萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

晴風睡眠×質問

2013-10-16 16:54:47 | 雑談


こっちは風がすごい強いです。
で、眠いです、低気圧の所為なのか昨夜の嵐がうるさかったのか、笑

今16時半、だけど昏くなってきているアタリもう秋なんだなーと何となく。
秋も冬も好きなんですけどね、日が短くなるのは何となくさびしい気がします。
夜も好きだけど、帰り道が暗いよりも明るい方が何となく楽しくて好きなんですよね、笑

今日は自宅にいざるを得ず、なので貯まってるブルーレイ観てたんですけど。
猫侍っていうの見てたら白猫が出てきてナンカ笑った、ウチにも猫が同居してるんで、笑
ウチの猫は昨夜の嵐んときは傍で眠ってたんですけど、猫でも傍にいれば温かいなって想います。
今はソファで毛づくろいしてますけどね、何するわけでもないけど傍にいて見てるとノンビリしてきます。
小説書くんでPC向かってると悪戯して邪魔したり、マウス遣ってる時に猫パンチしたり、構って攻撃もスゴイけど、笑



ちょっと訊いてみたいんですけど、登場人物で誰がいちばん好きとかありますか?
いま週刊連載も入れると6人の視点から描いてるんですけど、その6人以外でも誰が好きとか嫌いとか。
そういうの連載始めた頃ってコメントとかで聴かせてもらうコト多かったんですけど、最近は少なくて聴きたいんですけど、笑
メールならtomoei420@mail.goo.ne.jp、コメントならコメント欄から是非、ご意見ほか気楽に聴かせてもらえたら嬉しいです。
コメントなら非公開希望だったらその旨も書いて下さいね、非公開扱いでもレスはさせて戴きます。

なんて書いていたら夕刻になり、それでも風が荒っぽいけど雲の茜色がきれいです、笑



このあと第70話「樹守7」加筆校正して、短編書いて、また第70話の続きor英二サイドかなって考えています。
でも眠いです無性に、なんでだろってくらい、笑








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雨音の夜

2013-10-15 19:35:38 | お知らせ他


こんばんわ、コッチは雨がカナリなモンになってます。
明日の通勤は午前無理だなって判断です、だからノンビリ朝にナンカUP出来るかもしれません。
なんて呑気なこと言ってられる程度なら良いんですけどね、十年ぶりのスゴイ台風だって言ってるし。

さっき第70話「樹守6」加筆校正が終わりました。
このあと「Savant」UPする予定です、そのあと短編か第70話の続きかってとこですが。
停電とかで順延になったらすみません、

取り急ぎ、




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第70話 樹守act.6―another,side story「陽はまた昇る」

2013-10-14 23:57:40 | 陽はまた昇るanother,side story
So long lives this, and this gives life to thee



第70話 樹守act.6―another,side story「陽はまた昇る」

独りじゃない食事は一週間ぶり、それが家族となら尚更に温かい。

ずっと馴染みの台所で母の好みを考え料理して、二人分の夕食を向かい合う。
そんな幸せの食卓に気づいてしまう、自分はずっと母に独りぼっちの夕食をさせている。
そして今夜から一週間を過ごせば独りきり互いの食事を過ごす、だからこそ今に周太は笑いかけた。

「今日もおつかれさま、お母さん…どうぞ?」

ワインバケットからボトルをあげ、母のグラスへ傾ける。
あわい金色へランプの光ゆれる向こう、やわらかなアルトが笑ってくれた。

「ありがとう、周も飲む?」
「ん、お相伴させて?」

笑って頷いて自分のグラスへ注ごうとして、前から母が立ってくれる。
その華奢な手をさしのべてボトルを受けとると慣れた手つきで注いでくれた。

「はい、じゃあ今夜はちょっと飲み会ね?何に乾杯しようかな、」

黒目がちの瞳が笑って訊いてくれる。
この乾杯を何に捧げるか?そう訊いてくれるなら願いたいことを口にした。

「あのね、お父さんの本に乾杯しても良い?」
「お父さんの本?」

アルトの声が尋ねながら黒目がちの瞳は促してくれる。
その問いかけに頷いて周太は綺麗に笑った。

「お母さん、俺ね、お父さんが書いた本を頂いたんだ…お父さんが大学で書いた論文をね、田嶋先生が集めて本にしてくれてあるの。
お祖父さんの研究室を田嶋先生が継いでくれたでしょう?そこにも置いてあってね、文学部の図書館にもあるから皆が読んでくれてるよ、
まだ俺も読み途中なんだけど、お父さんの論文は読みやすくて面白いよ?読み終わったら書斎に置いておくから、お母さんも読んでみて、」

この世から去ってしまった父、けれど父の言葉と想いは一冊の本に生きている。
このことを母に伝えたくて帰って来た、それを叶えられて笑った前で黒目がちの瞳ゆっくり瞬いた。

「お父さんが書いたものを、大切にしてくれている人がいるのね?」

父が書いたものを大切にしてくれる、それは母と自分にとって何より嬉しい。
この想いは家族二人きりだからこそ大きくて、ふたりだけの寂しさに大きくなっている。
この寂しさも本当は温められる現実がある、けれど今は言えないまま周太は笑って頷いた。

「ん、そう…すごく大切にしてくれてるよ、田嶋先生も、文学の勉強してる人たちもね、」

ありのまま伝えた向かい、穏やかな瞳が真直ぐ見つめてくれる。
その眼差しが訊きたがってくれる全てに周太はグラス掲げ、笑いかけた。

「ね、お父さんの本にまず乾杯しよう?たくさん話したいことあるから、食べながら話すね、」

父には著作がある、その現実を先ず祝ってあげたい。
この想い笑いかけた前、母は綺麗に笑ってグラス掲げてくれた。

「はい、お父さんと本に乾杯、」
「ん、乾杯、」

母子笑いあってグラスに口つける、その唇から涼やかに香ひろがらす。
ふわり甘い芳香にほっと息吐いた前、母もグラスを置くと少し恥ずかしそうにねだってくれた。

「ね、周、お母さん、わがまま言ってもいいかな?」

わがまま言いたい、そんなふう母が言う「わがまま」は何なのか?
その答えに嬉しく笑って周太は席を立ちあがった。

「ん、書斎に行こ?…お父さんの机に置いてあるから、」

きっとすぐ見たがるだろう、そう思って配膳も考えてある。
そんな食卓から母も立ちながら、困ったよう羞んだよう笑ってくれた。

「ごめんなさいね、周、ごはんが始まって直ぐなのに、」
「ううん、大丈夫だよ?きっと、すぐ見たいって言うと思ってたから、熱いメニューまだ出してないの、」

笑って答えながらステンドグラスの扉を開いた後ろ、母が食卓を振り向いた。
その黒目がちの瞳ひとつ瞬かせて、朗らかな眼差しくれながら微笑んだ。

「ほんとに周は佳い主夫でシェフね、お父さんとそっくり、」

父が食事を作ってくれるとき、いつも配膳のタイミングまで気遣ってくれていた。
そうした気配りも茶道に親しむ人らしく父は温かい、その俤を想い周太は嬉しく笑った。

「あのね、田嶋先生にも言われたんだよ?…話し方や声がお父さんとそっくり、って、」
「お母さんも似てるって思うわ、」

母も嬉しそうに笑ってくれる、その瞳が懐かしげに温かい。
こんな瞳をすることが時折ある、それが何故なのか今すこし解かったかもしれない。
そして母の父に対する想いをまた気づかされて、階段を昇りながら鼓動ゆっくり響きだす。

―お父さんのこと何も知らなくてもお母さんは結婚したんだよね、それくらい大好きで信じて、ぜんぶ受けとめる覚悟があるんだ、

母は、父の過去を何も知らないから息子の自分にも何も教えられなかった。
それでも母は父を信じて揺るがない、そんな母の想いが今この眼差しから思い知らされる。
そして迷い始めだす、今日も確認してしまった祖父と父と「家」の真実を、どこまで母に話せば良いのだろう?

