萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第70話 竪杜act.4-side story「陽はまた昇る」

2013-10-23 00:40:31 | 陽はまた昇るside story
And summer's lease hath all too short a date.



第70話 竪杜act.4-side story「陽はまた昇る」

眠りの底深く、遠く響く音が呼ぶ。

…こんっ、っく、こんっ…っこほっこんっ

あまり聴き慣れない音、けれど夏の頃に聴いた吐息かすかに混じる。
この記憶と重なる吐息は何だろう?そんな自問に息呑んで英二は眠りを醒ました。

「周太?」

呼びかけて起きあがったベッド、けれどシーツには誰もいない。
もう窓は明るみだして夜から朝になる、まだ薄い暁の部屋は自分しかいない。
それでも耳元から響く音にイヤホンだと気づいた時、盗聴器越しの咳音は強まった。

「…っ、周太、」

息呑んで掌をイヤホンに当てて、遥かな気配を読み取らす。
いま響く音は咳きこむ音、その頻度が多く深く酷くなってゆく。
この音にある意味が鼓動から迫り上げるまま、ベッドから降りデスクライト点けた。

―喘息発作が来たのか、それとも一時的な風邪の咳か?

廻らす思案にファイルを開き呼吸器疾患のページを広げる。
克明に調べこんだ肺気腫と喘息の項目を目視は追う、その耳元を咳が痛む。
このまま喘息発作にならないでほしい、そんな願いの向こう懐かしい声が響いた。

“周、ずいぶん咳が酷いわね、大丈夫?…周?周、起きて周…周太、しゅうたっ、”

深いアルトヴォイスは優しいまま、取り乱して泣いてゆく。
この声に鼓動ひっぱたかれて英二は唇噛みしめた。

―あの美幸さんが泣いてる、周太が目を醒まさないから、

恐らく周太は今、高熱による昏睡に入っているのだろう。
この2週間の緊張と疲労が実家でゆるんでしまった、それは今までの蓄積もある。
そんな状態が音だけでも解かって、解かる分だけ焦慮に灼かれる想いがファイルの文字を追う。
せめて今の状況から可能性を見つけてあげたい、そう願うのに左手は携帯電話を開いて、強く握る。

「…っ、」

電話したい、今すぐに。

そう願う祈る、けれど今もし電話すれば盗聴器を晒すことになる。
そして今の自分が電話して駈けつけたら、きっと我慢なんてもう出来ないだろう。
なによりも今はもう、自分勝手に職場を離れて飛び出していくことは自分の立場に許されない。

『だからイメージポスターのモデルにも選ばれたんだよ、要するに警察庁だってオマエを利用してるワケさ、オマエが利用したってオアイコだ』

昨日、光一と話したばかりの自分の立場は「利用」の対象になる。
それは周太を救うためには欠かせない、だから今ここで失うなど出来はしない。
それでも今この時に苦しんでいる音と声は盗聴器を超えて、この鼓動ふるわせ締めつける。

“…っ、ええ私よ、周太が目を開けないの…顔が真っ赤で咳が止まらなくて、どうしたら…はい、ええ…お願い英理さん、”

懐かしい声は泣きながら電話する、その相手の名前に少し安堵できる。
たぶん着信履歴から咄嗟に電話も出来たのだろう、そんな推測が解かる分だけ切ない。

―救急車を呼ぶこと想いつけないくらい動揺してるんだ、馨さんの時を重ねてるかもしれない…でも姉ちゃんに電話してくれて良かった、

姉の英理は優しく聡明で冷静な判断が常にできる、それは弟の自分だからよく知っている。
そんな英理だから美幸を姉のように慕って親しい、その親睦が美幸と周太を援けてくれるだろう。

―姉ちゃんならお祖母さんに連絡するだろな、そしたら家のドクターを呼んでもらえるから救急車より安心だ、

あの姉に任せれば大丈夫、姉が知ったなら祖母も援けてくれると安堵できる。
けれど止まない咳と掠れる呼吸音と、動かなかった携帯電話に心また罅割れだす。

「…どうして俺を呼んでくれないんですか、美幸さんまで…こんな時までなぜ、」

狭い単身寮の部屋、独り問いかけに声は返らない。




何を食べても味がしない、この感覚は2週間前も味わった。

2週間前、周太がSAT入隊テストに発った日も英二は味覚を失った。
ボストンバッグと登山ザック携えたスーツの背中、あの幻を食卓にすら追うから味も解らない。
あの日と同じに今日も朝から味がしなくて、それは夕食の今も同じに顔だけは何事もなく食卓に笑う。

「高田さんと同じこと、俺も後藤さんに言われましたよ?水楢の樽は最高って、」
「やっぱ皆に言ってるんだな、後藤さん。俺さ、山岳会の集まりでソレ言われながら付合って呑んで、後藤さんの前で撃沈、」

可笑しそうに笑って懐かしい人の話をしてくれる。
その話題にも後藤の体調が気になって、また食事は味を無くす。

―後藤さんの風邪そろそろ治ったよな、手術が決ったら連絡もらえるけど…娘さんに話せたのかな、

後藤は今患っている肺気腫に外科手術を選んだ。
執刀医は吉村医師だから心配ないだろう、それよりも後藤が娘に話せたのか気になる。
そして今朝、盗聴器越しに知ってしまった周太の急変が気懸りで仕方ない。
それでも穏やかに着く食卓で同僚たちの会話は明るく交わされる。

「あのとき高田の介抱、ほんと大変だったよ?タクシーの運転手さんに謝った回数とか解らない、」
「ほんっと浦部ゴメン、ほんと良いアンザイレンパートナーだって感謝してっから、俺、」
「ははっ、どっちがビレイヤーか解らんな?」
「黒木さん、ソレ言わないで下さいよ?ほんと俺、反省したんだから、」
「もっと黒木さん言って下さい、そういえば国村さん来ないですね?小隊長同士かな、」
「ああ、会議室で食いながらミーティングだ、合同訓練があるからな、」

いつもより遅めの食堂には山岳レンジャー第2小隊の同僚しかいない。
もう異動して3週間になる空気は時ごと馴染んで、今も昨日と同じに会話を楽しむ。
そんな気楽な空気にも本音の焦るまま自室に戻りたくて、それでも食卓の親睦は外せない。

―こんな時でも俺って笑えるんだよな、立場とかもあると尚更に…いま周太の具合どうなんだろう、

心裡ため息吐いて、その想いごと英二は飯ひとくち呑みこんだ。
目覚めから気になり続けている周太の容態、けれど誰からも電話連絡は無い。
業務時間中は盗聴器越しの気配すら聴けず気になっている、それでも笑顔でいる横から高田が言ってきた。

「宮田さん、広報課の同期から俺にも問い合わせ来たぞ?」
「問い合わせ?」

訊き返しながら気持ちを食事に戻す。
そんな想いに微笑んだ斜向かい、端正な笑顔が教えてくれた。

「それドキュメンタリーの件ですよね?決定する判断材料にって、」

その話、もう知ってるんだ?

こんな情報の速さに少し驚かされてしまう。
もしかしたら今朝まで知らなかったのは自分本人だけかもしれない?
そんな情報スピードに警察組織の狭さを感じさせられる横から高田が笑った。

「おう、それだよ。浦部のとこにも問い合わせ来たんだ?」
「昨日の午後に来ましたよ、事務が終わった業後すぐでした。宮田さんって評判すごく良いそうですね?」

明るい端正な貌が答えてくれる、その笑顔こそ評判が良いだろうに?
そんなふう言い返したくなるのは昨日知ったばかりの「メール」がある所為だろう。
それに今朝の件が引っ掛るから尚更に自分勝手な嫉妬は熾きて、それでも英二は穏やかに笑った。

「ありがとうございます、でも俺って初任教養の最初は問題児だったんですよ?」

これは事実、だから隠すよりも自分から言ってしまう方が良い。
そんな計算と意図に笑いかけた向う、端整な瞳ゆっくり瞬いた。

「宮田さんが問題児って意外だな、それとも冗談ですか?」
「本当ですよ、馬鹿な理由で学校を脱走なんかしてます、」

穏やかに笑って事実を告げて、ふっと痛みが走る。
いま言ってしまった「脱走」に纏わる記憶、それが今は傷む。

―あのとき2度も周太に救われたんだ、3回も脱走した馬鹿な俺なのに、

警察学校を脱走した事は、3回。

最初の脱走は、携帯電話を取り上げられてレンタルビデオ店まで電話を掛けに行った時。
あのとき強盗犯に遭遇して人質の一人にされた、あれが初めて犯罪現場を見たときになる。
その現場まで迎えに来てくれたのは担当教官の遠野と場長の松岡と、そして周太の3人だった。
その次は単純に腹が減ったから寮を脱け出した、それは偶然に見つけた遠野教官が不問にしてくれた。

そして3回目、付合っていた女に騙されて自分は脱走した。

『どうしても行くなら、辞めてから行けよ!』

あのとき真直ぐ叫んでくれた声が、懐かしい、愛おしい。
あのとき周太の瞳は涙を隠していた、それを自分は気づけなかった。
自分の事を誰よりも真摯に見つめてくれていた、それなのに自分は愚かだった。
騙すような女だと気づきもせず立場も責任も誇りすら放棄して、脱走して、そして教場の仲間を巻き込んだ。

