と~ま君の部屋

楽しい老後を送りたいとやっています。所詮人生回り道。修士(人間学、仏教学)。ぼけ防止・脳のリハビリでやってるブログです。

去年の記事 なんだか、なんだか・・・・

2014年01月05日 18時12分32秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年
 
教育というものがなぜ広く議論され、社会全体の問題になっているのだろうか。

教育というものが、なぜ広く議論され、社会全体の問題になっているのだろうか。そういうことをふと思うことがある。そして、それは医療問題の取り上げられ方と同じような傾向を持っていると感じ...
 

 

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東大寺二月堂 お水とり

2014年01月05日 08時12分44秒 | 老人大学ごっこ2015年から2016年

これだよ、これ。

愚生のやってみたいこと。

声明も。

 

東大寺二月堂 お水とり

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1月4日(土)のつぶやき

2014年01月05日 07時22分26秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

 履歴書というのがある。就職の時に書いた記憶がある。あの中に学歴欄がある。今、オレが就職しようとしても、学歴欄が書き切れないということになってきた。普通は高校と大学の学部を書く。それが書き切れな... goo.gl/e8JkLf


通信制の大学教育というのがあって、これは40代から50代が3/5くらいいるときいたことがある。社会人の学びをサポートしているのである。殆どが働きながら、あるいは主婦として学んでいる。実際、体験上そういう方々とお会いしてきたのだ。... fb.me/2jay8m4dJ


林 修先生がダメ文章を劇的添削!50文字で魅せるテクニック goo.gl/AI00sj


14:06 6日から7日にかけて人間ドックがあるから、千葉市のホテルを予約できた。ありがたいですねぇ。ポイントがたまっていたから、格安である。でも、へんなところではにゃ~です。聞いたら誰でも知っているところ(^0^)。二日間連チ... fb.me/2qwfu03Ls


19時48分。
そろそろ寝るか・・・・(^_^)
冗談だけど。今朝は朝の4時から起きて読書していたので、眠いなぁ。
今日の駄文書きも、経文を写していたので、なかなか進まない。
明日から、居住地の大図書館が開く。朝から出かけよう。楽しみは、待ってちゃアカンですな。


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今朝も、朝4時から読書を

2014年01月05日 06時20分11秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

 

天竜寺そして武蔵野大学

 

 

 昨年末、天竜寺に知人が行ったので、その後、いろいろと話をする機会があった。愚生も、何度か行っている。白隠に興味があったときに、関係文献を集めては、ため息をついていたものだった。なぜかというと、愚生如きでは、とてもとても到達不可能な境地というものがあると思ったからである。

 外国の方で、禅は哲学であると簡単に言われる方があるが、あれはちょっといただけない。知的理解だけではいかがなものか。そもそも、概論的な知的理解だけで、禅を語ることは不可能であろう。愚生だって語る資格は無い。

 今朝も、朝4時から読書をしていた。ちょっと休憩して、この駄文を書いている。なぜこんなことを書き始めたかというと、仏教心理学会の知人から、昨夜メールがきたからである。今月の末に、彼の研究発表があるから来ないかとお誘いを受けたからである。彼は、柳田国男、折口信夫を國學院大學で学び、さらに曹洞禅を学んだ。武蔵野大学で行われる仏教心理学会の勉強会で発表されるのだ。体験を。ちなみに、愚生にとって武蔵野大学(通信制)は母校である。いくつかある母校のうちの一つである。

 聞きたかった。しかし、その日に、愚生は沖縄に行ってしまう。民俗芸能のルーツを探る旅である。人生の後半をこれで細々と生きていくことにした。そのための旅行である。ま、あらゆる旅行が、民俗芸能のためだと詭弁を弄していると、なんでもそうなる。そして、あらゆる可能性を探っていくつもりだからしかたがない。お詫びのメールを送った。

 武蔵野大学正門前に、レストランがあって、そこで終了後にちょっとアルコールをいただくのが、無上の楽しみである。なんどか、そこで御酒をいただいたことがあった。愚生自身も、仏教心理学会勉強会で発表をさせていただいたことがあったので、実に楽しい勉強会である。

 武蔵野大学というのは、浄土真宗西本願寺が創設した。数年前までは女子大学であった。男女共学になって、有明キャンパスもあり、最近めざましい発展を遂げている。能と宗教のドッキングという愚生の研究課題も、この大学でいただいた愚生の生涯の宿題である。能と宗教も駄文で書いてあるのだが、どうにもこうにも広範囲でなかなか困難な歩みである。論文というのは、あまり広範囲だとアカンのである。だから絞って書いているのだ。それと、手がかりを身近なものにしたいというのもあって、居住地に近い、あるいは在籍大学にも近い鬼舞を取り上げつつ、民俗芸能と宗教のルーツを探っているのである。楽しいものだ。