『やさしい嘘なんて、私達には要らないのよ』

ほら、迷いだす心に一年前から微笑んでくれる。

卒業式の翌朝、あの一夜が明けた朝に母が微笑んだ言葉は14年前の約束だった。
あの一夜に自分は男との恋愛を選んだ、それは母から孫を抱く幸福を奪うことだった。
その真実を母に告げることは怖くて哀しくて、それでも母が笑ってくれたから嘘の壁を造らず済んだ。

『お母さんより先に、死なないで』

ほら、また一年前の願いごとが鼓動に響いて、もう泣きたい。
あの願いごとは必ず叶えて母をもう孤独にしたくない、けれど自分の現実は死線にある。
この2週間の入隊テストで思い知らされた現実は「明日」が不確定に過ぎて、だから母の願いも護れるか解らない。

―お母さんの言葉を2つとも護れないなんて、そんなのは嫌…だけど、

廻ってゆく想いのまま二階に足が着く、そして書斎の扉が見える。
扉を開いてランプ燈されて、いつも父が座っていた書斎机に深緑色と銀文字が輝いた。

「まあ…きれいな本、」

穏やかなアルトが微笑んで、ふわり香ゆれて母が歩きだす。
重厚で甘い香くゆらす部屋、あわいオレンジ色の光のなか母は微笑んで本を手にとった。

「とても分厚いのね、馨さんの本。たくさん書いたのね、たくさん夢を見て、考えて、努力して…素敵ね、」

やわらかな声が微笑んで深緑色の本を見つめる。
その笑顔の隣には今、穏やかな切長い瞳の俤が羞んで佇むようで、周太はカットソーの胸元そっと掴んだ。

―お父さん、お母さんに知ってほしいの?俺はどこまで話して良いの、

心呼びかけて書斎机の写真立てを見つめてしまう。
木目艶やかなフレームから涼やかな切長の瞳は微笑んで、静かに自分を見つめてくれる。
あの眼差しに訊きたいことが今あまりに多くて、その一つがカットソー越し気管支から迫り上げる。

―お父さん、お母さん…俺ね、喘息が再発しかけてるの、ほんとうは警察官なんて続けたら駄目って言われたの、でも今まだ辞めたくない、

いちばん言えない事実を心に告げる真中、母の横顔ゆっくり振向いてくれる。
その黒目がちの瞳に気づかれたくなくて周太は幸せな今だけ見つめて笑った。

「あのね、表紙の深緑色と銀文字は穂高の色なんだよ?穂高はお父さんと田嶋先生にとって大切な山なんだって、だからその色なんだ、」

笑いかけた向こう、黒目がちの瞳ゆっくり瞬かす。
そして深緑色の本を見つめて、頷いた母は綺麗に微笑んだ。

「穂高、そうだったのね、」

やわらかな笑顔ほころばせ、そっと母は本を抱きしめた。
大切な壊れものを抱くような仕草は優しくて、そのままに優しいトーンで母は唇を開いた。

「お母さんもお父さんと登ったわ、お付き合い始めた年の夏の初め。特別な空を見せてあげるって言ってくれて、暗いうち車で出発して。
あのとき特別って言ってたのは田嶋先生との想い出があるからなのね、それくらい大切で大好きな友達がお父さんにいて嬉しいわ…ね、周?」

特別な空を見せてあげる。

父が穂高で母に見せたかった空はきっと、いちばん輝いた時間。
そんな父の想いは田嶋が聴かせてくれた記憶と、自分の幼い夏に知っている。
それを伝えてあげたくて周太は書斎机の傍に歩み寄って、想うまま母に笑いかけた。

「お母さん、お父さんの本を開いて見て?いちばん最初のページ、」
「ん、最初ね、」

微笑んで腕ゆっくり解くと華奢な両掌は本を捧げてくれる。
優しい指は深緑色の本を開いて、そして黒目がちの瞳は眩しそうに笑った。

「シェイクスピアのソネット18、馨さんの大好きな詩だわ、」

I give it to an epitaph of savant Kaoru Yuhara.

And summer's lease hath all too short a date.
Sometime too hot the eye of heaven shines,
And often is his gold complexion dimm'd;
And every fair from fair sometime declines,
By chance or nature's changing course untrimm'd;
But thy eternal summer shall not fade,
Nor lose possession of that fair thou ow'st,
Nor shall Death brag thou wand'rest in his shade,
When in eternal lines to time thou grow'st.
 So long as men can breathe or eyes can see,
 So long lives this, and this gives life to thee.

[Cited from Shakespeare's Sonnet18]

美しい印字のアルファベット綴る一節は父のために贈られる。
この碑銘を贈ってくれた笑顔は父が抱いた夢と幸福を輝かす、その軌跡に周太は笑いかけた。

「And summer's から引用してあるでしょ、これってね、永遠の季節って言いたいからだと想うんだ…お父さんの文学も時間も永遠って。
ずっと護りたいって田嶋先生は想ってるから、俺を研究生にしてくれたんだよ?俺が誰か知らなくてもね、俺にお父さん見つけてくれたの、
だから俺に繋いだの…お父さんのこと『thy eternal』って信じて、お父さんは文学の天才だから必ず学問に帰るって待ってくれてたんだ、」

田嶋教授の想いと父の想いは、きっと同じ。
そんなふう想えるのは自分が父の息子で、父の言葉を憶えているからだろう。
それは父の妻である母も同じはず、そう想うまま笑いかけた真中で母は涙ひとつ綺麗に笑った。

「そうね、お父さんは大好きな文学の世界でずっと生きられるわ、この本を作ってくれる田嶋先生がいて、周がいてくれるんだもの、」

ずっと父は大好きな世界で生きられる。
そう信じられることは自分にとって幸せで、それ以上に母の喜びかもしれない。
だから今この時間を壊したくなくて大切にしたくて、祖父と「家」の真実を独り周太は胸に抱き籠めた。



そして翌朝、周太は高熱の昏睡に墜ちこんだ。






(to be gcontinued)

【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet18」】


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第70話 樹守act.5―another,side story「陽はまた昇る」

2013-10-13 23:00:55 | 陽はまた昇るanother,side story
So long as men can breathe or eyes can see



第70話 樹守act.5―another,side story「陽はまた昇る」

ふるい紙面に連なるのは薄墨いろの名前たち。
繰っていくページを黄昏のオレンジ淡い、その明滅に窓の風が解かる。
障子戸越しの光やわらかに照らす静謐、仏間に独り周太は14年前の芳名帳を読んだ。

―後藤さんも安本さんも来てくれて…あ、受付をしてたのって、安本さん?

ページに知人を見つけるごと記憶の水面は揺らいで、ゆっくりシーンが浮びだす。
14年前の春、父の通夜と葬儀で受付をしてくれた横顔が今、現在の安本と重なってゆく。
あのときより白髪の増えた髪、目許の陰翳と哀切、それを加減算するごと検案所の時間すら見える。

『これが、お父さんの手錠だよ』

ほら、あの夜の声がもう聞えだす。

あのとき受けとった父の手錠は研かれて、けれど小さな傷痕が無数に刻まれていた。
あの傷ひとつずつ父は何を見つめたのだろう、あの傷の分だけ父は泣いたのかもしれない。
両掌に捧げて見つめた父の手錠、その記憶だけは憶えているのに安本の貌も声も自分は忘れていた。

『私は、お父さんの友達なんだ。犯人はもう捕まえたから。必ず、お父さんの想いを私が晴らすから』

あのとき安本がくれた約束は父への愛惜だった。
それを9歳の自分は見上げながら泣きたくて、けれど泣いたら駄目だと呑みこんだ。
それでも安本の想いは哀しみの底からも感謝したいと想えて、だから通夜の時も挨拶した。

―…お手伝いありがとうございます、おいそがしいのにすみません、

ほら、幼い自分が頭を下げている。
白いシャツに黒いジャケットとハーフパンツ、そんな姿の自分が頭を下げる。  
見つめた視界は黒いハイソックスと黒いローファー、そして緑の芝生には薄紫の菫が咲いていた。

「…すみれが咲いて、山桜が咲いて…桜の木のところに座ってたよね、」

弔問客を迎える支度に大人たちは働いて、そんな姿を見つめながら山桜の許に佇んだ。
父が愛した花木に寄添いながら心ひとつ約束を見つめた、そこに一人の山ヤが来てくれた。

『良い桜の木だね、』

父と同じような年恰好の笑顔は優しくて日焼健やかに大らかだった。
その雰囲気がどこか山での父と似ているようで、父に話しかけられたようで嬉しかった。

―…この桜の木はお父さんが大切にしている奥多摩の山桜なんです…僕はこの桜を護れる樹医になりたいんです、

あの山桜を見上げながらそう答えた、あのとき自分は誇らしかった。
父と似た誰かに父との約束を語れた、それが嬉しくて少しだけ慰められた。

「そう、あのときは約束を憶えていて…樹医になることがお父さんに喜んでもらえるって、想って…」

記憶の感情が今、静かな座敷にひとり零れ落ちてゆく。
あのとき父との約束は大切だった、それなのに、どうして忘れてしまったのだろう?