―遠野教官も教場の皆も裏切ったんだ、誰より俺は周太を裏切ったんだ…それなのに周太は助けてくれた、

辞めてから行け、そう言われた通りに自分は辞職の一筆を書き置きした。
けれど周太が公にならないよう隠してくれた、そして秘密で遠野教官に見せて庇ってくれた。
その真心に縋りたくて周太の部屋をノックして、あのとき自覚した憎悪と孤独と倦怠から自分は救われた。

そんな周太を裏切り脱走していた1時間、あの1時間がもし与えられるなら今、周太の許に帰りたい。

「宮田、戻ってこい?」

ぽん、肩を軽く叩かれて英二は瞳ひとつ瞬いた。
そして認識する視界の真中、黒木の鋭利な瞳すこし和んで見つめてくれる。
その眼差し困ったような笑みと、他2名が既に離席していることに英二は困り笑った。

「すみません、俺、考えごとにハマりこんでましたね?高田さんと浦部さんは?」
「いま食い終って席を立った、」

いつもの落着いた声で応えてくれながら、黒木は湯呑を取った。
ゆっくり口つけて啜りこむ、その膳が空になっているのを見て英二は頭を下げた。

「すみません、俺がぼんやりしてるのに付合わせて、」

黒木は自分に合せて今、まだ食卓に着いてくれている。
そんな気遣いに頭下げた英二に、低く響く声はすこし笑ってくれた。

「大丈夫だ、俺が待ってもらってる態になってる、」
「え、」

答えに見た自分の膳は全て空になっている。
考えごとしながらも食事の手は止まっていなかったらしい?
こんな自分の器用に呆れ半分と微笑んだ向かい、凛々しい笑顔ほころんだ。

「ずっと考えごとしてる癖に、ちゃんと浦部たちと会話して飯も食ってたぞ?まったく呆れるほど器用だな、優秀過ぎて嫉妬も起きん、」

落着いたトーンのまま、けれど昨日より親しい瞳で笑ってくれる。
そんな先輩の貌になんだか寛いで英二は微笑んだ。

「ありがとうございます、でも今、黒木さんに戻れって声かけてもらわなかったら俺、ずっと座りっぱなしでした、」
「ソレも見ていて面白かったかもな?さて、」

低い声すこし笑って席を立ちあがる。
一緒に立ってトレイを下膳口へ置いて、食堂の出口に向かうと黒木は言ってくれた。

「休みの前に飲むかって言ってたが、今から少し飲むか?」

明日は非番、だから自主トレーニングはあっても業務は無い。
そんな幾らか気楽な日程と、それ以上に言葉少なくても気遣いがある。
本当は今も周太の容態が気懸りで、けれど気遣いを無駄にすることは自分を赦せない。

―ずっと周太の様子を聴いてたい、だけど俺が今するべき事は違う、

黒木と酒を呑むこと、それは公的立場にも山ヤとしても必要になる。
第2小隊のNo.2であり経験豊かな男、そんな黒木に学び親しむことは経験に欠ける自分の杖だろう。
そうして培う時間と信頼が「いつか」に繋がる鍵をも造る、その計算と願いに英二は綺麗に笑いかけた。

「はい、どこで呑みますか?」
「とりあえず30分後に自販機前で、」

さらっと告げて黒木は廊下を歩いて行った。
その広やかな背中はカットソー越しにも強靭しなやかに頼もしい。
あの背中が負っているもの見てきたものを今夜、幾らか聴けるだろうか?
そんな想い微笑んで歩き自室の扉を開くと明るい部屋、デスクの椅子からテノールが謳うよう笑った。

「お・か・え・り、俺のアンザイレンパートナー、お話あるんで待ってたよ?」







(to be gcontinued)

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第70話 竪杜act.3-side story「陽はまた昇る」

2013-10-22 19:30:11 | 陽はまた昇るside story
Rough winds do shake the darling buds of May,



第70話 竪杜act.3-side story「陽はまた昇る」

四角い窓から、雲の流れが速い。

小さな窓の青と白に明るい会議室は狭くて、それでも二人なら充分すぎる。
そんなテーブルに弁当の空2つ片隅寄せて、英二は新しい登山図を広げた。

「へえ、奥多摩の新調したんだね?もうキッチリ書込みしちゃってあるけどさ、」

広げた登山図にテノールが笑って、雪白の指がポイントをなぞってゆく。
その底抜けに明るい瞳が陽気に愉しげで英二も笑いかけた。

「最初のは折目から壊れてきたからさ、テープで補強したけど保管することにしたんだ。あれは俺にとって大切な登山図だから、」

自分が初めて買った登山図は、奥多摩山塊だった。
卒業配置先に青梅署を希望して山岳救助隊員を志願した、それは無謀だったと今なら解かる。
その証拠が「最初の登山図」だろう、そんな想いに笑ったテーブル挟んで同齢のベテランクライマーも笑った。

「確かに大切な登山図だろね、アレがお初に買ったヤツだろ?卒配2ヶ月前にさ、」
「ああ、たった2ヶ月前に初めて買ったよ、」

笑って応えながら自分の無知と無謀が気恥ずかしい。
あれから一年以上を経た時間と山たちへの想いに英二は微笑んだ。

「あれを買った時が俺、登山図を見たこと自体が初めてだったんだ。そんな初心者が山岳救助隊を志願したなんて、本当に馬鹿だよな、」

初心者の癖に山岳レスキューになる、そんな発想は無知に過ぎて有得ない。
どんなに資料を読みこんで、採れる限り関連の検定合格して、ジムでトレーニングを積んでも「現場経験」に無知だ。
そして山岳救助隊ならば現場対応の機微が求められる分だけ経験は欠かせない、それが解かるから笑った先で山っ子は唇の端を上げた。

「ホント馬鹿だって俺も想ったよ、コイツ死にたくって来たのかなって想ったね、後藤のおじさんナニ考えてんだってさ、」
「うん、俺も想うよ、」

素直に笑って認めた向こう底抜けに明るい目が笑ってくれる。
その眼差しにある信頼に英二は一年の想いへ口を開いた。

「そういうの一年経った今なら解かるよ、俺が志願した事はどんなに危険だったか、光一のパートナーに選ばれる事も本来無かったって。
だから青梅署の皆が俺を受容れてくれるには覚悟とか色々あったなって今なら解かるんだ、誰よりも後藤さんの決断が得難いって解るよ、」

いま9月下旬、ちょうど一年前に卒業配置先が指示された。
第1方面から順次に告げられて第8方面まで自分が呼ばれなかった時、期待と不安が鼓動に佇んだ。
あのとき祈りながら待った警察学校の講堂は今もう遠くて、けれど第9方面青梅署の辞令は今も誇らしい。
あの瞬間を忘れないでいる限り自分は幸運への謙虚を忘れない、そんな想いごと英二は運命をくれた相手に笑いかけた。

「光一の条件に合うパートナーになる可能性を後藤さんが俺に見つけてくれた、信じて育ててくれた、だから今の俺があるんだ。
本当は後藤さんの決定に反対は多かったはずだ、それでも信じてくれた期待と信頼に応えたいって経験が増える分だけ解かるから思うよ?
だから今、七機で俺がどういう立場でどんなふうに見られているか解るんだ。まだ今の俺は本当には信頼して貰っていない、それが当然だ、」

第七機動隊山岳レンジャーに配属されて未だ1ヶ月も経たず、経験すら漸く一年。
そんな男が信頼されるなど有ってはならない、それほどに「山」は容易であるべきじゃない。
だからこそ今朝に告げられた内示が気懸りで、午前中ずっと廻らせてきた懸念を上官に問いかけた。

「そういう今の状況も国村さんは解かっているはずです、後藤さんも蒔田さんも。それなのに俺を特進させて大丈夫なんですか?」

山岳救助隊に卒業配置された、それだけでも自分は特例だった。
そして光一のザイルパートナーに選ばれたことは警察内外の山を知る人間には特例すぎる。
こうした特例が第七機動隊の山岳レンジャー達にどんな感情を起こさせるか?その懸念に怜悧な瞳は笑ってくれた。

「今朝も言ったよね、消防庁表彰に実績と加算で特進ってさ?そんだけ山の警察官として貢献してるよ、イメキャラになる位にね、」

なんでも無いふう上官で先輩は笑ってくれる。
大らかな怜悧の瞳を向けて明朗なトーンが話しだした。

「消防への引継書を考案したのはオマエだ、登山計画のWEB提出を改訂した、吉村先生をサポートして警察医とレスキューの資料も整備した。
どれも今までナントカしなきゃって誰もが想ってたのに出来なかったね、でもオマエは一年目の癖にキッチリ遣り遂げてたよ、大したモンだね、」

明るいテノールが告げてくれる一年間が懐かしい。
どれも纏わる記憶たちは遠く近い、その懐旧と見つめる笑顔は続けてくれた。

「刑事事件の解決もオマエは2つある、吉村先生と自殺案件にされかけた殺人事件を暴いて、連続強盗犯の逮捕と聴取もやってるよ、
山の実績でもね、俺に付合って北壁2つ記録を作っちゃったから世界の山岳会でオマエは知られちゃってるよ、で、今回の山火事だろ?
しかも山梨県警の管轄で2回レスキューやってる、ここらでオマエにご褒美あげとかないと対外的にも警視庁として示しがつかないワケ、」

事務的実績、刑事事件、クライマーとして山岳レスキューとしての事績。
すべてを端的に並べてくれる笑顔こそ自分を引き上げてくれた、その感謝と向きあう真中で光一が笑った、

「なにより宮田はさ、礼状通数がずばぬけちゃってんだよね?オマエが現場に就いたのは6ヶ月だけど警視庁の去年度ダントツだよ、
それってね、オマエの美貌もあるだろうけど精神的にもレスキュー出来てるからだ。コンダケ貢献する2年目のヤツって滅多にいないよ、」

