骨盤や背骨のゆがみがあると難産になる!?
私の治療院へ訪れる妊娠さんたちの口からそういった不安が聞かれることは珍しくありません。
こんなこと言われたら、妊娠されているご本人はさぞや怖い思いをするだろうな…と思います。
でも、本当にそうなんでしょうか?
確かに妊娠出産は女性の身体に大きな負担がかかる出来事です。
決して舐めてかかれるようなことではないのは事実。
でも、だからと言っていたずらに不安をあおるのは母体に対していかがなものかと思うんです。
個人的には、
情報は困難を突き付けるものではなく困難を回避したり乗り越えるための手助けになってこそ意味を持つと思うんですよ。
とくに健康や医療の情報は総じて「安心」につながることが最も重要。(でもウソはだめ。)
と、いうことで今日は骨盤や脊柱の歪み(機能障害)と出産の関係について書いてゆきます。
私が治療のベースにしている「徒手医学:マニュアルメディシン」には産科学もあるんです。
海外では産科領域で徒手医学の知識・技術を役立てているお医者様方がいらっしゃるんですね。
そうした方々がまとめた情報を見てみると「骨盤や背骨のゆがみが~」という話には多くの誤解が隠れていることがわかります。
かいつまんで説明してみますね。
○骨盤の関節(仙腸関節/恥骨結合/腰仙関節ほか)が固まっているせいで出産が難しくなるのか?
という問いに対して。
妊婦さんの身体は出産に向けて関節の柔軟性を高める「リラキシン」というホルモンが分泌されます。
この「リラキシン」、「子宮」と「骨盤の関節」に強く作用する性質を持っています。
ですので、仙腸関節を含め骨盤周囲の関節が固くて出産を邪魔するという事は通常起こりません。
ここからは私見となりますが、
この場合問題となるのは仙骨の前後傾や骨盤下口の開閉をコントロールできないことだと考えています。
※書物には分娩時に仙骨の前後傾を補助することで分娩を手助けすることにも触れられています。
その原因は「関節の固さ」ではなく骨盤を支える筋肉と神経の連携が上手く行っていないことにあります。
とりわけ大切なのは下腹の筋肉たちのコントロールです。
これに対する解決策はストレッチをはじめとする「受動的な治療」ではありません。
上手に自身の身体を操作するための「運動」を身体に覚えこませること。
つまり運動療法(能動的な治療)が解決のカギとなると考えられます。
私の院では腰痛や膝痛のセルフケアにもつながる「ペルビックティルト」というエクササイズを妊婦さんにもお勧めしています。(血圧上昇への配慮と治療効果を高めるためのちょっとしたアレンジをしてお届けしています)
先日いらっしゃった妊婦さんはその体操だけで「仙骨の捻じれ(左斜軸上の左回旋)」と「右仙腸関節の固着」が取れてしまいました。
その理由も前出の「リラキシン」によるものでしょう。
なぜ運動だけで骨盤に生じた問題が解消できたのかと言えば、仙骨がそっぽ向いていたり仙腸関節が引っかかっていたりした原因が「関節が固まっている」ことにあるのではなく、骨盤の関節に備わる動きを支える周囲の筋肉、そしてその筋に通じる神経が「骨盤を上手にコントロール出来ていなかった」ことにあったからなのです。
骨盤の安定に必要なコントロールを失っていたという原因の結果が仙腸関節の「固まった状態」であるならば、やるべきことは「固まった仙腸関節」のストレッチではないのです。
これらの試みが出産に有利に働くかどうかを証明することは私にはできませんが、
骨盤の可動制限(仙骨の前後傾など)というものが出産を困難にする状況の背景にある以上、前向きな効果を狙えると考えています。
また同じ背景で生じる妊娠中の腰痛や膝の痛みにはすでに高い効果がみられています。
○骨盤の形体が出産を邪魔することがあるのか?
これはある条件によっては「ある」という事になるようです。
骨盤の出口の形状が狭い方の場合でかつ腰椎の反りが強い時(腰椎前方突出)には、出産時に神経痛を伴う腰痛や恥骨結合の分離(捻挫)が起こることがあるとされています。
でも、ですよ。
この場合の腰椎の問題は前出の下腹の筋群による骨盤への支えが弱くなった結果起こるものですから、
骨盤の形が悪くても、しっかりと下腹の筋群を含む骨盤(仙骨の前後傾/寛骨の開閉)を支える筋群の働きをキープできていれば回避し得ると考えることができます。
○脊柱の側弯症が出産を邪魔することがあるのか?
中等度の側弯症までは出産の成功率に差はなかったそうです。(重症例に対する記載はありませんでした)
ただ、予定日よりも早い出産が多いとの指摘もあるそうです。
○尾骶骨の骨折は出産に影響するか?
これはある医師に聞いた話。
「よく『尻もちをついたら尾骨を骨折して、尾骶骨の先が内側へ折れ込んでしまったまま固まった』なんて話を聞くけれど
切ってみると尾骶骨はプラプラしているんだよ。
恐らく尾骶骨が動きを失っていた原因は周辺の筋肉たちの過緊張にあるんだろうね。」
という話を聞きました。
そう考えると尾骶骨が内に向いてるからと言って気に病む必要もなさそうです。
参考文献:『オステオパシー総覧』エンタプライズ 1998年
さて、いかがでしょう?
これらが海外の産科分野で「骨盤」や「脊柱」の徒手医学のスキルを活かしている医師の声だそうです。
ちょっとは不安が薄れましたでしょうか?
不安は一番の毒ですからこれを読んで、ホッと胸をなでおろしていただけたら書いた甲斐もあろうというもの。
あ、勘違いの無いように言いますが、
私は妊娠時に何もする必要がないと言っているわけではありません。
むしろ妊娠全期を通じて定期的に身体を整えることには大賛成です。
腰が痛い、手首が痛い、息が苦しい、そんな相談に徒手医学はちゃんと答えてくれますから、
都度現れる苦痛を我慢しすぎることなく気軽に頼ってもらいたいなと思います。
それから妊娠中の骨盤周囲への手入れは穏やかな手法をチョイスすることになります。
基本的にホルモンの影響で弛んだ関節に対して「ボキボキ」やるようなことはないんです。
ですので、その点もご安心ください。