『奥多摩の山には山桜がたくさん咲くよ、』

ほら、山での父と似た笑顔は泣きそうな瞳で応えてくれる。
あの言葉と同じことを父に教わっていた、だから彼は奥多摩を知る山ヤだと自分には解った。
だから自分は質問をした、おじさんは山ヤさんですか?そう訊いて、そうだ、と応えてくれた。

「…アンザイレンパートナーがいるのか訊いたよね、それでいるって言われて嬉しくて…おとうさんは居なくて寂しそうだったから、」

あの日に自分が抱いた感情、声にした想い、それが芳名帳の名前たちから目を覚ます。
まだ小学校4年生になったばかり、9歳だった自分の想いも記憶も消えたのだと想っていた。
けれど今こうして見つめる14年前の名前たちと会話する幼い自分が、涙を堪えて微笑んでいる。

「そう、あのひと…蒔田さんって名前で、お父さんと教場は違うけど同期だって…もしかして地域部長の蒔田警視長かな?」

14年前の泣きそうな笑顔が一人の笑顔と重ならす。
警視庁の射撃競技会、あのとき光一が述べた言葉に拍手して救助隊服を認めてくれた。
あの地域部長があの「山ヤさん」だとしたら光一の意見に賛同したことも納得出来てしまう。

「お父さん、お父さんには蒔田さんも居てくれたんだね?…すごく感じの良い人だなって俺は想うよ、」

笑いかけて見あげた位牌は、黄昏あわく艶めかす。
すこし昏くなり始めた座敷の空気、けれど西陽はまだ明るく光をくれる。
その茜色にページを繰りながら眺めていく名前たちは警察の肩書と並ぶ。
そんな芳名帳から田嶋教授が教えてくれた父の交友関係が裏付けされる。

『先輩は大学時代の仲間と縁遠くしていてな、私も新聞の記事で亡くなったことをを知ったんだよ。
驚いて、すぐご自宅に電話したんだが番号が変っていてな。留守番電話も Fax も確かめたけど、何も連絡の跡は無かったんだ。
大学の仲間は誰ひとり先輩の新しい電話番号を知らなくて、訃報も無くてな…先輩は縁を切りたかったのかと思えて、そのままなんだ、』

田嶋教授が教えてくれた通り、父の芳名帳には学生時代の友人は誰もいない。
母の親しい友人ひとり、近所の親しい知人、あと残り全ては警察関係者だけ。
全員が警視庁警察官の肩書を記して綴られるまま大半がある一点に集中する。

警備部警備第一課
捜査一課特殊犯捜査第1係、特殊犯捜査第2係
第六機動隊銃器対策部隊、第七機動隊銃器対策レンジャー部隊、第八機動隊銃器対策部隊

―どれもが銃だね…山岳救助隊の人もいるけど後藤さんと蒔田さんくらいで、あとは同期のひと、

銃火器のプロフェッショナル集団、その組織名が列挙されていく。
こんなふうに参列者から父を取巻いた状況を思い知らされて、父の真実と真相が浮びだす。

「お父さん、学生時代の友達がひとりもいないのって、…巻き込みたくないからでしょ?」

そっと独り問いかけた声に唯、位牌だけが沈黙のまま佇む。
それでも父の本音は祖父が遺した小説と田嶋教授の言葉からもう解かる。
そんな全てが鼓動から泣き出しそうで、深く呼吸ひとつ吐いて捲ったページに瞳止まった。

「…このひと、」

薄墨の筆跡端正に記す、ひとつの名前が圧し掛かる。

この一人だけ肩書を書いていない、けれど警察関係者だと自分は知っている。
この名前を自分は聴いたことがある、そして現在の貌も最近に見て知っている。

「お通夜のときに来てる…このひと…?」

ことん、

記憶の底ひとつ開いて、現在の貌と声が14年前の鍵を外す。
そうして現れだす老人の貌と声と、言われた言葉たちが静かに形を戻し始める。
あのとき確かに会話した一人、そして忘れていた言葉と時間と意味が鼓動ひとつ脈打った。

『お父さんが喜ぶと思いますよ、同じ道を君が歩いたら、』

父と同じ道、その言葉が意味することは何だった?

あのとき老人に自分は何を言われて、なんて答えたろう?
自分の答えに老人が返した言葉は何だったのか、あの眼差しは何を映した?
そうして自分はあのとき何を見つめて、何を「喪って」しまったのだろう?

「…っあ!」

声が叫んだ、そして記憶から刺された心が、息が止まる。





久しぶりに立つ台所は馴染みの気配に温かい。
握る包丁の柄も掌しっくり遣われて、夕食の支度が整ってゆく。
今朝のメールで母がくれたリクエストに旬の味を加えて、ダイニングに湯気が優しい。

「ん…もうじき帰って来るね?」

見あげた柱時計に母の帰宅が待たれて、その期待に炊飯器の時間が近づく。
今夜は残業の報せもまだ無い、だから時間通りに帰って来てくれるのだろう。
そんな愉しい予想に食卓へ母の好きなワイングラスも置いて、門扉の軋みが聞えた。

「ん、帰って来た、」

嬉しくて、いつものエプロン掛けたままステンドグラスの扉を開く。
その向こうエントランスホールに開錠音が立って、黒目がちの瞳の笑顔が帰ってきた。

「ただいま、周。良い匂いね、」
「おかえりなさい、お母さん、」

笑いかけて出迎えて、久しぶりの笑顔が嬉しいまま泣きたくなる。
スーツ姿の母は若々しく綺麗で温かい、この笑顔にまた会いたかった。
こんなふうに母を迎えられる時間も一週間後には遠い、その刻限が鼓動を絞める。

―お母さんには俺だけが家族なのに、ごめんね…でも親戚のひとがいたんだよ?お父さんの友達も、

笑いかけて母の前に立ちながら、話したいことが廻って心あふれてしまう。
この想いをどこから今夜は話したら良いのだろう、母は何て言ってくれる?
そして今日、知ってしまった真相を自分は、どこまで話したらいい?