貢献している、そう言ってくれる実績に胸ずきりと痛む。
元はと言えば全て貢献なんて理由じゃ無い、その本音を英二は声にした。

「国村さん、確かに言ってくれてる通りの事を俺はしました、だけど警察官である責務よりも個人的な理由から全部やっています、」

個人的な理由、それが自分を動かす本音の動機。
それを今だからこそ話したくて言葉を続けた。

「吉村先生のお手伝いは先生のご苦労を援けたかった事と、自分自身がレスキューの技術と法医学を教わりたかったからです。
刑事事件のことも先生から教わる現場にすぎません、山の記録も個人的に山が好きだからビレイヤーと山ヤのプライドです、なにより、」

なにより、そう言って呼吸ひとつ英二は微笑んだ。
この先は本当に個人的な理由になる、その想い正直に笑った。

「光一がいちばん解かってるよな?俺が警察医の仕事までサポートした理由も、山で名前を売った理由も、全部が周太を護る為の利用だ、」
「だったら利用しちまいな、今回の特進もイメキャラもね、」

さらり返して底抜けに明るい目が笑う。
その眼差し真直ぐに英二を見つめ教えてくれた。

「山火事を腕一本で防いだ勇敢な警官サンは2年目で特進するほど優秀で真面目かつイケメンくん、こういう存在は警察のイメージアップだろ?
だからイメージポスターのモデルにも選ばれたんだよ、要するに警察庁だってオマエを利用してるワケさ、オマエが利用したってオアイコだね、」

利用され利用する、こんな論法は自分らしいかもしれない?
それを解かって光一も言ってくれる、そんなパートナーは言葉を続けた。

「で、俺がポスターの話を受けた理由は周太のコトがあるからだね、たぶん後藤さんも蒔田さんもソコントコは同じだと思うけど?」
「周太のことが?」

聴き返した向こう怜悧な瞳が笑ってくれる。
その眼差しに意図を見つけて英二は微笑んだ。

「有名人になる方が、逆にマークを外せるって事か?」

答えた先、底抜けに明るい目が笑ってくれる。
ただ無言の肯定に上官たちの意志は温かい、その感謝に英二は微笑んだ。

「ありがとございます、有難くイメージポスターの件も務めさせて頂きます、」
「よろしくね、で、確認なんだけどさ、」

確認、そんなふう言ってくれる内容は解かる気がする。
それでも告げられるまで待った呼吸ひとつ、透るテノールが尋ねた。

「周太の異動はオマエも聞いたよね、箭野も一緒に今日から一週間の引継ぎに入るってさ?この一週間がナンなのか解かるだろ?
この一週間を周太がドコで何して生きようってするかもオマエなら解かるよね、だったら一緒にいたいだろ、英二、オマエどうしたい?」

一週間、ただ七日間。

たった七日間しかない時間を、どうしたいのか?
そんなこと本当は決まっている、この七日間の先にある現実を知っている。
だからこそ願いたい、けれど今も聴かされた自分の立場と与えられたチャンスに我儘は、自分が赦せない。

「逢いたいよ、でも帰らない、」

告げた自分の声は、落着いている。
そんな自分に少し安堵した向かい、登山図ごしに怜悧な瞳は笑ってくれた。

「オマエも周太も意地っ張りだね?で、オマエ自分で解かってないと思うけど、この間のニュースで映ってたの知ってる?」
「え、」

初めて聴くことに瞳ひとつ瞬いた真中、悪戯っ子の瞳が笑う。
こんなふう笑う理由を聴きたくて見つめたパートナーは可笑しそうに教えてくれた。

「山火事の翌朝に現場検証したろ?あのときテレビカメラも来てたワケ、で、映ったオマエの雄姿にテレビ局は電話が来たってさ。
そんなワケでドキュメンタリー撮りたい話も来ちゃってるよ、それは関係各所の話し合いはコレからで未決だけどさ、心積りはヨロシクね?」

なんで話そんなに大きくなってんの?

そう聴きたいのに呆れすぎて声がなんだか出遅れる。
あまり予想外の展開に呆れてしまう、こんな事になると思わなかった。

―周太、ほんとに俺、今すぐ逢って話したいよ?

今この事態を逢って話したら、あの人はどんな貌をしてくれるだろう?
あの瞳に微笑んでほしい、話を聴いて笑ってほしい、けれど今は叶わない。
それでも「いつか」を掴むために今すべき事たちへ、英二は願いごと微笑んだ。

「テレビとか出たくないしモデルも好きじゃないけど、必要ならやるよ?利用できる限り、利用させてもらうな、」





(to be gcontinued)

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潺の住人

2013-10-22 18:27:38 | お知らせ他


こんばんわ、
すっかり涼しいより寒くなった神奈川です。
日中も雪空みたいに白い曇りは冬の予兆がします。

写真はカワセミ、翡翠っても書くように羽のブルーグリーンが綺麗な鳥です。
よく行く森に飛んでくるらしいんですけど、写真に撮れたのは初めてでした。
このときは2羽見かけましたが時折ちょっかい出すのが面白かったです。



翡翠は水中の小魚や虫を捕食しますが、それまで動かない。
じっと動かず人形みたいに待ってるんですよね、でもチャンスに素早く飛びます。
だから羽ばたきのシーンは撮るのが難しくて、コンナ↓感じにブレちゃったんですけどね、笑



さっき第70話「竪杜3」加筆校正版UPしました。
このあと週刊連載のを載せたいなって考えています、で、新連載も明日には始めたいなってトコです。
なんだかココンとこ慌しかったりで順延になっていますが、早く書き出したいんで明日には出来たらなあと。

取り急ぎ、

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secret talk17 詠月―dead of night

2013-10-21 23:35:45 | dead of night 陽はまた昇る
voix 君を聴いて



secret talk17 詠月―dead of night

天井を仰いで寝転んだベッドが、やけに広い。

狭い単身寮のベッド、けれど広くて、広い分だけ冷たく感じてしまう。
そんな自分の感覚に慕らす想いは鼓動ごと軋んで痛い、そして溜息が圧しだされる。
こんなふうにベッドが広いと感じたのは一年前の今頃も同じ、けれど、こんな寂寞は知らない。

「…メールくらい返してよ、周太?」

天井に呟いて寝返りを打つ、その掌で握りしめた携帯電話は動かない。
沈黙のまま着信しない機械が切なくなる、そんな返らない言葉を英二は開いた。

T o :周太
suject:おつかれさま
本 文:晩飯は焼魚だったけど何か解らなかった、周太に訊きたいって思ったよ。
    周太は晩飯なに食べた?ちゃんと飯食ってよく眠ってくれな、
    今、おやすみなさいを言えた一昨日の自分に嫉妬してる。

このメールを送ったのは入浴と夕食の後だった。
それから光一とミーティング1時間、自室に戻って救急法や鑑識他の勉強を2時間半。
そして馨の日記と手帳を照合しながら読んで、今もう深更を超えた月が窓から傾いてゆく。

「一昨日は幸せだったな、いまごろ…」

ため息ごと想い零れたシーツ、コットンからオレンジかすかに頬ふれる。
この香に唇を交わした昨夜の記憶、甘いキスごと抱きしめた素肌と体温に恋愛は溺れこんだ。
この腕に抱きこめて懐に閉じこめたまま離せない夜、それでも朝、目覚めた時には消えていた。

『宮田、見送りに来てくれたんだ?…ちょっと遠いところだから。携帯とかも電波入り難いかもしれないんだ、でも行ってくるね』

もう名前を呼んでくれなかった声、もうコールすら拒んだ言葉。
あのとき竦んだ心は44時間を経ても傷む、そして今、返らないメールを見つめている。

もう、本当に声を交わすことすら許されない?

そんな今の現実が瞳の底あふれそうで、英二は瞳を閉じた。
ゆっくり鎖した視界に切ない熱は治まりだす、それでも欲しい声を求めてイヤホン着けた。
そのまま放りだした携帯オーディオの小さな機体を握りしめて、かちり機械音から遠い音が聞えだす。

―…かさり、

かすかな乾いた音は、きっと本のページ捲る音。
いま何の本を読んでいるのだろう?そんな疑問に小さな機械音が遠く鳴る。
そして繋がったオーディオの番いから旋律をピアノが奏で、懐かしい秋ゆらす詞が声無いまま廻りだす。

I'll be your dream I'll be your wish I'll be your fantasy 
I'll be your hope I'll be your love Be everything that you need. 
I'll love you more with every breath Truly, madly, deeply, do
I will be strong I will be faithful ‘cause I am counting on
A new beginning A reason for living A deeper meaning
I want to stand with you on a mountain…I want to lay like this forever…

Then make you want to cry The tears of joy for all the pleasure in the certainty
That we're surrounded by the comfort and protection of The highest powers
In lonely hours The tears devour you
I want to stand with you on a mountain…I want to lay like this forever…

Oh, can you see it baby? You don't have to close your eyes 
'Cause it's standing right before you All that you need will surely come…

I love you more with every breath Truly, madly, deeply, do
I want to stand with you on a mountain

 僕は君が見ている夢になろう 僕は君の抱く祈りになろう 君がもう諦めている願望にも僕はなれるよ
 僕は君の希望になる、僕は君の愛になっていく 君が必要とするもの全てに僕はなる
 息をするたびごとにずっと君への愛は深まっていく ほんとうに心から激しく深く愛している
 僕は強くなっていく、僕は誠実になっていく それは充たす引き金になる 
 君への想いはきっと新しい始まり、生きる理由、より深い意味
 君と一緒に山の上に立ちたい…こんなふうにずっと寄り添い横たわっていたい…

