知っている。
こんな自分だから孤独への恐怖に負けそうになって、過ちも犯してしまった。
それでも諦めたくはない、何でも出来ると信じて、努力して、この唯ひとつの恋と約束に自分は生きたい。

「…ゆるして下さい、ずっと隣で生きて、笑って、笑顔を見つめ続けさせて…周太、」

そっと囁いて英二は、眠るひとの唇にキスをした。
これからの自分の全てを、想いも時間も約束も籠めたキスをして、抱き寄せる。
抱き寄せふれあう胸はシャツとカットソー透かして、体温と鼓動が響きだす。

…とくん、…とくん、…とくん…

抱きしめた温もりに鼓動が響く、正常に規則正しく吐息がふれる。
この数時間前は冷たい体だった、震える全身、弱い鼓動、低体温症と疲労に昏睡して。
あのとき自分が祈りつづけたのは、唯ひとつの想いだった。

『生きろ、周太』

それだけを想い、応急処置をした。
それだけを願い、祈り、他は何も考えられなかった。
この瞬間に気付かされる自分の真実に、今この瞬間ふれてくる温もりと鼓動は、ただ優しい。

…とくん、…とくん、

ゆるやかな鼓動が心へ響く、抱きしめる体温は幸せな想いに変わっていく。
やわらかな鼓動も感触も温かい、この全てが生命反応だと自分は知っている。
この今の瞬間に抱きしめている命の想いが、英二の唇から声になった。

「生きるんだ、周太。一緒に生きよう…」

…とくん、

想いに鼓動が、そっと相槌を打つ。
眠っているのに全身が応えてくれた?そんな想いに英二は微笑んだ。

「…ありがとう、周太」

やさしい命の音に、涙こぼれた。



雨が止んだ。

音の消えた気配に目を開いて、英二は窓の方を見た。
うっすらとカーテン透かす光に時を感じる、たぶん4時20分位だろう。
そんな予想と腕を伸ばして、ベッドサイドのクライマーウォッチを掴んだ時、懐の温もりが動いた。

「…ん、」

やさしい吐息こぼれて、黒髪がゆれる。
時計を掴んだ手を戻し抱きしめる、その腕のなか長い睫がゆるやかに披かれた。

「おはよう、周太、」

披いた黒目がちの瞳が、まだ眠そうに見つめてくれる。
そんな様子も可愛くて微笑んでしまう、嬉しくて英二は恋人の唇にキスふれた。
ふれる温かな吐息はオレンジの香が甘い、この香にキスを願っても数ヶ月前は耐えていた。
けれど今は赦されることが幸せで、そっとキス離れて笑いかけると黒目がちの瞳が微笑んだ。

「おはようございます、えいじ…はなむこさん?」

そんなふう呼んでくれるなんて、うれしいです。

呼ばれて幸せで、ほらまた奴隷モードになってしまう。
嬉しくて英二は自分の恋の主人に、きれいに微笑んだ。

「喉かわいたとかある?花嫁さんで、恋の女王さま、」
「…じょおうってはずかしい…おれおとこだしへんじゃないかな」

言いながら首筋から頬染まっていく色が、あわい光に華やいでいく。
ほら、こんなふうに肌を染めて綺麗なとこ魅せて、また無意識に誘惑するんだ?
もう夜通し我慢大会だったのに、またここで我慢させられたら困るのに?
ほんとうに困る、けれど笑って英二は恋人に笑いかけた。

「変じゃないよ?だって俺が花婿だから周太は花嫁だろ?だったら、奴隷の俺には女王さまの周太でお似合いだよ、」

こんなの本当は屁理屈だ?
そう解かって言っているけれど、気恥ずかしそうに周太は頷いてくれた。

「…ん、そうなの?」

黒目がちの瞳が微笑んで、すこし困ったようでも素直に頷いてくれる。
羞んで薄赤い頬が可愛くて、笑んで黒目が大きくなる瞳が綺麗で、我慢できない気持ちと一緒に英二は抱きしめた。

「可愛い、周太…キスさせて、」

ねだりながら返事も待たずに唇をキスで塞いでしまう。
すこし驚いたような唇、けれど恥ずかしげに応えてくれる温もりが優しくて、甘く蕩かされていく。
こんなキスで朝を迎えられる今が愛しい、この瞬間ふれる熱に、生きている幸せが心充たしてくれる。

―離れたくない、生きて一緒にいたい、

素直な想いが充ちて血液に意思が廻りだす。
そんな想いに昨夕見つめた、低体温症の冷たい蒼白が哀しみに起こされる。
この哀しみに、あのとき願った唯一の祈りが、昨夜に誓った言葉が肚の底で深く座っていく。

この人を護って生きていく。
どんな時も、どんな場所でも、何があっても諦めない、共に生きることを。
ずっと寄添って護って離れない、もう孤独になんて戻さない、そして願いを叶えて幸せな笑顔で充たしたい。

「…周太、愛してる。ずっと護るよ、一緒に生きていくために、」

キス離れて告げる言葉に、想いを見つめて笑いかける。
見つめた黒目がちの瞳は羞むよう睫を伏せて、そっと幸せに微笑んだ。

「ん…いっしょにいて?あいしてるから…英二、」

こんな返事は幸せだ、そう見つめる想いの真中で純粋な瞳が見つめてくれる。
その瞳が凛と美しくて見惚れてしまう、惹きつけられる黒い瞳に光が映りだす。
綺麗な光だな?綺麗で微笑んだとき、窓から微かな光が射しこんだ。

―天使の梯子だ、

前に訊いた言葉の記憶に、暁が光の目を覚ます気配が優しい。
きれいな朝を見せてあげたい、この願いとキスを恋人に贈ると英二は微笑んだ。

「きれいな夜明になりそうだな、カーテン開けてくる、」

そっと起きあがり床へ降りてカーテンを開くと、空のブルーが美しい。
ガラス窓には雨の名残が水晶のよう鏤められて、あわい光にも輝きだす。
これを見せてあげたいな?そんな想いとベッドに戻ると英二は、小柄な体を抱きあげ座ると壁に凭れた。

「もうじき太陽が出るよ、」
「ん、空が明るくなってきたね?…きれいな青いろ、」

嬉しそうに黒目がちの瞳が微笑んで、空を眺めてくれる。
その視線の彼方、目覚めていく陽光がガラスを透かして光の梯子を渡していく。
あわい光透かされて水の玉は煌めいていく、暁の輝きにベッドの上も明るんでシーツがまばゆい。
輝いていく空の水を示して、英二は唯ひとりの恋人へと綺麗に笑いかけた。

「周太、ほら、窓の雫が光ってるよ、」

あの光の全てを君に贈れたらいい。
どんな昏い時も明るく道を照らして、君の希望になるように。

そして帰る道を一緒に辿りたい、幸せは君の隣でしか見つからないから。




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one scene 或日、学校にてact.11 ―another,side story「陽はまた昇る」

2012-08-17 09:25:12 | 陽はまた昇るanother,side story
言うのは、ちょっと



one scene 或日、学校にてact.11 ―another,side story「陽はまた昇る」

長身の胴着姿は、背中が広い。

すっきりとした背中は藍色あざやかに、立会に佇んでいる。
藍染めの道着と袴は一繋ぎになって、長身をより高く見せて清々しい。
きれいな立姿で竹刀構え、摺足に捌いていく姿が綺麗で、つい見惚れてしまう。

…きれい英二、ほんとうに武士みたい

小さい頃に絵本で読んだ侍たち、あの姿のまま颯爽と美しい。
こんなふう英二は基本「かっこいい」格好がよく似合う、ごく自然に。
やっぱり背が高くてスタイルが良いからかな?そう見ている先で、きれいに面が入った。

…あ、英二の勝ち

嬉しくて微笑んでしまう、やっぱり好きな人の勝ちは心を弾ませる。
端然とした蹲踞に竹刀を納めて、下がってくる袴の裾捌きも凛々しい。
こんなに英二は初任教養の時も、格好良かったかな?そう見ていると藍色の剣道着は隣に座ってくれた。

「やっぱり面被ると暑いな、」

さらり、長い指は房をほどいて、面が外れされる。
白皙の貌は綺麗に笑って、周太を見つめる切長い目がまぶしい。
こんな目で見つめられると緊張しそう、すこし困りながらも微笑んで周太はタオルを差出た。

「はい、英二…あ、ここ、」

渡しかけて目に映った汗を、そのままタオルで触れた。
すべりおちる雫が白皙の肌に綺麗で、拭うのは勿体無いかなとも思う。
けれど、拭うタオルに英二は幸せに笑ってくれた。

「周太、こんなふうに拭いてもらうのってさ、なんか良いな?」

そんな笑顔でいわれると意識しちゃうからこまるのに?
それに言われて気がついた、術科の時間にこんなことしたらダメかもしれない?
だって自分たちはほんとうはこいびとどうしってやつだから不謹慎かもしれない?

「…じぶんでふいて、」

ぼそっと言ってタオルを押しつけると、周太は前を向いた。
その横顔に視線を感じてしまう、きっと英二は今こっちを見つめている。
こんなふうに見つめるなんて怒っているのかな?それとも悄気ているの?
やっぱり気になって、そっと目の端で見た隣は何故か幸せそうに笑っていた。

…なんでこんなに嬉しそうなのかな?

素っ気なくしたから悄気たかも?
そう思ったのに違っている、それが何だか少し自分を悄気させる。
こんな予想外はちょっと寂しいかもしれない、そんな自分がワガママで困ってしまう。
そんな想い頭廻らせているうちに、術科の時間が終って更衣室に戻った。

「周太、汗、すごいな?」

綺麗な低い声に笑いかけられて、周太は見上げた。
切長い目は楽しげに微笑んで見つめてくれる、その目に周太は素直に頷いた。

「ん、暑かったから…おふろ早めに入りたいな、」

応えながら背を向けて袴ほどき、制服のスラックスを履く。
周りでは全部脱いでから着替えていくけれど、それが気恥ずかしくて出来ない。
前は自分も同じようにしていたのに今は、なるべく肌を隠してしまう。

…英二に見られるの、恥ずかしいからだよね

そんな心の声に自答で「だったら離れた場所で着替えればいいのに?」と聞こえてくる。
けれど、そんなことをしても英二なら付いてきて、ちゃんと傍から離れないだろう。
そう考えながら稽古着を脱いだ背中に、柔らかな感触ふれて周太はふり向いた。

「えいじ?なに?」
「うん?背中の汗がすごいからさ、タオルで拭こうとしたんだけど?」

笑いかけてくれながら長い指の手は、タオルを動かしてくれる。
背中を拭きあげていくタオルの感触に、ときおり滑らかな温もりが触れてしまう。
きっと英二の指だと解かる、そんな勘づく自分の肌が気恥ずかしい。

…だってはだにゆびふれてわかるなんて…まるでそういうこと

心の裡こぼれた言葉に、ほら首筋もう熱い。
こんなこと初任教養の時は思わなかった、あの頃と今とでは触感すら違っている。
こんなふう差を感じるたびに、英二との時の記憶と時間が愛おしい。
その愛しさのままに微笑んで、周太は婚約者に礼を述べた。

「…えいじ、ありがとう、拭いてくれて、」
「こっちこそだよ、周太。さっきは、ありがとう、」

綺麗な笑顔で微笑んで見つめてくれる、その視線が恥ずかしくて周太は素早くTシャツを着た。
こんなふう肌を見られる事が恥ずかしくなった、これは一番に大きな違い、だから今も気恥ずかしい。
そんな想いに目を逸らしたのに英二は、潔く稽古着を脱いで肩を出した。

…きれい、

白皙の肌に見惚れて、ほら、もう首筋が熱くなった。
もう額まで熱が昇りだす、こんなの困ってしまうどうしよう?
慌てて制服に着替えて出ようとして、けれど長い指の手に腕を掴まれた。

「ごめん、周太。俺、まだ着替え中なんだ。待ってて?」

それはちょっと今、こまるかも?

そう思うけれど言えない、困る理由を訊かれるのがもっと困るから。
もう観念してここに居るしかない、周太は更衣室の隅っこで脱いだ稽古着を抱え込んだ。

…こういうの男同士でこいびとだと困ることだね

心のつぶやきに、本当に困る。
恋人だから裸を見れば夜の時間を思い出す、そんな自分が恥ずかしい。
けれど同性だから風呂も更衣室も当然のよう一緒で、部屋で着替える時すら本当は困っている。
だから「気を付けて?」と言いたいのに、同性で意識しすぎているのも変みたいで言うのも恥ずかしい。
これは同性である以上は避けられないと解っているけれど、困る、どうしたらいいのだろう?
そんな困惑のまま周太は、更衣室の隅っこで途方にくれた。

「お待たせ、周太、」

綺麗な低い声に周太は顔を上げた。
見上げた先で英二は笑いかけてくれる、そんな笑顔はやっぱり嬉しい。
やっぱり自分はこの笑顔が好き、嬉しい気持ちを一緒に廊下へ出て歩き出すと、ふっと素直に質問が口から出た。

「ね、英二?さっき道場でタオル渡したとき、俺、そっぽ向いたよね?…でも英二、笑っていたけど、」

こんなこときくのは恥ずかしい、こんなこと言うなんてちょっときにしすぎみたい?
そう思うけれど本当は気になるから訊いてしまう、けれど首筋はやっぱり熱い。
こんな自分のワガママに困りながら、それでも隣を見上げると英二は笑顔で答えてくれた。

「うん、笑った。ツンデレ周太が可愛かったからさ、」

ツンデレとか言われると恥ずかしい、でも言われても仕方ない?
仕方ないけれど困って、困り過ぎてまた周太の口は勝手に動いた。

「そんなのなまいきです、どれいのくせになまいき、しらない」

また言っちゃった、どうしよう?