―言えない、お祖父さんの罪も拳銃も言えない、英二が親戚なことも…でもお父さんの本は話せるね、田嶋先生のことも、

心そっと整理しながら笑いかけるまま、母の瞳が自分を見つめてくれる。
黒目がちの穏かで明るい瞳は微笑んで、けれど白い手そっと伸ばされ額にふれた。

「お母さん、どうしたの?」

額ふれる母の手に不思議で笑いかけて、けれど母の瞳は凝っと自分を映す。
こんなふう触れて見つめる貌は遠い日にあるようで、その記憶を見つめるまま母が言った。

「周?熱があるんじゃないかしら、」
「え…」

意外な母の言葉に不思議で、首傾げこんでしまう。
特に自覚症状も無い、ずっと今日の自分は忙しく動けている。
そんな今日の時間は何ともなくて周太はいつものよう母に笑いかけた。

「ううん、元気だよ?…お風呂入ったから熱っぽいように見えるかも、ね、ごはん食べよう?支度出来てるの…ごはんで話そう?」







(to be gcontinued)

【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet18」】


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山岳点景:花燈×葉陽@御岳山20131013

2013-10-13 20:10:40 | 写真:山岳点景
花×梢、灯明の瞬刻



山岳点景:花燈×葉陽@御岳山20131013

御岳山@奥多摩に行ってきました、コレ↑長尾平に咲いていたんですけど。
朝の光に透ける黄色は明るくて優しくて、光の叢ってカンジが澄んで綺麗でした。
コレってそんな珍しい花でも無い野草です、だけど今日見た花で一番惹かれました。



御岳山頂は標高929mですがケーブルカー滝本駅あたりの木々も黄色を帯びています。
下は御嶽神社参道にある神代欅ですが↓淡い色彩が朝陽に映えていました。



午前8時の御岳山は青空に空気が冴えて、眺望がキンと遥かまで海を見せました。
歩けば汗ばむけど木蔭はちょっと寒いくらい、Tシャツ+長袖パーカーで歩きました。
で、途中ちょっとコッヘルで湯を沸かしてスープ呑んだら美味しかったです、笑



岩石園=ロックガーデンと綾広の滝&お浜の桂を見たかったんで七代の滝は通らず、
長尾平→天狗の腰掛杉→綾広の滝→岩石園→天狗岩→七代バイパス路経由で長尾平ってコースを歩いてきました。
七代の滝は行ったことあるんですけどね、下って登る谷間にあたるポイントなんで時間も体力も遣います、笑
もし七代の滝に行くなら鉄梯子&滝壺周辺の岩場が滑りやすいので注意して下さいね、雨後は要注意です。



岩石園は↑こんな↓感じのとこです。
苔と水飛沫で滑りやすいトコもあるので気を付けてください、あと落石ホント注意で。
清流は冷たくて気持ちいいとこです、流れをさわるときは落っこちないで下さいね?笑



で↓コレがお浜の桂って名前の巨樹です。
岩場のシルエットから撮影してるんですけど、沢を渡って根元から見あげる事も出来ます。
小説作中で周太が桂の大樹に触れているシーン@ロックガーデンがありますが、アレはこの木の根元が舞台です、笑
もし木肌にさわってみたいなって思うなら可能ですが、但し、根っこは絶対に踏まないよう気を付けてください。



コレ↓が綾広の滝です、部分的な写真になりますが。
この滝は水量が変化するそうなんですけどね、今日は水量も豊かで涼やかでした。
岩石園の最深奥、大岳山寄りにあるんですけど狭隘路&沢渡りなど足場のちょっと危ないトコもあります。
今日も運動靴や散歩用って感じの人を多く見ましたが、登山靴で行かないと滑落や転倒の危険個所も多いんですよね。

ロックガーデンはもちろん御岳山は全ルートに落石や土砂崩れの跡があります、登山靴&帽子は必携、
ホントは警視庁山岳救助隊ではヘルメット着用も呼びかけているくらい、転倒や落石が危険。
作中の初期でも英二が登山道巡回中に独白しているよう、御岳山はソンナ感じです。



写真撮りながら&のんびり朝ゴハンしながら、ケーブルカー滝本駅に戻ったのは11時半頃でした。
ゴハン時間を省くと2.5時間位のタイムですけど山の歩行速度は個人差が大きいので余裕をみて下さいね?
殊に秋から日没が早いんで15時には下山口へ着けないとNG、山影はマジで昏くなり道迷い&踏外し→滑落事故を起こします。
自分はタイム計測しながら折返時刻を必ず決めます、渋滞とかで遅くなって11時スタートなら13時ターンって感じです。



で、下山したらケーブルカーも駐車場もトンデモナイ長蛇の列が出来ていてビックリでした。
テレビでなんだか放映された&山ブームで人が集まっちゃったとかで、その為か装備が不安な方を多く見ました。
御嶽神社までで折り返すなら良いんですけどね、そういう方が起こす遭難事故が多いのが御岳山の特徴っていう現実があります。

長尾平より奥に行くなら、登山靴と帽子の着用&水筒+雨具+照明器具は必携しないと周囲に迷惑をかける可能性大です。
御岳山は標高1,000m無い低山、だから散歩みたいな軽装の方が多いけど山は山、危険もホントに足許いっぱい転がっています。
なだらかな道もあるし整備もされている御岳山ですが倒木や土砂崩れに落石などアクシデントの痕跡が普通にあるんですよね。
特に今、秋は冬眠前のツキノワグマが食べこむため歩きまわるんで遭遇の可能性が大、で、山道には熊の食糧が落ちています。
ドングリや茸など熊の好物の植生は今日のルート全てに見ましたが、ビジターセンターには10/9の目撃情報がありました。

熊は元来が臆病で普通なら攻撃など自分からはしません、ツキノワグマは主食草食だしね。
けれど臆病すぎて遭遇→驚愕→恐怖のあまり攻撃、ってパターンで人を襲ってしまうことがあります。
それを防ぐために熊鈴や話し声など「音の出るもの」でココに居るよっていう主張をしてあげると、遭遇前に逃げてくれるワケです。
奥多摩はどこもツキノワグマ住居地、秋なら柿を食べたくて里に下りてくるほど多く住んでいますが御岳山の目撃ポイントも多いです。
そんな山の住人である熊ですら滑落や転落など、いわゆる遭難事故で命を落としたポイントも奥多摩山塊にはあります。
それくらい深い山懐を持つのが奥多摩、低山だし都内だしっていう安易な考えは甘いなって行くごと想わされます。



紅葉はまだハシリ、今月下旬あたりからかなって印象でした。
そういう淡い色彩は初秋らしくて、まだ夏陽が名残るような輝度の光に透けます。



さっき昨夜の第70話「樹守4」加筆校正が終わりました。
夕方UPの続編はこれから倍以上になる予定です、

出来たら短編とかも更新したいんですけどね、
今朝は5時半に出たんで寝ちゃうかもしれません、笑

取り急ぎ、






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第70話 樹守act.4―another,side story「陽はまた昇る」

2013-10-12 21:01:06 | 陽はまた昇るanother,side story
Nor lose possession of that fair thou ow'st,



第70話 樹守act.4―another,side story「陽はまた昇る」

かたん、

静かに扉閉じた部屋、障子戸の樹影は畳を染める。
ゆるやかな明滅に部屋は今どこにも地下を開いた痕跡は無い。
塵無く拭き清めた仏間は静謐の黄昏に佇む、その空気へ周太は一冊を抱きしめ進んだ。

―この部屋だった、お父さんのお通夜もお葬式も…家から送りだしてあげたいからって、

14年と6カ月前、あの春の夜が踏みしめる畳の目ごと蘇える。
あのとき真白な布団はここに敷かれて、白い父の貌は綺麗で哀しくて、その手はもう冷たかった。
あの長い指の手は優しくて器用で沢山を自分に教えてくれた、あの日の朝も自分の頭を撫でてくれた手は温かい。

『周、桜餅を買っておいてね…夜はお花見しよう、読んでほしい本を選んでおいて?』

穏やかで深いテノールは約束に微笑んで朝、出掛けて行った。
いつものスーツ姿は端整に姿勢よく歩いて庭石の上、山桜を仰いで微笑んで、そして門を出た。
その後姿をいつも通り母と見送って、そして綺麗な笑顔はいつもの角で振り向き長い指の掌を振って、行ってしまった。

あの日に自分が選んだ本は、何だった?