 そして君を泣かせたいんだ 確かな幸福感の全てに満ちた嬉しい涙で
 僕らは、孤独を壊されて護りに抱えこまれている 最上の力によって
 孤独な時にある時も 涙が君を呑みこむ時も そう守られている
 君と一緒に山の上に立ちたい…こんなふうにずっと寄り添い横たわっていたい…

 ねえ、愛しい君には見えてるの? どうか君の目を瞑らないでいて 
 ここに、君の目の前に立っているから 君に必要なもの全てになった僕は、必ず君の元へたどりつく…

 息をするごと愛は深まってゆく 本当に心から激しく深く愛してるよ 
 君と一緒に山の上に立ちたい

いま聴いているのはピアノの音だけ、それでも旋律は詞を奏で鼓動を響かせる。
この曲に名残らす秋は去年の秋、奥多摩の秋、そして青梅署単身寮に抱きしめた温もりが愛おしい。
あのとき周太は父親の殺害犯と向きあって泣いて、そのまま青梅署まで自分は攫って帰って二人で過ごした。

そうして始まった去年の秋、あの秋と同じ月はもうじき訪れるけれど今、独り声すら返らない。
それでも今こうして繋がれたオーディオふたつに旋律は届いてくれる、この想い、ふたり今も同じと信じられたら?






【引用詩文:Savage Garden「Truly Madly Deeply」】

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第70話 竪杜act.2-side story「陽はまた昇る」

2013-10-21 19:55:43 | 陽はまた昇るside story
Thou art more lovely and more temperate.



第70話 竪杜act.2-side story「陽はまた昇る」

見あげた日中南時の向こう、懸かる雲間から太陽が白い。

もう9月下旬、そんな季節の訪れは雲と空の色から何となくわかる。
こんなふうに空だけを見て時を読むことは一年前の自分には出来なかった。
それでも今は出来てしまう、こんな経過に笑って隊服の袖を捲った横から快活に声かけられた。

「宮田さん、消防庁から表彰されるそうですね、おめでとうございます、」

穏やかで明るいトーンに振り向いた先、端正な瞳が笑ってくれる。
この笑顔は嫌いじゃない、それでも抱いている自分勝手な嫉妬心を隠して英二は笑った。

「ありがとうございます、浦部さん。でも表彰なんて烏滸がましいんですけど、」
「山火事を防いだんですよ?充分に大変なことだから、」

低く透る声で笑ってくれながら並んで歩きだす。
そんな様子は気さくで嫌味なんか無い、それなのに自分は引っかかる。

―周太と仲良かったから嫉妬したくなるんだよな、浦部さんって佳い男だから、

心独り呟いてしまう通り自分はこの先輩に嫉妬している。
それでも佳い男なのだと認めていて、だからこそ尚更に妬んでしまう。
こんな自分の狭量に困りながらも隠す横から綺麗な笑顔は訊いてくれた。

「湯原くん、異動になったらしいね?メールもらって驚いたよ、」

メールもらって、って今、仰いました?

「え、」

メールもらってって、どういう意味?

自分だって2週間ずっとメール1つもらっていない、それなのに?
っていうか何時の間にメールアドレス交換してるんだよ、そんなの聴いていないんだけど?

―男同士なら友達感覚でメアド交換は当然だろうけど、でも、なんで浦部さんまでなんだよ?

責めたくなる本音が喉まで迫り上げて、睨みつけたくなって英二は瞳ゆっくり瞬き一つした。
このまま睨めば冷静を消して信頼ごと失うだろう、そんなことは今の自分がある立場では許されない。
なにより自分が赦したくなくて、堪えて越えたい嫉妬ごと飲み下した向こう白皙の貌は寂しげに微笑んだ。

「休憩の時にメールチェックしたら入ってたんだ、10月一日付で異動だけど引継ぎがあるから挨拶も出来なくて、すみませんって。
湯原くんには水源林のこと教わったりして楽しかったから、寂しくなるよ。宮田さんは同期だから、飲み会とかで会えるだろうけど、」

話してくれる詞もトーンも穏やかな篤実が温かい。
そんな笑顔は山ヤらしい静謐に明るくて、自分には無い澄んだ芯が眩しくなる。
こんな笑顔の男だから元来が内気の周太でも親しんだ、それは自分が知らない時間だと解かるから英二は尋ねた。

「湯原と浦部さんは話す機会が多かったんですね?」
「うん、高田さんも湯原くんと仲良いしね、だから3人で喋ることも多かったよ?箭野さんも一緒に4人でとかもね、」

真直ぐな眼差しから明るく笑って話してくれる。
その端正な瞳もやわらかな誠実と余裕が優しくて、だから自分の本性を突く。

―この人は本当に優しくて強い男だ、俺みたいに仮面じゃない、

優しくて強い男、そんな生き方に自分だって憧れる。
だから雅樹にも憧れて自分は光一を欲しがった、そんな我儘が光一も周太も傷つけた。
そして自分自身ですら我儘だと気づきもせず恋愛を言訳に冒した現実は、どんなに後悔しても消せない。

―だから周太は俺に何も言ってくれないんだ、巻きこんでくれないんだ…俺が心変わりしたって想われても俺の所為だ、

訓練場を歩きながら廻らす想い、けれど顔だけは笑って浦部と話している。
こんな仮面の笑顔は幼い日から備わって、それでも周太に出逢ってから外れていた。
そして今を貼りついてゆく仮面は少しだけ冷たくて、それなのに昔は無かった熱の分だけ一年半は無駄じゃない。
なによりも後悔している暇なんて今もう無い、その義務と責任と権利の狭間から英二は綺麗に笑って質問をした。

「箭野さんも異動して、寂しいですね?」
「うん、」

素直に頷いて端正な瞳が寂しく微笑む。
その眼差しは篤実のまま現在の状況に口を開いた。

「銃器は二人もいっぺんに異動して、しかも箭野さんが抜けたらキツイと思います、箭野さんって第1小隊の実質的リーダーだったし。
正直なとこ俺たち、山の第2小隊もダメージ大きいよ?もう宮田さんなら解かってるだろうけど、箭野さんは俺たちの聞き役だったから、」

何げない言葉たち、けれど箭野という男が立つポジションが見えてくる。
今朝から考えている「同じ」から浮ぶ箭野の異動先、それが29年前の現実を証明しだす。

―身長180cmでも配属できるポジション、そこを条件に出されたら頷く、

通称SAT、警視庁特殊急襲部隊 Special Assault Team 

そこに配属される条件は身長170cm前後と規定がある。
この体格規定はSAT隊員自身の安全を護るために欠かせない、それは室内など狭隘地が現場になる為でいる。
だから「現場」に立つのではないポジションならば体格規定外であっても能力条件さえ適合すれば選抜も可能だろう。

けれど、ポジションが異動しないとの確約は無い、それが馨に与えられた現実だったろうか?

「箭野さんって皆さんに好かれてますよね、黒木さんも朝飯のとき、異動のこと寂しそうにしてました、」

思案を廻らせながら笑いかけて、ヒントをまた探る。
こんな肚底を気付かれないまま綺麗な温かい笑顔が応えてくれた。

「黒木さんにとって箭野さんは、唯一って言うくらいプライベートから仲良かったから。黒木さんも人望すごくあるんだけどね?」
「俺も好きですよ、はっきり言ってくれる人って嬉しいから、」

この事は本音から答えられる、それは1週間前の訓練で交わした会話から響く。

集中を欠くな、状況を考えろ、
さっきよりマシな声だが、大丈夫か?
意外と骨っぽいな、期待させてくれよ?

奥多摩山塊でくれた言葉たちは真直ぐで、厳しい底は温かい。
あんなふうに直言することは信念と覚悟を支える強靭無しには出来ない。
それは自分こそ歩き始めた立場に知っている、その変化へと軽やかに肩叩かれた。

「み・や・た、昼休憩は俺と打合せランチするよ、」

ぽん、軽く肩響いた平手打ちとテノールに振り向くと底抜けに明るい目が笑ってくれる。
その眼差しが伝える合図に目で頷いて英二は穏やかに微笑んだ。

「解かりました。国村さん、先に着替えますか?」
「モチロンだね、午後は皆で珍しい事務仕事だし。ね、浦部?」

雪白の貌ほころばせた笑顔を光一はもう一人にも向けてくれる。
そんな年下の上官へ篤実な瞳は綺麗に笑って応えた。

「ほんとに久しぶりですよね、事務するのは。担当の部屋へ直行して、終ったら小隊長の机に提出で良いですか?」
「それでお願いします、離席してたら決済箱に入れておいてくださいね、じゃ、」

からり笑って光一は先に歩きだした。
急いでいると見えない背中、けれど速く遠ざかり前ゆく後姿の肩叩く。
それに振り向いた横顔の鋭利な眼差しは、すこし緊張しながら昨日より和らいで見えた。