こんな言い方するなんて自分の方こそ「なまいき」だろうに?
こんなこと言う自分はやっぱりワガママだ、ほら本性が出てしまってる?
そう困り始めて、けれど隣歩く婚約者は幸せに笑ってくれた。

「ほら、そういうとこツンデレで可愛いんだよ?ね、周太、ご機嫌直して?何でも言うこと聴くから、」

ほら、そういうふうに受けて入れてしまう。
そういうとこ安らいでしまう、だから好きになる、そして自分こそ言うこと聴きたくなる。
けれど今は恥ずかしくて何も言えない、ただ黙々と稽古着を抱えたまま歩いてしまって、引っ込みがつかない。

…ほんと俺って意地っ張り、どうしよう

本当は今すぐ仲直りして、笑顔を見ていたいのに。
こんな自分の意地っ張りな頑固が、いつも困ってしまう。
けれど優しい長い腕が伸ばされて、抱え込まれるまま視界が高くなった。

「こっち向いて、周太?お詫びに抱えて寮に帰るから、」

嬉しそうな笑顔が顔のすぐ横で咲いている。
こんなふう体ごと抱え上げられて受けとめられる、こんな英二の素直さが嬉しい。
嬉しくて微笑んでしまう、けれど。

けれどここ術科棟から中庭に出ちゃう所だから教場棟からも本館からも丸見えなんですけど?

「あの、えいじ?ここほんとみんなにみられちゃうからはずかしいから」
「恥ずかしくないよ、周太、」

さらり言い返されて困ってしまう。
困りながら首筋熱くなるまま見た英二は、幸せに笑って答えてくれた。

「俺が搬送トレーニングするの、もう皆が解ってるからさ。俺が周太を抱っこしてたって、当然だって思ってるよ、」

そう言った白皙の顔は、明るい企みの成功に笑っている。
こんな貌から解ってしまう、これって英二の計画通りになっているってこと?

「当然だってなるようしむけていたの?…そんなにだっこしたいの?」

つい質問を言ってしまう、もう答えは解かるけれど。
こんな「もう解かる」は恥ずかしいけれど、幸せで。
それでも言うのはちょっと、本当は恥ずかしい、けれど訊いてしまう。
そんな想いが額まで熱を昇らせていく、もう真赤になっているだろう耳元に綺麗な低い声が微笑んだ。

「抱っこしたいよ、『だったら可愛がって』って、さっき周太も命令してくれたろ?」

ほら、こんな答えは解かっていたのに?
ほら今も「命令」と言った顔は幸せにほころんで、自分を見つめてくれる。
こんなふうに大切に想って構ってくれること、本当はいつも解かっている。

信じているから。





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one scene 某日、学校にてact.10 ―side story「陽はまた昇る」

2012-08-16 04:30:04 | 陽はまた昇るside story
言ってしまう言葉こぼれて、



one scene 某日、学校にてact.10 ―side story「陽はまた昇る」

面を外すと、頬ふれる空気が心地いい。
籠っていた熱気が消えていく感覚に、ほっと息を吐く。

―さすがに暑いな、

この梅雨時に剣道は、胴着も面も蒸れるのがキツイ。
けれど剣道を選択することは約束だから仕方ない、光一に言われたことだから。

「ガッコでもさ、当然おまえは剣道選択だよね?」

初任総合で警察学校に戻るとき、光一にそう言われた。
この「当然」はなんだろう?素直に英二は訊いてみた。

「なんで当然なんだ?」
「そんなの決まってるね、」

からり笑って光一は、テノールの声で言ってきた。

「おまえ、御岳の剣道会に入ったよね?だったらガッコでも、しっかり修行して腕を磨いてきてね、」

そう言われて警察学校に戻ってきた、そして体育も運動部も剣道になった。
元から剣道は高校まで齧ったし嫌いじゃない、だから良かったかなとも思う。
それに剣道だと良い「特典」がある、その特典へと英二は目を向け、微笑んだ。

―凛々しいね、周太

いま周太が立合っている、その背中が端然と凛々しい。
小柄な周太だけれど竹刀を持つ姿勢は、大柄な相手にも呑まれない。

「はいっ!」

裂帛の気合いが小柄な背中から響く、その声が低い。
そういえば以前の周太はいくらか声が低めだった、けれど今は寛いでいると声も可愛くなる。
そんな周太の声の差を、周太の母は「がんばっているのよね?」と笑っていた。

「周はね、可愛いって言われるのが『舐められている』って言って、嫌だったのよ?だから声を低く話す癖を付けたみたい、」

そんなふう教えてくれた彼女の瞳は、可笑しくて堪らないと笑っていた。
けれど英二としては少し困って、素直に訊いてみた。

「俺、周太には『可愛い』ってかなり言っています、最初もそれで嫌われたんです。今も周太、嫌なんでしょうか?」
「あら、英二くんに言われるのは、嬉しいんじゃないかな?」

心配する事ないわよ?
そんなふう微笑んだ彼女は言葉を続けてくれた。

「英二くんと話すとき、周の声って可愛いでしょ?あれが地声なのよ、あのこ。地声で話すほど寛いでいるのよ、嫌な訳ないわ、」

あんなふうに言われると、素直にうれしい。
話し方から「特別」に寛いで心許してくれる、そんな特別扱いが嬉しい。
この警察学校でも周太は、他と話すときは少し低めの声になるけれど、ふたりきりだと和やかなトーンで話してくれる。
あのトーンから考えると、今の凛々しい剣士姿は意外なほど男らしくて、けれど、どこか繊細な雰囲気が可愛い。

―どちらにしても「眼福」ってやつだな?

そんな感想と眺める向こう、鍔迫り合いが離れて間合いを作る。
その一瞬に小柄な体は敏捷に跳びこみ、相手の胴を薙いだ。

胴一本、

きれいに決まって勝敗がつく。
それに賞賛の拍手が起きて周太が下がってきた。

「おつかれさま、周太。きれいな胴だったな、」
「ん、そう?…でも恥ずかしいな、」

ほら、和やかなトーンが羞んでくれる。
こんな様子も嬉しくて、愛しさに「眼福」を見つめてしまう。
そう見つめる視界の真ん中で、面を外して周太の顔が現れた。

「…ふ、あつい…」

つぶやき微笑んだ貌が、きれいな薄紅の紅潮に華やいでいる。
試合を終えた高揚が黒目がちの瞳きらめかす、表情も快活に明るい。
いつにない闊達な雰囲気に、いつもとまた違う貌に見惚れて英二は微笑んだ。

「…可愛い、」

思わず本音がこぼれて、すこし自分で驚いた。
こんな警察学校の武道場で言ったら、さすがに怒るかな?
そう見た先で稽古着姿が気恥ずかしげに、けれど小さな声で微笑んだ。

「そう?ありがとう…だったらかわいがってね、」

そんな命令、うれしいです。

だからお願い、もっと言って?
ずっと言ってほしい、いつも自分の隣から。



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第52話 露籠act.5―side story「陽はまた昇る」

2012-08-15 23:50:24 | 陽はまた昇るside story
夜来の雨に祈り、



第52話 露籠act.5―side story「陽はまた昇る」

雨が窓を叩く音が、やけに遠く聞こえる。
代わりに今、聞いたばかりの言葉が近くリフレインした。

“お父さん、自殺だったのかな、”

周太は「殉職」の意味に気づいた。
本当は気づかせたくなかった、けれどこれが現実。

―でも、どう対処するかで、まだ間にあう

気付いても構わない事実、それだけを示して止めてしまえばいい。
そして秘密は護られる、馨が望んでいた通りに。

―お父さん、あなたの想いを出来るだけ叶えられますように

祈り見つめる想いへと、書斎の写真立から馨が微笑む。
寂しげでも綺麗な笑顔を心に抱いて、黒目がちの瞳を覗きこんだ。
覗きこんだ瞳に写真の俤が映っている、なにか懐かしい想いと英二は微笑んだ。

「どうして周太、そう思ったんだ?」

どうして思ったのか、なぜ気付いたのか?

本当はどうして気付いたのかは、解っている。
自分が犯したミス、『春琴抄』を遺した扼殺事件を話した所為だと解かっている。
けれど、どうやって周太は辿り着いたのか?その想いを聴かせてほしい。
想い秘めたまま尋ねた先、黒目がちの瞳は少し微笑んで、真直ぐ英二を見つめた。

「ん…『春琴抄』のことを、藤岡と吉村先生に聴いたから、ね」

ほら、やっぱり君は辿りつこうとするんだ?

けれど君が辿りつくことは危険、だから止めてしまいたい。
それなのに、犯したミスに君は逃さず気がついて、見つけて掴まえようとする。
こんなふうに唯一度のミスに掴まえて、君は知らずに俺を追いつめ不安で殺そうとする。

―まるで、唯1回のミスで命を落とす「山」みたいだね、周太?

どんな「山」でも、ミスを犯せば危険に墜ちる。
それが山の掟、この峻厳は深い懐の温もりと表裏のままに、ただそこに佇む。
そんな姿は最愛の婚約者と似ているようで、この想起に山っ子の言葉が心過ぎった。

“神様に近いね。不可侵で不滅で、永遠だよ”

光一も周太に「山」を見つめている、その理由が少し今、解かったかもしれない。
そんな想い穏やかに見つめた英二に、微笑んで周太は続けてくれた。

「事例研究の授業で英二、扼殺事件のこと話してくれたでしょう?あのとき物証になった本は、ページが抜けていたんだよね?」

どうか正直に答えて?

そう黒目がちの瞳が願いに見つめてくれる。
この眼差しを信じさせるため、示して良い事実を脳裏に選んでいく。
今度こそ間違えないよう、ミスがないよう祈り微笑んで、英二は短く事実を告げた。

「うん、そうだよ、」

ほっと溜息が、周太の唇からこぼれ落ちる。
かすかな緊張と安堵を瞳に見せながら周太は、温かなボトルに口をつけた。
ふわり柑橘と蜂蜜が雨音に香る、この優しい香のなか落着いた声は話し始めた。

「ページを抜いた人の気持ちを、今日、吉村先生に聴いてみたんだ…先生、符号みたいだって教えてくれたよ。
本は喉布から切り落とされて、死因は扼殺でしょう?このどちらも首を示してるよね、それが殺されることを望む符号みたいって。
加害者が自殺幇助をするよう、被害者本人が仕向けたのかなって話してくれたよ…だから、お父さんも同じかなって思ったんだ…」

ひとつ言葉を切って周太はホットレモンを飲んだ、その貌は穏やかな冷静が微笑んでいる。
さっき雨のなか泣き叫んだ周太は、今は落着いて父の想いを見つめている。その瞳は深い純粋が美しい。
こんなふうに周太は勁い、だから自分は恋をした。

―周太、君はもう受け留めたんだね?泣き疲れて眠りながら

愛する父の自殺。

この苦しい現実に周太は、雨のなか崩れ落ちた。
独り屋上の雨に凍えて泣き叫んだ、それが薄赤い目から解ってしまう。
そして慟哭に泣いた瞳は今、静かに微笑んでいる。この凛冽を瞳映した人は静かに口を開いた。

「うちの書斎にある本、ページが抜けてるのあるでしょ?『オペラ座の怪人』って本…あれ、お父さんが切ったと思うんだ。
俺、お父さんがページを抜いた理由と気持ちを知りたかったんだ。それで吉村先生の『自殺幇助』って言葉が合うかなって思った…」

邦題『オペラ座の怪人』あの書斎に遺された『Le Fantome de l'Opera』
それだけしか周太には、父から遺されたものは無い。他にあるのは、父の記憶だけ。
たったそれだけ、けれど周太は父の想いに辿りつこうとしている。「ページが抜けた本」という共通点を見つめることで。

―周太、そんなにも知りたいんだね、お父さんの気持ち

それほどまでに周太の心の傷は深い?
もう14年が経っている「殉職」の瞬間、けれど周太のなかでは何も終わっていない。
そしてもう、英二自身のなかでも「殉職」は真実の姿に時を刻み始めている。いまも時の音を雨に聴く隣から、静かな声が告げた。

「お父さんは、自分から撃たれたのかなって、思ったんだ…お父さんが信じた理由のために、銃で、亡くなったのかな、って…」

父の「殉職」の意味に何を想い、考えているの?
どうか教えて?あなたが何を想い、何を見つめているのか?

ざあっ…はたた、はたたっ…さああ…

雨音の奏でる静かな夜に、問いかける黒い瞳を見つめる。
ふりしきる音と眼差しのなか、カーテン透かす街路灯が壁に雨の軌跡を映して見せる。
やさしいレモンの香とコーヒーが交わす甘く苦い空気、微かに聞えそうな隣の鼓動の音、そして自分の隠した拍動。
この安らかな静謐に潜む緊張を見つめながら、そっと英二は呟いた。

「お父さんが信じた理由、か…」

呟いてコーヒーを啜りこむ、その香がいつもより苦い。
ほろ苦い吐息こぼした掌が知らずボトルを握りこむ、そして想いが交錯する。

馨が「殉職」を選んだ理由、その2つを自分は知っている。
この2つとも周太は気づいたのだろうか?それとも「馨の息子」として気付いたものがあるだろうか?
この自分が知っている馨の想いは紺青色の日記帳、その想いから今、どのように応えるべきだろう?
ゆっくり振向いて、黒目がちの瞳に写真の俤を見つめて、穏やかに英二は微笑んだ。

「もし本当に自殺幇助だとしたら、お父さんは嘘を吐きたかったんじゃないかな」
「…嘘を?」

どういう意味だろう?