「…シェイクスピア、だったね…」

ことん、

記憶ひとつ蘇えって意識の扉ひとつ開く。
あの日の幸福だった時間ひとつ目を覚ます、そして時間は戻りだす。

『行ってきます、美幸さん、周、』

いつも通りに父を見送ってから学校に行き、理科の授業で描いた細密画を褒められた。
それが嬉しくて早く見せたくて寄り道しないで帰ろうとして、けれど満開の桜に誘われ原っぱへ寄った。
そこで薄紫の菫を見つけて3つ摘んだ、あの花は父と母と自分の分だと思って、それから土筆も見つけた。

『みっつだけちょうだい?…お父さんとお母さんと、僕の分をくれる?』

そんなふう笑いかけて原っぱしゃがみこんで、他にも見つけた春の野花たちを摘んだ。
帰宅した家で母は小さな手籠を出してくれた、そして小さな茶花を活けられて嬉しかった。

『可愛く活けられたね、きっとお父さん喜ぶわ、』
『ん…お母さんもこのお花好き?』

ほら、幼い自分が母を見上げて笑う、あれはこの仏間の風景だった。
あの床の間で母子ふたり小さな手籠を眺め笑っている、そして母は額にキスして微笑んだ。

『好きよ、でも活けてくれた周はもっと好き、お父さんも周のことが一番好きよ?』

あのとき母も自分も幸せだった、そして同じ時を父も生きてあの公苑で桜の花びら3つ掌に受けとめていた。

「…あのとき幸せだったね、お父さん…」

ひとり声こぼれて頬を温もり伝う。
あの春の幸せはこの座敷に咲いていた、けれど夜には哀しみ沈んだ。
あの春の夜に延べられた真白な布団、開かれた障子戸とテラスの窓、吹きこんだ薄紅の花。
万朶の桜ふる夜ゆるやかに風は花を運んで父の亡骸に降り積る、花は主を包むよう布団の白を花色に染めた。

『…おとうさん、シェイクスピアを詠んであげる、らぶれたーみたいな詩…僕、おとうさんにらぶれたーあげたいの、』

ほら、幼い自分の声が異国の詞を紡ぎだす。

Shall I compare thee to a summer's day?
Thou art more lovely and more temperate.
Rough winds do shake the darling buds of May,
And summer's lease hath all too short a date.
Sometime too hot the eye of heaven shines,
And often is his gold complexion dimm'd;
And every fair from fair sometime declines,
By chance or nature's changing course untrimm'd;
But thy eternal summer shall not fade,
Nor lose possession of that fair thou ow'st,
Nor shall Death brag thou wand'rest in his shade,
When in eternal lines to time thou grow'st.
 So long as men can breathe or eyes can see,
 So long lives this, and this gives life to thee.

「…And summer's lease hath all too short a da…っ、 and、this gives life to thee…」

現実の自分の声が一節を詠んで今、あの春の記憶あざやかに息吹を涙ごと戻す。
あの詩を父は愛している、だから自分は詠んで、けれど詩は父の現実を知れば残酷なほど美しい。

  貴方を夏の日と比べてみようか?
 貴方という知の造形は 夏よりも愉快で調和が美しい。
 荒い夏風は愛しい初夏の芽を揺り落すから、 
 夏の限られた時は短すぎる一日だけ。
 天上の輝ける瞳は熱すぎる時もあり、
 時には黄金まばゆい貌を薄闇に曇らす、
 清廉なる美の全ては いつか滅びる美より来たり、
 偶然の廻りか万象の移ろいに崩れゆく道を辿らす。
 けれど貴方と言う永遠の夏は色褪せない、
 清らかな貴方の美を奪えない、
 貴方が滅びの翳に迷うとは死の神も驕れない、
 永遠の詞に貴方が生きゆく時間には。
 人々が息づき瞳が見える限り、
 この詞が生きる限り、詞は貴方に命を贈り続ける。

懐かしい夏の日に父が謳った「Shakespeare's Sonnet18」は父の生命そのままだった。
あのとき父が呼びかけた「thee」は唯ひとりのアンザイレンパートナー、田嶋だと今なら解かる。
あの笑顔と生きた父の時間は夏よりも愉快に輝いて陽気で幸せで、その記憶をずっと抱いて父は愛しんだ。

―お父さん、本当に田嶋先生のこと大好きだったんだね…滅びないって言うほど大切で、なによりも信じて、

父にも輝ける時間があった、それは美しい分だけ現実の終わりが哀しい。
あの詩に父が讃えた「this gives life to thee」は文学への夢と希望と親友に願う祈り。
あの詩が謳う輝ける瞬間たちに父は永遠を抱いて生きて短く生命を終えた、けれど、父の言葉たちは生き続ける。

「おとうさん…おじいさん、見て?おばあさんも、みんな見て、」

呼びかけて見つめた先、仏壇は沈黙のまま穏やかな黄昏に佇む。
家名を記した位牌へ秋明菊が白い、この花を愛しむ母は父への想いに活けたろう。
そんな想いごと笑いかけて周太は仏前に座り、抱きしめてきた一冊をそっと経机に供えた。

『MEMOIRS』Kaoru Yuhara

深緑色あざやかな表装に銀文字きらめく、その輝きに父の信じた光が温かい。
この温もりを伝えたくて周太は家族たちに笑いかけた。

「田嶋先生が作ってくれたんだよ、お父さんの論文はどれも最高だからって…おとうさんは天才だからって、文学に還るひとだからって、
誰よりもお父さんを好きだから田嶋先生は本まで作ってくれたんだよ?この緑色も銀文字も穂高の色だって、お父さんとの大切な山の…いろ、」

見あげて語りかける視界ゆるやかに滲んで、声つまる。
それでも綺麗に笑って周太は涙のまま家族たちに話した。

「お祖父さん、田嶋先生は俺とお祖父さんは笑った貌が似てるって言うよ?でね、声はお父さんそっくりって…翻訳の仕方も似てるって、
先生のお手伝いで翻訳するんだけど英語も日本語もいいって褒めてくれて…研究生にしてくれてね、おじいさんの学術基金で俺も勉強でき、るの」

はたり…はたっ、

話す言葉ごと涙こぼれて膝を温める。
零れる涙にジーンズの黒藍色あざやいで想いに染めてゆく。
ずっと堪えていた雫は生家の大切な部屋で家族たちの前ほどかれる。

「俺ね、植物学がすごく好きだよ?でね、文学も好きって気がついて…おじいさんの本も先生がくれたの、お父さんのを俺にくれたの、
俺が誰かまだ知らなかったのに…大切な本だから俺はもらえませんって言って、それがお父さんとお祖父さんと同じ言葉だからくれたの、
ね…先生は本当にお父さんのこともお祖父さんのことも大好きだよ?今でも…だからお祖父さんの研究室を継いでくれてるよ、田嶋先生は」

湯原先生の孫なんだ、馨さんの息子なんだ、そうか、君だ。

初めて自分が名乗ったとき田嶋教授はそう言って、笑って泣いた。
あの笑顔と涙はきっと忘れられない、あのとき自分が抱いた喜びも色褪せない。
そして田嶋教授が抱いている祖父への敬愛も父との時間も鮮やかで、その想いに周太は本を開いた。

「見て?お父さんが大切にしてた詩をね、田嶋先生は載せてくれたんだよ…ふたりは繋がってるね?」

“I give it to an epitaph of savant Kaoru Yuhara.”

そう冒頭に記して寄せる田嶋の想いは、尽きることは無い。
それは詩の引用に解ってしまう、そこに見つめる想いへ微笑んだ。

「ね、見て…And summer's から引用してあるでしょ、これってね、終らない季節って言いたいからなんだって俺は想うよ?」

田嶋が父に捧げた「epitaph」碑銘は「Shakespeare's Sonnet18」の4行目から始まる。
冒頭3行を敢えて記さなかったのは哀惜と愛惜の二つ永遠に抱くから、その想いを周太は言葉に告げた。

「But thy eternal summer shall not fade, Nor lose possession of that fair thou ow'st…When in eternal lines to time thou grow'st.
ここを先生はお父さんに捧げたいんだと想うよ、お父さんの命も文学に生きた時間も永遠だよって…ずっと大切に護って繋げるよって言いたいの、
だから先生は俺を研究生にしてくれたんだよ?俺が誰か知らなくても俺にお父さんを見つけたから俺に繋いだの、thy eternalって信じてるから、」

But thy eternal summer shall not fade, Nor lose possession of that fair thou ow'st, When in eternal lines to time thou grow'st.
けれど貴方と言う永遠の夏は色褪せない、清らかな貴方の美を奪えない、永遠の詞に貴方が生きゆく時間には。

そんなふうに信じてくれる友人が父はいる。
それが嬉しい、そう自分こそ信じていたいから田嶋の想いが嬉しい。
この喜びを抱きしめながら周太は知るべき現実に呼吸ひとつ、綺麗に笑いかけた。

「ね、この本をすこし皆で読んでて?俺ね…ちょっと調べることがあるから、その間ちょっとお父さんの本を見ててね、」

仰ぐ位牌に願い、そっと掌を合わせて笑いかける。
そして周太は経机をすこし脇にずらし、仏壇下の引戸を開いた。

かたっ…

小さな音と開いていく手許から、ゆるく香の匂いが黄昏へ昇りだす。
引戸の奥へ射しこむ西陽に目を透かせ周太は両掌をそっと入れ、封筒を掴んだ。
そのまま丁寧に開いた茶封筒から14年前の記憶ゆらされるまま、哀惜ごと遺らす冊子を出した。







(to be gcontinued)

【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet18」】


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第70話 樹守act.3―another,side story「陽はまた昇る」

2013-10-11 19:30:01 | 陽はまた昇るanother,side story
By chance or nature's changing course



第70話 樹守act.3―another,side story「陽はまた昇る」

あなたは全てを知っている?

