団塊世代の人生時計

 団塊世代として生きてきた「過去」、「現在」、そして「未来」を、自分自身の人生時計と共に綴り、「自分史」にしてみたい。

疑惑隠しの新たなキーワード「非公式」

2017-08-08 15:15:44 | 政治

疑惑隠しの新たなキーワード「非公式」

2017年8月8日(火)

 我が安倍晋三内閣総理大臣閣下が、疑惑隠しの新たなキィーワード「非公式」を使っちゃいましたですね。(笑い)

 

・書類は破棄した。

 森友学園事件では佐川理財局長(当時)が、書類が保存されているのに、破棄したとハッキり何度も答弁しましたですね。疑惑隠しキーワードの最初でありました。

 悪者にされた佐川氏ですが、実はお気の毒と思いますです。本当は、麻生財務大臣が答弁しなければならないことですね。しかし、麻生氏は肝心な漢字が読めないものですから、木っ端役人に答弁させたんですね。「木っ端」とは、佐川氏の人格に対して言っているのではありません。貴方はそんな重要な答弁をする立場にはないですよ、という意味なんです~。

 

・書類がない。

 これも何度も聞きましたですね。森友、加計、日報。全て書類がないと大嘘(と思います。)を言っているのであります。そして出てきたら、事実ではないと、嘘の上塗りをする訳であります。決して、「事実ではない」ということを証明する物証(書類)は出さないのであります。

 

・記憶にない。

 これは、私の記憶では思い出せないほど沢山あるのですが、極め付けを言いますと・・、

 今治市の職員が官邸を訪れたことを、柳瀬唯夫首相秘書官(当時)が「記憶にございません」を7回以上、連発しました。こりゃ、誰が見ても「嘘」だと顔に描いてありました。この程度の記憶がないような人間が首相秘書官なんて務まる訳ありません。→この方、経済産業省のNo.2の審議官に栄転されたんですよ~。

 

・非公式

 そして、またまた疑惑隠し用語が出ました。「非公式」。

 安倍氏は、これまで、加計学園問題に関して、「全て議事録を公開しており一点の曇りもない。」と胸を張って国会で答弁しておりました。なのに~、加計学園側がWGに出て発言していたのに、それが議事録に無い!

 八田座長は、学園側の同席・発言は「公式ではない」(つまり「非公式」)として、議事録に載せないことを正当化しました。八田氏がこのように言うのは無理ありません。名前からしてハッタlyですから。「ly」とは、名詞に付けて様態などの意の副詞を作ります。つまり、ウソつきが常態のお方ですね。(笑い)

 

 8日の朝日新聞。

 

 森友、加計、日報問題の疑惑隠しの安倍内閣 打倒!

 

 

 

 

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広島交響楽団「平和の夕べ」コンサート 2017

2017-08-08 09:56:28 | 音楽

広島交響楽団「平和の夕べ」コンサート

2017年8月8日(火)

・2017年8月5日 広島文化学園HBGホール

・R.シュトラウス 死と変容

 ブラームス ピアノ協奏曲第1番ニ短調

 ピアノ:ピーター・ゼルキン

 下野竜也:広島交響楽団

 

 死と変容は、静音から始まります。オケのアンサンブル力が試される部分と思いますが、広響のアンサンブル力って、相当なものと思います。

 下野は、前任の秋山和慶に較べるとメリハリを付けた演奏になったような気がします。ステージに向かって右端だったせいもあるのですが、ヴィオラの音もよく聴こえるようになりました。また、一段とオケの実力が上がったような気がします。very good!

 

 ブラームスの1番のピアノ協奏曲は50分程度の大曲です。2番も大曲ですが、2番の人生の諦観を思わせるような渋さはなく、若々しい感じです。分かり易いとも思います。

 ピーター・ゼルキンは、2011年のサイトウ・キネン・オーケストラでバルトークのピアノ協奏曲3番を聴いたことがあるのですが、印象に残っていません。地味~な感じの方ですね。

 http://blog.goo.ne.jp/windy-3745-0358/e/073a3e3348ce069a19dff1d2b68ef874

 演奏スタイルですが、直立不動という感じです。ランランであるとか、日本で言えば反田恭平のようなダイナミックな動きをするピアニストが、ダイナミックな演奏ではないかというイメージをどうしてもしてしまうのですが、私には純粋に音楽という意味でダイナミックな演奏かどうかの審美眼がありません。

 アンコールは、バッハのイタリア協奏曲でした。ブラームスで高まった気持ちを鎮めるに相応しい曲でした。静かに穏やか始まるのですが、私にはよろよろとふらついて歩くイメージにも思えました。人生、こんな歩みもあって良いのだ、と感じました。

 

 ゼルキン氏の平和への強いメッセージが伝わってきます。

 R.シュトラウスの曲とあって、大幅に増員されていました。

 ホルン奏者受難の曲と思いますが、大きな破綻なく、very goodでありました。

 こんな光景初めて。チューバ奏者が2台持って入りました。エッ!という感じですね。強烈な音を出す場面もありましたです。チューバって、あまり目立つ役割がありませんので、張り切っていたでしょうね。これもvery goodでありました。

 

 

 

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