「なんか黒木さん、だいぶ小隊長に馴染んできてる感じするな、」

朗らかなトーンで浦部が笑ってくれる、その通りだと自分でも見てしまう。
この理由は今朝や今の会話にあるかもしれない?そんな思案に英二は微笑んだ。

「たぶん呼び方の所為です、今、浦部さんにもしてたけど、」
「俺にも?」

すこし首傾げながら端正な瞳ひとつ瞬いてくれる。
その瞳から愉しげに浦部は笑った。

「さっき俺、浦部って呼び捨てされましたよね?なんか気づかないくらい馴染んでたよ、そういえば今日ずっとそうだ?」

今朝から光一は部下たち全員を名字だけで呼んでいる。
そんな上官の変化を英二は微笑んで言葉にした。

「国村さんが俺を呼び捨てするようになったのは、初めて俺と一緒にビバークした時からなんです。道迷いの捜索をした時でした。
焚火を囲んで二人で一晩中を話したんですけど、多分、あの時からパートナーとして仲間として認めてくれるようになったと思います、」

昨秋の奥多摩山中、ノボリ尾根で焚火を囲んだ時間が懐かしい。
あのとき缶ビールと聴いた話は光一の両親と田中老人への想いだった。
そして本当はあのとき、光一はもう一つの本音と真実から問いかけたと今なら解かる。

『宮田はさ、男が好きなわけ?それとも、バイってやつ?』

あのとき光一が訊いた理由はきっと「雅樹」だった。

光一は今も雅樹を想い続けて、恋愛以上の想いに涯などきっと無い。
それを否定しない相手なのかどうかを光一は知りたかった、だから問いかけてくれた。
それが今の自分には解るから尚更に七月の夜を後悔して、自責して、けれど事実はもう消せない。

だからこそ支えたいと願う祈りの真中、長身しなやかな細身の背中は夏より強靭な明るさに佇んで今、前を歩く。







(to be gcontinued)

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曇りの午後、雨滝

2013-10-21 13:35:11 | お知らせ他


こんにちは、晴れの朝から曇りの午後になってます。
こういう日って昼寝したくなるんですよね、ナンカ眠いし、笑
でも写真は昨日の雨です、曇り空は一番下に載せてみましたんでソッチで。



コレは昨日ちょっと行ってきた山の写真なんですけど。
ここは普段は滝も川もありません、雨や雪解けの時にだけ現れるワケです。
こういう景色が見られるから雨も好きなんですけどね、笑 
でも霧や雨の山は危険度が増します。

だから雨だなって時は原則、車で行けるとこしか自分は行かないようにしています。
でも林道だった雨のときはスリップやナンカあるんで、行くならかなり安全運転です。
で、ナンで昨日は雨なのに行ったのかというと、紅葉シーズンが短い山だからです。
ココすぐ冬になっちゃうんですよね、だけど昨日は若干フライングでした、笑



ホントはもっと色染まるんですけどね、でも足許の草紅葉は綺麗になっていました。
こういうの見つけると何か楽しいんで山とか森を歩くのって好きだなって思います、笑



昨夜UPの第70話「竪杜2」は倍くらい加筆の予定です。
そのあと新しいヤツ掲載出来たら良いなって思ってます。
でも今日はなんだかヤタラ眠いです、笑

昼休憩に取り急ぎ、



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第70話 竪杜act.1-side story「陽はまた昇る」

2013-10-19 20:05:17 | 陽はまた昇るside story
Shall I compare thee to a summer's day?



第70話 竪杜act.1-side story「陽はまた昇る」

鉄扉を開いて、頬なでる風が昨日より涼しい。

髪ひるがえりTシャツを透かす風、その先にあわいブルーが澄んでゆく。
見あげる空は雲あわく薄紅ふくんで広がらす、そして朝が青色を呼ぶ。
薄い雲から墨色は流れて白くなる、その彼方から太陽ゆるやかに昇って、今日が目覚める。

「おはよう、…周太、」

手すり凭れながら名前を呼んで、けれど返事なんて返らない。
それでも隊服のスラックスにポケットでスイッチ押して、イヤホンから寝息が聴こえだす。
この一年半に幾度も聴いてきた懐かしい寝息、けれど少しだけ違う気配に英二は眉を顰めた。

―咳こんでる、かすかだけど、

眠れる吐息かすかに、小さく噎せるような音が時折に混じる。
こんな音は昨日まで無かった、それなのに今は聞えるなら体調の変化が周太に起きている?
そう解かるけれど確認する術など本当は無くて、ただ小さな機械を透す音から気配を盗むしかない。

「…逆に聴かない方がいいのかな、俺…」

ひそやかな独り言こぼれて、盗聴までする今を手摺ごと掴んでため息墜ちる。
もう2週間ずっと周太の安否を音だけで拾う、そんな一方通行の時間が孤独を占める。

―逢いたい、

心が本音をつぶやいて、けれど何も告げられない。
本当は2週間ずっと携帯電話を見つめている、唯ひとつの番号を待ち、コールしたいのに出来ない。
この想いごと過ごした2週間も自分は第七機動隊山岳レンジャーとして生きて、向きあう現実に立場は変ってゆく。
そんな時間は考え判断することが多すぎて気も紛れる、夜も疲れに眠れる、それでも暁の時間はこんなふう立ち止まる。

「たった2週間なのに駄目だな、俺…でも2週間だ、」

2週間、14日間、336時間。
それだけの時間を周太と会話しないことは、今が初めて。
こんな初めてに溜息は毎朝こぼれて、そして唯ひとり逢いたくて、思い知らされる。

「…救けるのは俺って思ってたけど、援けられてるのは俺だな、周太…?」

ゆるやかな風に声は流れて、返らない声に鼓動が泣きだしてしまう。
それでも夜は明けてゆく、そして今日が始まるなら自分は笑って立場を生きるだろう。
そんな想いごと微笑んで小さなオーディオのスイッチ切って、英二は屋上出口へと踵を返した。




いつもの席に着いた食堂は、早朝から賑わい慌しい。
英二も箸を取り汁椀に口付けて、けれど異変に気がついた。

―あの人もいない?

いつも同じテーブルに同じ頃を座る相手が、今日もいない。
昨日までの2週間を不在にしていた理由は知っている、けれど今日も居ないことは異様だ。
その疑問へと思案を廻らせだす向かい、トレー1つ大きな手と置かれて低く落着いた声かけられた。

「座るぞ、」
「どうぞ、黒木さん、」

いつも通りに笑って顔上げた向こう、鋭利な瞳が微かに笑ってくれる。
ここに異動して3週間、そんな時間の経過が見える相手は箸を執りながら告げた。

「箭野は異動した、今日からソッチで引継ぎだ、」

箭野が異動した?

そう告げられた現実に一瞬、箸が止まってまた動く。
まるで今も考えていた事を見透かされたようで、けれど黒木は気づいていない。
そんな様子を見とりながら焼魚に箸を動かして、英二はいつもどおり微笑んだ。

「そうなんですか、ご挨拶したかったです、」
「ああ、」

短く頷いて黒木は丼飯を口に入れた。
その仕草がどこか寂しげで、自分の今と重ねた向こう低い声は尋ねた。

「湯原も異動らしいな、箭野と同じで今日からだと聞いたが、」

ことん、

鼓動ひとつ軋んで、全てが止まりそうになる。

―だから今朝は咳きこんだのか、周太?

独り心に問いかけながら盗聴した気配を辿りだす。
早朝の屋上で独り聴いてしまった寝息の咳、あの意味が告げられた現実に傷む。
あんなふう眠りながら咳するのは、富士に見つめた不安の予兆が今、現実に変わってしまう?

「銃器の佐藤小隊長から聞いたんですか?」

問いかけながら穏やかに微笑んで、けれど心は少しも凪いでいない。
それでも普段通りのまま食事する前で黒木は教えてくれた。

「箭野の部屋へ行ったんだが居なくてな、隣の気配も無いから佐藤さんに聴いたら二人とも異動だって言われたよ、」

箭野は周太の隣室だったんだ?

そんな事実を今さら知らされて、そして思案が廻りだす。
なぜ箭野と周太が隣室にされていたのか、なぜ同日に異動になり「引継ぎ」始めたのか?
こんな二人の同じに紺青色の日記帳が映りこんで、ずっと追いかけてきた過去の現実が裏付けられる。

―箭野さんの身長は180cmくらいある、こんなの馨さんと同じだ、

異動も引継ぎも同日なら「同じ」異動先と考えた方が「自然」だろう。
けれど周太の異動先を馨と「同じ」だとしたら、箭野の身長は異動条件の規定から大きく外れる。
それは29年前の馨も「同じ」だった、だから箭野も周太も馨と「同じ」異動先へ行ってしまったのだろう。

けれど、なぜ?

「ほら、ナニ朝から難しい貌しちゃってんの?」

笑いかけた明るいテノールに英二は隣を振り向いた。
その頬に指ひとつ突かれて、底抜けに明るい目と目が合い微笑んだ。

「おはよう、国村さん。ちょうど今、箭野さんが異動したことを聞いて、」
「10月一日付だってね、湯原くんも、」

さらり光一も応えて隣の席に座ってくれる。
いつも通りに合掌してから箸執ると、底抜けに明るい目が英二に笑った。

「さて、宮田にもちょっとした話があるんだけどさ、今、飯食いながら話しちゃおっかね?黒木もいてチョウドいいさ、」

さり気なく黒木と呼び捨てして、秀麗な貌が大らかに笑う。
そんな上官に鋭利な瞳ひとつ瞬いて少しだけ黒木は笑った。

「俺にも関わることか、国村さん?」
「はい、関わってもらいます、よろしくね、」

からり笑って応えた横顔は明るいまま頼もしい。
こうした応酬も慣れた笑顔は唇の端をあげて、謳うよう告げた。

「宮田に消防庁から表彰が来たよ、で、今までの実績と加算で巡査部長に特進決定、あとイメキャラも決定、よろしくね?」

告げられた決定ふたつに頷きかけて、けれど考えて途惑ってしまう。
一つ目の意味は解る、だけど二つ目の単語の意味が繋がらなくて英二は尋ねた。

「特進の事ありがとうございます、でもイメキャラって?」
「イメージキャラクターだよ、決まってんだろ?」

さらっと軽く返事しながら光一は醤油差しを取った。
くるり目玉焼きへ綺麗にかけまわす手許を見、黒木が訊いてくれた。

「国村さん、宮田がイメージポスターのモデルを務めるって事か?」

モデル、

その単語に自分の過去が鼓動を押して、すこし息詰まる。
多分ばれることは無いはず、それでも隠したい過去ごと英二は飯を呑みこんだ。







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第70話 樹守act.8―another,side story「陽はまた昇る」

2013-10-18 19:11:16 | 陽はまた昇るanother,side story
When in eternal lines to time thou grow'st.