いつから知っているの、どうして知ったの?
知っているのなら何故なにも教えてくれないの?

そんな疑問が見あげる梢ゆれるごと揺れて、木洩陽の明滅から頬ふれる。
きっとそうだろうと推測していた、確信もしていた、けれど現実に向きあえば響く。
ずしんと堪えた感覚のまま座りこんだ庭のベンチ、森のよう深い庭木からの風に戸籍の一文が廻る。

“ 宮田英輔長男、總司ト婚姻届出昭和参拾壱年五月参日受付除籍 ” 宮田英輔の長男總司と婚姻届出、昭和31年5月3日受付により除籍

そんなふうに曾祖父の昭和改製原戸籍へ記載されていたのは、曾祖父の兄の長女「顕子」だった。
曾祖父から言えば兄の娘である姪「顕子」は祖母にとって従妹にあたる、だから「顕子」は自分の血縁者だ。
そして自分は「顕子」が誰なのか知っている、もう会って話もしている、そして彼女の孫息子に誰より今逢いたい。

「…英二、は…俺の親戚なの?」

途切れそうに呼びかけて、けれど声は風の葉擦れに攫われる。
独りきりの庭は誰も応えてくれない、それでも想いあの人に繋がれる?
この聲に応えてほしい瞳は記憶から見つめて、七月の約束を告げて微笑む。

『周太、来年は北岳草を見に行こうな、約束だよ、一緒に山に登ろう、俺と一緒に空の点を見てよ?来年もその先も、』

あの約束を告げてくれた時、あなたは全てを知っていた?
それを訊きたくて、それ以上に逢いたくて、それでも知ってしまった現実が溜息こぼす。
だからこそ今確かめたいことがある、この責任に左腕のクライマーウォッチから時間を読んだ。

「ん…正午、」

いま12時すぎ、これなら少なくとも5時間はある。
そう刻限をカウントして立ち上がると周太は庭を横ぎりエントランスに向かった。
そのまま扉を開錠して入り施錠し、念のためにチェーンかけて確実にロックする。
これで普通の方法では誰も家に立ち入れない、そう確認して仏間に入った。

かたん、

久しぶりの空間は畳が清々しい、その先で障子戸を透かした木洩陽ゆれる。
やわらかな光に畳縁の艶も穏やかな座敷、その一尺四寸四方に切られた周りシート広げる。
そのまま外した畳蓋の下、漆塗りの炉縁から深さ一尺五寸の黄土塗は5カ月ぶりに姿を顕わした。

『周、この家ではね、炉壇は塗替えの時しか外さないんだよ…お祖父さんからそう言われてるから、周もそうしてね?』

風炉に変える5月、普通なら炉の灰を上げて炉壇も外し鍵畳から風炉畳に変える。
それなのにこの家では変えず炉壇も外さない、それを家の風習なのだと疑問に思わなかった。
けれど今なら何故「お祖父さんからそう言われている」のか解かる、それは祖父自身が教えてくれた。

“Mon pistolet” 私の拳銃
“souterrain”  地下室
“enfermer”   監禁する、隠す

祖父が遺した小説にあった3つの単語が示すこと。
それが家伝の茶道に伝わる「異例」への答え、そして現実の探し物を教えてくれる。
これを父は気づいていたのだろうか?そんな疑問ごと周太は仏壇を振り返り微笑んだ。

「お祖父さん、お父さん…曾お祖父さん、いま開けてあげるからね?」

笑いかけた先、あげた線香は短く朱光を燻ぶらせゆく。
世田谷区役所から戻って仏壇に詣り、そのまま支度して庭でひと時を考えこんだ。
そうして固めた覚悟から呼吸ひとつ吐いて、周太は炉縁を慎重に持ち上げ外した。

「…ん、」

外した炉縁に微かな違和感を見て、ふっと首傾げさせられる。
初夏に炉を閉じた時もこんな雰囲気だったろうか、数ヶ月の経時が変えたのか、それとも推測の証拠なのか?
そんな思案ごと漆塗り美しい木枠をシートに置いて、四方1尺4寸、深さ1尺8寸の箱を地下から引き上げた。

かたん、

軽く乾いた音のまま見た目よりも重くない。
こうして炉を外すことは父が亡くなって以来は初めてになる、けれど楽に外せてしまう。
こんな感覚にすら推測は正解なのだと告げてくる、それが改製原戸籍の事実と重なりこむ。

―やっぱり英二と光一は知ってる、そしてここを七月の夜に、

廻らす思案ごと炉壇を重ねたシートに据えて、ほっと息吐いてしまう。
もし考え通りなら“Mon pistolet”は見つからない、けれど痕跡は確実に残る。
そんな知識を記憶のファイルに確認しながら運動靴を履いてポリ袋を上から被せこむ。
そしてヘッドランプを着けて点灯し、マスクと軍手を嵌めるとスコップ片手に床下へふわり降りた。

「…こんなふうなんだね、」

そっと暗闇に呟いて、ヘッドランプの視界に目が馴れてゆく。
いま開かれた炉の43cm四方の光だけが地面を照らし、その彼方は闇が深い。
それでも数メートル向う空気抜きの格子が光って見える、けれど炉壇で今しゃがむ地点は踏みこめない。

―絶対に外からはここを掘れないね、

視認する光景と佇む場所に祖父の記述が浮びあがる。
あの小説には「souterrain」の他に「enfer」とも表現されていた場所。
それは生活空間の真下へ広がる陰翳に「奈落」という言葉は似合うかもしれない。

“ enfer ” 地下、監禁所、奈落、煉獄 

そんな翻訳が付けられる単語を用いた祖父は、どの意味を伝えたいのだろう?
そう考えかけて、けれど今確かめるべき現場に向きあい周太はスコップを地面に入れた。

さくり、

軽く刃先が地に潜りこんで鼓動ひとつ息を呑む。
この程度に軟らかいと推測はあった、けれど現実の感覚は軍手ごし迫る。

―もし小説の通りなら掘られたのは50年くらい前だから…やっぱり最近に掘られてる、

『 La chronique de la maison 』

祖父が書き遺した小説が事実なら、この場所を祖父は掘っている。
それは父の記憶には無いほど古い過去、あの記述通りなら今から半世紀は前だろう。
そんな推測と掘り下げていく土は半世紀よりも軟らかに深くなる、そして一文が現実に変わりだす。

“もう1つの名前を埋葬した、私の拳銃と共に”

祖父が埋葬したのは“Mon pistolet”祖父の拳銃、そして“Un autre nom”だと小説は告げる。
その意味を示してくれるパズルのピースはここにある、そんな確信と見つめるヘッドランプの光に黒い欠片が光った。

「あ、」

声こぼれてしゃがみこんだ先、掘り起こした土に黒く破片が混じりこむ。
その一片そっと摘んだ軍手の指先、ほろり脆く崩れた欠片は土じゃない。
この一片にあった元の形は見えるようで床下の闇、独りため息こぼれた。

―ホルスターの革だね…そうでしょう、お祖父さん?

