水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

大地の子みやり(3)

2021年08月24日 | 学年だよりなど
1学年だより「大地の子みやり(3)」


 佐藤監督は、みやりを全国大会のメンバーに加えた。
 一年生ながら最も実力のある高田由美がはずれた。メンバー発表のあと高田は、塾長坂田のもとに電話をする。「塾長! ありがとうございました! 私達みんな、みやり先輩に行ってもらいたいと思ってました! みやり先輩は私達には勿体ないキャプテンです! 塾長は最高の方です!」
 事情を察して、感謝の言葉を伝えてきたのだ。
 メンバーを乗せた監督の車が発車するとき、最後まで追いかけてきたのも高田だった。
 この子のためにも、チームに迷惑をかけられない――。そう思いながら、みやりは霞ヶ関カンツリー倶楽部に降り立つ。
 大会初日、尚志学園は3位につける。北海道の学校がここまで上位になった例はなかった。
 一位の東海第二には高校生で日本アマオープンに優勝した井芹美保子がいた。二位の東北高校は宮里藍を擁し優勝候補だった。
 しかし、経験したことのない暑さのなか、二日目以降苦戦を強いられる。
 4人のメンバーのうち上位3人の成績合計がチームのポイントになる。
 2番手と目されていた選手が崩れたとき、監督は正直あきらめかけた。
 奇跡は起こる。最終日、みやりはベストスコア75で回ってきたのだった。
 その結果、団体全国3位という快挙を成し遂げた。
 みやりより下手な坂田塾生は、開校以来1人もいなかった。
 みやりは黙々と練習した。人の何十倍も練習した。
 運動神経のいい者、センスのある者はすぐに上手くなる半面、そこそこの努力で、ある程度のレベルに達してしまう。
 しかし下手な者は違う。努力することが当たり前だから、平気な顔で人の何十倍も努力ができてしまう。
 みやりより上手かった者の多くはプロを諦めていったが、みやりはこの後、大学でもゴルフを続け、プロゴルファーになるための努力を続けた。
 みやりは、坂田先生の訓示をいつも思い出し、口にしていた。


~ 「お前たちの花は咲く、咲かない花はない。
 人それぞれの咲き時、咲く処はある。山のテッペンに咲く花は淡くて小さい花だ。
 山のテッペン、絶壁、川沿い、海辺と、花の咲き処は幾つもあるが、
 山のテッペンに咲く花は急ぐな、焦るな。ゆっくりと咲いていけ。
 最後に咲く花になれ。野の花だ。咲き急がぬ花だ。大輪の花だ。
 一日一日の練習を大切にして生きていけ。
 そして、野の花を咲かせるのだ」 (坂田信弘・かざま鋭二『大地の子みやり』小学館) ~


 鈴木みやりこと、本多弥麗はこの後、日本女子プロゴルフ協会のテストに合格し、トーナメントプロになった。
 大輪の野の花を咲かせたのだ。
コメント
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