第70話 樹守act.8―another,side story「陽はまた昇る」

警察官を一年以内に辞めること、それを私と約束してほしい。

そんなふうに告げられる約束は、父そっくりの瞳から笑いかけられる。
この約束に肯わなかったら今、この胸に抱えこんだ喘息の事実を秘密にして貰えない。
けれど一年以内に警察を、あの部署を辞職することなど本当に自分には可能なのだろうか?

―あの入隊テストも形だけだった、本当は最初から全てが決められて…なのに辞めるなんて出来るの?

独り廻ってしまう現実に息止まりそうになる。
いま嘘でも良いから肯うことも出来るだろう、けれど、この瞳を裏切るなんて出来ない。
今この夢にも見つめた父とそっくりの切長い瞳、この眼差しに嘘を吐くなんて出来なくて、ただ涙ひとつ零れた。

「…っ、」

涙ひとつ息呑んで堪えようとして、けれど零れるまま止まってくれない。
ゆっくり熱ごと濡れてゆく頬をハンカチやわらかに拭ってくれる、その優しい長い指も父と似る。
ただ懐かしい大好きな俤は滲んだ視界に微笑んで、低く透るアルトの声は穏やかに教えてくれた。

「診てくれたドクターに言われたのよ、出来るだけ早く環境を変えて療養すべきだとね?空気の綺麗な場所でリラックスして過ごすこと、
そうしないと悪化して肺気腫っていう治らない病気になる可能性があると脅かさたわ、だから一年以内に警察を辞めてほしいの、なにより、」

なにより、そう言ってくれた同時に電子音が鳴った。
その音にパジャマから体温計を取りだすと長い指の手が受けとって、切長い瞳が微笑んだ。

「39度を下がったわ、よかった、周太くん40度近かったのよ?」
「…そんなに、」

言われた言葉にため息吐いて、体の現実を思い知らされる。
ただ2週間、それでも体は耐え切れずに今こうしてベッドに身を託す。
こんな自分がSATで生き抜けるのか?そんな思案に顕子は言ってくれた。

「なにより周太くんに長生きしてほしいの、斗貴子さんと馨くんが若く亡くなった分もね?そう想ってるのは私だけじゃないわ、
美幸さんが誰より願ってるでしょう、英二もよ?それに、周太くんには晉さんと馨くんが遺した学問を継ぐっていう責任があるでしょう?」

責任、

その一言に鼓動から肚へ落着いてゆく。
そんなふう考えたことが無かった、けれど今はもう納得できる。

『周太なら望んだ分だけ学び活かせます、大丈夫』

夢だった、けれど祖父は確かに自分に約束してくれた。
たとえ夢でも自分は祖父に約束を頷いている、だから今も周太は頷いた。

「はい…僕は父と祖父の誇りを護る責任があります、それが僕のプライドです…祖父にも約束したんです、がんばりますって、」

がんばります、そう自分は祖父と約束をした。
約束に父も笑ってくれていた、その笑顔そっくりの瞳が尋ねてくれた。

「周太くん、晉さんと馨くんの夢を見たのね?」
「はい、いま眠ってる間ずっと…あの、訊いても良いですか?」

ひとつだけ教えてほしい、さっきそう言ってしまったから遠慮したくなる。
けれど訊ける相手は田嶋教授か顕子しかいなくて、だから尋ねた向う切長い瞳は気さくに笑ってくれた。

「晉さんの特徴を訊きたいのね?私が知ってる晉さんは四十代だけど、それでも良いかしら、」
「はい、」

ほら、すぐ気がついて顕子は教えてくれる。
こんな察しの良さも孫息子と似ていて、嬉しくて頷いた真中で祖母の従妹は話してくれた。

「晉さんはね、白くは無いけど日焼の健康的な綺麗な肌をされてたわ、鼻梁の爽やかなハンサムで、細い目が凛々しくて聡明な瞳でね、
声は深くて響くようなテノールよ?スーツは三つ揃いがお決まりだったの、背も高くて、ダンディって言葉がしっくりする紳士だったわ、」

顕子に語られる通りの姿を夢の祖父はしていた。
目覚めた今も三つ揃いのツイードあざやかで、けれど語られない事が気になって訊いてみた。

「あの…祖父は、眼鏡をかけていませんでしたか?」
「あ、眼鏡ね?」

訊き返してくれる笑顔に頷いた向こう、切長い瞳がすこし考えこんだ。
なにか想いだしてくれている、そんな雰囲気にすこし待ってすぐ顕子は教えてくれた。

「そうね、元はかけていなかったわ、でも斗貴子さんが亡くなった頃には眼鏡をしてたわね、洒落た銀縁ので素敵だったわよ?」

祖母が亡くなる頃に、祖父は眼鏡をかけ始めた。

そう告げられた事実に鼓動ひとつ跳ねて異国の文章が語りだす。
この事まで一致するとは思わなくて、けれど納得は確信に変わってゆく。

『 La chronique de la maison 』

祖父が書き遺したミステリー小説の主人公は、妻が病死した頃から伊達眼鏡をかける。
その理由は「verite」全ての真相に気がついてしまったからだった。

―お祖父さん、わざと目が悪くなったフリをしたんでしょう?あのひとに諦めてもらいたくて…もう罪を重ねてほしくなくて、

あの小説は祖父の告白で告発だった。
それが「眼鏡」から明かされてゆく、けれど隠していたい。
そんなふうに願うことは祖父も同じ想いだろう、けれど父は知っていたのだろうか?
そして英二は知っているだろうか?様々に考えこみかけて、けれど切長い瞳が覗きこんで涼やかに微笑んだ。

「それで周太くん?約束はして貰えるのかしら、この一年以内に警察官を辞めることは出来るの?」

この約束に今、自分は何て答えたら良いのだろう?

この約束を出来るのかなんて解らない、けれど断れば秘密は明かされてしまう。
そうなったら母はどんなに苦しむだろう、きっと英二も泣いてしまう。
そんな想い廻るまま涙また零れて、けれど切長い瞳は笑ってくれた。

「周太くん、私も家族よ?家族には優しい嘘なんて要らないの、」

優しい嘘なんて要らない。

そんな言葉に一年前の記憶から母が笑ってくれる。
あの樹影に告げてくれたアルトヴォイスと同じに微笑んで、顕子は言ってくれた。

「家族で秘密は残酷です、それを周太くんは知っているでしょう?ちゃんと甘えて話しなさい、孫はお祖母ちゃんに甘えるものよ?」

家族で秘密は残酷、

それを自分は知っている、そのために14年間ずっと泣いてきた。
そして母も泣いている、そう解かっているのに自分は何も言えていない。

―お祖父さん、お父さん、どうしたらいいの?…話してもいいの?巻きこんでしまうのに、

迷いだすまま涙あふれて、聲が鼓動にもがきだす。
秘密の残酷を自分こそ知っている、けれど明かすことが正しいのか解らない。
どうして良いのか解らないまま見上げた真中、父そっくりの瞳から涙あふれた。

「守秘義務があることは解かっています、それでもお願い、話して?もう後悔したくないの、周太くんだけは助けさせて、」

後悔したくない、助けさせて。

そう願ってくれる言葉から過去がひとつまた見えてくる。
こんなふうに言うなんて「何も知らない」はずがない、その核心に涙の向こうへ尋ねた。

「祖父の本を読んだから、助けたいって言ってくれるんですか?…あの本を持っているから、」

顕子が祖父の小説を持っているのか?