そう黒目がちの瞳が問いかける、この問いかけに馨なら何て応えたい?
この今も首から提げた合鍵が、カットソーの下で英二の胸に触れてくれる。
この合鍵に籠められた祈りを見つめて、英二は真直ぐ周太に微笑んだ。

「あの夜、お父さんが撃たれる事は、誰にも予想できない事だったろ?ラーメン屋のおやじさんだって、殺すつもりは無かったんだ。
それは、お父さんだって同じだ。あの夜に自分が撃たれる、そんな予想なんて出来る訳が無い。全てが偶然の廻り合せだったんだよ。
だから14年間、お父さんが『自分から撃たれた』なんて考えつかなかったんだろ?この『考えつかない』ことに嘘への願いがあると想う、」

馨が「殉職」に籠めた嘘、この願いを伝えたい。
この願いと見つめた先、馨の息子は真直ぐ見つめ合うまま問いかけた。

「…死ぬこと以外に、お父さんが願ったことがあるの?…銃殺されること以外に…英二?もう、知っているんでしょう?
お父さんが何をしていたか…SATの狙撃手で…人を殺したこと気づいているんでしょう?英二、初任教養のとき言ったよね?」

つぶやくよう問いかけが、周太の唇からこぼれだす。

「宿直室で、立籠り事件の前だよ、『SITかSATに行くんだろ?』って俺に言ったよね?
お父さんの任務を俺が追いかけてるの、知ってたから言ったんでしょ?お父さんがSATだったこと気付いてるから言ったんでしょ?
そんなこと確かに警察官なら誰でも解かると思う、射撃のオリンピック選手で警察に所属したら、狙撃手に指名されない筈がないから」

特殊急襲部隊 “Special Assault Team” 通称SAT。
そこは厳しい条件を満たした者が選ばれ、志願の誘いを掛けられる。
そして狙撃手に指名される者は、狙撃の腕は勿論のこと銃火器に詳しいことが求められる。
けれど、これだけの条件をクリアする人間は、現実には少ない。

―だから『Fantome』が、生まれたんだ

稀少な存在であるSAT狙撃手、その人数を揃えることは容易くは無い。
そうした現実のなか、ハイレベルな精度を求められる狙撃に耐える者がどれだけいるだろう?
だからこそ『Fantome』が就かされる任務が哀しい。心裡に溜息こぼし微笑んだ隣から、静かな声は続けた。

「でも本当に狙撃したのかなんて解からないよね、当番制だから…でも英二は気づいているんでしょ、お父さんは殺したろうって、
…俺ね、お父さんは殺していない可能性が高いって本当は思ってた…お父さんの在任期間には、何度かSATの出動はあったよ?
でも当番から外れていたら狙撃することは無いから…お父さんは優しいから、人殺しなんて無理だって思ってた。きっと違うって、」

告げていく声は、淡々と英二に問いかける。
黒目がちの瞳は視線を合わせたまま、写真の俤を映して見つめる。
いま馨は息子の言葉に何を想うだろう?そんな想いと見つめる真中で、周太は口を開いた。

「だけど本が壊されてるでしょう?なぜ、あの部分のページが抜かれているかは解からないけど、でも理由があるって事は解かるよね?
お父さん、すごく本を大切にする人だったから。それなのに本を壊すなんて、よっぽどの理由があるってしか想えないんだ、だから…」

ふわり香るホットレモンに、あの庭を想い出す。
庭の記憶から書斎の景色が映りだす、そして紺青色の背表紙がふれてくる。
あの本は「家」の連鎖を辿る扉だった、そして、同じものを書店で手に取り周太に渡した、あの夏の瞬間。

『Le Fantome de l'Opera』

あの本に廻っていく運命は、どこに辿り着けるだろう?
そんな想いに佇む隣から、落着いた声が英二に微笑んだ。

「あの本はね…たぶん、お祖父さんの本なんだ。お父さんは英文科だったし、出版年もお父さんが生まれる前だから。
だからあの本は、お父さんにとって、自分のお父さんの遺品なんだ。自分の父親から預かった、大切な本だったと想うんだ。
だからね…お父さんは親から与えられた大切なものを、壊したんだよ?壊しても手離せない位に大切な本を、お父さんは壊したんだ、」

“親から与えられた大切なものを、壊した”

この観点は自分に無かった?
その驚きと見つめた先で、周太は小さく微笑んだ。

「命も同じでしょう?体も心も、親から与えられたものでしょう?それを自分で壊すことが『自殺』なんだと想う。
だから、お父さんが大切な本を壊したことはね?自分の命を壊す覚悟の符号なのかな、って思うんだ…死んで償う覚悟なのかなって、」

書斎の『Le Fantome de l'Opera』が、なぜ壊されたのか?

この謎に周太が見つめた答えは「大切なものを壊す」符号。
親から与えられ預かった「大切なものを壊す」ことが「自ら命を絶つ」こと、そう言っている。
この言葉に籠る祈りが、そっと心に響きだす。その響きへと周太は言葉を続けてくれた。

「お父さんは優しくて正義感が強い人だから、任務だって言われても人殺しなんて嫌だと想う…自分を赦せないと思うんだ。
それを法律で罰せられ無いのなら、自分で自分を裁くと思う。お父さんは人に優しい分だけ、自分に厳しいところがあるから。
だから、お父さんは狙撃されて死ぬことを選んだのかな、って思うんだ…自分が犯した罪の償いの為に、自分を裁いたのかなって、」

告げて、周太は小さく微笑んだ。

「狙撃での自殺を見つめるために、大切な本を壊したのかもしれない…あの部分のページを抜いた理由は、まだ解からないけど。
抜かれたのは怪人が出てくるシーンで、残されたページに怪人は居ないから…怪人『Fantome』に、意味があるかもしれないけど、」

“自殺を見つめるために、大切な本を壊した”

告げられる周太の答えに、自分の心は静かに泣いている。
この答えから周太がどれだけ「命」の尊さを想うか解るから。
この答えに見える周太の、親から与えられた生命を大切したいと願う真心が、愛しくて。
そして切ない、こんなに「命」を大切と思いながら周太は、父の軌跡に命を懸けているのだから。

―それなのに俺は、周太を殺そうとしたんだ…自分勝手な孤独に負けて、

この自分が犯した罪の、周太との死を願った罪の重さが今、改めて悔しい。
自分の愚かさが悔しい、恋人の想いに向き合っていなかった自分の弱さが、忌まわしい。
この悔しさに熱が目の底をせりあげる、けれどコーヒーに口付けて涙ごと飲干すと英二は微笑んだ。

「そうだな、周太。親に与えられた、大切なものを壊すことで『自殺』を見つめる。そういう意味だって想うと、納得できるな?」

きっと、周太の答えは馨の想い。
きっと馨は生命を大切にする人だった、だからこそ自身の罪を赦せなかった。
いかなる理由でも「大切な生命を壊す」ことを赦せない、だから自分への裁きに死んだ。
そう気づかされる今、尚更に怒りと哀しみが同時に熱を発しだす。

―そんなにも任務が嫌だったんだ、お父さんは…それなのに、

それほど狙撃手の任務を忌んだ馨を、任務から離さなかった。
それは馨の尊厳を踏みにじる行為、それが哀しみと怒りになって肚の底を熱くする。

どうしてこんなことが赦される?
どうしてこんな連鎖が生まれ、今も苦しめていく?
こんな矛盾へ尊厳を沈めて人柱にされる、その想いはどこで眠ればいい?

この鎖を断ち切る為に馨が選んだ最期が哀しくて、悔しくて、涙あふれそうになる。
あの紺青色の日記に綴られている、馨の夢も哀しみも今、心響いて感情が渦を巻く。
けれど感情を秘めたまま、微笑んだ黒目がちの瞳に英二は「やさしい嘘」の意味に口を開いた。

「きっとね、周太?もし自殺だとしても、お父さんは気付かれたくなかったと想うよ。だから『殉職』を借りたんじゃないのかな?」
「…殉職を、借りる?」

どういう意味だろう?
そう見つめた周太に英二は、穏やかに言葉を続けた。

「自殺は、残された人が哀しむのは、亡くなった人が自分より死を選んだと想うからだ。それがお父さんは、嫌だったと想うよ?
だから『自殺じゃない』って嘘を吐きたかったと想う。愛する妻には、愛する息子には、自分が別離を望んだと思われたくないから、」

別離を望んだと思われたくない、だから「自殺じゃない」と馨は嘘を吐きたかった。
この嘘に籠めた馨の真実を代弁したい、祈る想いに英二は微笑んだ。

「自殺に見せない自殺、これは優しい嘘だ。お父さんは愛する人の時間を捨てたかった訳じゃない、だから優しい嘘を吐きたかったんだ。
本当は愛する家族と離れたくなかった、けれど理由があって亡くなったんだ。だから自殺だと思われたくなくて『殉職』で嘘を吐いたんだよ、」

『優しい嘘』の真実は『愛する家族と離れたくなかった』

これが馨の『殉職』を選んだ理由の1つ。
けれど本当は他にも理由は潜んでいる、それを告げることは出来ないけれど。
けれど馨が息子に伝えたい理由だけを伝えたら、それで良い。

この9カ月に英二は、幾つかの自殺に出遭った。
初めての現場は御岳の森だった、御岳小橋でも、他に幾つもの自殺遺体と向き合った。
その度ごとに、向き合った遺族の涙に見たのは『捨てられた』哀しみだった。

家族も何もかも捨てるほど、この世を厭うから人は自殺を選ぶ。
それは家族の存在が「一緒にいたい」と想えなくなったからだと、遺されたら想う。
この想いを馨は否定したかったから、だから『殉職』で自殺の真実を隠してしまいたかった。

馨の想いは、この胸に温める合鍵の祈りに想う。
あの紺青色の日記帳に綴られた、家族への祈りに想う。
そしてあの家に遺された、馨の作った家具たちの優しさに「一緒にいたい」本音が見えてしまう。

―お父さんは一緒にいたいから家具を作ったんだ、

あの庭のベンチは妻の為に作った、彼女と庭で寛ぐ時間の為に。
あの屋根裏部屋の家具たちは愛する父のため、それから息子の為に。
そんな優しい家具に充たした「家」を、どうして捨てたいと想えるだろう?捨てられるだろう?

『帰りたい、愛する人の待つもとへ』

この願いの結晶が「家」、この祈りが今も馨の家を温めている。
だから想う、自分も馨の温もりに包まれてきたのだと。

―お父さん?今、初めて解かった気がします…なぜあの家に帰りたくなるのか

生きて会ったことは無い人、けれどこんなに想いは優しい。
この想い籠る合鍵をくれた人、その懐かしさに温められて、覚悟が肚に落ちていく。
この覚悟に寄添う俤に心はもう誓っている、もう自分は二度と弱く逃げることはしない。

何があっても、必ず一緒に帰ろう。たとえ苦しくても泣いても一緒に生きよう、そして帰る。

この覚悟に温もりは今、ゆっくり全身を廻りだす。






(to be continued)

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第52話 露花act.5―another,side story「陽はまた昇る」

2012-08-14 23:37:14 | 陽はまた昇るanother,side story
光、暁の花



第52話 露花act.5―another,side story「陽はまた昇る」

父は、父が信じた理由のために、自身に銃殺刑を科したのか?

この問いかけに、雨音がノックのよう窓を叩く。
カーテン透かす街路灯の光が、雫の軌跡を影絵に映す。
流れていく水の音に隣の吐息は優しくて、ほろ苦く甘いコーヒーと柑橘が交わる香は温かい。
この安らかな空間に零した自分の問いかけが、ゆっくり静謐の底で答えを待っている。

14年前の春の夜、一発だけ響いた銃弾の聲。
あの聲に斃れた父の想いを「殉職」の意味を、どうか答えてほしい。

どうか聴かせて?あなたの想いと考えを。
どうか教えて?あなたは何を見つめているのか?
この自分を背負い共に生きることを望むなら、あなたの想いを聴かせてほしい。

「お父さんが信じた理由、か…」

綺麗な低い声が呟いて、ひとくちコーヒーを啜りこむ。
ちいさく吐息こぼれて苦く甘い香が燻らされる、長い指の掌がコーヒーのボトルを握りこむ。
ゆっくり振向いた切長い目は周太を見つめて、穏やかに英二は微笑んだ。

「もし本当に自殺幇助だとしたら、お父さんは嘘を吐きたかったんじゃないかな」
「…嘘を?」

どういう意味だろう?
問いかけに見つめた切長い目は、真直ぐ周太を見つめて微笑んだ。

「あの夜、お父さんが撃たれる事は、誰にも予想できない事だったろ?ラーメン屋のおやじさんだって、殺すつもりは無かったんだ。
それは、お父さんだって同じだ。あの夜に自分が撃たれる、そんな予想なんて出来る訳が無い。全てが偶然の廻り合せだったんだよ。
だから14年間、お父さんが『自分から撃たれた』なんて考えつかなかったんだろ?この『考えつかない』ことに嘘への願いがあると想う、」

父の『嘘』への願い。
父が「殉職」に願ったことを、英二は教えてくれる?