この場所に祖父は、自身の拳銃をケースごと埋葬した。
けれど今もう無いのは多分、2ヶ月前に掘り出されたからだろう。

―ここで腐敗したら土が酸化鉄になってるよね、だけど革の欠片しかない、

いま見つめる土は庭の土と変わらない、それなら何も埋まってなどいなかったとも言えるだろう。
けれど黒い欠片は確かに混じって名残を記す、その一欠けらずつ周太は軍手の掌へと拾い始めた。

「…っ、」

拾う欠片ひとつごと涙こぼれて、軍手の指さき温もり濡らす。
ごく小さな黒革は摘むごと脆く崩れて、けれど受ける左掌へ確かに積もる。
この欠片たちが納めていた拳銃は祖父を、父を、曾祖父も曾祖母も祖母も死に追いこんだ。

―拳銃なんか無かったらみんなは…どうして?

どうして拳銃は存在した?

どうして拳銃はその時その場所にあったのだろう?
ただ一発の弾丸だった、それが自分の家族を壊して消してしまった。
そんな現実が瞳こみあげ熱こぼれてゆく、ただ哀しくて、そして拳銃を持ち去ってくれた俤に訊きたい。

―どうするの英二、お祖父さんの拳銃をどこに隠したの?…拳銃を持っているだけで違法だって解かってるのに、それも証拠品を、

銃砲刀剣類所持等取締法 

この法令により職務のため所持する場合等を除き、原則として銃砲・刀剣類の所持は禁じられている。
所持する場合は基準に則り銃砲または刀剣類ごと住所地を管轄する都道府県公安委員会の許可を受けねばならない。
それは警察官であっても職務外の所持なら許可を得ない場合は法令違反となる、けれど、きっと英二は許可など受けない。

―ここに鉄錆は欠片も無い、革の欠片はあるのに錆が無いなんて…銃身は無傷ってことなんだ、

祖父の拳銃は無傷で残っていた、それを英二は持っている。
それなのに所持の許可も出さずにいるのは多分、祖父の拳銃が意味する現実を知るからだろう。
祖父の小説はパリ郊外が舞台、けれど日本に場所を変えれば全てが「記録」で事実、そう英二も信じている。

あの小説が事実なら半世紀前、祖父は殺人を犯した。

その凶器になった拳銃を祖父は埋葬した、それが事実である証拠を英二は隠している。
それは法に触れる行為だと英二は解かって、それでも隠すのは祖父を匿うだけが目的じゃない。

―お祖父さんの罪から護ろうとしてくれてる、お父さんのこともお母さんのことも、俺のことも…そのために独りで英二は、

どうして英二?

どうして法を侵してまで護ろうとするの?
祖父は検事で父親も弁護士の法曹一家に生まれて、司法の警察官である英二。
そんな英二にとって「法を侵す」ことは理由なしには有得ない、その答えは改製原戸籍の一文だろうか?

“ 宮田英輔長男、總司ト婚姻届出昭和参拾壱年五月参日受付除籍 ”

曾祖父の兄が戸主と記された改製原戸籍、そこに記されていた「顕子」の記録は英二の祖母。
だから英二の父親は父の再従兄「またいとこ」として6親等の法定親族になる。
けれど自分と英二は8親等にあたり法定親族外、けれど血は遠く繋がる。

「…英二、」

ぽつり、呼んだ名前に涙ひとつ零れて最後の一欠け拾い上げる。
もう土の中に遺物は無い、それを確認しながらスコップで土を戻し、そっと固めた。

―お祖父さん、もう何も埋まってないからね…安心して、

心に呼びかけ微笑んで周太は静かに立ちあがった。
後もう一つするべきことがある、そのために周太は明るい地上へ軽やかに跳んだ。



髪の雫をタオル拭いながら梯子階段を昇り、明るんだ視界に瞳が細まる。
ほんの30分前までいた「enfer」とは違う光の世界は温かい、その窓辺に立ち錠を開いた。
ふわりカーテン翻って頬を香あまく涼やかに撫でてゆく、この香を辿った常緑の梢にオレンジ色は咲く。
あざやかな金木犀の花色と香は秋なのだと告げるようで、今の去年が想いだされるまま涙ひとつ瞳あふれた。

「…英二、」

ほら、名前また呼んでしまう。

地下の痕跡と改製原戸籍に知ってしまった事実、その全てを英二に訊きたい。
いつから知っていたのか、どこまで知っているのか、そして出逢いは偶然だったのか?
この1年半に見つめあった想いの真実と真相をどうか応えて、自分にも全て負わせて?

「英二、どうして俺たちは出逢ったの…いつから俺を、どこまで…知っているの…?」

独りきり声は金木犀の香に融けてしまう、その応えほしいけれど訊くなんて出来ない。
あの綺麗な低い声を今もし聴いてしまったら崩れそうで、メールすら打てないままでいる。
そんな自分の本音ごと呼吸ひとつ微笑んで周太はロッキングチェアーに歩みより、テディベアを抱き上げた。

「小十郎、髪が乾くまで聴いてくれる?それで一緒に考えて、書斎でお父さんに何て話したら良いか…ね?」

改製原戸籍、炉壇の地下、それからもう1つ調べたいことがある。
その為にも濡れた髪を乾かしながら見たクライマーウォッチは14時半だった。





(to be gcontinued)

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第70話 樹守act.2―another,side story「陽はまた昇る」

2013-10-10 17:30:35 | 陽はまた昇るanother,side story
And often is his gold complexion dimm'd



第70話 樹守act.2―another,side story「陽はまた昇る」

古い門は懐かしい音に軋ませる。

年経りた戸板は厚み掌に温かい、その温もりごと門は開かれる。
ぎしり響く重厚に入り扉を閉めて、佇んだ空気ごと歳月は迎えてくれる。
ここに生まれて自分は育った、そんな優しい馴染みに仰ぐ梢は毎年のよう季節が早い。

「ん…今年も色づいて来たね?」

そっと木洩陽を透かし頭上の枝へ笑いかける。
いつも黄葉の少し早い樹木は風ゆれて涼しい、この風も小さい頃から知っている。
このまま庭を少し手入れしたいな?そう想いながらも今日すべき事に周太は微笑んだ。

「…また帰ってきたらね、」

仰いだ庭木たちに笑いかけて庭石を歩きだす。
そのまま玄関に着いて鍵を開け、すぐ靴脱いで階段を上がってゆく。
鞄を提げたまま自室に入ると梯子階段を昇って屋根裏部屋の片隅、古いトランクを開いた。

数冊の植物採集帳、可愛い細工の木箱2つ。
大判の書籍袋1つ、真紅の布張り綺麗なアルバム1つ、書類封筒、そして綺麗な白い封筒1通。
どれも自分の大切な記憶が温かい、なかでも書籍袋の中身とアルバムと、なにより白い封筒は開きたくなる。

「…英二、」

名前こぼれて溜息ひとつ、白い封筒の贈り主を想ってしまう。
書籍袋の中身もアルバムも忘れられない俤を見せてくれる、そんな写真だけでも良いから逢いたい。
けれど逢いたい分だけ怖くて、そんな自分の本音に瞳ゆっくりひとつ瞬いて周太は書類封筒だけ取りトランクを閉めた。

かちり、

トランクの施錠して、すぐ踵返しかけて揺椅子が視界に映りこんだ。
天窓ふる光のなか頑丈で綺麗な椅子に白いクッションの上、テディベアひとり静かに座っている。
その黒い瞳へ太陽の欠片きらめいて見つめてくれるようで、歩み寄って周太は素直に笑いかけた。

「ただいま小十郎、またすぐ帰って来るから…聴いてね?」

笑いかけた真中でテディベアの瞳は穏やかに優しい。
この熊は自分が生まれる時に父が連れて来てくれた、そして名前も付けてくれた。
ひとりっこで親戚もいない自分には父と母とテディベアだけが家族で、それでも幸せだった。
そんな穏やかで温かい時間たちを黒い瞳に見つめて、今から向かう事に呼吸ひとつ微笑んで周太は屋根裏部屋から降りた。

とん、とん…

梯子階段を踏む自分の足音が、いつもより響いて聴こえる。
こんな感覚は緊張の所為かもしれない?そう想えてしまうのは「事実」と思っているからだろう。
なにより自分がそう想いたい、そんな心を見つめながら廊下に出て書斎の扉を開かず階段を降りた。

―お父さん、帰ってきたら行くからね?