それはまだ自分は知らされていない、けれど顕子は持っているだろう。
きっと祖父は息子に真実を託し贈ったように、妻の従妹へも自著を贈っている。
そんな推測のまま涙から見あげる先、父そっくりの切長い瞳も泣いて静かに微笑んだ。

「読んだわ、だけど気づけなかったの、だから後悔して今も泣いているのよ?馨くんを助けたかったから、」

父のことを助けたかった、そう言ってくれる瞳は父そっくりに泣いている。
真直ぐ見つめてくれる瞳、けれど涼やかな睫こぼれる雫は静かなまま白皙の頬を伝う。
こんなふうに泣かれたら懐かしくて切なくて、それでも嬉しくて周太は涙から笑いかけた。

「おばあさまの泣き方、父とそっくりです…英二が泣いてるのよりも似ています、そんな貌で泣くなんて、ずるいです、」

こんなふうに父と同じ瞳で泣かれたら、頑なに黙っていることなんて出来ない。
そんな想い笑いかけてブランケットから腕を伸ばして、そっと白皙の頬に指ふれてぬぐう。
ふれる雫は温かに指先とけてゆく、この温もりに微笑んだ掌を長い指の手くるんで顕子は笑った。

「周太くんの方がずるいわよ、斗貴子さんそっくりに綺麗な泣顔なんだもの、その貌に私は弱いのよ?やっぱり家族なのね、私たち、」

祖母と自分の貌が似ている、やっぱり家族。
そう言って笑ってくれる瞳は幸せそうに涙こぼしてくれる。
いま涙ぬぐった掌を優しい手は握ってくれたまま、穏やかな声は話してくれた。

「私はね、斗貴子さんのこと大好きなの。今でも大好きよ、だから内緒で命日はお墓参りさせてもらってたの、でも気づかなかったわ、
馨くんまであのお墓にいるなんて、まさか、あの馨くんが亡くなってるなんて…それも警察官になって殉職だなんて、今も信じたくないわ、
私は、馨くんはオックスフォード大学にいると思っていました、晉さんのように学者になるって私にも話してくれていたから、信じていたの、」

父が学者になる事を顕子も信じてくれていた。
そんな信頼は父にとって嬉しい、けれど現実の傷みと見あげる真中で切長い瞳は微笑んだ。

「馨くんは赤ちゃんの頃から本が好きでね、特にイギリスの本が大好きだったの、だから菫さんからも英語を教わったりしたのよ?
馨くんが東京大学に入ったことは新聞の合格者一覧で知っていました、オックスフォードに留学することも晉さんのお通夜で噂ごしに聴いたの、
だから夢を叶えて英文学の最高峰にいると信じていました、あの馨くんなら立派な学者になっていると信じてたわ、それなのに警察官だなんて?」

穏やかなままのアルトの声は過去を告げて、父そっくりの瞳が涙こぼして微笑む。
そんな眼差しに懐かしさと痛みは鮮やかで、ただ哀しくて愛しくて見つめる真中で肉親は願ってくれた。

「私は何も解かっていなかったわ、知ろうともしなかったわ、だから馨くんを助けられなくて後悔して泣いてるの、自分が赦せないの、
だからお願い、周太くんだけでも助けさせて?優しい嘘なんて吐かないで、家族なら私も巻きこんで?もう、これ以上は泣きたくないわ、」

これ以上は泣きたくない、

そんな想いは自分も知っている、だから無理しても父の軌跡を追ってしまう。
そんな自分の願いと同じに父そっくりの眼差しは見つめて、だから今、過去と明日へ祈りたい。
だから本音のままに祈って、叶わないかもしれない約束にも希望を見つめて周太は綺麗に笑った。

「おばあさま、僕、一年以内に警察官を辞めます…だから母には内緒にして下さい、英二にも、誰にも、」









(to be gcontinued)

【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet18」】


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午前の光×樹、花

2013-10-18 10:57:05 | お知らせ他
Here, under this dark sycamore, and view



こんにちは、青空ひろがる明るい午前です。
写真は上下とも先日の御岳山なんですけど、上も下も前に載せた花木と同じのを別角度から撮ってます。
光の角度や焦点の絞りとかで変化するんですよね、ソレが面白いんで資料以外も撮っちゃうんですけどね、笑



昨夜の「逢瀬の光」加筆校正が終わりました、
第70話「樹守8」は今の倍以上に加筆して、終わったら新連載UPって考えてるとこです。

あと出来たら2つ出来たら良いなって思ってます、
昨日までコメント他に頂いた好きなキャラクターので書きたいなあと。
今のトコ考えているのが第70話の英二サイド&「天津風」かなと、または「morceau」の英司で。

現段階でいちばん好きなキャラクターは、英二&英司に2票、雅人に1票。
話は「天津風」に1票、「morceau」にドキッとしたのが1票、って感じです。
他の方もどれがイイとか教えてもらえたら嬉しいです、ナンカしらソレに沿ってUP出来たら楽しいんで、笑

金曜合間に取り急ぎ、



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第70話 樹守act.7―another,side story「陽はまた昇る」

2013-10-16 22:30:02 | 陽はまた昇るanother,side story
Nor shall Death brag thou wand'rest in his shade,



第70話 樹守act.7―another,side story「陽はまた昇る」

月の輪郭すら見える、そんな三日月に空を仰ぐ。

墨色やわらかな天穹は風を吹きおろして額の髪を揺らす、その頭上は星の梢が揺れる。
庭へ繁れる楓たちに三日の明月から光ふらす、そして月光きらめく楓は星になり夜に輝ける。
星ふる葉は楓、木洩月ゆれる星雫、星たちの硲を雲は駈けて白銀ひるがえり、涯から瞳は探す。

―きっと今夜なら銀河鉄道が通るよね、だってこの本があるから、

見あげながら深緑色の本を抱きしめて、祈るよう天を瞳に追いかける。
願いごと仰ぐのは星の梢、銀色の三日月、それから虹色ふくんだ夜の雲。
あの七彩を父は詩に映して愛していた、そんな記憶から周太はそっと口遊んだ。

“My heart leaps up when I behold A rainbow in the sky :
 So was it when my life began,
 So is it now I am a man
 So be it when I shall grow old Or let me…

謳いかけた詞、けれど視界に息ごと呑みこます。
見つめる夜の真中を一閃、銀色きらめく列車がひとつ駆けてくる。

―銀河鉄道が、

呼んだ夜空の涯、月の雲から列車は駆けて軌跡に星の花が咲く。
見あげる彼方は遠くて、けれど車窓から笑顔ふたつ見えてしまう。

―お父さん…!それからあの人はきっと、

遥かへ呼びかけた声に、穏やかな切長い瞳は涼やかに笑ってくれる。
その前に座る端正なツイードの三つ揃いにネクタイ締めた、銀縁眼鏡の笑顔は温かい。
初めて見る貌、けれど知っているようで見あげるうち気づくと深緑色やわらかなシートに座っていた。

「周、僕の本を見せに来てくれたの?」

深いテノールが微笑んで見あげた隣、涼やかな瞳が笑って見つめてくれる。
この笑顔にずっと会いたかった、やっと会えた喜びに周太は抱きしめていた本を差し出した。

「ん、お父さんの本だよ?見て…田嶋先生が作ってくれたの、表装の深緑色も銀文字も穂高の色だよ?」

差し出した本に切長い瞳ゆっくり瞬いて、微笑んだまま見つめてくれる。
その前からロマンスグレイの上品な笑顔も本を見、愉しそうに尋ねてくれた。

「ああ、確かに田嶋君らしい作り方ですね、周太は田嶋君を好きかな?」

周太、

そう呼んでくれる声は父と似て、けれど父より響くよう太い。
銀縁眼鏡の眼差しは深く明るく穏やかで、端正な笑顔に銀色の髪が映える。
静かなのに優しくて明るい笑顔は見たことあるようで、その不思議に解かって周太は笑いかけた。

「はい、田嶋先生のこと僕は好きです…お祖父さん?」

お祖父さん、こんなふう自分も呼んでみたかった。

父と母と自分、三人だけの家族は幸せだけれど寂しい時もあった。
毎年の倣いに夏休みの日記帳を発表するとき、いつも祖父母や親戚の家で過ごす愉しい時間が多く読まれる。
けれど自分の日記帳に登場する家族は父と母だけ、それをクラスメイトに言われるたび理由も言わず両親に甘えた。
だけど今こうして自分の前に祖父は座っている、それが嬉しくて笑いかけた向こう銀縁眼鏡の瞳に幸せほころんだ。

「私も田嶋君は大好きだよ、彼はランボオみたいに情熱的な天才です。田嶋君はね、周太をうんと期待しているよ?」
「はい、あの…僕、がんばります、お祖父さん?」

お祖父さんと、また呼びかけ笑いかけた前で銀縁眼鏡の瞳が微笑む。
深く聡明な眼差しは真直ぐ周太を見つめて、綺麗な笑顔ほころばせた。

「ああ、周太は斗貴子と似ていますね?額や眉の感じがそっくりだ、優しくて穏やかで、学ぶことが大好きな綺麗な目をしてる。
何事も一生懸命になれる心がある、きっと君なら文学も植物学も両立できますよ?周太なら望んだ分だけ学び活かせます、大丈夫、」

大丈夫と、嬉しそうに笑って祖父が腕を広げてくれる。
その仕草に父と同じ俤が見えて、素直に周太はそっと抱きついた。
ふわり、上品な香ごと抱きしめたツイードのスーツ姿は広やかに温かくて、頬に温もり零れた。

―俺にもお祖父さんがいるね、こんなに立派なお祖父さんがいてくれる、

ただ嬉しい、そんな想い微笑んだ背中には大きな掌が温かい。
すこし互いに腕解いて見つめあった真中、銀縁眼鏡の瞳は涙ひとつ笑ってくれた。

「周太、私の為にすまない。それなのに私を信じてくれて、ありがとう、」

すまない、ありがとう、

ふたつの言葉に涙と笑顔は温かい。
この言葉も涙も笑顔もずっと会いたかった、それが叶った喜びごと周太は笑った。

「僕こそありがとうございます、お祖父さんのお蔭で僕は勉強が続けられているんです…ありがとう、お祖父さん?」

ありがとう、唯それだけを伝えたい。
他にも訊きたいことは沢山ある、それ以上に大切な想いだけ伝えたい。
そんな願いに笑いって席に戻りかけて、けれど父が座ったまま見上げ願ってくれた。

「周、僕の本を見せてくれるかな?…紀さんが作ってくれた本を見たいんだ、」
「ん、」

微笑んで頷きながら一冊を差し出して、父の手が受けとってくれる。
その長い指は深緑色の表紙をそっと捲り、切長い瞳は嬉しそうに笑ってくれた。

「SONNET18だ、紀さん…ありがとう、」

ほら、父もありがとうと笑ってくれる。
涼やかな切長の瞳は幸せほころんで、そんな父の笑顔が嬉しくて温かい。
こんなふう祖父と父と話せる時間が与えられる、その喜びへ周太は綺麗に笑いかけた。

「お祖父さん、お父さん、俺ね、二人と似てるって言われるんだよ?それがすごく嬉しいんだ…本当にありがとう、」





額ふれる、その掌が優しい。

この掌の感じは知っている、懐かしくて大好きな気配は温かい。
この掌の主に会いたくて深い吐息ひとつ、ゆるやかに披いた視界の真中へ周太は微笑んだ。

「おとうさん…たじませんせいのほん、よんだの?」

笑いかけて呼びかけた向こう、涼やかな切長い瞳ゆっくり瞬かす。
その眼差しに焦点があうまま周太も瞳ひとつ瞬いて、いま見上げる貌に驚いた。

「あ…おばあさま?」

いま自分を見つめてくれるのは、顕子?