「…死ぬこと以外に、お父さんが願ったことがあるの?…銃殺されること以外に、」

つぶやくよう問いかけが、自分の唇からこぼれだす。
いま英二の言葉を聴こうと思うのに、こぼれだした想いは止まらず溢れだした。

「英二?もう、知っているんでしょう?お父さんが何をしていたか…SATの狙撃手で…人を殺したこと気づいているんでしょう?」

特殊急襲部隊 “Special Assault Team” 通称SAT、そこに所属する合法殺人の狙撃手。
これが父の任務だった、それを英二は知っているはず。
このことへ周太は静かに口を開いた。

「英二、初任教養のとき言ったよね?宿直室で、立て籠もり事件の前だよ、『SITかSATに行くんだろ?』って俺に言ったよね?
あれ、お父さんの任務を俺が追いかけてるの知ってたから言ったんでしょ?お父さんがSATだったこと気付いてるから言ったんでしょ?
そんなこと確かに警察官なら誰でも解かると思う、射撃のオリンピック選手で警察に所属したら、狙撃手に指名されない筈がないから。
でも本当に狙撃したのかなんて解からないよね、当番制だから…でも英二は気づいているんでしょ、お父さんは殺したんだろうって、」

告げていく声は、淡々と英二に問いかける。
問いかけ見つめる切長い目は視線を合わせたまま、周太の姿を映してくれる。
美しい瞳の鏡に自分を見つめて、周太は言葉を続けた。

「俺ね、お父さんは殺していない可能性が高いって本当は思ってた…お父さんの在任期間には、何度かSATの出動はあったよ?
でも当番から外れていたら狙撃することは無いから…お父さんは優しいから、人殺しなんて無理だって思ってた。きっと違うって。
だけど本が壊されてるでしょう?なぜ、あの部分のページが抜かれているかは解からないけど、でも、理由があるって事は解かるよね?
お父さん、すごく本を大切にする人だったから。それなのに本を壊すなんて、よっぽどの理由があるってしか想えないんだ、だから…」

掌に握りしめるホットレモンのボトルが、温かい。
この懐かしい柑橘の香に家の庭を想う、あの夏蜜柑の木を父は大切にしていた。
いつも梢を見あげ微笑んだ横顔が懐かしい、大切な俤の記憶を見つめて周太は微笑んだ。

「あの本はね…たぶん、お祖父さんの本なんだ。お父さんは英文科だったし、出版年もお父さんが生まれる前だから。
だからあの本は、お父さんにとって、自分のお父さんの遺品なんだ。自分の父親から預かった、大切な本だったと想うんだ。
だからね…お父さんは親から与えられた大切なものを、壊したんだよ?壊しても手離せない位に大切な本を、お父さんは壊したんだ、」

あの夏蜜柑の木を愛しむよう、あの本も父は愛しんでいただろう。
あの木は曾祖父が植え、祖父が愛して父に遺した、家伝の菓子を作るための大切な木。
あの木を愛しんだ横顔の記憶を見つめながら「大切なものを壊した」父の気持ちを口にした。

「命も同じでしょう?体も心も、親から与えられたものでしょう?それを自分で壊すことが『自殺』なんだと想う。
だから、お父さんが大切な本を壊したことはね?自分の命を壊す覚悟の符号なのかな、って思うんだ…死んで償う覚悟なのかなって、」

書斎の『Le Fantome de l'Opera』が、なぜ壊されたのか?

この答えの1つが「大切なものを壊す」符号。
自身の父親から与えられ預かった「大切なものを壊す」その最たることは「自ら命を絶つ」ことだろう。
この理由は、吉村医師の語った『春琴抄』に父の想いを重ねて、考えた結論だった。

「お父さんは優しくて正義感が強い人だから、任務だって言われても人殺しなんて嫌だと想う…自分を赦せないと思うんだ。
それを法律で罰せられ無いのなら、自分で自分を裁くと思う。お父さんは人に優しい分だけ、自分に厳しいところがあるから。
だから、お父さんは狙撃されて死ぬことを選んだのかな、って思うんだ…自分が犯した罪の償いの為に、自分を裁いたのかなって、」

告げていく推測に、心は静かに泣いている。
屋上の雨に泣き叫んだ心は今、静かに穏やかな凪を見せていく。
この静穏は「独りじゃない」安らぎのお蔭だ、この温もり嬉しくて周太は小さく微笑んだ。

「狙撃での自殺を見つめるために、大切な本を壊したのかもしれない…あの部分のページを抜いた理由は、まだ解からないけど。
抜かれたのは怪人が出てくるシーンで、残されたページに怪人は居ないから…怪人『Fantome』に、意味があるかもしれないけど、」

いま自分が考える「父の殉職」に潜む真相は、これで全て。
これ以外に英二は何を気付いたのだろう?さっき「嘘を吐きたかった」と言ったのは何だろう?
その疑問に見上げた先、端正な唇はコーヒーに口付け飲干すと、切長い目が周太に微笑んだ。

「そうだな、周太。親に与えられた、大切なものを壊すことで『自殺』を見つめる。そういう意味だって想うと、納得できるな?」

自分の考えを英二は肯定してくれる。
この肯定に微笑んだ周太に、静かな低い声が言ってくれた。

「きっとね、周太?もし自殺だとしても、お父さんは気付かれたくなかったと想うよ。だから『殉職』を借りたんじゃないのかな?」
「…殉職を、借りる?」

どういう意味だろう?
そう見つめた周太に英二は、穏やかに言葉を続けてくれた。

「自殺は、残された人が哀しむのは、亡くなった人が自分より死を選んだと想うからだ。それがお父さんは、嫌だったと想うよ?
だから『自殺じゃない』って嘘を吐きたかったと想う。愛する妻には、愛する息子には、自分が別離を望んだと思われたくないから、」

別離を望んだと思われたくない、だから「自殺じゃない」と嘘を吐きたかった。
この仮定が温もりでふれて心が和らいだ、その隣で綺麗な笑顔がほころんで、穏やかな声が微笑んだ。

「自殺に見せない自殺、これは優しい嘘だ。お父さんは愛する人の時間を捨てたかった訳じゃない、だから優しい嘘を吐きたかったんだ。
本当は愛する家族と離れたくなかった、けれど理由があって亡くなったんだ。だから自殺だと思われたくなくて『殉職』で嘘を吐いたんだよ、」

『優しい嘘』の真実は『愛する家族と離れたくなかった』

これが父の『殉職』の理由だと、愛する人は教えてくれた。
これは父が残した真実とメッセージ、この言葉に記憶がふれてくる。
昨夏の終わり、卒業式の翌朝に母が言ってくれた言葉が、父のメッセージに目を覚ます。

『やさしい嘘なんて、私達には要らないのよ』

あれは英二と結ばれた翌朝だった。
あの夜に生まれた真実を告げてほしいと、優しく促してくれた言葉だった。
あのとき母が言った言葉の意味が、想いが、今、英二の言葉に熱となってこみあげる。

「英二…やさしい嘘、ってね?お母さんも言ったんだ」

こみあげる熱に、言葉がこぼれだす。
隣に並ぶひとを見上げて周太は、今、こみあげる想いを言葉に変えた。

「卒業式の翌朝だよ?俺、お母さんに英二のこと話そうとしたでしょう?あのとき俺にね、お母さんは言ってくれたんだ。
笑って目を見つめて、『やさしい嘘なんて私達には要らないのよ』って、言ってくれたんだ…ね、英二?お母さん知ってるのかな?」

こみあげる想い言葉になって、熱が瞳の奥からあふれだす。
ゆっくり涙あふれる視界に愛する人を見つめて、周太は問いかけた。

「だって『お母さんより先に死なないで』って言ったんだ、お母さん…これってお父さんのことかな、嘘に気付いているのかな?
お父さんの殉職が『やさしい嘘』だって知っているから、だからお母さんは俺に言ってくれたのかな?…俺に願ってくれたのかな?」

問いかけながら今、母の願いと祈りが真実を見せていく。
ようやく気付いていく母の真実に、周太は婚約者へ問いかけた。

「やさしい嘘は要らない、先に死なないでって…自殺なんて絶対にしないで、独り抱えないで一緒に生きてって、お母さん言ってくれたかな?」

あなたは、どう想う?
この問いかけに見つめた涙を、長い指が拭ってくれる。
見つめる切長い目は穏やかに笑んで、綺麗な低い声が応えに微笑んだ。

「うん、お母さんは知っているかもしれないな、聡明な人だから。だから周太に願って、言ってくれたんだと思うよ?お父さんの分も、」

父の分も、言ってくれた?

もし父も母と同じよう願ってくれるなら、どんなに嬉しいだろう。
この言葉に縋りたい想い祈るよう、周太は唯ひとりの相手に訊いた。

「ほんとに?お父さんも俺に、死ぬなって、一緒に生きてって願うの?お父さんみたいな『やさしい嘘』を吐いたらいけないって言ってる?」
「そうだよ周太、死んだらダメだ。嘘もいらない、一緒に生きるんだ、」

即答に微笑んだ切長い目が、深い想いと哀惜を映しだす。
その目が懐かしい俤にそっくりで、周太の瞳から涙こぼれた。

…お父さん?いま、英二の口を借りたの?

そんな想いが心よぎって、隣を見つめてしまう。
この不思議な想い見つめる真中で、懐かしい綺麗な笑顔が花咲いた。

「周太、一緒に生き貫くんだ、」

ただ一言が、温かい。
この温もりに懐かしい聲が記憶から目を覚ます、そして周太に言ってくれた。

「やさしい嘘は俺には要らない。どんな秘密も作らないでほしい、俺を信じて離れないでほしい。苦しい時間も一緒に見つめたい。
約束してほしい、周太。やさしい嘘は吐かないで?何があっても俺と生き貫いて?そして一緒に家に帰ろう、お母さんの所に帰るんだ、」

やさしい嘘も秘密も要らない、信じて離れない。
苦しい時間も共に生きて、生き貫いてて母のもとに帰ろう。

…どうして英二には、解かるの?

この言葉たちを、父から聴きたかった。
その願いを英二は今、父とそっくりの笑顔で告げて、叶えてくれている。
この願い叶える祈りに微笑んで、周太は婚約者に笑いかけた。

「英二…今、言ってくれたことはね。俺が、お父さんに言ってほしかったことだよ?俺、そう言ってほしくて、選んだんだよ?
お父さんと一緒に生きてほしいって、お父さんに言ってほしくて…だから俺、お父さんと同じ道を選んで、今、ここにいるんだ、」

笑いかける視界に、温かい涙の紗がふれていく。
そっと長い指が涙ぬぐって、切長い目が笑ってくれる。そして綺麗な低い声が微笑んだ。

「周太、俺は周太と一緒に生きるために、ここにいる。俺は、生き貫く為に周太と出逢ったんだ、だから赦してほしい。
周太の首に手を掛けた、あの弱い俺を赦してほしい。もう、何があっても一緒に生きることを諦めない、あんな馬鹿な真似はしない。
だから俺を信じてほしい、どんな秘密も、罪だって全て俺が背負うから。だから俺には、やさしい嘘はいらない。ずっと俺と一緒に帰ろう、」

綺麗な低い声は、穏やかなトーンで想い告げてくれる。
この頬こぼれていく雫の向こう、きれいな笑顔の花がデスクライトに照らされる。
この美しい花に「本当に俺で良いの?」と聴く必要はもう無い。この花と懐かしい俤を見つめて、周太は綺麗に笑った。

「やさしい嘘は要らないね?秘密もいらないね…お願い、秘密も一緒に背負って?禁止されたことでも英二には秘密にしないから。
もし離されて逢うことが難しくなっても、お願い、俺に逢いに来て?どんな時も俺と生きて?一緒に家に帰って、お母さんに笑って?」

この願いを英二に叶えてほしい、そして父の願いも一緒に叶えたい。
そう見つめる想いの真中で、笑顔の花は美しい雫ひとつ零した。

「周太、本当に願ってくれる?やさしい嘘は吐かないで、すべて話して、俺と一緒に生きてくれる?」

愛しい俤を映す切長い目が、静かに涙の雫を花咲かす。
その雫が美しくて、愛しくて、周太は涙をキスに拭いとった。

…あたたかい、

キスふれる涙が温かい、この温かな潮に命が優しい。
優しい命の甘さに微笑んで、周太は約束を告げた。

「ん、本当に願うよ?絶対の約束だよ、英二、」

絶対の約束に微笑んで、唯ひとりの相手に笑いかける。
その笑顔へ愛するひとは綺麗に笑って、温かな腕に抱きしめてくれた。

「ありがとう、周太。絶対の約束だよ、俺から離れないで、周太…」

綺麗な瞳から雫こぼして、端正な唇をそっと唇に重ねてくれる。
ふれあう優しいキスは涙と交わされる、ほろ苦い温もりが甘く想いを繋いでいく。
笑顔の花あふれさす雫に「絶対の約束」は結ばれて、ゆるやかに孤独は解かされ、夜に消えていく。

そして希望は産声をあげ、暁へと謳いだす。



暁が、光の目を覚ます。

目覚めていく陽光が、カーテン開いた窓から照らしだす。
あわい光の透かされていく窓ガラスに、夜来の雨は雫ちりばめ名残らせている。
過ぎ去った夜が遺した水の玉は光を映す、そして暁の輝きに彩りだした。

「周太、ほら、窓の雫が光ってるよ、」

きらきら窓を輝かす雫へと、きれいな笑顔が咲いてくれる。
温かい腕に包まれて座るベッドにも、雫の翳は光透かして模様を映す。
いま明けていく夜が残した温もりは、大きなシャツを透かして心ごと温めてくれる。
この温もりくれる眼差しを見つめて、周太は綺麗に笑いかけた。

「きれいだね?…光の花びらみたい、」
「光の花びらか、きれいな言葉だな?こういう周太の言葉、好きだよ、」

好きだよ、そう告げる英二の声が微笑んでくれる。
こんなふう言われたら嬉しくて、満ちる幸せに気恥ずかして、首筋が熱くなっていく。
すこし自分の言葉は変かもしれない?そんな心配と気恥ずかしさとに周太は首傾げた。

「ん…ちょっと俺の言葉って変かなっておもうけど…」
「俺は好きだよ、美代さんや光一も好きって言うだろ?」

綺麗な低い声が言ってくれながら、なめらかな頬寄せてくれる。
ふれあう頬の感触が羞んでしまう、けれど嬉しくて周太は微笑んだ。

「言ってくれるけど…はずかしいな、」
「恥ずかしくないよ、周太、」

やさしいトーンで言いながら、温かな腕が抱きしめてくれる。
凭れさせてくれる胸元にカットソー透かす鼓動が頼もしい、この拍動に命が愛しくなる。
ふれる温もり、鼓動の響き、言葉の硲に聞える吐息、抱き寄せられる力と肌の感触。
どれもが「生きている」と証に温かい。

“周太、一緒に生き貫くんだ、やさしい嘘は俺には要らない”

昨夜に告げてくれた、英二の真実は温かい。
この真実の息吹に温められ眠った夜は、やさしい暁の目覚めを与えてくれた。
そして今も包んで温めてくれる、その幸せ微笑んだ周太に英二は笑いかけた。

「周太、ベランダに出てみる?雨上りの朝は気持いいし、」

綺麗な低い声が提案してくれる。
その薦めに嬉しく微笑んで、周太は素直に頷いた。

「ん、出てみたい、」
「じゃあ周太、これ着て行こうな、」

言いながらカーディガンを着せてくれる、その袖も丈も大きい。
やっぱり英二の服は自分に大きい、いま着ているシャツも膝のすぐ上まで覆ってしまう。
本当に体格の差があるな?そんな想いに、袖から少し覗いた指先に首傾げこんだ。

「英二の服は大きいね、こんなに体が違うんだ…」

やっぱり男だと大きい方がカッコいいと思う。
こんなに違うほど小さい自分が、こんな時すこし恥ずかしくなる。
けれど切長い目は周太の瞳を覗きこんで、幸せそうに笑ってくれた。

「俺の方が大きいと周太のこと包めるから、ちょうど良いな?その方が周太、温かいだろ?」

…ほんとうに、そうだな?

