国の政治や経済の転換点を造ったのは、結果として、いったい誰なのかを調べてみると、案外大政治家や首長ではなく、上級官僚のひとりに突き当たることがある。あのバブルの風船に無造作に針を刺したのは大蔵官僚で、あのゆとり教育への道に思い切りよく舵を切ったのは文部官僚だったりする。今不思議と思うのは、1992年の中国の領土法に対して、日本は口頭の抗議しかしなかったという、一説には、当時、天皇の訪中が計画されていたからだとも言われているが、真偽はわからない。歴史上の物事とは、必ずしも支配層や権力者が明確にかじ取りをするものばかりではないようだ。日本の戦争は東條英機が決めたのか、手続き的には最高会議が決定したのだろうが、実際は、そこ迄持ち込んだ中堅幕僚を始めとして、いろんな人たちの思惑が重なり合って、そうなったのではないかと思う。日本の政治を考えると、事を終わってからの、責任の追及が為されていないと思うことが多い。尖閣の帰属を明確に棚上げにしたのか、いつ、誰がしたのか、もしそうだとして、中国が棚上げの合意を破った時、誰がどういう理由で追及をしなかったのか。今これだけ騒いでいるのにどうもはっきりしない。藪から棒に、尖閣問題に火をつけたのは、最近のことなので、誰がやったか、みんなまだ頭の隅にあるが、だからと言って、その功罪を議論しない。不思議な国だよ、この国は。なんかみんな、うやむや、あいまいにして、水に流してしまう。
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