英二の祖母、顕子が微笑んでくれる向こうは馴染みの天井が見える。
そして頬ふれるコットンの感触に自分の枕だと解かって、包まれるブランケットも自分のもの。
いま背中を受けとめるスプリングも此処がどこなのか教えて、起きあがろうとした肩を優しい手が止めてくれた。

「まだ起きてはダメよ?周太くんは熱が高いの、ちゃんとベッドに入っていて?」

そっとブランケット掛けなおしてくれる手は、長い指やわらかに温かい。
その手も切長い瞳も今、銀河鉄道で再会した俤そっくりに自分を見つめる。
この俤に昨日見たばかりの改製原戸籍を想いながらも、不思議で問いかけた。

「あの…どうして、おばあさまが僕の部屋にいるんですか?」
「美幸さんが英理に電話をくれたのよ、はい、」

穏やかなアルトが微笑んで体温計を渡してくれる。
素直に受けとってパジャマのなか挟みこむと、顕子は教えてくれた。

「今日の明方、周太くんは酷く咳をしていたそうよ?それで美幸さんが見にきたら周太くんの顔は真っ赤で、呼んでも起きなかったの。
だから美幸さんも驚いちゃったのね、咄嗟に着信履歴から英理に電話したそうよ?英二は警察の寮に入ってるからって咄嗟でも気遣ったのね、
それで英理が私に電話をくれました、美幸さんも英理も仕事だけど私なら看病が出来ますからね、菫さんと雪と海に留守番お願いして来たわ、」

聴かされる話に解かってしまう、きっと母は酷く動揺したのだろう。
いつも穏やかに落着いている聡明な母、それなのに救急車を呼ぶことすら思いつかなかった。
そんな母のことも受けとめてくれた顕子の、涼やかな切長い瞳に懐かしい俤が映りこんで涙こぼれた。

―やっぱり英二のおばあさまと、お父さんは血が繋がってる…親戚なんだ、

いま横たわっているのは自室のベッド、だから父と再会したことは夢なのだろう。
それでも夢で自分は父と祖父に会って、そして今この現実で見あげる笑顔は父と似ている。
こんな一致に零れた涙をやわらかなハンカチが拭って、低く透るアルトの声が訊いてくれた。

「周太くん、何か食べたいものはあるかしら?お薬を飲むのにお腹にすこし入れないと、ね?」

薬を飲む、そう言われて鼓動ひとつ軋みあげる。
こんなふうに言われる理由と体調に気が付いて周太は顕子に尋ねた。

「あの、…僕、お医者に診てもらったんですか?…何て言われたんですか?」

熱が高い、薬を飲む、そう顕子は教えてくれた。
それなら医師が診たのだろう、ならば喘息の罹患は暴かれてしまったかもしれない?
そんな心配の真中で涼やかな切長い瞳は困ったよう、けれど穏やかに毅然と教えてくれた。

「ええ、我が家のホームドクターを呼んで往診して頂きました、周太くんは喘息を持ってるみたいね?それが過労で発熱しています、
普通なら喘息は熱が出ないそうだけど、気管支の炎症があれば熱も出るし高熱になる事もあるそうよ。内緒で無理したわね、周太くん?」

やっぱり見抜かれてしまった。

そんな事態にため息吐いて、顕子が孫と似ているのだと気づかされる。
あの鋭利な英二の祖母らしく分析して穏やかに話す、その聡明な眼差しに重ねて尋ねた。

「…母は、そのことを知っていますか?」

きっと母は小児喘息の事を当然知っていたろう、そして自分本人には隠したまま治癒させてくれていた。
その気遣いは幼い日から持たせてくれた「蜂蜜オレンジのど飴」に解かる、それだけに再発は絶対に言えない。
だから今も気になって問いかけた向う、涼やかな切長の瞳は困ったように微笑んで端正な貌ゆっくり振ってくれた。

「いいえ、まだ詳しいことは知らせていません、お医者が来たのは美幸さんが出かけた後でしたから。心配ないとだけメールしたわ、」

まだ母には知られていない、そう教えられて呼吸ひとつ安堵する。
このまま知られたくなくて周太は聡明な瞳を真直ぐ見上げ、願った。

「おばあさま、お願いです…僕が喘息なことは母に言わないで下さい、もう…これ以上の心労をかけたくないんです、お願いします、」

警察官の夫を殉職で亡くして、息子まで警察官になってしまった。
それだけでも心労は大きい、それなのに再発の事まで知れば辛いだろう、哀しむだろう。
それでも母は独り胸に納めてしまうと解かるから言いたくない、そんな願いに困ったよう顕子は微笑んだ。

「私に秘密の片棒を担がせるって言うのね?それも大切な体に関わることだなんて、困ったわ。英二にも言ってないんでしょう?」
「はい、…主治医になって下さった先生にしか話していません、」

素直に答えながら胸が熱くて、布団の中そっとパジャマの衿元を抱えこむ。
この2週間が喘息に負担をかけてしまった、そんな現実に瞳ゆっくり瞬いた向う顕子は言ってくれた。

「解かりました、周太くんなりの覚悟があると信じて黙っています。でも約束してくれたらです、私と約束できるかしら?」

約束してくれたら。
そう提案してくれる眼差しは真摯で温かい。
こんな瞳に顕子は家族なのだと想えて、そして夢の会話が想いだされてしまう。

『周太は斗貴子と似ていますね?きっと君なら文学も植物学も両立できますよ?周太なら望んだ分だけ学び活かせます、大丈夫、』

夢だった、けれど確かに祖父は自分を見つめて笑って、約束をくれた。
大丈夫と告げる約束を祖父は贈ってくれた、その言葉を見つめながら周太は肯った。

「約束します、でもひとつだけ教えてください…ひとつだけでいいんです、」

ひとつだけ、顕子に教えてほしい。
唯ひとつさえ解れば今は幸せだろう、だから願いたい想いに切長い瞳は頷いてくれた。

「ええ、私に教えられることなら、」

頷いて微笑んでくれる瞳は、きっと質問をもう予測している。
その覚悟に微笑んで周太は七月から訊きたかった想いを言葉にした。

「おばあさまは、僕の祖母の従妹ですよね…僕には唯ひとりの、親戚ですよね…?」

民法第725条の定める親族は、6親等内の血族と配偶者および3親等内の姻族。

そして曾祖父の昭和改製原戸籍に記載の「顕子」は自分の血族6親等に該当する。
その「顕子」には歳の離れた兄たちがいて彼らも親族に当る、けれど年齢的に逝去しているだろう。
だから今この前にいる顕子が「顕子」なら自分にとって生きている親戚の唯ひとり、そんな唯一の相手は微笑んだ。

「ええ、斗貴子さんは私の従姉です、」

やっぱり「顕子」は顕子だった。

自分と母は二人きりの家族で、けれど親戚が一人だけいてくれた。
自分たちは独りじゃないと今、知らされた現実に視界ゆっくり滲みだす。
この涙は哀しいからじゃない、ただ嬉しい真中で顕子の頬に涙きらめいた。

「斗貴子さんと私は実の姉妹と同じに育ったの、だから言ったのよ、私は周太くんのおばあさまですって…ずっと、ごめんなさいね、」

ずっと、ごめんなさい。
そんなふう言ってくれる想いは14年前に遡るだろう。
そして50年前にある事実が「ずっと」の隔てを作った、そう解るから周太は微笑んだ。

「謝らないで、おばあさま?…音信不通にしたのは、僕のお祖父さんの方からなんでしょ?だから…ずっとごめんなさい、ありがとう、」

祖父は夢で言ってくれた。
私の為にすまない、それなのに私を信じてくれて、ありがとう。
そう言ってくれた祖父の言葉は伝言でもあるはず、だから今に伝えた前で切長い瞳は涙と笑ってくれた。

「私こそよ、ありがとう周太くん。ずっと言いたかったことを言えてスッキリしたわ、これで私の方の約束もお願い出来るわね?」
「はい、…なにを約束しますか?」

約束すれば喘息のことは内緒にしてくれる、この「約束」は何だろう?
それを考えたいけれど頭が今は働き難くて、解らないまま見上げた切長い瞳は微笑んだ。

「警察官を一年以内に辞めること。それを私と約束してほしいの、出来るかしら?」

告げられた「約束」に父そっくりの瞳が笑いかける、そして明日の先がまた、動く。






(to be gcontinued)

【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet18」/WilliamWordsworth「The Rainbow」】


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