素直に心で頷いてしまう、言われた言葉が温かで。
この大きな懐に自分は包まれて、いつも温められ幸せになれている。
そう思うと自信と幸福感が起きあがって、周太はきれいに微笑んだ。

「そうだね、ちょうどいいね?だから…ずっと温めて?」
「そういうの嬉しいよ、周太、」

嬉しそうに笑って、キスふれてくれる。
ほら、やっぱり自分は小さくて良い、これがちょうど良い?
そんなふう想えることが幸せで嬉しい、嬉しい想い微笑んで周太は窓を開いた。

「…きれい、」

こぼれた言葉どおりの暁が、今、目の前に拓けだす。

明けていく空は、青の世界だった。
あわいブルーから眩しい青、藤色やさしい雲のいろ。
透明な青の色彩みちる空は輝いて、生まれだす太陽が雫に輝いた。

暁の光はまばゆくて、きっと遠い彼方まで透明に見通し、希望を示す。







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第52話 露花act.4―another,side story「陽はまた昇る」

2012-08-13 23:04:49 | 陽はまた昇るanother,side story
夜来の雨、雫に咲いて、



第52話 露花act.4―another,side story「陽はまた昇る」

瞳ひらくと、ほの白い天井が映りこんだ。

薄暗い静謐に、雨の音と微かな吐息が聞える。
頬ふれるコットンは優しくて、体はブランケットに包まれ温かい。
そっと頭を動かすとベッドの横で、デスクチェアに座りこんだ微睡が映りこんだ。

「…英二、」

呼びかけた名前の主の、端正な貌は微睡に醒めない。
あわいデスクライト照らされる寝顔は今、どこか削げ落ち窶れている。
夕方に見た貌はいつもどおり美しかった、けれど今は凄艶な陰翳に沈みこむ。
この陰翳の原因がなにか?―そう問うのは愚問だと、穏やかな温もりが心ふれてくる。

…俺が倒れたから、心配してくれて…こんなになるまで、

こんなに心配してくれる、その想いの真実が温かい。
こんなに想ってくれる人を、どうしたら突き離せるのだろう?
そんな想いに雨のなか見つめた「父の死」の真実が、そっと静かに目を覚ます。

父の殉職は、きっと自殺だった。

きっと「裁かれない罪」の為に自らを処刑した、それが父の死の真相。
それほどまでに父は、自らの罪を憎み、哀しみ、苦しんで、愛憎の分岐に佇んでいた。
そしてあの夜、家族との愛より贖罪の刑死を選んで「裁かれない罪」への憎しみを終らせた。

それほどに罪だと憎んで任務を忌んだ父、なのに何故、父は任務に就いたのだろう?

もし父が望まぬ任務に就かされていたのなら「職業を選択する自由」の権利を奪われたことになる。
この国の人間すべてに保障されると法が定めた権利のはず、けれど父には保障されていなかった?
それこそが違法ではないのか?なぜ父は権利を奪われ、任務を強要されなくてはいけなかった?

法に裁かれることの無い「合法殺人罪」それを法治の名に遂行する任務。

あの任務は法治国家の禁域、だからこそ、本人の意思を無視して就任させてはいけない筈。
あの任務を強要された人間の存在は「法治国家の違法」という矛盾の証拠になるだろう。
それは「尊厳を守る」システムであるべき法が「尊厳への反逆」を犯した証拠になる。

…だから、警察官である俺が暴くことは「法治国家の罪」を、司法の人間が暴くことになる、ね…

司法の警察官が「司法の罪」国家の罪悪を暴く。
それは危険な道だろう、それでも知らないで済ませることは、自分には出来ない。
愛する父が見つめた哀しみ苦しみを、無視することなど出来るはずがない。
これは危険すぎる賭けだ、そう解っている、けれど止めることは出来ない。

父の真実は危険だと、どこかで自分は解かっていたかもしれない。
だから孤独を選んで生きようと決めていた、自分以外には背負わせたくないから。
この危険も哀しみも自分以外は誰も知らないでほしい、あまりに苦しいことだから。

きっと父も同じ想いで独り抱え込んでいたのだろう。
愛する妻と息子を護るために秘密を抱いて、孤独のまま贖罪のために父は命を終わらせた。
その想いが哀しくて、愛しくて、やっぱり父を大好きだと想えて、父の温もりが懐かしい。

「…おとうさん、」

つぶやいた名前に、涙ひとつ溢れこぼれた。
静かに眦から涙は伝い、こめかみを抜けて髪を透かし、枕におちる。
こんなにも哀切は傷んで愛しくて、だからこそ、父の真実が抱く危険を見つめたいと願う。
これは危険すぎる道、命どころか尊厳すら懸ける危険、だから誰にも背負わせたくはない。

なにより自分の存在を、誰かに背負わせることが哀しい。
こんなにも父が哀しみ憎んだ罪ならば、その罪に得た糧で育てられた息子にも罪はあるのではないか?
そんな疑問に考えてしまう、自分が「合法殺人」の罪に育まれた存在ならば、「命の救助」に生きる英二の伴侶になって良いの?

この自分と共に生きることは、危険と罪を背負うことではないのか?
それなのに、心も体も、夢と誇りも美しい英二に自分を背負わせることが、正しいの?
そんなふう想えて、自責の傷が大きく心に裂かれて、ほら、もう心の血が涙になってあふれだす。

「…英二、なにが英二の幸せ…?」

つぶやくよう問いかけた、白皙の貌は微睡に眠る。

“この眠るひとが望むことは何?”

その答えが、白皙の貌うつる陰翳から心に迫った。
この陰翳を刻んだ英二の想いが、痛切な望みが、記憶からあふれて涙に変わっていく。

英二は、周太と一緒にいることを望んでくれる。
たとえ死んでも共に居たいと望んで、だから周太の首に手も掛けた。
けれど本当の英二の望みは「生きて共に居たい」そう願うから今も、屋上の雨から救い出してくれた。
こんなふうに英二はいつも周太を追いかけて、探し出して、掴まえて離してくれない。

けれど、英二に自分を背負わせることは自責が痛い、だから英二から逃げてしまいたい。
けれど、英二に背負わさず自分だけで孤独を抱えることは、英二にとって幸せなのだろうか?

いま気付かされる父の真実に心が痛い、けれど、父の孤独を共に抱ける喜びは、こんなに温かい。
だから想ってしまう、英二も自分と同じように「共に抱ける喜び」を本気で望んでいるのなら、背負われたら良いのだろうかと。

「ね、英二…ほんとうに幸せなの?俺のこと背負って…お父さんの殉職のこと気づいているんでしょう?それでも良いの…?」

冷たい雨ふる屋上で見つめた「殉職」の真実。
それは崇高とも言える覚悟と、潔癖な贖罪への祈りに溢れていた。
けれど息子である自分の願いは「罪を背負っても生きていて欲しかった」共に生きて、笑ってほしかった。
その為になら自分は、苦しみも哀しみも分けてほしかった、危険すら共に背負わせてほしかった。
共に生きるためになら、どんなことも一緒に耐えて笑って、苦しくても一緒に幸せを探したかった。

…お父さん?俺の勝手かもしれないけれど、でも…生きて一緒にいてほしかった、苦しくても一緒に生きてほしかったよ?

裁かれることのない殺人罪を、法の正義の為に犯すこと。
この「裁かれない罪」を、父が自身に赦すことなど出来る訳が無いと解っている。
それでも罪の自責に耐え抜いてほしかった、共に生きて笑って、幸せな記憶を重ねながら天寿を全うしてほしかった。
その道がたとえ苦しみであったとしても愛するのなら、息子を妻を愛しているなら、耐えてほしかった。
その道を共に背をわせてほしかった、共に幸せを探して、一緒に生きる瞬間を見つめてほしかった。

だから自分は、生きていたい。

父の軌跡をたどる道、それが苦しい道であったとしても、自分は生きていたい。
自分が生きて共にあることを、英二が望んでくれると解かるから。
光一も美代も、吉村医師も後藤も望んでくれる、そう気づけるから。
そして誰よりも、母が望んでくれるから。

―…お母さんより先に死なないで
 あなたが生き抜いて、この世と別れるとき。生まれて良かったと心から笑ってね
 生れてきてよかったと最後の一瞬には笑うのよ。きっとその時、私はお父さんの隣で、あなたの笑顔を見ているから

卒業式の翌朝に、あのベンチで、母が告げてくれた祈り。
この祈りに籠る願いを、想いを、今なら解る。

…お母さん、知ってるんでしょう?お父さんが殉職した理由を、意味を

きっと母は知っている、なぜ父が殉職という名の自殺を選んだのか。
だからこそ母は息子の為に祈ってくれる、「生き抜いて」最期の一瞬に笑って生を終えることを。
叶わなかった夫への祈りも懸けて、息子が天寿を生きることを願い、祈って、見守ってくれる。

だから自分は死なない、生き抜いて見せる。

たとえ父の軌跡に危険へ立たされても、必ず自分は生き抜こう。
それが罪へ苦しむ道であったとしても、必ず生きて贖罪の道を探して見せる。
必ず生きて、帰って、この命を全うして見せる。
この命は父と、母の祈りだから。

「…お父さん?俺はね、生きるよ、」

ひとりごとに祈りを籠める、その想いに勇気ひとつ温かい。
この温もりが心充たして、また勁くなって、生きる覚悟が全身を浸して力になる。
だからきっと大丈夫、自分は必ず帰って来られると信じて、この先を見つめて約束をしたい。

自分は、死なない警察官になる。

どんな任務に立とうとも、後悔しない。
どんな苦しみに悩んでも、生きることを投げ出さない。
どんなに罪に堕ちかけても這い上がってみせる、愛する人達の元へ帰ってみせる。
必ず真実を、父の想いを見つけて、帰って、幸せになって、この命を全うしたい。

…だから英二、信じて?

想いに微笑んで、周太は腕を伸ばした。
デスクチェアに座り眠っている英二の、組んだ腕に掌でふれる。
ふれた腕はカットソーを透かして体温が優しくて、筋肉の感触が頼もしい。

この腕を信じて、背負われて、共に生きる道を探してもらえたら?

そんな祈りに見上げた先で、白皙の貌うつる陰翳が揺らぐ。
ゆらいだ濃い睫が披かれて、ゆっくり切長い目が瞠らかれていく。
穏やかな眼差しが周太の掌を見つめて、その掌をそっと握って英二は微笑んだ。

「おはよう、周太。俺の花嫁さん、」

約束の名前を呼んで、綺麗に笑ってくれる。
変わらずに呼びかけてくれる想いが嬉しくて、微笑んで周太は応えた。

「おはよう、英二…はなむこさん?」

この約束の名前を、もう幾度と口にしたのだろう?
この名前を呼びかけることを赦してくれる人、その想いと覚悟を見つめていたい。
そう見上げた先で英二は、幸せに綺麗に笑ってくれた。

「周太、具合はどう?寒いとかある」
「ん、大丈夫。温かい…ね、俺…屋上にいたよね?」

雨のなか独り屋上にいた自分を、英二は何と思ったのだろう?
きっと自分が何に気付いて屋上にいたのか、もう解かっているだろうな?
そんな想いに綺麗な低い声は、優しく笑って答えてくれた。

「そうだよ、雨のなかで倒れたんだよ。周太、低体温症を起こしたんだ、」

答えながら耳式体温計を出すと、左掌で周太の頭を抱えて検温してくれる。
すぐ1秒でブザーが鳴って、表示を確認すると英二は微笑んだ。

「もう体温も落ち着いたな、ちょっと温かいもの買ってくるよ、」
「ん…ね、一緒に行ったらだめ?」

この瞬間も一緒にいたい、すこしも離れたくない。
もう、罪もろともに背負われるなら、我儘のままに離れたくない、傍にいて?
この願いと見つめた先で微かな切なさと、けれど可笑しそうな笑顔が応えてくれた。

「周太、自分の格好を解ってる?そのままだと出られないよ、」

…自分の格好?

言われた言葉にひとつ瞬いて、周太は布団を少し捲った。
そして見た自分の姿に、首筋に頬に熱が昇って途惑いが視界から羞んだ。
だってこんな格好どうしよう?こんな格好でいるなんて恥ずかしすぎるのに?

大きな白いシャツ一枚、それだけしか自分は着ていない。

本当にそれしか着ていない、素足が見えるシャツの下は何も着ていない。
さっき雨にずぶ濡れた服を英二は着替えさせてくれた、そう解るけれど気恥ずかしくて堪らない。
きっとまた裸を見られてしまった?その恥ずかしさに途惑いながら周太は、微笑む婚約者に尋ねた。

「…あの、はくものもってきてくれるかな、えいじ?…制服とかは?」
「制服は洗ったよ、もう部屋に吊るしてあるから、」

笑って答えながら英二はコットンパンツと下着を出してくれる。
下着まで選んで用意してくれた?それが恥ずかしくて困っていると、微笑んで英二は布団のなかに手を入れた。

「…っ、えいじ?なにするの」
「周太にパンツ履かせるんだけど?」

さらり答えながら布団のなか、長い指の手が周太の脚へと通し引き上げる。
下着を上げていく手が肌ふれて、感触に緊張してしまう。
この触れる瞬間にベッドの記憶が込みあげて、余計に顔が熱くなった。

…こんなときにまで緊張するなんて、やっぱりおれってえっちなのかな?