心に呼びかけながらホールに降りて、仏間の前も通り過ぎて脱いだばかりの革靴を履く。
そのまま玄関から出て施錠すると歩きながら書類封筒を鞄に仕舞い、ふっと頬ふれた香に見あげた。

「咲いてくれたんだね、金木犀…可愛いね?」

見あげた梢のオレンジに微笑んで、呼吸ひとつ香あまく芯から満ちる。
すこし強い芳香は鮮やかに懐かしいようで、去年の秋をまた想いだす。
あのとき自分は何も知らなかった、それは幸せだったのかもしれない。

―でも知りたいんだ、全てを…お父さん、お祖父さん、それでいいよね?

“Je te donne la recherche” 探し物を君に贈る

そう祖父は父に書き遺してくれた、あのメッセージを自分も受けとめたい。
あの小説に書かれた全てと父の軌跡を自分は知りたい、そして超えて自分の道に立ちに行く。
そんな願いごと見あげる香の樹を植えて育てた俤たち見つめて、綺麗に笑って周太は門から扉を開いた。




初めて入る庁舎は広くて、けれど周太は迷わず目的の窓口へと向かった。
その前に置かれた申請書を一通もらうと、持って来た書類封筒を開いて3通を選びだす。
その内容を確認して申請書に記載して自分の運転免許証を添え、戸籍係窓口に提出した。

「この方の除籍謄本と昭和改製原戸籍ですね?」
「はい、お願いします、」

頷いて見つめた先、担当者は慣れた笑顔で免許証と待合番号を渡してくれる。
こうした書類請求は珍しいことではないのだろう、そんな空気に緊張の溜息が吐かれた。

―相続の事って理由で信じてもらえたね…自分の親戚も解らないからなんて、普通、あまりないよね?

心呟きながら待合ベンチに腰下して、周太は分厚い本一冊とりだした。
平日の午前でも人は多くて、スーツ姿も目立つのは仕事の人たちなのだと解る。
この中でカーディガンとジーンズ姿の自分はどう見えるのだろう?そんな事を考えながら深緑色の表紙を開いた。

I give it to an epitaph of savant Kaoru Yuhara.

And summer's lease hath all too short a date.
Sometime too hot the eye of heaven shines,
And often is his gold complexion dimm'd;
And every fair from fair sometime declines,
By chance or nature's changing course untrimm'd;
But thy eternal summer shall not fade,
Nor lose possession of that fair thou ow'st,
Nor shall Death brag thou wand'rest in his shade,
When in eternal lines to time thou grow'st.
 So long as men can breathe or eyes can see,
 So long lives this, and this gives life to thee.

[Cited from Shakespeare's Sonnet18]

アルファベット綴る英国詩の一節が、父への想いを謳ってくれる。
この一冊に学生時代の父が記した全てがある、この美しい本は田嶋教授が作ってくれた。
こんなに想ってくれる友人が父にはいる、それが嬉しくて母にも見せてたくて持ち帰って来た。

―この休暇に読み終わって家に置いていこう、書斎に置いてあげたいから、

『MEMOIRS』Kaoru Yuhara

そう記した銀文字あざやかに煌めいて緑色の絹張り装丁は瑞々しく深む。
この色たちも父のアンザイレンパートナーから想い深くて、尽きず温かい。

『これは穂高の色なんだよ、雪山の銀色と夏山の緑だ。俺と馨さんには大切な山だから映してある、』

そんなふう教えてくれながら父の親友は笑って、そっと銀文字を撫でると手渡してくれた。
あのとき笑ってくれた瞳の深い涙は哀惜と喜び2つとも温かくて、それごと母に教えてあげたい。

―お父さん、お母さんに話しても良いよね?きっと喜んでくれるよ、この本も大切に読んでくれるから話させて、

開いた碑銘の詩を見つめて父に問いかける。
この問いに父はどう答えたいだろう、何を伝えたい?
そんな思案の端に受付番号が呼ばれて周太は本を閉じた。

とくん、

鼓動が響いて呼吸ひとつ整えながら本を鞄に入れてベンチを立つ。
すぐ窓口へ向かい料金1,500円を出すと書類2通と提出した3通を渡してくれる。
その全てを封筒に入れて大切に抱えると周太は世田谷区役所を出、外のベンチに座り込んだ。
そのまま封筒から出した改製原戸籍を見つめて、本籍地名と戸主名に呼吸ひとつゆっくり整えた。

“ 本籍 東京都世田谷区 戸主 榊原 幸則 ”

法律改正やコンピュータ化により戸籍を書換えた場合、書換え前の戸籍を「改製原戸籍」と呼ぶ。
そのうち昭和32年法務省令第27号による改製前の戸籍は旧民法、明治31年法律第9号等に基づき「家」を一単位として記す。
これは孫、甥、姪も含めた一族が同じ戸籍に記載され、法的手続きによる分家や婚姻などしない限り戸主の戸籍に記載される。
だから改製原戸籍に記載された筆頭戸主名を確認するだけで、祖母の父親が長男では無かったことが解かってしまう。

―だから俺にも親戚がいるかもしれないんだ…それも、もしかしたら、

ずっと考えてきた推測に七月の俤が映りこむ。
あのとき初めて会った瞳は懐かしかった、その由縁が解かるかもしれない。
そんな事実確認に呼吸ひとつ深く吐いて、そっとページを捲った記載に鼓動から声こぼれた。

「…あ、」

 弟 幸匡
 婦 とみ
 姪 斗貴子 昭和九年十一月参拾日生 父 榊原幸匡 母 とみ 長女 

曾祖父と曾祖母、そして祖母の名前が改製原戸籍に確かに記されている。
古い毛筆体で書かれた文字は読み難くて、それでも三人の名前は明確で温かい。
こんな書類一通でも家族の軌跡は嬉しくて、けれど緊張のまま繰ったページに息が詰まった。

“ 長女 顕子 昭和十一年六月五日生 父 榊原幸則 母 妙 ”

息呑んで見つめて、そっと書類一頁表紙へ捲りかえす。
東京都世田谷区の住所が記された古い戸籍謄本は「榊原家」の記録。
その筆頭戸主名も見慣れない墨書に年経りて、それでも読める名は曾祖父と似ている。

“ 戸主 榊原 幸則 ”

筆頭戸主は祖母の伯父にあたる、だから「顕子」は祖母の斗貴子には従妹にあたる。
けれど自分が知っている「顕子」と同一人物なのか?これだけでは未だ分からない。
その不確定にまた「顕子」に付記される古い文字を見つめて、鼓動が停まる。

“ 宮田英輔長男、總司ト婚姻届出昭和参拾壱年五月参日受付除籍 ”

And often is his gold complexion dimm'd.時に黄金まばゆい貌を闇の紗に曇らせ隠れ、けれど今、隠された彼の素顔が顕れる。





(to be continued)

【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet18」より抜粋】

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曇りの午後、眠気覚まし

2013-10-10 14:24:28 | お知らせ他


こんにちは、眠いです、笑
コッチはなんだか曇り空、雨降りそうな薄暗さが尚更に眠気を誘います。
眠いんで写真一枚載せてみます、こんなんで眠気覚ましになるかって言うと?ですけど。

さっき「初逢の花、睦月act.11」加筆校正版を貼りました。
あと第70話「樹守2」加筆校正をまたします、

取り急ぎ、

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三日月夕

2013-10-09 19:41:03 | お知らせ他


こんばんわ、コッチは風の強い一日でした。
夕方、三日月が綺麗だったのでフリーハンド&フラッシュ無しで撮ったらコンナ↑感じに。
露光不足&固定が甘いからブレていますけど、よく見ると月が丸く映ってるのと色彩が綺麗なんで載せてみました。

さっき「Savant」の加筆校正が終わりました、コレでVol.1は校了して来週はVol.2からスタート予定です。
このあと今朝の「初逢の花」加筆校正します、終ったら第70話の続きがUP出来たら良いなってトコです。

取り急ぎ、



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