[芋も、若いサルから洗ったのだ]
石川啄木の「時代閉塞の現状」を読んでいる。火曜日までの宿題である。ま、ゆるゆるとやっていきましょう。ゆるゆると。所詮、じーさま学生である。なんにも焦ることはない。待っているのは、カンオケだけだ。帰るところは、みんな一緒だ。実績なんていう世界からは、もう追放されたのだから。評価からもだ。
昨日、ウルトラ・ノートブックというPersonal Computerのキーボードのタッチがよくないので、よくないばかりか浮いてきたので、学校から帰ってきて電気店に行ったのだ。ピンセットかなにかで、チョイチョイと修理してくれるんかなと思っていたら、新品と交換になってしまった。こっちがびっくりした。4月17日に買って、これでもう2回目の新品交換になったからである。電源が入らないというのが、最初。そして今日のがキーボード。メーカー名はここには書かない。クレーマーではないから。
しかし、ちょっと不信感を持ったのは事実である。
オイラは古典系の原稿を書くから、辞書が相当成長している。それが一番心配だった。辞書だけは、国産ワープロの一太郎を愛用している。退職までは全部一太郎で書いていたのだ。ところが、院生になったら、Wordに統一されていた。これはまたまたびっくりした。大学の世界っていうものに。城西国際大学だけではなかった。他大学の学会に原稿を送るときもそうだった。だから、クラスメイトをはじめ、若い方々に、やり方を教えてもらっているのだ。
ちょっと困った顔をしただけで、親切に教えてくれるから、若い人は凄いもんだと思う。サルも芋を洗ったのは、若いサルで、年寄りはゼッタイそんなことはしなかったというから。
世界はそういう法則で動いているんだ。
チャレンジするのは、若い方だ。オレのようなじじいは、おっかなびっくり生きているだけ。チャレンジの「チャ」の字も知らないってわけである。その代わり安全に生きているけどねぇ。安全だよ~ん。安全。オレに危険日はないのだ。わはははははは。?
それはともかく、ウルトラセブンじゃぁなくて、ウルトラ・ノートブックちゃんが生き残ったので、午後からまたまた原稿書きをする。午前中は、洗濯物を干したり、リビングのWaxをかけたりしてちょ~~~~~~~~~~~多忙だったのだ。と、こういうことを言うと、33年おつきあいいただいている配偶者から「いつもあたしがやっていること」だよ~んと叱られてしまう。これくらいにしまひょ。
これくらいに。
たまには、家にこうやってのんびりしているのも、いいもんだなぁ。もう、一切の遊びとは縁を切ったし、どっかのスナックで憂さを晴らすということもない。第一、憂さが無いのだ。オレには。ははははははである。ホントに、憂きことはなにも無い。
毎日楽しいだけである。
ただのバカであるのかもしれないが。
たぶんそうだろうよん。
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