今、思うことを知ったら英二は何て想うのだろう?
そんなこと考えるうちコットンパンツも履かせてくれる、終えて笑いかけてくれた英二に周太は呟いた。

「…それくらいじぶんでするのに、」
「俺が周太にしたいんだよ、いいだろ?」

笑いかけてクロゼットからカーディガンを出すと、そっと周太を抱えて着せてくれる。
着終えると英二は微笑んで、静かに周太を横抱きに抱え上げた。

「周太、抱っこで行こうな?安静にした方がいいから、」
「ん…はい、」

抱きあげてくれる懐で頷いて、拍子にタオルがほどけ落ちた。
ほどけ頬ふれた柔らかな感触に、愛する人に救けられた実感と幸せがふれて周太は微笑んだ。

…英二が、救けてくれた…この今も、

もう何度と英二は救けてくれたのだろう?
もう素直に頼って、救われて、幸せに生きる道を探して良いの?
そんな想いの瞬間を見つめるまま、婚約者の唇にキスふれると周太は微笑んだ。

「英二…救けてくれて、ありがとう、」

…このひとが好き、

この素直な想いに感謝と笑いかけて、見つめて。
見つめた切長い目は幸せに笑んでくれる、そして綺麗な笑顔がねだってくれた。

「周太からのキス、嬉しいよ?もう一度して?」
「…はい、」

ほんとうは気恥ずかしい、けれど優しい幸せにキスをする。
ほろ苦く甘い香は温かで、深い森のようなキスは幸せの予兆、想いの夢。
この夢がどうか現実に叶えられますように、そう微笑んだ周太に英二は願いを告げた。

「ありがとう、周太。これからも、ずっと俺だけにキスしてくれな、」

これからも、ずっと、英二だけに。

その言葉に籠められる想いが、微笑をくれる。
気恥ずかしくて嬉しくて、そして覚悟が覗きこむよう自分を見つめる。
このまま頷いて約束をしたい、そんな望みのまま周太は素直に頷いた。

「ん、…はい、」

約束に頷いて、見つめた白皙の貌は幸せに微笑んで、静かに部屋の扉を開いてくれた。
踏み出した薄暗い廊下は消灯後だろうか、あわいライトに静謐は沈みこんで深更を見せる。
歩いていく英二の足音も雨音に消えて、ふたり密やかに廊下での時は流れだす。
こんなふう雨の音を歩く今、屋上で聴いた孤独の雨音が消えていく。

「…雨、まだ降ってる?」
「うん、今夜はずっと降るかな?朝には止むかと思うけど、」

綺麗な低い声で答えながら、そっと額に額付けてくれる。
額ごし伝わる温もりも肌の感触も幸せで、夕刻の孤独がほどかれて微笑は生まれだす。
そして想ってしまう、もう、自分は孤独に戻れない。

…このひとと生きていたい、ずっと

もしも願いがかなうなら、離れないでいたい。
たとえこの身が罪に育まれたとしても、どうか離さないでいて?
どんな罪に危険に出遭っても、もう自分は負けないから、必ず帰るから傍にいさせて?
そんな願いに祈るうち自販機の前に着いて、英二は片腕に周太を抱えたまま小銭を出してくれた。

「周太、温かいのでカフェイン無いやつな?」

綺麗に笑いかけて、選ぶ飲み物を教えてくれる。
低体温症では利尿による体温低下を防ぐため、カフェインの摂取は控えねばならない。
そう英二のファイルにも書いてあったな?記憶に微笑んで周太は、薄暗い中に明るい自販機を見つめて、選んだ。

「ん…じゃあ、ホットレモン?」
「そうだな、それ良いな?」

リクエスト通りにボタンを押して、熱いペットボトルを出すと手渡してくれる。
掌ふれる温もりと与えられる優しさが嬉しい、嬉しく微笑んだ先で英二もホットコーヒーを買った。
そのまま抱きあげられて戻る廊下は眠りに鎮まる、この静けさに周太は微笑んだ。

「…静かだね?今、何時?」
「0時を回ったとこだな、」

いま英二は時計を見ないで時を告げた。
こうした時間感覚が英二は鋭い、きっと合っているだろう。
そして英二の部屋に戻ると時計を見て、周太は正解と笑いかけた。

「ん、英二、当たりだね?…すごいね、」
「そっか?ありがとな、」

綺麗な笑顔ほころばせて、静かにベッドへと周太をおろしてくれる。
そっと壁に凭れるよう座らせてくれると、布団とブランケットで体を包んでくれる。
この優しい温もり包まれながらホットレモンの蓋を開けると、柑橘の香が温かい。
好きな香と婚約者の優しさが嬉しくて、周太は微笑んだ。

「ありがとう、英二…いただきます、」
「はい、どうぞ、」

笑って答えながら英二もベッドに座ってくれる。
並んで壁に凭れると、長い指はコーヒーの蓋を開けた。
ほろ苦く甘い香に柑橘の香が交わされる、その香に5月の川崎が思われた。

―夏みかんの砂糖漬け、英二は覚えてくれているかな

初夏の週末、庭の夏蜜柑を摘んで砂糖菓子を一緒に作った。
楽しい作業の後はコーヒーを淹れて、ふたり寛いだ香と記憶が懐かしい。
この優しい時間の記憶に微笑んで、ふっと自然に周太の口は開かれた。

「英二…お父さん、自殺だったのかな、」

問いかけに、切長い目が周太を覗きこむ。
穏やかな眼差しに瞳を見つめながら、微笑んで英二は訊いてくれた。

「どうして周太、そう思ったんだ?」
「ん…『春琴抄』のことを、藤岡と吉村先生に聴いたから、ね」

正直な答えと真直ぐに、英二の瞳を見つめて透かす。
見つめた先で切長い目は穏やかに温かい、この温もりを信じて周太は続けた。

「事例研究の授業で英二、扼殺事件のこと話してくれたでしょう?あのとき物証になった本は、ページが抜けていたんだよね?」

どうか正直に答えて?

願いに見つめる切長い目は、穏やかなまま微笑んでいる。
この眼差しを信じていたいから応えてほしい、そんな祈りのなか英二は言ってくれた。

「うん、そうだよ、」

短い言葉に事実を告げて、英二は微笑んだ。

…良かった、応えてくれた。

ほっと溜息が、唇からこぼれ落ちる。
かすかな緊張と安堵に微笑んで、周太はホットレモンをひとくち飲んだ。
ふわり柑橘の香が和ませてくれる、降る雨音と温かい香を見つめて周太は口を開いた。

「ページを抜いた人の気持ちを、今日、吉村先生に聴いてみたんだ…先生、符号みたいだって教えてくれたよ。
本は喉布から切り落とされて、死因は扼殺でしょう?このどちらも首を示してるよね、それが殺されることを望む符号みたいって。
加害者が自殺幇助をするよう、被害者本人が仕向けたのかなって話してくれたよ…だから、お父さんも同じかなって思ったんだ、」

そっとペットボトルに口付けて、レモンの香を呑みこむ。
温かい甘さが穏やかに冷静をくれる、この静かな想いと微笑んで周太は英二を見つめた。

「うちの書斎にある本、ページが抜けてるのあるでしょ?『オペラ座の怪人』って本…あれ、お父さんが切ったと思うんだ。
俺、お父さんがページを抜いた理由と気持ちを知りたかったんだ。それで吉村先生の『自殺幇助』って言葉が合うかなって思った、」

かすかな緊張に、周太は微笑んだ。
そして再び唇を開いて、静かな声のまま英二に告げた。

「お父さんは自分から撃たれたのかなって、思ったんだ…お父さんが信じた理由のために、銃で亡くなったのかな、って…」

なんて英二は応えてくれる?
この自分が見つめた「殉職」の意味を英二は、何を想い、考えているの?

どうか教えて?あなたが何を想い、何を見つめているのか?




(to be continued)

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one scene 或日、学校にてact.10 ―another,side story「陽はまた昇る」

2012-08-13 04:35:40 | 陽はまた昇るanother,side story
言ってくれるのは、



one scene 或日、学校にてact.10 ―another,side story「陽はまた昇る」

夜の談話室は和やかだ。

風呂も食事も済んだ後の、時間を自由に使える空気が寛いでいる。
そんな空間に腰かけてノートを広げると、内山が精悍な笑顔で訊いてきた。

「湯原、痴漢の冤罪を晴らした事例あったろ?あのこと聴きたいんだけど、」
「ん、いいよ?…」

頷いて少し考え込む。
どこから話すと良いかな?そう首傾げた隣から、綺麗な低い声が微笑んだ。

「まず車内での立ち位置の確認をしたんだよな?紙に図を描いて、本人に立っていた場所を書きこんでもらったんだよ。
そのときボールペンを持たせることで、被害者以外の利き手を確認したんだ。そのボールペンを2本、周太は用意したんだよ、」

上手にまとめて英二が答えてくれる。
こんなふうに話せるほど自分の話を聴いてくれていた?
そう思うと嬉しくて周太は、微笑んで英二に相槌を打った。

「ん、そうなんだ。2本準備したんだよ、新品と、インクが切れかけのと、」
「そうだね、周太。その新品の方は、ラベルを剥がしたてだから鑑識テープの代わりも出来たんだよな?」

すぐ英二がまた相槌と答えを返してくれる。
本当によく覚えてくれてるんだ?感心して周太は頷いた。

「そう、もし採取の拒否をされても大丈夫なように、って思って…でも鑑識テープを使います、って言ったら解かったけど、」
「逃げようとしたんだよな、その犯人だったやつが、」

また即座に英二が微笑んで答えてくれる。
それに素直に頷きながらも周太は、内山にも笑いかけた。

「ん、そう。逃げようとしたから怪しいな、って…内山の話してくれた事例は、不法侵入だっけ?」
「そうだよ、法律事務所に裁判の相手方が、乗り込んだんだ、」

精悍な笑顔が頷きながら答えてくれる。
こんどはそれに対して英二は相槌を打った。

「闇金絡みだったよな?それで弁護士に直談判しに、勝手に入りこんだんだろ?」
「ああ、受付を通らずに非常階段から入りこんだんだ、」

そんなことされたら怖いだろうな?
でもセキュリティはどうだったんだろう?
そう首傾げた隣で英二が、内山に相槌を笑いかけた。

「それで秘書の人を掴まえて、債務者の居場所を聞き出そうとしたんだよな?」
「そう、それが脅迫まがいでな。それで通報が来たんだ、」
「物騒だな、そういうのって多い?」
「うん、俺のところは法律関係のトラブルは多いな、」

頷いて答える内山の貌が、生真面目に困り顔になっている。
内山が所属する麹町警察署は管轄に法律事務所も多い、だから、こうしたトラブルも多いのだろう。
やっぱり地域の条件が事件の特色にも直結するんだな?そう考えて口を開きかけた時、隣から英二が微笑んだ。

「そろそろ俺たち部屋に戻るな、勉強の予定があるんだ、」

そんな予定あったかな?

首傾げて周太は記憶を辿った、約束を英二としていたろうか?
そんな周太の腕を優しく掴んで、もう英二は立ち上がってしまう。

「またな、内山。おやすみ、」
「おやすみ、忙しいのに時間くれて、ありがとな、」

内山も笑って立ち上がる。
なんだか予想外に早いお開きだな?すこし途惑いかけた周太に、内山は笑いかけてくれた。

「湯原、昨日今日とありがとう、」
「ううん、こっちこそ。美代さんも楽しかった、ってメールで言ってたよ?」
「俺も楽しかったよ、また小嶌さんに伝えておいて。おやすみ、湯原、」
「おやすみ、」

笑い合って内山は、深堀達の輪へと入って行った。
それを見送った周太を英二は、横抱きに抱え上げた。

「搬送トレーニングさせてね、周太、」
「…あ、ん…」

またするなんて、英二は練習熱心だな?
感心しながらも周太は首傾げて、英二に話しかけた。

「ね、英二は内山と話すの、好きだよね?」
「どうして?周太、」

廊下を歩きながら笑って尋ねてくれる。
その笑顔に見惚れそうになりながら、周太は思ったままを言った。

「だって今もね?俺と内山が話すより、英二と内山が話す方が多かったよ?だから英二、今度はふたりで話したら?」
「周太と一緒ならね、」

そう言って笑うと英二は鍵を開けて、周太ごと部屋に入ってくれる。
やさしくベッドに降ろしてくれる貌を見上げて、周太は首を傾げた。

「ん?俺と一緒だと、ふたりでゆっくり話せないよ?」
「それで良いよ、周太が重要なんだ、」

即答して笑ってくれる。
けれど言ってくれた意味がよく解からなくて周太は尋ねた。

「ね、なんで俺が重要なの?」
「重要だよ?周太が居ないと俺、意味ないから」

答えて英二は、可笑しそうに笑いだした。

…なんで笑うのかな?…あ、もしかして美代さんが言ってたこと?

ふと英二の態度に気がついて、首筋が熱くなった。
もしかしたら美代が言っていた通りなのかな?そう思うと気恥ずかしい。

―…宮田くん、内山くんに嫉妬してるのかもね?
湯原くんが内山くんと話していると、必ず来るのでしょ?それって、2人きりで話すのが嫌だからかな
宮田くんが恋をするのは、男とか女とかは関係なくて、そのひと自身を好きになるでしょう?
湯原くんの恋人としての魅力を一番知ってるの、きっと宮田くんよね?他の人が恋しちゃうかもって思うの、仕方ないね?

