Amazonのセールが昨日あって、いろいろと物色した
Amazonのプライムセールをやっていた。一日限定である。昨日だけの。
だから、いろいろ買った。俳諧の書籍である。むろん中古本である。年金生活者であるから、新刊本は買えない。哀しくなっちまうけど、それが現実である。
図書館から借りてきた本で、どうしても手元にいつも置いてメモを書き込み、ダーマトグラフでサイドラインを引き・・・という作業には自分用の書籍が欲しい。さらにそれをノートにとったり、カードにまとめたりする。そうすると何度も何度も見直したり、ゴミ論文にしたりするから欲しくなる。
どーせ買ってもボキが死んだらアウトである。どっかの古本業者に売り飛ばされてそれでオシマイ。ボキの死体と一緒である。燃されて、空中に吹き飛んでしまうのである。
こだわってもそんな程度のものである。
人生はすべてそんなものである。意味を求めても、最後は燃されてなくなっちまうだけである。
でも、だからこそ瞬間瞬間を充実させて生きていかなくちゃならんと思うのだが。
生きているってぇことは、今の瞬間の連続であるから。自堕落に生きていればそりゃラクでいいだろうが、そんなのは虚しいだけである。これ以上虚しい生き方は御免被りたい。
けふはこれから老人大学で東海村原研と村松虚空蔵に行ってくるが、これも来年は卒業しているだろうから在籍することはできない。生涯学習ごっこは永遠に続けたいから迷っているのである。なに、居住地のカルチャーセンターに通う手もある。あるいは、千葉市民会館でやっている文化講座に通う手もある。こっちも全部受講して18000円と格安な値段である。講師は一流であるし、たまに大都会に出ていっておバカキャラのミニスカネーチャンでも鑑賞してくるのもいいだろう。
なにしろ九十九里浜には、お魚しかいない。美人のお魚はいないのじゃ(^_^)。
冗談はこれくらいにしまひょ。
そろそろ時間ですので、行って参りまぁ~す。
Bye-bye