玄冬時代

日常の中で思いつくことを気の向くままに書いてみました。

卓袱台のある生活

2013-10-03 16:02:34 | 雑感

10年ぐらい前かな。無性に卓袱台が欲しくなった。今の洒落たマンションにも合うような折りたたみ坐りテーブルではなく、テーブルの裏側に細長い横板を立てて、足を組み立てる昔ながらの卓袱台でないと、ダメだった。ずいぶんと探し回った記憶がある。東京の谷根千ならきっとあるに違いないと行ったが、結局なかった。すっかり諦めていたところ、鎌倉大仏通りの骨董屋に入ったら、出会いがしら、目の前に、それがあった。5千円ぐらいだったと思う、農家の土蔵にでもあったのか、薄汚れていたが、私の思っていた昔の形だった。送料を2千円ぐらいかけて送ってもらった。それからが大変だ、透明ニスを二度塗りして、何とか使えるようになったが、今度はすっかり使う気がなくなり、「東京の谷根千まで探しても無くて、やっと手に入れた卓袱台」という友達への与太話で終わってしまい、ずっと箪笥の横に置いたままであった。 

別に、卓袱台に取り立てて深い思い出があるわけではない。ただ、六人家族の朝食の前に、私の背丈ほどの丸い卓袱台を転がしてきて、組み立てる。庭に下りて、鶏小屋から卵を持ってくる。それが、我が家の中で、末っ子の私に与えられた最初の仕事だった。取ってきた者の特権で、私はいつも卵ご飯を食べていた。兄弟からは「卵ばかり食べてるから、お前は髪の毛は茶色い」と嫌みを言われた。我が家の鶏は4つも卵を生むことはなかったのだ。まさに昭和30年代の日本のどこにでもある家庭の光景だった。今、何故だか、私はその卓袱台を出して、毎日、そこで本を読んでいる。

 卓袱台を忘れた?知らない?

 

コメント
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