ほんとうにそのとおりだったらちょっと、はずかしいな?
これから意識してしまいそう、英二以外の誰かと話すたび、いつも。
美代が言うよう男女関係ないのなら、360度すべてが英二の「嫉妬」になってしまう?
こういうのは、同性同士の恋愛ならではの悩みかもしれない。

…意識しちゃう、困ったな?でも…嬉しい、な、

こういうのは、ちょっと困る。けれど、そこまで想われている事も、嬉しくて。
そして幸せがそっと、また心へ舞い降りる。





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第52話 露籠act.4―side story「陽はまた昇る」

2012-08-12 23:57:03 | 陽はまた昇るside story
選択、優しい嘘の真実



第52話 露籠act.4―side story「陽はまた昇る」

革靴のソールが廊下に荒い。
けれど雨音の激しさに音は呑まれて、自分にしか聞こえない。
放課後の喧騒すら遠すぎる寮は今、誰もいない廊下を自分だけが歩いていく。
大切な人を抱え込んで。

「周太っ、聞えるか、周太?」

呼びかけながら歩くけれど、横抱きの腕のなか応えてはくれない。
それでも濡れた制服を透かす体温が、少しずつ熱を戻していくのが解かる。
きっと英二の体温が周太の肌を復温させている、その肌から震えが伝わってくる。
抱えながら冷えた手首に当てた指には、弱くても規則正しい拍動が響いていく。

―低体温症だ、レベルは軽症から中等…

低体温症には大きく分けて軽症・中等症・重症の3段階があり、コアの体温が35度以下・32度以下・28度以下が数値の目安になる。
重症の28度以下であれば徐脈や呼吸数の低下といった生命兆候の低下、意識喪失、震えの消失と不整脈の恐れ。
中等症の32度以下なら方向感覚の喪失や体調への無関心、攻撃性など精神状態の変化、震えの停止。
軽症なら意識も清明で生命兆候の低下もなく、寒気の自覚と活発な震えが見られる。
そして28度より直腸体温が低下すれば仮死状態となり、凍死に至る。

周太は意識薄明でも生命兆候は現われ、脈も弱いけれど規則正しい。
おそらく中等から軽症の狭間、これなら自分の応急処置で治せる。確信しながら英二は自室の鍵を開いた。

がちゃ、とんっ

開錠音、すぐ扉を開いて背中で閉める。
小柄な体を抱えたまま、クロゼットからバスタオルを引き出し床に広げていく。
ずぶ濡れの体を静かに横たえて、濡れた制服を手早く丁寧に脱がせ始めた。

「周太、目を開けろっ、周太っ!」

呼びかける声に、微かに睫が動く瞬間がある。
けれど瞳は開かれないままに小柄な体は、震えだけを英二の腕に預けて動かない。
四肢を動かさないよう制服を脱がせて、Tシャツと下着は救急用具のハサミで切り脱がせていく。
中等症より重度の場合、手足に停滞していた低温・低酸素・高カリウムの血液が心臓に戻れば心室細動等を引き起こす。
それを防ぐため脱衣も場合により切り脱がせ、四肢の稼働を出来るだけ抑えて急激な還流を避ける。

「周太、眠ったらダメだ、起きろ、周太っ」

呼びかけながら静かに全身を拭っていく、その肌から震えが伝わる。
これは自発的な熱生産能力が残っている証拠、だから周太の症状は軽症レベルで間違いないだろう。
濡れた体をバスタオルに包みこんで水滴を拭う、そしてベッドに移した時、濡れた黒髪が動いた。

「周太?」

名前を呼んで、かすかに睫が披かれる。
けれどすぐ長い睫は伏せられて、枕へと横顔は落ちて眠りこんだ。
軽症なら意識は清明なはず、それなのに周太は眠るよう横たわり、でも震えの生理機能は生きている。
もし中等症以上になると熱生産能力など生理機能も障害されて消極的再加温、いわゆる保温のみで回復するのは難しい。
その場合は外部から温熱器具で暖める積極的表面再加温もリスクを伴う危険がある、しかし軽症なら加温が必要とされる。
周太の症状をどちらに考えるのか?その診断に英二は観察を始めた。

肌の色は蒼白、けれど呼吸は規則正しく異常はない。
袖を捲り感染防止グローブを手早く填めると瞼を開き、瞳の状態を見ると瞳孔散大は見られない。
口を開けさせて口腔から喉を確認していく、そこに異物や吐瀉物の存在も無い。

「問題無いな、」

つぶやきの確認にすこし微笑んで、今度は周太の左手を握ると手首を軽く反らせた。
親指側の手首に沿い、自身の右手で示指、中指、環指を当てる。
そして脈をみつけると15秒間を計測した。

「…16回、か」

一般成人の脈拍は毎分60~100回を正常値の範囲とする。
もし脈拍が100回を超えると「頻脈」、脈拍が60回未満の場合は「除脈」と呼び不整脈と診断される。
いま15秒計測で16回だから周太の脈拍は毎分64回、正常値と言っていい。これなら軽症の低体温症と考えて妥当だろう。
そう考えながらリフィリングテストに移って、周太の左手示指の爪先端を5秒間詰まんで、ぱっと放す。
その爪床の色調回復には2、3秒ほどかかった、やはり組織還流は微細だけれど影響を受けている。
それでもこのレベルなら重篤な問題ではない、英二は独り言に確認した。

「…これなら、軽症と考えて良さそうだな?」

けれど意識が薄明なことが気になる、疲労から眠りこんでいるだけだろうか?
ふれた額は平常温より少しだけ冷たい、発熱も無い様子の貌は幾らか赤みが戻り始めている。
体の震えは定期的に起きて熱生産の反応を示す、それに判断して英二は高熱原での加温を決めた。

グローブを外してクロゼットから自分のシャツを出すと、四肢を動かさないよう周太の体に着せる。
この場合の着衣は血流を妨げない事が肝要だから、大柄な英二の衣服は小柄な周太をゆったり包めて都合が良い。
そしてシャツの上から鼠径部と脇の下にカイロを当て、ゆっくりと中心部からの加温を始めた。

このとき四肢を動かすこと、入浴などで急激に体の表面を暖めることを避ける。
もし四肢の稼働や急激な加温を行うと、末梢血液が環流して冷えた手足の血液が急激に内臓や心臓に送られてしまう。
そうすると中心体温が低下するアフタードロップ現象や、末梢血管の拡張による血圧低下でウォームショックに陥ることがある。
その兆候に注意しながら周太の濡れた頭をタオルで包んでいく。頭部の放熱は50~80%、これを今は防いで保温する。
きちんと包み終えて寝顔を見つめると、英二は少し笑った。

「直腸検温はいらないよな、周太?」

低体温症で意識不明の場合、直腸検温でコア体温の確認をして重症度の確認をする方法もある。
もし中等症以上で循環動態が不安定ならば、医療機関で加温した輸液の注入や胃腸の温水洗浄など、積極的中心再加温を行う。
この直腸検温は文字通りに体温計を挿入して行うから、きっと周太なら真赤になって酷く恥ずかしがるに違いない。

―そんな興奮をさせる方が、逆効果になりそうだよな?

可笑しくて小さく微笑むと英二は、救急具ケースから耳式体温計を取りだした。
専用のプローブカバーを付け電源を入れ、周太の耳へと鼓膜に向けて深く挿しこむ。
体温計が動かないようスタートボタンを押して1秒でブザーが鳴り、そっと耳から出した。

「よし…35度5分、戻ってきたな?」

安堵に微笑んで英二は寝顔を見つめた。
表情も普段の眠りこむ顔と変わらない、呼吸も正常だろう。
すこし気管支系が弱いけれど周太は基本的に健康で体力もある、まだ23歳の年齢も手伝って回復も早い筈だ。
けれど万が一の心室細動などを考えると、ずっと今夜は経過を診た方が良い。

―寝ずに付添おう、今夜は

そう決めて、ほっと息吐いて英二は自分の格好に気がついた。
濡れたままの制服は肌に貼りついてTシャツまで浸みこみ、髪も濡れたままでいる。
とりあえず自分も着替えよう、英二は立ち上がるとクロゼットから着替えを出した。
濡れたままの制服から全部を脱いで、カットソーとジャージに着替えていく。
髪を拭きながらもベッドの様子に注視して、ふと窓の外を英二は見た。

窓の外は街燈が灯り出して、雨は降り続いている。
モノトーンの空は夜へ近づく気配を見せて、ガラス窓には雫が降りそそぐ。
もうじき光一と吉村医師は奥多摩に着くだろうか?考えながらカーテンを引いてルームライトを点けた。

ざああ…さあああ…

明るくなる白い部屋に、雨音が充ちていく。
降りそそぐ水の音へと微かな寝息が規則正しく洩れて、吐息が優しい。
ベッドサイドに座りこんで英二は、そっと布団を掛けなおし周太を包みこんだ。

「周太?そろそろ目、覚ましてほしいな?」

軽症の低体温症なら意識は清明、けれど周太は眠りこんでいる。
多分いつもの墜落睡眠なだけ、そう思っても不安になってしまう。
本来なら低体温症のときは眠らないようにするけれど、墜落睡眠の周太はまず目覚めない。

「…まさか、中等症じゃないよな?」

ひとりごとに耳式体温計をまたセットして、検温をする。
すぐ1秒で結果は出て、体温計のデジタルは35.8℃を示してくれた。
順調に体温は戻り始めているようだ、さっきより0.3度の回復に英二は微笑んだ。

「周太、こんな時なのに、眠っちゃってるんだね?…よっぽど疲れたんだね、」

きっと周太は今、疲れている。
きっと父親の「殉職」の真実を気付いて、精神的に打ちのめされて。
そして周太はきっと屋上で、独り雨のなか泣き叫んでいたのだろう。

「ごめん、周太、」

自責の聲が、言葉になる。
冷たい雨のなか、愛するひとを独りきり泣かせてしまった。
その自責が心を締め上げ傷みが抉られる、どうして自分はこんなに愚かなのだろう?
周太が泣いた原因は、周太が真相に気付いた原因は、全てが英二自身にある。

―事例研究で不用意に俺が話したこと…それが全ての原因だ、

あの事例研究の授業で『春琴抄』の案件を話さなければ良かった。
せめて「ページが欠けた本」だと正直に言えば良かった、それなら周太は英二に質問しただろう。
そうすれば「ページが欠けた本」に周太が疑問を持たないよう誘導して、気付かせない事も出来たのに?

けれど現実には、自分は話してしまった。
そして周太は藤岡に質問をして「ページが欠けた本」に気付き、吉村医師にも尋ねた。
もし青梅署の事例を聴けば周太なら、当然あの2人にも質問をして勉強しようとするだろう。
そうなる事は簡単に予測出来た、それなのに何故、自分は気付かなかった?この自責にまた想いはこぼれ落ちた。

「全部、俺のミスが招いたんだ…ごめん、」

呟いて、長い指がカットソーの胸元を握りこむ。
一枚のカットソーを透かす鍵の輪郭が、固く掌に触れてくれる。
この鍵に籠められている想いへの、責任と愛情の全てが今、自分を赦せなくて痛くて、熱い。
なぜ馨が「殉職」という自殺を選んだのか?この選択の傷みが心映りこんで、最期の日記を浮べた。

……

なぜ、命を生かす為に命を殺さなくてはいけないのか?

他に方法は無いのか?
罪を罪で制することしか出来ないのだろうか?
それならば、この世から罪が消えることなどできない、だからこそ私の罪は裁かれるべきだ。
父、祖父、そして曾祖父。この家に連綿と続く人殺しの遺伝子、そして殺せば殺される運命、それも拳銃で狙撃されて。
父が、私が射撃を始めたことを止めてくれた、あの時に父の言葉に従っていたのなら、この罪の連鎖は消えていた。

この愚かな私こそが裁かれるべきだろう。だから、いつか私は拳銃に殺されて命を終える。
もう私の代で終わらせなくてはいけない、この殺人を殺人で止めていく哀しい運命の歯車は。
だから密やかに願う、この私が裁きを受ける瞬間は、誰かの尊厳を守るために射殺され、すこしでもこの罪の贖罪が叶うことを。

与えられた『任務』に惑わされ堕ちていく、今の自分は『化物』と変わらない。
こんな今の自分には、美しい英文学の心を伝える資格があるのだろうか?きっと、無いだろう。
この罪に穢れた掌は、あの美しい言葉の記された本を開くには、相応しくないのだから。

私はただの幽霊、虚しい夢の残骸に過ぎない。
殺し殺されていく罪の連鎖の虜囚、これが私の現実。
けれど、この罪の贖罪が少しでも叶うなら、この忌まわしい運命への抗いになるだろうか?

そして私の英文学者の夢は、美しい幻想のままに掴めない。それが20年の答え。

……

法治のもと裁かれない「銃殺」の罪を、馨は同じ刑罰に自身を裁くことで運命に抗おうとした。
そしてきっと、家族には「自裁の自殺」だと気付かれたくなかったから、馨は狙撃される殉職を選んだ。
だから解ってしまう、14年前の春の夜の瞬間は、馨にとって待ち望んだ瞬間だったのだと。

―おとうさん、銃口を向けられた瞬間、笑ったでしょう?

この心裡の呼びかけに、掌の鍵を握りしめる。
きっと馨は、訪れた運命の瞬間に喜んだろう、これで運命への抗いが出来ると希望を見つめて。

―…あの警察官はね、本当は俺を先に撃てたんです、けれど撃たなかった…警察官の目が一瞬だけ合いました
  彼の目は、生きて償ってほしい、そう言っていると感じました…あのひとの目を、俺は一生忘れられません

馨を殺害した男が教えてくれた、馨の眼差し。
その眼差しは贖罪の叶う喜びに満ちて、けれど別離の哀しみに微笑んでいただろう。
そして自分を処刑してくれる男の「尊厳」を護りぬく誇りへと、馨は綺麗に笑っていた。

「周太?お父さんはね、きっと幸せだったんだ…なのに、ごめんな、周太、」

眠る顔へ微笑んで、そっと額にキスふれる。
ふれた額は温もりを戻している、もう呼吸も落着いて普段の寝息と変わらない。
いつものよう無垢の頬はすこし紅潮して、あどけない美しい寝顔がベッドで眠っている。
この無垢なる寝顔への自責に、握りしめた掌の鍵へと英二は瞳を閉じた。

―お父さん、すみません…あなたの想いを無にしてしまいました、周太に気付かせてしまいました

愛する家族には、愛する息子には「自殺」だと知られたくない。
もし自ら死を選んだとしたら、愛する人との時間を捨てたと思わせてしまうから。
そう思ったとき遺された者は、愛情の真実を見失い、哀しみを見つめるだろう。それが優しい馨には辛い。
だから殉職の姿を借りた「自殺幇助」の道を馨は選んだ。愛する者が自分の自殺に責めを負わないように。

自殺に見せない自殺、この選択は「優しい嘘」だ。

いつも誠実だった馨が、生涯で唯一度だけ吐いた嘘。
命を懸けた贖罪で愛する者を護りたかった馨の、優しい真実の嘘。

この嘘の優しさを自分は、壊してしまった。
いちばん馨が嘘を吐きたかった相手に、真実を気付かせてしまったのだから。
この罪こそ自分は償わなくてはならない、そして今、周太にどう話すのかを決めなくてはならない。

―どこまで話すか?