 そんなこんなを、その知人とお会いする度に語りあっていたのだ。

 こういうのをご縁があるというのであろう。

 ありがたいものである。感謝である。

 

 さて、天竜寺に戻ろう。いつもながら、キーボードまかせの気ままな駄文書きである。もう少しのおつきあいを。

 この寺院は、足利尊氏と後醍醐天皇との関係が深い。だから興味があるのである。お二人とも、稀代の天才であったと思っている。特に、足利尊氏は興味深い。天龍寺の地には平安時代初期、嵯峨天皇の皇后橘嘉智子が開いた檀林寺があった。その後約4世紀を経て荒廃していた檀林寺の地に後嵯峨天皇とその皇子である亀山天皇が離宮を営み、「亀山殿」と称した。

 足利尊氏が後醍醐天皇の菩提を弔うため、大覚寺統(亀山天皇の系統)の離宮であった亀山殿を寺に改めたのが天龍寺である。

 尊氏が征夷大将軍となった後、後醍醐天皇が吉野で崩御したのは、暦応2年/延元4年(1339年)である。足利尊氏は、後醍醐天皇の始めた建武の新政に反発して天皇に反旗をひるがえした人物であり、対する天皇は尊氏追討の命を出している。後醍醐天皇の崩御に際して、その菩提を弔う寺院の建立を尊氏に強く勧めたのは、当時、武家からも尊崇を受けていた禅僧・夢窓疎石であった。寺号は、当初は年号をとって「暦応資聖禅寺」と称する予定であったが、尊氏の弟・足利直義が、寺の南の大堰川(保津川)に金龍の舞う夢を見たことから「天龍資聖禅寺」と改めたという。寺の建設資金調達のため、天龍寺船という貿易船(寺社造営料唐船)が仕立てられたことは著名である。天龍寺は京都五山の第一として栄え、寺域は約950万平方メートル、現在の嵐電帷子ノ辻駅あたりにまで及ぶ広大なもので、子院150か寺を数えたという。

 後醍醐天皇という方も畏れおおいことであるが、興味深い方である。なぜあれだけの情熱をもって足利尊氏と対立できたのであろうか。中世史に興味を持ったのも、後醍醐天皇というお方がおられたからであると、本当に思うのである。

 此の時代は傀儡とか、猿楽とか、田楽とか、民俗芸能史的には非常におもしろい時代である。足利一族は、そうした芸能を保護したから、なおのこと興味がある。ましてや、戦乱の当時の日本を旅して歩いていた芸能の民について、いろいろと文献を漁っていくことは愚生にとって、無上の楽しみですらある。さらに、尊氏の弟の直義もおもしろい人物である。なぜか、尊氏と違って実務家であり、リアリストであったと思うからである。彼については、またどっかで書いてみたいものだが。

 天竜寺は、臨済禅である。公案禅とも言われている。曹洞宗の禅とはまったくと言っていいほど異なるものがある。臨済宗は、中国禅宗五家(臨済、潙仰、曹洞、雲門、法眼)のひとつで、唐の臨済義玄を宗祖とする。彼は『喝の臨済』『臨済将軍』の異名で知られ、豪放な家風を特徴としていた。現在の日本の臨済宗は江戸時代に白隠が再興したもので、唐代とは大きく異なり、公案に参究することにより見性しようとする看話禅に変貌を遂げている。宋時代の中国に渡り学んだ栄西らによって、鎌倉時代に日本に伝えられている。

 問題がある。

 それは愚生にとって、禅は不可能であるということなのだ。足がちょっと良くないのだ、愚生は。座っていられないのだ。これさえなければと残念である。

 だから、頭で理解しているだけだ。禅は哲学であるという方々へ反論できない。体験もしていなくて何をか況んや、である。

 さらに問題がある。

 それは愚生の傾向性である。特定宗教をどうしても信仰することができないのだ。万教帰一というか、広く浅くなのだ。どうしても信仰心を持つことができないのだ。こういうのは、そもそも宗教そのものを語ることはできない。やっちゃいけない。だから、熱烈な信仰心を持っておられる方々が逆にうらやましい。どうしても駄目なのである。信じられないのだ。理屈ではないからだ。アレルギーなのかもしれない。特定の宗教に凝り固まるのが。

 語るに落ちたとはこのことだ。

 これ以上は書かない方がよろしいようで。

 

 じゃぁ~!

 

 

 

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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/