用法の違いだけどねぇ。。。
金魚という言葉が、どう使われているかということについて、教えていただいたのだ。結論から言って笑ったなぁ。用法を調べていたら下記のとおりであったのだ。
①>金魚
jīnyú
JIN-YU ジンユ
禁欲 と 同じ発音
つまり、性欲があるのに抑えているという意味
性的欲求を抑えているように見えるのか
真面目なことばかり言っているおじーちゃんに見られたのか
ですかね?
(わはははははははである)
②金余、金が余っているという意味ではありませんか。
(こりゃ違いますな。オレは金欠病だから)
まぁ実におもしろいものである。当たっているような、違っているような、どっちでもいいようなものである。
いろいろ調べたのだが、いい意味で使うのか、あるいは悪口のたぐいなのか、よくわからん。小生、どっから見ても、悪相である。自他共に。目も出ていないので、デメキンとも違うようだ。水槽に飼われていると言う意味の諧謔かとも思ったが、定年退職した年金暮らしのおじーちゃんだ。どうもそれも当てはまらない。国が違えば、意味も用法も違ってくるのだ。ま、いいか。
気にしていたって仕方がない。
人にどんなふうに見られているかなんて気にしていたら、とてもじゃぁないが、60過ぎたじじいが若い人と大学で一緒に勉強できるわけがない。格好悪くて。バカみたいじゃん?って言われるのがオチである。
別段耐えているわけでもない。ダメだったら、退学すればいいだけの、実になんともふわついた格好である。卒業しても、就職できるわけではないし。誰もじじいに再就職してもらって、バリバリ働いてほしいと願っているわけでもない。そんなことより、社会奉仕活動でもせよと随分言われている。当たり前である。オレも、その予定でいる。少しは、人のためになることをしないといかんと日々反省しているのだ。
今の境遇じゃ、てめえのことしかやっていないのは確かだからなぁ。若い院生たちの邪魔をしてはならんのだよん。オレは特に。身の程をわきまえよ!ということである。いてもらっては困るということなのかもしれないから。そのあたりは、慎重に行動しないといかんですな。まったくそうだ。
昨日あたりで吹っ切れたな。
どうも暗雲が立ちこめてきたと思ったが、やるだけやるしかないだろうと思った。評価が低かったら、正々堂々中退すればいいだけだ。それだけだ。それだけ。当たって砕けろだ。やってみるしかないのだ。
男は黙ってやるのだ。
冒頭の、金魚の解説のように、たとえ禁欲者であると言われてもいいじゃないか。黙って、努力する。男はそれでいいんだ。どんなにいい女に振られようとも、黙って耐えるのだ。わはははははははである。
世の中、てめぇの思うとおりになるわけねぇじゃん?
そんなもんだよ、そんなもん。
ダメだったら、それくらいの能力、資質しかなかったのだと諦めればいいのだ。
それが、人生の最後を送るものの常識でありまするよん。
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