全てを話すことは出来ない、それは馨の意思ではないのだから。
それでも周太が「殉職」の真相に気付いた以上は、ある程度を話す方が良い。
まだ知るべきではない事実と、知らせるべき真実。この2つを間違えることは赦されない。
もう今すでに、自分はミスを犯して周太を追いこんでしまったのだから。

―どこまで周太が気づいたのか、それ次第だな…

書斎に遺された『Le Fantome de l'Opera』壊された本。
あのラーメン屋の主人の証言、藤岡の『春琴抄』への見解と、吉村医師の所見。
これらが今の時点で周太が得ているヒントになる、そこから周太はどこまで気付いたろうか?
これだけでも周太なら父親の真相に近づけただろう、聡明で繊細な周太は視点も思考も綿密だから。

―まず、周太が話してくれるのを待とう

そう心に決めながら、英二は愛する寝顔を見つめた。



ふっと腕にふれる温もりに、英二は目を開いた。
浅い微睡に座りこむ椅子で組んだ腕に、ベッドの上から白い袖が伸ばされている。
伸ばされた腕の掌が自分の腕にふれてくれる、その掌をそっと握って英二は微笑んだ。

「おはよう、周太。俺の花嫁さん、」

約束の名前を呼んで笑いかけた先、黒目がちの瞳はゆっくり瞬いてくれる。
そして穏やかに微笑んで、大好きな声が応えてくれた。

「おはよう、英二…はなむこさん?」

大切な約束の名前で、呼んでくれた。
この名前を呼んで貰えることが嬉しい、嬉しくて英二は綺麗に笑った。

「周太、具合はどう?寒いとかある」
「ん、大丈夫。温かい…」

微笑んで周太は唇を動かしてくれる。
この声がまた聴けて嬉しい、そう見つめる想いの真中で周太は尋ねてくれた。

「ね、俺…屋上にいたよね?」
「そうだよ、雨のなかで倒れたんだよ。周太、低体温症を起こしたんだ、」

答えながら耳式体温計を出すと、左掌で周太の頭を抱えて検温をする。
すぐ1秒でブザーが鳴って示される「36.5℃」に微笑んで、英二は婚約者に告げた。

「もう体温も落ち着いたな、ちょっと温かいもの買ってくるよ、」
「ん…ね、一緒に行ったらだめ?」

素直に頷きながら許しを訊いてくれる、その瞳がすこし潤んでいる。
この瞳は微熱の所為だろうか、それとも涙?それぞれの切なさに微笑んで英二は、恋人に応えた。

「周太、自分の格好を解ってる?そのままだと出られないよ、」

言われた言葉にひとつ瞬いて、周太は布団を少し捲った。
そして見た自分の姿に薄紅いろ頬染めて、黒目がちの瞳は羞んだ。

「…あの、はくものもってきてくれるかな、えいじ?…制服とかは?」
「制服は洗ったよ、もう部屋に吊るしてあるから、」

笑って答えながら英二は、周太の部屋から持ってきておいたコットンパンツと下着を出した。
それを見て赤くする貌が可愛い、こんな照れた貌も好きだと微笑んで英二は、布団のなかに手を入れた。

「…っ、えいじ?なにするの」
「周太にパンツ履かせるんだけど?」

さらり答えながら周太の脚へと通し、引き上げる。
下着を上げていく手にすべらかな肌ふれて、感触に誘惑されてしまう。
このまま素肌を存分に触れて、抱いてしまえたらいいのに?

―こんなときにまで俺、何、考えてんだよ?

内心の声に疼きを宥めて、こっそり苦笑してしまう。
本当に我ながら自分は恋に狂っている、今思うことを知ったら「えっちへんたい」と罵られるだろうに?
そんなこと考えながら綺麗な脚へコットンパンツも履かせて、見ると周太は額まで赤くなっていた。

「…それくらいじぶんでするのに、」
「俺が周太にしたいんだよ、いいだろ?」

笑いかけてクロゼットからカーディガンを出すと、そっと周太を抱えて着せかける。
抱き起した体はもう温かい、これなら大丈夫だろう。安心に微笑んで英二は、小柄な体を横抱きに抱え上げた。

「周太、抱っこで行こうな?安静にした方がいいから、」
「ん…はい、」

素直に抱かれる懐で頷いてくれる、その頭からタオルがほどけ落ちた。
やわらかな黒髪こぼれてデスクライトに艶めく、そのはざまに穏かで爽やかな香がふれる。
その瞬間に唇へ優しい温もりふれて、やわらかなキスは離れると微笑んだ。

「英二…救けてくれて、ありがとう、」

キスのお礼だなんて幸せです。

心は恋の奴隷モードになって微笑んでしまう。
嬉しくて英二は綺麗に笑った。

「周太からのキス、嬉しいよ?もう一度して?」
「…はい、」

気恥ずかしげな微笑が近寄せられて、そっと唇キスふれる。
かすかなオレンジの香が甘いキスは、自分の幸福の証のよう。
この今が幸せだと微笑んで、英二は婚約者に笑いかけた。

「ありがとう、周太。これからも、ずっと俺だけにキスしてくれな、」
「ん、…はい、」

頬染めながら素直に頷いてくれる、その動きに黒髪がゆれる。
ゆれる髪に穏かな爽香がまばゆい、この香を自分はずっと好きだ。
この香ふれられる幸せに微笑んで、英二は部屋の扉を開いた。

踏み出した薄暗い廊下は、消灯後の静謐に沈みこむ。
静かに歩いていく足音も、窓ふれていく雨音に消されて聴こえない。

「…雨、まだ降ってる?」
「うん、今夜はずっと降るかな?朝には止むかと思うけど、」

低い声で答えながら、そっと額に額付けてみる。
ふれる温もりは少しだけ熱い、やはり熱を出してしまったろうか?
さっきは36.5℃だったけれど、すこし動いて発熱したかもしれない?
そんな心配を心裡に留めながら自販機の前に着いて、英二は片腕に周太を抱えたまま小銭を出した。

「周太、温かいのでカフェイン無いやつな?」
「ん…じゃあ、ホットレモン?」
「そうだな、それ良いな?」

リクエスト通りにボタンを押して、熱いペットボトルを出すと手渡す。
見せてくれる嬉しそうな笑顔に微笑んで、英二もホットコーヒーを買った。
そして踵返し来た道を戻りだすと、穏やかに周太が微笑んだ。

「…静かだね?今、何時?」
「0時を回ったとこだな、」

時計も見ずに応えた英二に、黒目がちの瞳が笑ってくれる。
この時計無しの時間感覚は英二の特技でいる、多分、合っているだろう。
そう考えながら自室に戻ると、時計を見て周太は笑ってくれた。

「ん、英二、当たりだね?…すごいね、」
「そっか?ありがとな、」

笑いかけて静かにベッドへと周太をおろした。
壁に凭れるよう座らせて、布団とブランケットに体を包みこむ。
素直に包まれながらペットボトルの蓋を開けて、莞爾と周太は微笑んだ。

「ありがとう、英二…いただきます、」
「はい、どうぞ、」

笑って答えて、英二もベッドに座るとコーヒーの蓋を開けた。
ほろ苦く甘い香に柑橘の香が交わされる、その香に5月の川崎が思われた。

―夏みかんの菓子、作った時の香だな、

初夏の週末、庭の夏蜜柑で砂糖菓子を作る手伝いをした。
作業の後で周太はコーヒーを淹れてくれた、あのときの香が懐かしい。
この優しい時間の記憶に微笑んだとき、隣からレモンの香が静かに問いかけた。

「英二…お父さん、自殺だったのかな、」

問いかけに、覚悟していた心が溜息を吐く。







(to be continued)

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one scene 某日、学校にてact.9 驟雨―side story「陽はまた昇る」

2012-08-12 04:09:00 | 陽はまた昇るside story
言わないで、秘める願いに



one scene 某日、学校にてact.9 驟雨―side story「陽はまた昇る」

学校寮の自室は、あわい黄昏に染まり出していた。
カーテン透かすオレンジ色が優しい空間に、鞄を置いてスーツのジャケットを脱ぐ。
ネクタイを緩めながら窓際へ寄ると英二は、カーテンをすこし開いた。

中空はまだ、青い。
けれど街並み近い空の際はオレンジに輝いて、太陽のねむる瞬間を告げている。
大きく輝いて終わりを飾る、その光に惹かれるよう英二は窓の鍵を開いた。

がたん、

音がたって、ガラス戸が開かれていく。
ふっと懐かしいような香が風になって、頬を撫でていく。
この香は雨あがった後の、緑ふくんだような少し埃っぽい香。この香は好きだ。
どこか愛しい懐かしい空気に微笑んで、英二はベランダに出た。

「お、風、気持ちいいな、」

ひとりごと笑ってベランダの手すりにワイシャツの腕を組む。
遠く見渡すはるか彼方、微かに稜線が映るようで心切ない。
こんなにも山の世界が恋しくなってしまう、この今の自分の想いが嬉しい。

―俺、もう山ヤなんだな?

今の自分は山岳救助隊員、山ヤの警察官。
山を恋い慕い、山を護り山歩く人を援け、山に生きることを選んだ。
本当は周太を護る為に都合が良い?そんな目的もあって考えた道だったのに、今は夢すら山に見つめている。
そして願っていいのなら、その夢の世界に攫いたい人がいる。その人の名前に英二は微笑んだ。

「…周太、一緒に帰りたいよ?」

「はい、」

返事が聞えた?
驚いて声の方を見た隣、黒目がちの瞳が微笑んだ。

「ね、英二?…どこに一緒に帰るの?」

穏やかなトーンの声が楽しげに尋ねてくれる。
自分と同じようなワイシャツとネクタイ姿のまま、周太が楽しそうに隣で手すりに頬杖ついている。
いつのまに隣に来たのかな?嬉しくなって英二は綺麗に笑いかけた。

「うん、奥多摩に一緒に帰りたいな。いつか、あの家ごと引越してさ、周太と、お母さんと一緒に、奥多摩を帰る場所にしたい」
「ん、…春にしてくれた約束だね?」

黒目がちの瞳が幸せに微笑んで、すぐ隣から見上げてくれる。
こんな笑顔が見られる「今」が嬉しくて幸せで、この瞬間が愛おしい。
この愛しさへ正直に笑って英二は、婚約者の手をとると部屋に惹きこんだ。

「おいで、周太、」

微笑んで抱き寄せて、カーテンの翳に身を寄せながら、懐へと抱きこむ。
ふわり穏やかで爽やかな香が黒髪からやわらかい、この香に最初に気付いたのは1年も前だろう。
けれど、もっと前から知っている気もする、そんな香ごと温もり抱きしめて、英二は恋人の瞳を覗きこんだ。

「周太、いつか奥多摩に引っ越そうな?それで、毎日ずっと俺に飯を作って?毎晩一緒に眠ってくれる?」

どうかお願い、「Yes」って言って?
そんな願いごと微笑んで、黒目がちの瞳を覗きこむ。
覗かれて気恥ずかしげに長い睫をすこし伏せる、けれど幸せに瞳は微笑んで応えてくれた。

「ん、はい…ごはん作って待ってるね?おふとん干して、お風呂も沸かすから…いつも無事に帰ってきて?」

ほら「Yes」を聴かせてくれた。
こんな幸せな約束が嬉しくて温かい、もう何度でも約束を結びたい。
いつか叶う日にも、その後の日々にも、ずっと約束を何度も結んで重ねて、幸せの瞬間が続いてくれますように。
そんな願いの数々を籠めて、英二は婚約者の唇へキスをした。

「愛してるよ、周太。ずっと傍にいて…」

ふれるキスは、願いを籠めて交わす誓い。
この瞬間に生涯の祈りを籠めて、あなたを繋ぎとめてしまいたい。
そして永遠に離れないでと願いを籠めて、こっそりと赤い糸の束縛に結んでしまいたい。
祈るよう結わえつけるキスを残して、そっと離れた唇が羞むよう微笑んでくれる。
そして静かな優しい声が、言葉を返してくれた。

「…ん、傍にいるよ?英二、」

名前を呼んで、黒目がちの瞳は見つめてくれる。
その瞳に自分が映るのが見える、そっとオレンジの光の欠片が映して、瞳に自分の姿を閉じ込める。
ほら、こんなふうに自分のことを、あなたの瞳に残しておける?

「傍にいて、周太。ね、今、周太の目に俺が映ってるよ?」
「そうなの?…英二の目にもね、俺が映ってるね?」

楽しそうに見上げて、幸せな応えが微笑んだ。
こんなふうに互いの姿を瞳に、心に残しあいながら、ひとは想いを繋ぐのだろうか?
そんな考えに想ってしまう、この瞳に毎日ずっと自分を映して心ごと残したなら、もっと想ってもらえる?
もっと自分を好きになって想って、一緒に幸せを見つめてくれるだろうか?

もう幸せは、あなたの隣でしか見つめられない、この瞳の合わせ鏡に幸せも心も綴じ籠めて。
そしてこの腕の中に体ごと、あなたの温もりも香も閉じ籠めて。



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